(1)いきなりステーキとは何か?
業界に殴り込みをかけたいきなりステーキのコンセプト
これまでステーキといえばディナーとしての地位を確立してきました。ステーキをレストランで食べる場合には二人以上で席を取るのが普通でしたし、150g程度の肉料理を注文するにも、サラリーマンが一人で昼食を注文するレベルを超える気合いがこれまで必要でした。
このディナーとしてのステーキを提供するレストランの対極にあるのがガード下の立ち呑みスタンドです。財布が寂しいときでも一杯ひっかけてから帰るときにふらっと立ち寄るのが立ち呑みスタンドといえるでしょう。
このレストランを利用する客と立ち呑みスタンドを利用する客とは互いに全く異なる客層です。
初デートのカップルが立ち呑みスタンドで一杯ひっかけるのも絵になりませんし、競馬帰りのおやじたちが高級レストランに入るのも絵になりません。あまり想像できませんし、想像したくもないです。
これに対してペッパーフード社は、一人でも気軽に店に入ることができて、安いながらもそれなりの品質のステーキを提供するコンセプトをステーキ業界に持ち込みました。
高級料理と立ち呑みとの良いところを組み合わせた画期的なシステムです。
いきなりステーキの着眼点のよいところは、これまでステーキを食べたいと思っていたけれどもなかなかレストランに一人で入ってステーキを食べることを躊躇していた客層をステーキの世界に呼び込んだ点にあります。
また一人の場合には話す相手もいないので店に長居する理由がなくなります。このためいきなりステーキの店舗を訪れる客は食べ終えると店をすぐに出ていきますので、客の回転率がよくなります。
店に客が長居した場合には料理の単価を上げざるを得ませんが、客の回転がよいなら料理の単価を下げることができます。
私もいきなりステーキの店に入って一人で450gのステーキを注文することがありますが、いきなりステーキの店以外で500g級の肉料理を注文したことはないです。
ステーキ業界再編の流れ
いきなりステーキ方式による肉料理提供の背景には、牛肉の狂牛病問題があります。
以前発生した牛肉の狂牛病問題で市場の牛肉離れが進んだように思います。当時自宅近くにあったステーキ店が次々と閉鎖になっていったこともあって、私自身さらにステーキを食べるためにレストランに出かける機会が少なくなりました。
ある意味、ステーキ業界に危機感があったのだと思います。ステーキ業界に対して厳しい風が吹いたことが、いきなりステーキのようなこれまでにないシステムを推進する原動力になったと思います。
(2)いきなりステーキの特許の内容
特許された「いきなりステーキの特許発明の内容」
いきなりステーキの特許発明の内容を、特許庁公開の特許公報から引用します。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって、上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備えることを特徴とする、ステーキの提供システム。
特許庁公開の特許公報「特許第5946491号 ステーキの提供システム」(ペッパーフードサービス社)より引用
特許文献に慣れていない人の場合は、まず請求項1の文章構造に着目します。上記請求項1の文章構造のみに着目すると次のようになります。
まず請求項1の内容を書き直します。
- 【A】
- (a-1) お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、
- (a-2) お客様からステーキの量を伺うステップと、
- (a-3) 伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、
- (a-4) カットした肉を焼くステップと、
- (a-5) 焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含む、
- (a-6) ステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって、
- 【B】
- (b-1) 上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、
- (b-2) 上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、
- (b-3) 上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備える
- (b-4) ことを特徴とする、ステーキの提供システム。
今回は発明の理解のために、大きく【A】のパートと【B】のパートに分けましたが、慣れてくれば特段分ける必要はありません。
まだ分かりにくい人もいると思いますので、さらに上記請求項1の文章構造の骨格だけを見ます。
- 【A】
- (a-1) ・・・”案内する”ステップと、
- (a-2) ・・・”伺う”ステップと、
- (a-3) ・・・”カットする”ステップと、
- (a-4) ・・・”焼く”ステップと、
- (a-5) ・・・”運ぶ”ステップとを含む、
- (a-6) ・・・ステーキの提供システムであって、
- 【B】
- (b-1) ・・・”札”と、
- (b-2) ・・・”計量機”と、
- (b-3) ・・・”印し”とを備える
- (b-4) ・・・ステーキの提供システム。
まずはこの文章構造のみに着目します。
そうすると、請求項1の特許発明は、
(A)「(a-1)から(a-5)までのステップを含むステーキの提供システム」であって、(B)「(b-1)から(b-3)までを備えるステーキの提供システム」
であることが分かります。
この請求項1が要求する特許発明の条件を並べてみます。
- (A)のステーキの提供システムと(B)のステーキ提供システムの両方がそろっていないとダメなんだ
