索引
索引
(1)日本で商標登録されていない場合、第三者は日本で登録可能か
商標登録は早い者勝ち
海外で使われていた商標が、たまたま日本で商標登録されていない場合、日本で本家とは関係のない第三者が商標登録をすることは可能でしょうか。
原則論を言えば、商標権者になることができるのは、先に特許庁に商標についての権利申請をした人です(商標法第8条)。
どれだけがんばって特定の商標を用いて外国で市場を開拓した場合であっても、日本で商標登録の手続を先に済ませていないと、日本で商標権者になることはできません。
そして日本で商標登録していなければ、他人にその商標について登録されてしまう場合があります。それが今回の商標「ティラミスヒーロー」のケースです。
先に使用した人に商標権を与える制度
法律上はそうなっているけれど、先に商標の使用を始めた人を差し置いて、全く関係のない他人がその商標について商標権を取得するのは納得できない、という方も多いでしょう。
先に商標を使い始めた人に権利を与える制度の場合、不公平感がなく、納得しやすいです。このように実際の商標の使用を重視して商標権を付与する制度のことを使用主義といいます。
使用主義の問題点
ただ、使用主義の場合、ある商標について外国でその商標を使っている人がいるというだけで日本国内で商標権が得られないとすると、それはそれで問題が生じます。
世界中、全ての国でその商標が実際に使われているかどうかを調べる必要が出てくるからです。
仮に、日本、米国、中国である商標が使われていないことが調査の結果判明したとしても、カナダやオーストラリアで使われている可能性は否定できません。追加でカナダとオーストラリアの商標使用の実情を調べたとしても、キューバやイスラエルで使われている可能性を否定できません。つまりどれだけ調べても切りがないことになってしまいます。
実際、世界中の全ての商標がデータベースに登録されているわけではありません。外国の商標の使用実績まで考慮する使用主義の下では、本当の商標権者を特定することが事実上不可能です。
これに対して特許庁に申請書類を先に提出した者に権利を与える登録主義の場合は、使用主義の場合と違って誰が本当の商標権者であるかを簡単に決定することができます。
このためほぼ全ての国では使用主義ではなく、登録主義、つまり先に特許庁に願書提出の手続をした者に商標権を与える制度を採用しています。
この登録主義の下では、日本で誰よりも先に商標登録を済ませておかないと、他人に権利を取られてしまうリスクを背負うことになります。
(2)第三者の商標「ティラミスヒーロー」の登録状況
他人の商標「ティラミスヒーロー」の審査状況はどうなっているのか
後発第三者による商標「ティラミスヒーロー」の審査状況は次の通りです。
(なお、これら以外にも第三者の出願は複数あります)
後発第三者による第一出願
- 出願人 : 株式会社gram
- 商 標:「ティラミスヒーロー」
- 出願日 :平成29年(2017)6月2日
- 指定商品役務
- 第29類 :加工食品等(ティラミスは含まない)
- 第43類 :飲食店で提供される飲食物に関する情報の提供等
- 結 果:審査合格
- 登録番号:商標登録第6031954号
- 登録日 :平成30年(2018)3月30日
特許庁で公開された商標公開公報より引用
後発第三者による第二出願
- 出願人 : 株式会社gram
- 商 標:「THE TIRAMISU HERO(画像あり)」
- 出願日 :平成29年(2017)12月8日
- 指定商品役務
- 第29類 :加工食品等(ティラミスは含まない)
- 第30類 :ティラミス等
- 第35類 :飲食店のフランチャイズ事業に関する情報の提供等
- 第43類 :飲食物の提供等
- 結 果:審査合格
- 登録番号:第6073226号
- 登録日 :平成30年(2018)8月17日
特許庁で公開された商標公開公報より引用
後発第三者による第三出願(第一出願の分割出願)
- 出願人 : 株式会社gram
- 商 標:「ティラミスヒーロー」
- 出願日 :平成29年(2017)6月2日
- 指定商品役務
- 第30類 :ティラミス
- 第35類 :飲食店に関する経営の診断又は経営に関する助言,飲食店のフランチャイズ事業に関する情報の提供等
- 結 果:現在、審査中
特許庁で公開された商標公開公報より引用
上記の登録状況から分かる通り、どんずばりの商標「ティラミスヒーロー」は、指定商品「ティラミス」については現在審査中ですが、それ以外の分野では登録が認められている商品・役務があります。
ちなみに商標権には制限があり、登録した際に指定した商品・役務の範囲で権利が認められます。登録していない商品・役務については権利行使はできないです。
(3)他人の商標を出願して審査に合格できるのか
ここで特に問題となる出願を取り上げます。上記の第二出願の商標画像を特許庁により公開されている商標公報より引用します。
後発第三者による第二出願の商標画像
特許庁で公開された商標公報より引用
先発本家本元の商標画像
“https://thetiramisuherojapan.com/”のホームページより引用
上記の画像をみれば分かる通り、特許庁で登録された後発第三者による第二出願の商標は、先発本家本元の画像部分をほぼそのまま使用していることが分かります。
文字だけの商標には、通常、著作権がない
文字だけでできている商標は、通常、著作権法にいう著作物に該当しません。このため商標が登録されていなければ、商標権の規制は働かず、誰もが使い放題になります。
一方文字だけでできている商標の中でも有名なものについては別の法律により規制がかかります。具体的には不正競争防止法で商標を使用することが制限されます。このため商標権がなければ自由に使える、というわけではありません。
キャラクター画像を含む商標は、通常、著作権法上の保護がある
では有名でない商標は自由に使えるのか、というと、そうではありません。キャラクター画像を含む商標であって、著作権法で保護される著作物は、第三者は勝手に複製することができません。
商標法には、他人の著作権を侵害する登録商標は使うことができない、との規定があります(商標法第29条)。使うことができない、という表現は、使えば権利侵害になる、ということです。
上記の後発第三者による第二出願の商標画像についての登録商標は、登録はされているが、著作権侵害により使うことができない可能性があります。
著作権を侵害する商標は登録してもよいのか、というご意見もあるでしょう。
ただ、著作権は、登録しなくても、著作物の完成と同時に発生します。このため登録されていない著作物を全て調べ上げることは事実上不可能です。
全ての著作物がデータベースに登録されているわけではないからです。
このため商標法では、審査の段階で、他人の著作物を無断コピーしたかどうかの全てまでは調べず、登録後、著作権を侵害することが判明した場合には登録された商標を使うことができない、といった具合に調整しています。
今回の場合は、お金を出して自動車を購入した(お金を払って特許庁で商標登録した)。けれども運転免許を持っていないので、購入した自動車を動かせない(著作権法違反により、登録商標を使用できない)場合と同じです。
(4)商標権がなければ使い放題?
