索 引
1. 流行語を押さえることはアリか、ナシか
「もし流行語を独占できたら…」
そう考えたことがある方は、意外と多いかもしれません。ドラマの名セリフやバラエティで芸人さんが放った一言が社会現象になり、その言葉を商品名やキャッチコピーに使って一気に売上を伸ばす——想像するだけでワクワクするビジネスシーンです。
まだ世の中で流行していない、けれど「これ、いつか絶対流行るぞ」と感じる言葉。そんな”バズる前”の言葉をあらかじめ商標登録して押さえておくことは、法律的にアリなのでしょうか。それとも、炎上リスクの高い危険な行為なのでしょうか。
本記事では、商標の専門家として、日本の商標法のルールを踏まえながら、「流行語」「無流行語」と商標登録のリアルを、SNSでも語りやすい切り口で解説していきます。
2. 流行語を「独占」したい誘惑と、その裏側
一度流行語になった言葉の経済効果は、決して小さくありません。その言葉を冠したTシャツ、マグカップ、お菓子、アプリ…うまくハマれば、「流行語ビジネス」だけで収益を得ることも理論上は可能です。
実際、かつてドラマの決めゼリフ「倍返し」がブームとなった際、この言葉を含む商標出願が特許庁に相次ぎました。また、芸能人・加護亜依さんの名前が第三者によって商標出願され、ニュースとして取り上げられたこともあります。
しかし、こうした「話題の言葉をとりあえず出願してみる」タイプの商標の多くは、現在では権利として残っていません。なぜか。そこにこそ、「流行語」と「商標」の関係を読み解く鍵があります。
3. 日本の商標法は、流行語に甘くない
特許庁は、いまや流行語の取り扱いに敏感です。一度世の中で広く知られるようになった言葉については、誰かが勝手に独占しようとしていないか、厳しい目線で審査をします。
商標法には、「すでに他人の業務に係る商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」と同一・類似の商標は登録できない、というルールがあります(商標法第4条第1項第10号)。
要するに、すでに世の中で”有名になってしまった”言葉は、誰か一人の独占にはさせないという考え方です。
そのため、「世間で大流行してから」その言葉を出願しても、既に有名であるがゆえに、登録は認められないケースが多くなります。これが、話題になった流行語の関連商標の多くが、審査で弾かれてしまう大きな理由です。
4. では、「無流行語」なら商標登録できるのか
ここで出てくるのが、「無流行語」という発想です。
まだ流行していない、誰も注目していない、でも自分はすでに使い始めているキャッチコピーやフレーズ。
この段階では、まだその言葉は「広く認識されている商標」ではありません。つまり、前述の第4条第1項第10号には引っかかりにくく、先に同じ言葉の登録例さえなければ、原則として商標登録される可能性は十分あります。
ここまでは、ビジネス上も法律上も、かなり筋の良い動きです。問題は、このあとです。
5. 「流行してから」慌てて出願しても、優遇はされない
よくあるのが、次のようなケースです。
昔からその言葉を使っていた。ある日、テレビやネットでバズって一気に流行語になった。「これはまずい、誰かに先に商標登録されたら困る」と焦り、慌てて防衛のために商標出願する。
感覚としては、「もともと自分が使っていたのだから、優先的に登録させてほしい」と思うのが自然でしょう。
しかし、日本の商標制度が「先に使っていた人」ではなく「先に出願した人」を原則として保護する制度だということです。
昔から使っていた人を、出願の段階で自動的に優遇するルールはないというのが、日本の商標法の現実です。
もちろん、先に使っていた人を一定範囲で守る「先使用権」という仕組みはありますが、「出願の順番をひっくり返して、あなたに優先的に登録してあげます」という制度ではありません。
6. 「防衛のため」は、商標ハンターもよく使う言い訳
ここで厄介なのが「防衛のために商標を取りました」という理由そのものが、流行語を”乗っ取りたい人”にも使えてしまう点です。
本当に流行前からまじめにその言葉を使ってきた人も、単に流行語を押さえて利益を得たいだけの人も、どちらも口では「防衛のため」と言えてしまいます。
商標審査では、単に「防衛目的です」と主張するだけでは足りません。流行する前から実際にその商標を使っていたのか、広告・チラシ・Webサイト・販売実績など、客観的な証拠が問われます。
