索 引
商標出願において、後から大きく影響してくる判断とは何でしょうか。ロゴのデザインでもなければ、ネーミングの語感でもありません。
多くの事業者が見落としがちでありながら、将来の売上や提携、さらにはM&Aや事業売却にまで影響を及ぼすのが、「どの区分(指定商品・指定役務)で出願するか」という判断です。
商標は「名前を守る手続き」と捉えられがちですが、実務においては事業の縄張りをどこまで塀で囲うかを決める設計図といえます。
塀の範囲が狭ければ他者に侵入されますし、広げすぎれば費用がかさみます。区分選択には勘に頼るのではなく、再現性のある判断材料が必要です。
その判断材料として有効なのが、ライバルの区分取得状況なのです。
1. 区分は「費用の単位」であり「防衛線の設計図」でもある
商標出願では、申請書にその商標を使う商品やサービスを具体的に記載します。これが指定商品・指定役務と呼ばれるもので、国際分類(ニース分類)に基づき第1類から第45類のいずれかに分類されています。
ここで現実的な問題が生じます。
区分は出願や登録にかかる費用を左右する課金単位です。区分が増えるほど費用も増えるため、多くの方がまず「なるべく少なく」と考えます。その気持ちは理解できます。しかし、節約のしすぎが将来の損失につながるのが商標の難しいところです。
たとえば現時点ではアプリ(第9類)しか展開していなくても、半年後にオンライン講座(第41類)やコンサルティング(第35類)へ事業を広げる可能性があるなら、守るべき範囲は現在だけで決めない方が賢明です。
一方で、思いつくものをすべて盛り込んで45区分を狙うのも現実的ではありません。資金には限りがあり、審査の対応で追加費用が発生する場合もあります。
つまり区分選択とは、「守りたい未来」と「支払える現実」の交点を見つける作業です。その交点を探す際に、ライバルの登録状況は非常に参考になります。
2. ライバルの区分は「市場が選んだ、基本的な正解」になりやすい
あなたの業界で成果を上げている会社、成長している会社、直接競合している会社は、すでに「どこを守れば事業が成立するか」を経験的に学んでいます。
彼らが取得している区分は、言い換えれば実戦の中で選び抜かれた防衛線です。
もちろん、ライバルと同じにすれば必ず正しいというわけではありません。
ですが少なくとも、初期の戦略としてはかなり合理的です。ライバルと同等の保護範囲を確保できれば、「区分のカバーの弱さ」から一方的に不利になる確率が下がるからです。
さらに重要なのは、区分を広げる判断は事業の進行に合わせて段階的に行えるという点です。
最初から理想の防備を目指すより、まずはライバル水準を押さえ、事業が伸びた分だけ追加投資する方が、資金効率もリスク管理も優れています。
直接の競争相手が見当たらない場合でも、同業界で先行する企業や、顧客が比較検討しやすい隣接領域の企業を参考にすれば十分です。
要するに、あなたの事業の周辺には必ず「答えに近い誰か」がいるということです。
3. ただし「ライバルの区分をそのままコピペ」は危険
ここで重要な点を明確にしておきます。
「大手企業が取っている区分が正解」ではありません。
むしろ近年、大手企業の出願でも権利漏れが含まれているケースが目立ちます。
実務でよく見るのは、たとえば「洋服」を含めているのに「下着」が抜けている、あるいは「印刷用紙」は押さえているのに「印刷済みの印刷物」が抜けている、といったタイプの漏れです。
こうした漏れは、専門家が丁寧に設計すれば回避できる場合が多い一方で、テンプレートの使い回しや機械的処理が続くと、同じミスが繰り返されます。
ライバルの区分は「参考」にはなりますが、「そのまま採用」してはいけません。
指定商品役務の範囲の調べ方にもコツがあります。単発で一社だけを見るのではなく、複数社を比較し、さらに一定期間さかのぼって傾向を確認する。この一手間が、あなたの区分設計の精度を一段引き上げます。
4. J-PlatPatで、ライバルの区分取得状況を調べる手順
ライバルの商標区分を調べるとき、まず使うのが特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)です。無料で出願・登録情報を検索できます。
サイトは以下のURLです。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/all/top/BTmTopPage
“`
操作の流れはシンプルですが、結果の精度を左右する注意点があります。まず、J-PlatPat上の検索で「商標検索」を選び、検索項目で「出願人/書換申請者/権利者/名義人」を指定し、ライバル企業名を入力して検索します。
Fig.1 特許情報プラットフォームで商標検索から「テスラ」と入力

ここで重要なのは、登録されている名義(正式名称)と一致しないとヒットしにくいという点です。
とはいえ最初から正式名をピンポイントで当てるのは難しいでしょう。そこで使えるのが、部分一致で拾う工夫です。
「?」で挟む:正式名称に辿り着くための検索テクニック
最初は会社名の一部しか分からないことが多いものです。そんなときは、検索語を「?」で挟む方法が便利です。たとえば「テスラ」を探したいなら、「?テスラ?」のように入力します。すると、名義に「テスラ」を含む候補が一覧で表示されやすくなり、その中から正式な表記(カンマや表記揺れ、英語表記など)を特定できます。
Fig.2 「?テスラ?」と入力して、登録上のテスラの正式名称を探る

