索 引
- 1. はじめに:海外で売れた瞬間から、あなたのブランドは「世界の共有財産」になる
- 2. まず押さえるべき前提:「世界で通用する1つの国際商標」は存在しない
- 3. 海外の商標を取る方法は3つ:あなたの会社はどれを選ぶべきか
- 4. 「先に出した者が強い」。海外展開で商標が遅れると起きること
- 5. マドリッド制度を「使いこなす」ための基礎知識
- 6. 日本から出す場合の実務:手数料と納付の「現在地」(2017年からの更新点)
- 7. EUと英国:ここを間違えると「守ったつもり」が一番危ない
- 8. EC・プラットフォーム時代の国際商標:「権利がある」より「守れる状態」が重要
- 9. 先行調査をサボると、海外では高確率で詰む(無料でできる最低限をやる)
- 10. よくある誤解を、ここで潰しておきます
- 11. 「じゃあ結局、何からやればいい?」海外商標を成功させる現実的3ステップ
- 12. まとめ:海外で売るなら、海外で守る。ブランドを守るのは、今の自分
「売れてから」ではなく、「売る前」に守る。マドリッド制度・EU/英国・EC時代の実務ガイド
1. はじめに:海外で売れた瞬間から、あなたのブランドは「世界の共有財産」になる
海外向けのECが伸びたり、SNSで投稿がバズったり、展示会で引き合いが増えたり。そんな「良いニュース」の直後に、急に悪い知らせが届くことがあります。
「そのブランド名は、うちの国では別の人が先に登録しています」「そのロゴは使わないでください。販売を止めます」「税関で止められた。出荷できない」といった連絡です。
国内では真面目に商標登録して、長年使ってきた。だから海外でも当然守られるはずだと思っていたのに、海外では通用しない。
これが、国際ビジネスの現実です。そして怖いのは、単に名前が使えないことではありません。ブランドへの信用、流通、販売チャネルそのものが止まることです。売上より先に、信頼が崩れます。
今日の結論はシンプルです。海外で売るなら、海外で守る。そのための最短ルートと落とし穴を、2025年の実務に合わせて整理します。
2. まず押さえるべき前提:「世界で通用する1つの国際商標」は存在しない
よく「国際商標を取りたい」と言われますが、誤解が起きやすい言葉です。
商標権は原則として国ごと、地域ごとに成立し、効力もその範囲内に限られます。日本で商標登録していても、それだけで自動的に米国や中国や欧州で守られるわけではありません。
安心してください。世界を一気に守る裏技はありませんが、世界をまとめて取りに行く現実的な近道はあります。それが、今回説明する「マドリッド制度(国際登録)」です。
マドプロの「前提」をアップデート
国際商標の制度は時間とともに変化していきます。ポイントは次の3点です。
世界標準のインフラ
第一に、マドリッド制度がさらに巨大化しました。WIPO(世界知的所有権機関)の統計では、2024年時点で115加盟体、131カ国をカバーし、国際出願は推計65,000件規模に戻っています。つまり「使う人が少ない特別な制度」ではなく、すでに世界標準のインフラとして定着しています。
EUと英国が分かれた
第二に、EUと英国が分かれたことです。2021年1月1日以降、EU商標(EUTM)は英国で保護されません。英国は英国で別の設計が必要です。詳しくは後述します。
手続の電子化
第三に、実務面では、オンライン化と納付・運用が更新されています。WIPOはeMadridを標準のデジタル環境として位置付け、手続がより回しやすくなっています。一方で、制度が普及するほど偽の請求も増えるため、公式情報の見極めも重要になりました。
3. 海外の商標を取る方法は3つ:あなたの会社はどれを選ぶべきか
海外で商標権を確保する方法は、大きく分けて3つです。ここを整理すると、判断が早くなります。
マドプロを使わずに海外直接出願
1つ目は、各国に「直接出願」する方法です。これは王道ですが、国が増えるほど負担が重くなります。
