索 引
「売れてから」ではなく、「売る前」に守る。マドリッドプロトコル(マドプロ)制度の実務ガイド
1. はじめに:海外で売れた瞬間からブランドは無防備になる
海外ECが伸びた。SNSの投稿がバズった。展示会で引き合いが増えた。そんな良い話の直後に、こんな連絡が届くことがあります。
「そのブランド名は別の人が先に登録しています」「そのロゴは使わないでください。販売を止めます」「税関で止められた。出荷できない」
国内では真面目に商標登録して、長年使ってきた。だから海外でも当然守られるはずだと思っていたのに、海外では通用しない。これが国際ビジネスの現実です。
怖いのは名前が使えないことだけではなく、ブランドへの信用、流通、販売チャネルそのものが止まることです。売上より先に、信頼が崩れます。
海外で売るなら、海外で守る。そのための最短ルートと落とし穴を、2025 年の実務に合わせて整理します。
2. 「世界で通用する 1 つの国際商標」は存在しない
「国際商標を取りたい」という相談をよく受けますが、1 つの登録で世界中を守れる仕組みはありません。商標権は原則として国ごと、地域ごとに成立し、効力もその範囲内に限られます。
日本で商標登録していても、それだけで自動的に米国や中国や欧州で守られるわけではありません。安心してください。世界を一気に守る裏技はありませんが、世界をまとめて取りに行く現実的な近道はあります。それが「マドリッドプロトコル(マドプロ)制度(国際登録)」です。
マドプロの前提を 3 点で更新
国際商標の制度は時間とともに変化します。直近の重要ポイントは次の 3 点です。
世界標準のインフラとして定着している点が一つ。WIPO(世界知的所有権機関)の統計では、2024 年時点でマドプロ制度は 115 加盟体・131 か国をカバーし、国際出願は推計 65,000 件規模に戻っています。「使う人が少ない特別な制度」ではなく、すでに世界標準のインフラです。
EU と英国が分離した点も大切です。2021 年 1 月 1 日以降、EU 商標(EUTM)は英国で保護されません。英国は別の設計を要します。
手続の電子化も進行中です。WIPO は eMadrid を標準のデジタル環境として位置付け、手続が回しやすくなっています。一方で、制度が普及するほど偽の請求も増えるため、公式情報の見極めも肝心になりました。
3. 海外で商標を取る 3 つの方法
海外で商標権を確保する方法は大きく分けて 3 つです。ここを整理すると、判断が早くなります。
各国に直接出願する方法
守りたい国の特許庁に個別に出願する方法です。その国の制度に合わせた最適化がしやすい一方、国が増えるほど言語・代理人・期限管理の負担が指数関数的に重くなります。数カ国なら合理的でも、10 カ国・15 カ国となると、社内の運用コストが効いてきます。
マドプロ制度(国際登録)
1 つの出願で複数国を指定し、1 つの言語・1 つの手数料体系で手続きできます。131 か国をカバーしているため、多数国への展開には最も効率的な選択肢です。
ただし、WIPO が商標権を与えるわけではありません。「保護するかどうか」を審査して決めるのは各国の特許庁です。マドプロは「一括で申請できる」仕組みであって、「一括で合格する」仕組みではありません。
EU 商標などの地域一括出願
EU 商標(EUTM)は、EU 域内 27 か国を一括でカバーします。オンライン出願の費用は基本 1 区分 850 ユーロ、2 区分目は 50 ユーロ、3 区分目以降は 1 区分につき 150 ユーロ加算という料金体系です。区分数を絞れば EU 全域を効率よく押さえられます。ただし、EUTM は英国を守りません。
4. 商標の海外出願が遅れると何が起きるか
「日本で登録しているから海外でも大丈夫」という感覚が一番危険です。世界の主要国の多くが先願主義を採用しており、海外で未登録なら第三者の先行出願が優先されます。
海外で商標が遅れると、まず現地の EC や代理店が権利の不安定なブランドを扱いたがらなくなります。次に広告や SNS の運用に制限が出ます。プラットフォーム側のブランド保護プログラムから外れ、相乗り出品や偽物の排除が遅れます。最終的には販売停止や差止めのリスクが現実のコストとして跳ね返ってきます。
特に中国・ASEAN・中東などでは、現地の商標ブローカーが日本ブランドを先取り出願する事例が継続的に発生しています。「売れてから」では遅いというのは、こうした実態に基づく経験則です。
5. マドプロ制度を使いこなすための基礎知識
1 通・1 言語・一元管理のメリット