- (A)のステーキの提供システムとして、(a-1)から(a-5)までのステップが全部そろっていないとダメなんだ
- (B)のステーキの提供システムとして、(b-1)から(b-3)までのステップが全部そろっていないとダメなんだ
これらの条件の全てがそろって、はじめて特許権が成り立ちます。一つのステップでも欠けた技術に対して、請求項1に記載されたステーキの提供システムとは原則関係がなくなります。
例えば、いきなりステーキの特許発明の場合は、提供される肉は、上記の(b-3)の条件から「お客様の要望に応じてカットした肉」と規定されています。
このため、例えばお客様の要望に応じないで、工場等で前もってカットした肉を第三者が使った場合には、この特許発明では原則カバーできないことになります。
また上記の請求項1はステーキの提供システムなので、とんかつとか、天ぷらとか、しゃぶしゃぶには原則適用されません。
(3)いきなりステーキの特許に意味はあるのか
なぜこんなに「いきなりステーキの特許発明の権利」は狭いのか
例えばとんかつとか、天ぷらとか、しゃぶしゃぶ料理の提供に、このいきなりステーキの特許発明の権利から原則外れてしまうと聞いてあなたはどう思いますか。
また例えば、お客さまの要望を聞かないであらかじめ別の工場で定量にカットされた肉ブロックを店に持ち込み、お客さまにそのブロックを選別してもらうステーキの提供システムの場合も、このこのいきなりステーキの特許発明の権利から原則外れてしまいます。
ちょっと条件を触ると、たちまちこの特許発明の権利の範囲から外れてしまうのでは、特許権を取る意味があるのか、と考える人もいると思います。
なぜこんなにいきなりステーキの特許権の範囲が狭いのかというと、人が頭の中で理解して、人が実行するステップだけを寄せ集めても特許は得られないからです。
例えばバイトに実行させる対応処理マニュアルの内容では特許権が得られません。
特許が認められる発明は、自然法則を利用した技術であることが特許法に規定されていて、人間が頭の中で考えた業務の処理手順自体では特許を得ることができないからです。
このため、実際の審査段階で、「お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法」との内容は特許されない結果になっています。
このステーキの提供方法が特許されないのに、どうして上の請求項1が特許されたのか、そもそもそれが分からない人もいると思いますので、まずはこの点から。
請求項1には、特許にならない構成要素があったとしても、構成要素全体が集まれば全体として特許になる場合があります。
例えば構成要素としての「自動車」の単体項目は、現時点では特許されません。しかし「AとBとCとを備えた自動車。」との発明は特許される場合があります。これと同じです。
「AとBとCとを備えた自動車」は、「AとBとCのうち、一つでも含まない自動車は権利範囲から除く」との意味です。このためAとかBとかCとかの各構成要素の数が増えると、どんどん特許権の権利範囲が狭くなります。
日本国よりも日本国+東京都の方が面積が狭く、日本国東京都よりも日本国東京都+中央区の方が面積が狭い関係に似ています。構成要素が増えれば増えるほど特許権の権利範囲は狭くなります。
構成要素が少なければ、従来技術との違いがぼやけてわかりません。
これに対して構成要素が増えると、権利範囲は狭くなるのですが従来技術との違いがより鮮明となり、最終的に特許されるところまで至ります。
「いきなりステーキの特許権」に意味はあるのか
ずばりいえば、いきなりステーキの商売形態をそのままパクるのは許されない、という点に意味があります。
もしこの特許がなければ、いきなりステーキの商売形態をそのまま盗用されても、いきなりステーキの運営者側は何の保護も受けられないことになってしまいます。
ただこの特許があれば、少なくともそっくりそのままパクられる事態は防ぐことができます。
今回のいきなりステーキの特許発明については特許の専門家の間でそもそもこのような技術に特許を与えてもよいのか、という議論がでてきてもおかしくないと思います。
けれどもこの技術に対して特許を付与しなければならないほど、飲食業界の知的財産保護のレベルが低下してきているという実情も見逃せないと私は思っています。
近年、飲食店の店舗を権利侵害になるかどうかの際までそっくりそのままマネして後追いする企業が現れています。小判鮫商法であれば、自ら公告宣伝費の支出を抑えて先駆者の後追いをするだけで利益が出せるようになります。
仮に先駆者から訴えられたとしても、ゼロから市場を開拓する宣伝広告費より安くなるならマネした方が得、という考え方が広まりかねません。逆にネットで炎上した方が儲かるという考え方もでてくるようになります。
このような小判鮫商法がまかり通るようになれば、飲食業全体のモラルは下がる一方になります。
どのレベルの技術を特許するか、というのは、どの方向に産業を持っていきたいかという国策と密接に結びついています。
業界の先駆者を特許権で保護することにより、さらに多くの業界の先駆者が模倣の餌食にならない体制を強化することもまた必要だと思います。
(4)まとめ
ぜひいきなりステーキの特許文献を読んでみよう
普段の業務が忙しくて、知的財産の専門家以外は特許文献を読む機会が少ないと思います。
今回のいきなりステーキの特許はそれなりに特許の勉強にはよい材料だと思います。生活に密着していて、内容も理解しやすいと思います。「特許第5946491号」の特許番号を手がかりに、特許庁ホームページから無料で利用できる特許情報プラットフォームで特許文献を無料で見ることができます。
機会があれば、ぜひ見てくださいね。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