裏を返せば、審査で問題になった際に、流行する前から継続的に使っていたことを審査官に納得してもらえるかどうか。ここが、「無流行語」を登録できるか否かの、重要な分かれ目になります。
7. それでも「無流行語」が登録されることはある
では、流行した言葉に関連する商標が、すべて登録NGかと言えば、そうとも限りません。
流行する前から、その言葉をブランドとして真面目に使っていたことが証拠で示せれば、流行語を横取りするために急に使い始めたのではないこと、自社の信用・顧客の混乱を避けるために権利化する合理的な必要があること、というストーリーが、法的にも筋の通ったものになってきます。
こうしたケースでは、特許庁も「先に使用していた結果、法的に保護する価値が生じているなら、登録によって保護することも商標法の趣旨に合う」と判断し、登録が認められる可能性が出てきます。
つまり、「無流行語」を商標化すること自体が悪いのではなく、本当に使っていたのか、第三者の流行語を便乗的に奪おうとしていないか、法的に保護する価値が生じているか、などの点が、審査上のポイントになるわけです。
8. それでも私が「流行語の権利化はおすすめしない」理由
ここまで読むと、「じゃあ、早めに仕込んでおけば得なんじゃない?」と思われるかもしれません。しかし、商標のプロとして正直にお伝えすると、私は”流行語勝負の商標戦略”はあまりおすすめしていません。
理由はシンプルで、流行語の寿命は、商標権よりはるかに短いからです。
商標権は、一度登録すると10年間有効で、更新すればずっと続きます。一方で、流行語の旬は、早ければ数ヶ月、長くても数年で「なんだか古い」と感じられるようになります。
かつては、多くの人が同じテレビ番組を見て、同じお笑い芸人のネタを語り、同じ流行語で盛り上がる土台がありました。ところが今は、情報の中心はテレビだけではなく、X(旧Twitter)、YouTube、TikTok、配信サービス…と分散しています。
その結果、そもそも「全員が共有する流行語」が生まれにくくなっており、生まれたとしても、短期間で消費されてしまう傾向が強まっています。
10年有効な商標権を、数ヶ月の流行語だけを頼りに取得してしまうと、気づけば「古臭い言葉」を、長期にわたって背負わされるリスクもあるのです。
9. バズを狙うなら、「言葉」だけでなく「戦略」を商標化する
ここまでをまとめると、「無流行語」であれば商標登録される余地は十分にあります。ただし、流行してから慌てて出願しても法律上優遇されることはありません。「防衛出願」は、本当に使ってきた人か便乗ハンターかを証拠で見分けられます。それでも、流行語そのものの権利化は、ビジネス上の賞味期限が短く、あまり合理的とは言い難いでしょう。
本当に価値があるのは、一時の流行語そのものではなく、長期的に使い続けるブランド名、サービスのコンセプトを象徴するネーミング、事業の核になるスローガンといった、「10年かけて育てていく言葉」のほうです。
流行語に振り回されるより、「無流行語」の段階から、腰を据えて育てたい言葉を見つけ、早めに商標で押さえておくほうが、結果的にビジネスもSNSも強くなります。
10. おわりに:流行語の炎上と、専門家としての現場感覚
私は、「倍返し」ブームの際、平成25年(2013年)12月2日(月)放送のTBSテレビ「ひるおび」に出演し、流行語の商標登録問題についてコメントをしたことがあります。そのときも感じたのは、「言葉」は社会の共通財産でありつつ、「商標」は特定の事業者の権利であるという、微妙なバランスでした。
バズる言葉をめぐる炎上は、今後も形を変えながら起き続けるでしょう。
バズってから慌てない、バズらなくても困らない、「10年後も堂々と使える言葉」を早めに商標で守っておくという発想が、これからの時代のスマートな「無流行語」戦略なのだと思います。
あなたの手元にも、「これから育てたい言葉」はないでしょうか。もし思い当たるフレーズがあるなら、流行り始める前の”無流行”のうちに、一度商標の観点から検討してみる価値は十分にあります。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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