基本手数料は白黒で 653 CHF、カラーで 903 CHF です。ここに指定国ごとの個別手数料が加わります。WIPO の eMadrid を使えば、オンラインで出願・管理ができます。複数国の更新・名義変更・住所変更も、一元的に処理できます。
実務上、最大のメリットは「住所変更が一括でできる」点です。本社を移転したり、ホールディングス化で名義人が変わったりした場合、各国で個別に手続きすると数十カ国分の代理人費用がかかります。マドプロなら WIPO に 1 件出すだけで済むため、登録後の運用コストが大きく違います。
国際登録証明書は「世界で権利化」の証明ではない
国際登録後、各国で審査が始まり、拒絶理由があれば通知が届きます。マドプロは申請の仕組みであり、各国で審査される点は通常の出願と変わりません。指定国の数だけ拒絶通報の可能性があります。
審査期間の目安
各国は WIPO からの通報日から 1 年または 18 か月以内に審査を完了します。期限内に拒絶通報がなければ、原則として保護が認められます。通知の言語、応答期限、現地代理人の要否は国によって異なるため、対応窓口を整えておきます。
5 年間の従属性(セントラルアタック)
マドプロ制度には、国際登録日から 5 年間、日本の基礎出願・基礎登録に従属するルールがあります。日本側の権利が拒絶・取消・無効になると、国際登録も同じ範囲で取り消されます。これがいわゆる「セントラルアタック」です。
たとえば、日本で出願中の商標をベースにマドプロで国際登録した場合、国際登録から 5 年以内に日本側で拒絶査定が確定すると、その時点で全ての指定国の保護も同時に消えます。海外で何年も使ってきた商標が、本国の権利問題で一気に失われるリスクがあります。
救済策として、取消しが記録された日から 3 か月以内に転換出願(トランスフォーメーション)を行えば、国際登録日に出願したものとして扱われます。ただし、各指定国で個別に手続きを要するため、コストはかさみます。最初から日本側の権利を安定させておくのが本筋です。
事後指定で国を追加できる
海外展開先が後から増えた場合、事後指定で国を追加できます。ただし、指定商品・役務を後から追加することは原則できません。最初の指定設計が将来の拡張性を左右します。
6. 日本からの出願実務(2017 年以降の手数料の現在地)
マドプロの国際出願を日本の特許庁に提出する場合、書面提出の本国官庁手数料は 9,000 円です。Madrid e-Filing を利用した場合は 54 CHF です(いずれも国際手数料とは別)。手数料体系は 2017 年に改定されており、現行はこの水準です。
費用の総額は、指定国・区分数・個別手数料の有無で変わります。WIPO の料金計算ツール(Fee Calculator)で概算を出したうえで、全ての国を一度に守るのではなく、守る順番を設計するのが合理的です。
事業計画と連動させ、優先度の高い国を先に押さえる「段階的拡張型」の運用が、コストとリスクのバランスをとりやすいパターンです。
7. EU と英国は別設計が必要
2021 年 1 月 1 日以降、EUTM では英国が保護されません。当時すでに登録されていた EUTM については、英国側で独立した権利(comparable UK trade mark)が自動的に作成されました。
ただし、今後新たに EU 商標を取得しても、英国は含まれません。英国で販売・製造・出展するなら、英国出願またはマドプロでの英国指定を別途検討してください。
EU と英国を両方押さえる場合、マドプロで両方を指定するのが最もシンプルです。EUTM 単独で出願して、英国を後から個別に出願するパターンは、コストと管理の観点で割に合わないケースが大半です。
8. EC・プラットフォーム時代の国際商標
商標は侵害訴訟のためだけでなく、プラットフォーム上で自分のブランドを守るための入場券になっています。
たとえば Amazon の Brand Registry では、原則として登録済みまたは審査中の商標が条件です。eBay の VeRO プログラム、楽天市場の知財申告、Shopify の DMCA・商標申告も、登録商標があるかどうかで対応速度が変わります。
中国のアリババグループ(タオバオ・天猫)も、ブランドオーナー向けの知財保護プラットフォーム IPP(Intellectual Property Protection)を運用しています。中国で商標登録があると、IPP 経由で偽物の出品を直接削除依頼できる仕組みがあります。逆に、商標登録がないと、各出品者と個別交渉する以外に手段がありません。
