索 引
1. そのグッズ、本当に「公式」ですか?
オリンピック、ワールドカップ、人気アーティストのワールドツアーなど、大型イベントが開催されるたびに注目を集めるのが記念グッズや公式グッズです。しかし、こうしたお祭りムードに便乗して、市場に紛れ込んでくるのが「偽物」です。
ここで最も注意すべきポイントがあります。偽物だと知らずに仕入れて販売してしまった場合でも、法律違反になる可能性があるのです。
商標の専門家として多くの相談を受けてきましたが、「悪意がないから大丈夫」という理屈は、商標法や不正競争防止法の世界ではほとんど通用しません。
この記事では、東京五輪のケースを例にしながら、大型イベントのグッズが偽物に狙われる理由、適用される法律の仕組み、そして事業者が取るべき対策について、分かりやすく解説していきます。SNSで怪しいグッズを見かけたときに、ぜひ思い出していただきたい内容です。
2. なぜ大型イベントのグッズは偽物の標的になるのか
大型イベント関連グッズの偽物を扱ってしまうと、単に「怪しい商品を売ってしまった」では済まないことがあります。商標権侵害や不正競争防止法違反といった、法律トラブルに発展する可能性があるからです。
代表例として分かりやすいのが、4年に一度開催されるオリンピックです。とりわけ東京での開催のように、50年に一度あるかないかという一大イベントでは、公式エンブレム入りのピンバッジやTシャツ、タオル、文房具など、膨大な種類のグッズが販売されました。その市場規模は数百億円とも言われ、非常に大きなビジネスとなっています。
市場が大きく、世界中からファンが殺到し、しかも開催期間が限られている。この条件が揃うと、偽物業者にとっても利益を得るチャンスになります。実際、東京五輪を巡っては、偽のエンブレム付きピンバッジを販売した業者が逮捕される事件が複数発生しました。特に五輪グッズの場合、商品に五輪関係のエンブレムを印刷するだけでそれらしく見せられてしまうため、偽物が大量に供給されやすい状況があるのです。
3. 公式グッズには工夫があるが、それでも見抜きにくい
もちろん、大会側も対策を講じています。東京五輪の公式グッズには、正規品であることを示す証明書、商品への刻印やシリアルナンバー、角度を変えると模様が浮かび上がるホログラムシールなど、本物と偽物を見分けるための工夫が凝らされていました。
しかし、忘れてはならない現実があります。もし偽物が一目で偽物と分かるレベルであれば、そもそも売れません。販売する側も買う側も、すぐに気づいて避けてしまうからです。
だからこそ、偽物を作る側は、一見しただけでは本物と区別がつかないレベルのものを作ろうとします。ホログラムも似せる、証明書もそれらしく作る。その結果、市場には「本物だと言われたら信じてしまう」品質の偽物が流通しやすくなります。
ここから先は、そうした偽物グッズに関わってしまったとき、どのような法律が適用されるのかを見ていきましょう。
4. 法律の適用は「三段構え」でやってくる
大型イベントの代表例として、東京五輪関連グッズの場合をモデルケースとして説明します。ポイントは、商標法と不正競争防止法が、立体的にブランドを守るよう設計されているということです。
商標権による規制
商標権は、登録の際に指定された商品・サービスの範囲内で、その商標を独占的に使える権利です。例えば、「五輪」という商標が「文房具」を指定商品として登録されていれば、正当なライセンスを受けた者以外は、業として文房具に「五輪」という表示を付して販売できません。
東京五輪関係の商標は、「TOKYO 2020」、五輪マーク、エンブレム、マスコットキャラクターの名称や図形など、非常に広い範囲で登録されています。安易に商品へ五輪関連の表示を無断で付けると、それだけで商標権侵害になりうるというのが第一のポイントです。
「販売目的で所持」するだけでも商標法違反になる場合
次に、見落とされがちですが重要なのが、商標法における「間接侵害」の規定です。商標権は本来、登録された商標を実際に商品やサービスに使う行為を規制するものです。しかし、商標法には「直接の侵害行為を行う者だけでなく、その準備をする者も、一定の場合には侵害者とみなす」という考え方があります。
具体的には、商標法第37条第1項第6号では、登録商標を表示した物を、他人にその商標を使わせるために譲渡し、引き渡し、またはその目的で所持する行為は、商標権侵害とみなすと定めています。
ここで重要なのは「侵害とみなす」という表現です。法律上「みなす」という言葉が使われるとき、それは反論の余地をほとんど認めない強い宣言です。つまり、指定商品とは直接関係のない「エンブレム付きのプレート」「ロゴだけが印刷されたシール」などであっても、それを販売目的で所持していれば、商標権侵害とみなされる場合があります。
「商品にはまだ貼っていないからセーフ」「素材として持っているだけだから大丈夫」といった認識は、商標法の世界では非常に危険だと理解しておく必要があります。
商標登録がなくても、不正競争防止法で違法になる場合
では、「登録されているマークは避けて、未登録の東京五輪関連デザインだけ使えばいいのでは」と考える方もいるかもしれません。ここで出てくるのが、第三の防御線である不正競争防止法です。
不正競争防止法には「著名表示の保護」と呼ばれる仕組みがあり、特許庁で商標登録されていないマークであっても、世の中で非常に有名なものについては、無断で利用することを禁止しています。