最も直感的なのは、守りたい国の特許庁へ、それぞれ出願する方法です。メリットは、その国の制度に合わせて最適化しやすいこと。デメリットは、国が増えるほど「言語・代理人・期限管理」が指数関数的に重くなることです。数カ国なら合理的でも、10カ国・15カ国となると、社内の運用コストが効いてきます。
マドリッド制度(国際登録)でまとめて出願
2つ目は、「マドリッド制度(国際登録)」でまとめて出願する方法です。これが最短ルートになり得ます。
マドリッド制度は、WIPOが管理する国際商標の仕組みです。特徴は、1つの出願を、1つの言語、1つの手数料体系でまとめて扱えること。2024年末時点で115加盟体・131カ国をカバーしており、世界の多くを一気に守る選択肢になります。
ただし「WIPOが世界で商標権をくれる」わけではないという点です。
審査して「保護するかどうか」を決めるのは、あくまで各国(各指定国官庁)です。この構造を理解すると、マドリッド制度で失敗しにくくなります。
EU等の多数国の集合体に出願
3つ目は、「領域商標」を使う方法です。EUなど、地域一括の強力な選択肢です。
領域商標の代表がEU商標(EUTM)です。EUTMはEU域内をまとめてカバーでき、電子出願の費用体系も明確です。例えば、個別商標のオンライン出願は基本1区分850ユーロ、2区分目50ユーロ、3区分目以降は追加で150ユーロとなっています。
ただし、EUTMは英国を守りません。EUと英国は別設計が必要です。
4. 「先に出した者が強い」。海外展開で商標が遅れると起きること
「日本で登録して長年使っているから、海外でもこちらが正しいはず」という感覚が一番危険です。
特許庁も、海外では日本を含む多くの国が先願主義であり、海外で未登録なら第三者の先行出願が優先され得る点を明確に注意喚起しています。
海外で商標が遅れると、次のような経営ダメージが連鎖します。
まず、現地のECや代理店が「権利が不安定なブランド」を扱いたがらなくなります。次に、広告運用やSNSの公式アカウント運用に制限が出ます。そして最終的には、販売停止や差止めリスクが現実のコストとして見えるようになります。ここまで来ると、商標は法務の話ではなく、売上と信用の話です。
5. マドリッド制度を「使いこなす」ための基礎知識
国際商標の中心であるマドリッド制度を、実務目線で解きほぐします。「便利」と「危険」が同居する制度なので、良いところだけを見ないことが大切です。
マドリッド制度の魅力:1通・1言語・一元管理
WIPOの説明どおり、マドリッド制度は「世界での商標登録・管理を便利にする仕組み」です。1つの出願で複数国を指定し、費用も原則スイスフラン建てでまとめて扱えます。基本手数料は白黒で653CHF、カラーで903CHFとされ、ここに指定国ごとの個別手数料等が加わります。
2025年の実務で効いてくるのがデジタル環境です。WIPOはeMadridをデジタル環境として提供し、出願・管理・検索の導線が以前よりはるかに現実的になっています。
それでも誤解が多い:「国際登録証明書=世界で権利化」ではない
ここは強調します。特許庁のFAQでも明確ですが、国際登録証明書(CERTIFICATE OF REGISTRATION)は「指定した全ての国で保護されたこと」を証明するものではありません。国際登録後、各指定国で審査が始まり、拒絶理由があれば暫定的拒絶通報が来ます。
マドリッド制度は「一括で申請できる」けれど、「一括で合格する」わけではない。この違いを腹落ちさせるだけで、国際商標の失敗率は大きく下がります。
審査期間の目安:1年または18か月(ただし国ごとに運用あり)
指定国官庁は、通報日から1年または宣言により18か月の期間内に審査し、保護認容声明または暫定的拒絶通報を発します。期限内に暫定的拒絶通報が出なければ、その国では原則として保護が認められます。
「通知の言語」「応答期限」「現地代理人の要否」が国によって異なり得ることです。国際登録は入口を揃える制度であって、各国でのやり取りがゼロになる制度ではありません。