そして正式名称が分かったら、その正式名称で再検索します。これで、不要な候補を減らし、狙った企業の出願・登録一覧に近づけます。
Fig.3 テスラの正式名称からテスラの権利取得状況一覧を入手できる

なお、名義の文字列にスペースが含まれている場合、検索結果が意図せず広がることがあります。
必要に応じてスペースの扱いを調整しながら検索すると、ノイズを減らせます。ここは「一発で当てる」作業ではなく、候補を絞り込む探索です。商標調査の現場では、この作業を丁寧に行うだけで、誤った前提のまま区分設計してしまう事故を防げます。
5. 調べた区分リストを、そのまま真似ずに「戦略」に変換する
ライバルの取得区分が見えたら、次はあなたの出願戦略に落とし込みます。ここでプロの視点として強調したいのは、区分の見方は「数」ではなく「意図」だということです。
ライバルが第35類を取っているなら、それは広告や小売、マーケティング支援など、ビジネスの入口を押さえたい意図があるかもしれません。第41類なら教育・セミナー・コンテンツ領域。第9類ならアプリやソフト、データ関連。こうして、区分を「事業の動線」として読み解くと、あなたの事業の将来と照らし合わせやすくなります。
実務でおすすめの進め方は、まずライバルと同程度の保護範囲を初期ラインとして確保し、そのうえで「自社が伸びる可能性が高い周辺領域」を追加候補として棚に上げておくことです。
棚に上げる、というのがポイントで、最初から全部申請するのではありません。事業が伸びた段階で、次の出願を打つ。これが、費用対効果を損ねない現実的な拡張戦略になります。
6. 2020年頃から増えた「テンプレ事故」に要注意:権利漏れは他人事ではない
近年、商標実務では「一見きちんとしているのに、指定の中身が抜けている」ケースが増えています。
背景には、効率重視の一律処理やテンプレートの流用があると考えられます。たとえるなら、ブロック塀を積むのに鉄筋を通していない状態です。外から見れば塀に見えますが、いざというときに崩れてしまいます。
しかも商標は、後から「やはり下着も追加で」「印刷物も追加で」と思っても、簡単には修正できません。
下記のFig.4のグラフは、商標権の登録範囲に洋服が含まれているにもかかわらず、その範囲から下着の登録が欠けている件数の年次推移を示しています。
Fig.4 下着の登録が欠けている洋服に関する商標権数の年次推移

下記のFig.5のグラフは、商標の登録範囲に印刷用紙が含まれているにもかかわらず、その範囲から印刷済みの印刷物の登録が欠けている件数の年次推移を示しています。
Fig.5 印刷済みの印刷物の登録が欠けている印刷用紙に関する商標権数の年次推移

出願後の補正で指定商品・指定役務を実質的に広げることは認められず、拡張したいなら別出願でやり直しになり、費用も手間も増えます(商標法第16条の2の運用上の制限として、範囲を広げる補正は却下されることが一般的です)。
だから、ライバル調査は「直近だけ」見て終わりにしないでください。
直近の出願・登録はテンプレ事故の影響を受けている可能性があるので、一定期間さかのぼって複数年の傾向を確認すると、漏れのパターンに気づきやすくなります。
ここまで行うと、ライバル調査は単なる模倣ではなく、あなたの出願の品質管理になります。
7. 「最初に書けば追加費用なし、後から直すと倍」になりやすいのが商標
商標の指定範囲は、出願時点で設計しておくのが圧倒的に有利です。最初から必要な範囲を過不足なく記載できていれば、少なくとも「漏れを埋めるための再出願」という無駄が減ります。
一方で、提出後に漏れが見つかると、現実的には「追加出願で二重払い」に近い形になりやすい。
たった一語の漏れが、将来のビジネス展開を制限したり、ライセンス交渉で不利に働いたりします。商標の区分設計は、出願時のコスト削減よりも、将来の交渉力とトラブル回避に直結します。
8. まとめ:ライバルの区分は「答え」ではなく、有効な申請書を作るための地図
区分選択に迷ったら、まずライバルの区分取得状況を確認してください。これは、あなたの業界で実際に戦っているプレイヤーが選んだ「基本的な守り」であり、初期の意思決定で大きく外れにくい材料です。
ただし、ライバルの出願には権利漏れが混じることがあります。だからこそ、複数社を比較し、一定期間さかのぼり、漏れのパターンまで含めて読み解く。ここまで行って初めて、ライバル調査は単なるコピーではなく、あなたの事業のための戦略になります。
商標は、出願した瞬間から「守れる範囲」と「守れない範囲」が固定されていきます。あなたのブランドが成長するほど、その差は課題として表面化します。
だから今、区分設計を軽く扱わないでください。
ライバルの区分を調べることは、将来の自分への保険になります。
ファーイースト国際特許事務所