売れてから登録しようとすると、相乗り・偽物・なりすましの被害が先行し、対策が後手に回ります。プラットフォーム側のアルゴリズムでも、「ブランド未登録」の出品は検索結果で不利になる場面があります。出願・登録のタイミングは、販売開始日から逆算して決めてください。
9. 先行調査をサボると海外では高確率で詰む
国際商標の相談で一番多い落とし穴が調査不足です。WIPO の Global Brand Database には、70 以上のデータベースから 5,000 万件超の記録が収録されています。無料で使えるので、出願前に最低限の検索はしておくべきです。
ただし、WIPO が先行調査を代行してくれるわけではありません。称呼類似・観念類似・外観類似の判断には専門知識を要するので、弁理士と一緒に確認するのが確実です。
特に中国の場合、現地の漢字・ピンイン・カタカナ表記の組み合わせで類似が発生するケースがあり、データベース検索だけでは判断しきれません。中国・台湾・韓国などの非ラテン圏は、現地代理人と組んで調査するのが安全です。
10. よくある誤解
「国際商標を取った=世界で権利が確定した」
これは誤りです。国際登録証明書は各国での保護を意味しません。各国で審査があり、拒絶される場合もあります。
「EU 商標を取ったから英国も OK」
2021 年以降、EUTM に英国は含まれません。英国を守るには別の手続きを要します。
「売れてから出願すればいい」
先願主義の国では、先に出願した者が権利を取ります。海外展開を検討し始めた時点で出願を進めるのが安全です。検討段階で予備調査だけでも済ませておくと、後の判断が早くなります。
「マドプロで一括出願すれば安い」
国の数が少ない場合は、直接出願のほうが安いケースもあります。指定国 2〜3 か国なら直接出願、5 か国以上ならマドプロという目安が一つの判断軸になります。
11. 海外商標を成功させる現実的 3 ステップ
ステップ 1: ブランドの棚卸し
会社名ではなく、売れている商品名・シリーズ名・ロゴ・英語名を並べて優先順位をつけます。海外で勝負したいのはどれか、どれが模倣されると痛いのかを切り分けます。
このとき、商標として登録する対象は「実際に使っている表記」を中心に据えます。たとえばカタカナで売っているブランドを英字だけで登録しても、現地の消費者が認識する形と一致しません。海外で実際に使う表記(英字・現地語・ロゴ)を整理し、それぞれを別々の商標として出願する判断も視野に入れてください。
ステップ 2: 国の優先順位を決める
販売国だけでなく、製造国・委託先の国・模倣品が出やすい国も含めて、止まると痛い国から先に守ります。EC で販売している国、展示会に出展する国、現地代理店がある国を地図に並べると、優先度が見えてきます。
模倣品リスクの高い国(中国・ベトナム・タイ・トルコ・UAE など)は、実際に販売を始める前から押さえておくのが安全です。後追いで取りに行くと、現地ブローカーに先取り出願されている確率が上がります。
ステップ 3: 制度を選ぶ
複数国展開ならマドプロ、EU 域内なら EUTM、未加盟国なら直接出願。事業計画と運用体制に合わせて判断します。複数の制度を組み合わせるハイブリッド運用も、規模が大きい企業では一般的です。
たとえば、EU・米国・カナダ・オーストラリアはマドプロでまとめて指定し、台湾・香港・ミャンマーなどのマドプロ未加盟国は直接出願する、という組み合わせ方が現実的なパターンです。
12. まとめ:海外で売るなら海外で守る
海外で売るなら、海外で守る。マドプロ制度は 115 加盟体・131 か国をカバーする世界標準のインフラです。使いこなせば強力ですが、国際登録の誤解や 5 年従属性のリスク、EU・英国の分離など、見落とすと取り返しのつかない落とし穴もあります。
特に、海外展開のスピードが上がる EC・SNS の時代では、商標登録の遅れが事業の止血を間に合わない事態に直結します。展示会の出展、現地代理店との契約、海外メディアでの露出、こうした事業上のマイルストーンの前に商標を押さえておくのが、攻めと守りを両立させる定石です。
どの国から、どの名前を、どの制度で守るべきか。ここで判断を誤ると、後の事業展開に影を落とします。迷ったら、海外案件の経験がある弁理士にご相談ください。事業計画と現地の市場特性を照らし合わせて、出願先・指定区分・出願順序を組み立てるのが確実です。海外で売るタイミングが見えてきたときには、もう商標が守られている。それが理想の状態です。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
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ファーイースト国際特許事務所|弁理士 平野泰弘