最大の落とし穴:5年間の「従属性(セントラルアタック)」
マドリッド制度には、便利さと引き換えに構造的リスクがあります。それが、国際登録日から5年間、国際登録が「基礎出願・基礎登録」に従属するというルールです。
日本における基礎出願や基礎登録がが拒絶・取消・無効などで縮むと、国際登録も同じ範囲で取り消され得ます。特許庁FAQでも、これをセントラルアタックとして説明しています。
救済策も一応は用意されています。取り消しが国際登録簿に記録された日から3か月以内に、条件を満たす転換出願を行えば、国際登録日(または事後指定日)に出願したものと扱われます。
とはいえ、これは燃えた後の消火です。最初から、基礎側(日本出願・登録)を強く設計することが本筋です。
事後指定:伸びた国だけ、後から追加できる(ただし制限もある)
海外展開は、最初から全ての国が決まっているわけではありません。その点、マドリッド制度は「事後指定」で国を追加できます。特許庁FAQでも、出願後に新たに加盟した締約国についても事後指定で追加できること、ただし一部の例外(議定書14条(5)宣言国)では制限があることが整理されています。
一方で、重要な制限があります。原則として、国際登録後に新たな指定商品・役務を追加することはできません(限定した範囲を後で戻すような設計は可能な場合があります)。最初の「指定商品・役務の設計」が、将来の拡張性を左右します。
6. 日本から出す場合の実務:手数料と納付の「現在地」(2017年からの更新点)
制度は同じでも、日々変わるのが「手数料」「納付方法」「運用」です。2017年記事を更新するなら、ここは確実に直したいポイントです。
特許庁が公表している手数料情報によれば、マドリッド制度の国際出願を日本国特許庁に提出する場合、書面提出の本国官庁手数料は9,000円。一方、Madrid e-Filingを利用した場合は54スイスフランとされています(いずれも国際手数料とは別)。
また、WIPOへの納付に関して銀行口座情報の更新がある旨など、実務者が見落とすと事故になり得る注意点も明記されています。
「結局いくらかかるの?」という問いに対しては、正直に言うのが一番です。国際手数料は、指定国・区分数・個別手数料の有無で変わります。WIPOの料金計算ツールを前提に、最初からフル装備で守るのではなく、守る順番を設計するのが合理的な進め方です。
7. EUと英国:ここを間違えると「守ったつもり」が一番危ない
以前と比べEU/英国は設計を間違えやすい典型です。まず前提として、EUは現在27加盟国です。
そして、英国はEUを離脱しました。GOV.UKの公式ガイダンスでも、2021年1月1日以降、EUTMは英国で保護されないこと、ただし当時すでに登録されていたEUTMについては同日にcomparable UK trade markが作成され、英国側で独立した権利として扱われることが説明されています。
この事実が意味するのは、単純です。「欧州を守る=EUTMだけ」では足りない場面がある。英国で売る・製造する・展示する・模倣が出やすいなど、いずれかに当てはまるなら、英国を別途守る設計(英国出願、またはマドリッドで英国指定など)を検討する必要があります。
8. EC・プラットフォーム時代の国際商標:「権利がある」より「守れる状態」が重要
国際商標は、単に権利証を取る話ではありません。販売チャネルで守れる状態を作る話です。
一つの例がAmazonのブランド保護機能です。AmazonはBrand Registryの要件として、原則「登録済みの有効な商標、または審査中(pending)の商標」が必要である旨を明確にしています。つまり、商標は「侵害訴訟のため」だけでなく、「プラットフォーム上で自分のブランドを守るための入場券」になっています。
