1. 秘密保持契約とは何か、そしてなぜ必要なのか
ビジネスの現場では、技術ノウハウ、顧客リスト、価格戦略といった価値ある情報が日々行き交います。
こうした情報を相手に渡す前に取り交わされるのが「秘密保持契約(NDA)」です。
NDAは、当事者の一方または双方に対して情報を外部に漏らさない義務を課し、契約書という形で明文化されるのが通例です。共同研究開発契約など、別の契約の一条項として組み込まれるケースも珍しくありません。
秘密保持契約とは
不正競争防止法が定める営業秘密の定義は以下のとおりです。
「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」
(不正競争防止法2条6項)
不正競争防止法は、例えば、不正目的使用開示行為を以下のように定め、差止めや損害賠償の請求を可能としています(不正競争防止法3条、4条)。
「営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」
(不正競争防止法2条1項7号)
「NDAを結ばなくても、不正競争防止法で営業秘密は守られるのでは?」と考える方もいます。
確かに同法は、秘密管理性・有用性・非公知性を満たす情報を保護します。しかし、情報が営業秘密に当たるか否かは事後的に争われやすく、差止めや損害賠償を請求するには「不正の目的」を立証するハードルもあります。
NDAを締結しておけば、「秘密として管理されている」こと自体を容易に証明でき、営業秘密に該当しない情報にも契約ベースで保護を及ぼせます。
要するに、NDAは“保険”ではなく“基盤”——情報を安心して差し出し、イノベーションを加速させる前提条件なのです。
2. 秘密保持契約を構成する4つの核心
(1)開示と使用の目的を先に定める
NDAは単なる「漏らすな」という合意ではなく、「何のために使う情報なのか」を明確に規定して初めて機能します。
たとえば共同開発の範囲内でのみ利用を認め、それ以外の目的外使用を禁止する条項を置くのが一般的です。
目的を曖昧にしたまま情報を共有すると、思わぬ二次利用や流出が起こり得るため、契約書の序盤で用途を具体的に書き込むことが肝要です。
(2)秘密情報の範囲をどう線引きするか
開示側は網を広げて多くの情報を守りたくなりがちですが、受領側は過度な負担を避けたいのが本音です。
そこで双方が開示者・受領者を兼ねるケースでは、ときに“常識的な幅”で折り合いを探ることになります。
範囲を広げすぎると管理コストが膨らみ、かえってルールが形骸化しやすい点にも注意してください。
契約書に盛り込む「秘密情報の例示」や「除外情報(公知情報・独自取得情報など)」を緻密に設計することで、実務運用上の緊張感と合理性を両立できます。
(3)運用こそが成否を決める
契約書に署名をして終わり——ではありません。
開示者は提供した秘密情報のリストを作成し、受領者からサインを得るなど“足跡”を残すことが不可欠です。
漏洩が発覚した際、どの情報が誰に渡ったのかを示せないと責任追及が難しくなるからです。
一方、受領者側も自社が元から保有していたデータとの混入を防ぎ、「これは外部情報、あれは自社情報」と峻別できる体制を整える必要があります。
NDAは紙だけではなく、運用プロセスまで含めて初めて効力を発揮する——これが経験則です。
(4)義務期間をどう設定するか
秘密保持義務を「無期限」とする条項を見かけることもありますが、情報の陳腐化スピードが速い業界では、合理的な期間を設けるほうが双方にとって管理しやすくなります。
技術情報なら5〜10年、営業情報なら3〜5年といった目安が用いられることが多いものの、最適解は業種や情報の性質で変わります。
期間設定は、情報の経済的価値が消滅するタイミングを見越した“賞味期限”の設計だと捉えてください。
3. まとめ ─ NDAは「渡しても大丈夫」を支えるインフラ
スタートアップでも老舗企業でも、他社と協働する局面では「情報を渡しても大丈夫か?」という不安がつきまといます。
秘密保持契約は、その不安を法的に解消し、ビジネスのアクセルを踏ませてくれるインフラです。
ただし、契約条文をテンプレートのまま流用すると、目的外使用の抜け穴や管理コストの肥大化といった“落とし穴”が潜みます。
目的、範囲、運用、期間という4つの核心を自社の事情に合わせてカスタマイズし、契約後の運用フローまで設計して初めて、「情報を渡しても本当に大丈夫」と胸を張れる環境が整います。
情報を守ることは、ブランドを守り、ひいては企業の未来を守ること。明日パートナーに資料を渡す予定があるなら、今日中にNDAを見直す——それが知財戦略の第一歩です。
ファーイースト国際特許事務所弁護士・弁理士 都築 健太郎
03-6667-0247