例えば、ニュースや広告等で広く認知されているエンブレムやロゴを、あたかも公式グッズであるかのように商品に付して販売すると、不正競争防止法上の「混同惹起行為」と判断されるおそれがあります。
つまり、「商標登録されていないから使ってもよい」という認識は危険です。登録の有無にかかわらず、世の中で広く知られているマークを勝手に使って商品を売れば、不正競争防止法違反として検挙される可能性があることを押さえておきましょう。
5. 知らないうちに法律に違反してしまう典型的なケース
偽物が大量に市場にばらまかれると、次のような状況が起こり得ます。自分としては正規の東京五輪関連グッズだと信じて仕入れた。仕入先からも「これは本物です」と説明された。そのまま「公式グッズです」と信じて消費者に販売していた。しかし後から調べたところ、その一部に偽物が混ざっていた。
残念ながら、このような場合でも、偽物を販売した事実があれば、法律違反に問われる可能性があります。粗悪品であれば、手に取った瞬間に違和感を覚え「これはおかしい」と気づけるでしょう。しかし偽物を売る側も当然そこは理解しています。だからこそ、本物か偽物か一見しただけでは分からない品質を狙って作り込んできます。
実務上特に厄介なのは、すべてが偽物ではなく、大量の本物の中に一部だけ偽物が紛れ込んでいるケースです。全商品が偽物であれば、比較的見抜きやすいでしょう。ところが、本物を扱っているという安心感がある中にほんの一部の偽物が混入していると、チェックが甘くなり、気づかないまま販売してしまうリスクが高まります。
こうした状況になると、まさにトラブルに巻き込まれるという表現がぴったりです。では、事業者として、どのような対策を取るべきでしょうか。
6. 正規代理店を通じてグッズを入手する重要性
仕入れルートの健全性を確保すること
東京五輪に限らず、大型イベントの公式グッズについては、通常、公式ライセンスを受けた「正規代理店」や「認定取扱店」が存在します。正規代理店を通してグッズを仕入れる最大の理由は、まさにトラブルを避けるためです。
仮に悪意がなかったとしても、「偽物を販売した」という事実が公になれば、店舗やブランドの信用は傷つきます。SNS時代において、「この店は偽物を売っていたらしい」という投稿が拡散されれば、風評被害は一気に広がります。
多少仕入れ値が高くても、正規ルートからのみ仕入れる方が、長期的にはリスク回避につながるという視点を持つことが大切です。
正規品サンプルと「直接見比べる」習慣をつける
次に重要なのが、怪しいと感じたときに、自分たちで真贋確認をする仕組みを持つことです。「どこから仕入れているから大丈夫」「信頼している担当者がチェックしているから安心」と人任せにしてしまうと、組織のどこかの段階でチェックが甘くなった瞬間に、偽物が入り込む余地が生まれます。
少なくとも、公式ルートで入手した正規品サンプルを保管しておき、ロットが変わったり新たな仕入れ先から商品が入ったりしたタイミングで、実物を横に並べて比較するといった基本的なプロセスを徹底するだけでも、偽物の混入リスクは減らせます。
パッケージの質感、印刷の鮮明さ、ホログラムの見え方、刻印の有無、タグの内容など、ほんの少しの違いが「偽物のサイン」になっていることも多いのです。
流通経路が不明な商品には手を出さない
さらに、流通経路がはっきりしない商品には、そもそも手を出さないという判断も重要です。偽物を販売する業者の中には、悪意を持って偽物だと知りながら販売する者もいれば、自分も本物だと信じて仕入れているケースもあります。つまり、流通経路上にいるすべての事業者が、善意で動いているように見えることさえあるのです。
事業者側としては、なぜその価格で仕入れられるのか、正規ライセンスとの関係はどうなっているのか、どの会社がどのルートで商品を渡してきているのかといった点を、一歩踏み込んで確認する視点が欠かせません。「安いから」「たまたまいい話があったから」といった理由だけで、出所の不明確な商品に手を出すのは危険です。
7. まとめ
市場に偽物が出回っているということは、私たち自身が知らないうちに法律違反に踏み込んでしまう可能性があることを意味します。
東京五輪のような大規模イベントが開催されるたびに、偽物をゼロに抑え込むことは、現実的には容易ではありません。しかし、だからこそ、どの法律がどう関わってくるのかを知り、正しい仕入れと管理の体制を整え、日頃から真贋を見分ける目を鍛えておくことが、事業者にとって重要になっています。
東京五輪関連グッズをめぐる商標の問題について、2019年6月17日の日本経済新聞・社会面でコメントする機会を頂きました。そこでお伝えしたかったことは、今も変わりません。
「知らなかった」「悪気はなかった」では、ブランドも信用も守れない。だからこそ、偽物に巻き込まれない仕組みを、あらかじめ用意しておくことが重要だということです。
もしこの記事の内容が、少しでも気づきにつながったなら、ぜひ同じようにグッズを扱う同業者や、イベント担当者の方々と共有していただければ幸いです。
大型イベントの盛り上がりを、偽物ではなく、正規の価値で支える仲間が、一人でも多く増えることを願っています。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247