ポイントは、出願・登録のタイミングを販売開始日から逆算することです。売れてからでは、相乗り・偽物・なりすましの被害が出て、ブランド保護機能の整備が後手に回ります。だからこそ、国際商標は「海外売上が立ってから」ではなく、海外売上を立てに行く前に仕込むのが、最も費用対効果が高いのです。
9. 先行調査をサボると、海外では高確率で詰む(無料でできる最低限をやる)
国際商標の相談で、実は一番多い落とし穴が「調査不足」です。WIPOは、出願前にターゲット市場で既存・係属商標を調べる重要性を明確に述べ、Global Brand Databaseで横断的に検索できると案内しています(日本語ページでも説明があります)。70以上のデータベースから5,000万件超の記録が収録されているため、実務上かなり強い武器です。
一方で、勘違いされがちなのですが、WIPOがあなたのために先行調査をしてくれるわけではありません。特許庁FAQでも、WIPOは先行調査自体は行わない一方、無償の検索サービス(Global Brand Database)を提供しています。
「無料でできる調査」を飛ばして、いきなり出願してしまう。それは、地図を見ずに海外で車を走らせるようなものです。事故が起きた時に高くつくのは、いつも移動ではなく修理です。
10. よくある誤解を、ここで潰しておきます
ここからは、SNSでも繰り返し見かける誤解を、短く刺さる形で整理します。この記事の中で最も拡散されやすいポイントなので、ぜひ社内共有にも使ってください。
まず、「国際商標を取った=世界で商標権が確定した」という誤解があります。
これは誤りです。国際登録証明書は、指定国すべての保護を意味しません。指定国で審査があり、暫定的拒絶通報が来ることもあります。
次に、「EU商標を取ったから英国もOK」という誤解があります。
これも誤りです。2021年1月1日以降、EUTMは英国で保護されません。英国を守る設計が別途必要です。
最後に、「出願は後でいい。売れてからでいい」という考えがあります。これが一番危険です。
多くの国では先に出願した者が優先され得ること、海外未登録なら第三者の先行出願が優先され得ることは、特許庁自身が強く注意しています。
11. 「じゃあ結局、何からやればいい?」海外商標を成功させる現実的3ステップ
ここまで読んで、「重要なのは分かった。でも作業が重そう」と感じた方へ。最後に、現場で回る形に落とします。ポイントは完璧主義を捨てて、順番を作ることです。
第一に、ブランド棚卸しをします。守るべきは、会社名ではなく「売れている名前」です。商品名、シリーズ名、ロゴ、英語名、現地語表記(必要なら)を並べ、優先順位をつけます。
第二に、国の優先順位を決めます。販売国だけでなく、製造国・委託先の国・模倣が出やすい国・物流拠点など、止まると痛い国から先に守る。伸びた国は事後指定で追加する。この発想が、コストとスピードの両立に効きます。
第三に、制度選択(直接/マドリッド/地域)を当てはめます。EUはEUTMが合理的な場面がある。複数国展開ならマドリッドが強い。未加盟国が多いなら直接出願も必要。ここは制度の好き嫌いではなく、事業計画と運用体制で決めるのが正解です。
12. まとめ:海外で売るなら、海外で守る。ブランドを守るのは、今の自分
国際商標は、手続の話に見えて、実は「経営の時間管理」です。売れてから守るのは、いつも高い。守ってから売るのは、いつも強い。
マドリッド制度は、いまや115加盟体・131カ国をカバーする世界標準のインフラで、出願も再び増加基調にあります。だからこそ、使いこなせば強力ですが、国際登録証明書の誤解や5年従属性のリスク、EU/英国の分離など、2025年の地雷も増えています。
この記事が、あなたのブランドを「海外でも守れる状態」にする第一歩になれば幸いです。そしてもし、どの国から、どの名前を、どの制度で守るべきか迷うのもみんなが通る道です。迷うのが当たり前の領域だからこそ、設計で勝ちましょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247