商標法には救済措置が設けられている
先に説明した登録主義を採用した場合、権利者が誰かについて裁判をしたり揉めたりする必要がないため、権利が安定して存在することができます。
反面、たまたま商標登録をしていないからといって、第三者による無断登録を認めてしまうと、これはこれで問題が生じます。
商標法では第三者による無断登録を是正する措置が設けられています。これらについて以下に説明します。
横取りするだけで自分の業務に使わない商標は登録できない
商標法では、自己の業務に関係する商品や役務に使う商標なら登録を認める、との規定があります(
商標法第3条第1項柱書)。
他人の商標を横取りする目的で登録を試みても、業務に使用しないことが明かな場合には特許庁で登録が認められません。
未登録でも他人の有名な商標に似た商標は登録できない
たまたま商標登録されていない場合でも、有名な商標にはそれ自体、法律上保護すべき価値が生じていると考えられます。このような有名な商標を保護する目的で、有名な商標に似ている商標は、商品や役務が重複するなら登録が認められません(商標法第4条第1項10号)。
登録された商標に似た商標は登録できない
商標権は独占権です。重複する権利範囲で別の商標の登録を認めると本当は独占権であるはずの権利が独占権ではなくなってしまいます。これを避けるために重複登録は認められないです(商標法第4条第1項11号)。
他人の商標と間違えてしまうような商標は登録できない
他人の業務と混同してしまうような商標も登録が認められません(商標法第4条第1項15号)。例えば、有名な商標を使うことにより、有名企業のグループ会社と勘違いされるような商標は登録できません。
外国で有名な商標を不正の目的で登録できない
たまたま日本で登録されていないからといって、外国で有名な商標を、不正な利益を得る目的で登録することは認められません(商標法第4条第1項19号)。
上記の規定に違反すると特許庁の審査で合格できないです。たまたま審査に合格できたとしても、商標登録異議申立や無効審判の手続により、登録が取り消されたり無効になったりします。
(5)先使用権とは何か
日本で有名な商標には一定の範囲で使用できる先使用権の可能性も
第三者の商標登録出願前から有名な商標が存在するなら、本当はその有名な商標の存在を理由として第三者の商標は上記に説明した通り、審査に合格できなかったはずです。
本当は発生すべきではなかった商標権により後から有名な商標が使用できなくなるのは公平ではありません。このため有名な商標については、第三者の出願時点で有名になっている範囲に限って継続使用が認められます。これが先使用権です(商標法第32条)。
ただし、商標が有名であることは有名な商標を使っている側が主張・立証しなければなりません。先使用権が認められるかどうかは商標権の侵害裁判において裁判官が証拠に基づいて判断します。
(6)まとめ
ちなみに、現時点で後発第三者は、上記の第一出願と第二出願についての登録分しか商標権を持っていません。
第一出願にはテイクアウトの商品ティラミスは含まれておらず、また第二出願の商標が著作権法に違反するならその商標権は使えないです。
もしシンガポールの本家側が特許庁に対する異議申立等により、後発第三者の登録を取り消すことに成功し、商品ティラミスについての後発第三者の文字商標「ティラミスヒーロー」(上記の第三出願)が審査に合格できなければ、今後は逆に、後発第三者側が商品ティラミスについて、文字商標「ティラミスヒーロー」を使えなくなります。
現在、シンガポールの本家「ティラミスヒーロー」側は日本で登録した第三者に対して具体的な対抗措置を取るとすれば、審理の結果は、どの程度、本家側が具体的な証拠を積み上げられるかに依存します。
ところで商標を永年使い続けると、財産的な価値が生じます。
その価値を無断で利用することをフリーライドといいます。
近年ではフリーライドにより、手っ取り早く事業で儲けを出そうとする企業も散見されるようになりました。フリーライドする側からすれば、社会問題化して炎上すればするほどマスコミやネットで取り上げられ、宣伝費を浮かせることも可能になります。
わざと喧嘩を売るような商標や店舗外観を採用して、逆にネット等での炎上を狙う行為が今後拡がっていく可能性もあります。
ただ商売の基本は「信頼」や「信用」です。
消費者が特定の店の商品や役務を選ぶのは、その店のことを信用しているからです。
消費者から「信頼」や「信用」を得ずして、何を得ようとしているのか、という話になります。
「信用」を燃やしてお金にするのではなく、そのお金になる「信用」を積み上げるのです。それが本来の企業の姿ではないでしょうか。
どの企業も「法に触れなければよい」という考え方では足りないと私は考えます。お天道様に恥じない道を、どの企業にも歩んで欲しいと切に願っています。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247