ブランド戦略は「名前」で9割決まる

無料商標調査 定休日12/27-1/4

1. 商標で守り、言葉で売上を伸ばす実務のポイント

「中身はいいのに、なぜか売れない」という相談をいただくことがあります。

その原因を探っていくと、最後まで残る要因のひとつが”名前”であるケースは少なくありません。機能も品質も負けていない、広告費もそこそこ使っている、それでも伸びない。こういうとき、商品そのものではなく、”言葉の設計”が市場との接続を邪魔していることがあります。

厄介なのは、作り手ほどそのズレに気づきにくい点です。

開発に時間をかけ、技術に自信があるほど、名前が説明的になり、専門的になり、結果として「良さが伝わらない」状態に陥ります。現在の市場では、ここで大きな損失につながります。なぜなら、消費者の比較対象は店頭の隣の商品だけではなく、スマホの中の”無限の選択肢”だからです。理解に時間がかかる名前は、その時点でスクロールされて終わります。

ブランド戦略をこう言い換えることができます。

ブランド戦略とは、「信用」をつくる活動であり、その信用を最短で運ぶのが”名前(商標)”です。

2. ブランドとは「ロゴ」ではなく、頭の中のショートカット

ブランドと聞くと、高級ブランド名を思い浮かべる方も多いでしょう。ブランドは、消費者が市場で商品やサービスを見分けるためのマーク全般を指します。そのマークが評価されているというより、マークを通じて提供されてきた商品・役務に伴う信用が評価される、という考え方が出発点になります。

ここでのポイントは「信用」が目に見えないことです。

人は毎回ゼロから比較検討しません。むしろ逆で、判断を速くするために”ショートカット”を使います。「あの名前なら安心」「この名前はハズレにくい」という認識、それがブランドです。つまりブランドは、企業が一方的につくるものではなく、需要者の頭の中に形成される”期待の型”でもあります。

この”期待の型”を最も短い距離で立ち上げるのがネーミングです。

ロゴや色やデザインは大切ですが、スマホで検索され、SNSで語られる単位は、結局のところ「言葉」です。タグになるのも言葉、指名検索になるのも言葉です。だから、ブランド戦略は「名前の戦略」から逃げられません。

3. 商標はブランド戦略の「保険」ではなく「エンジン」

商標法は、経営活動の中で使われるネーミングやマークを保護する制度であり、識別性のあるマークが守られます。商標は、ブランド戦略に欠かせない「ブランドイメージの伝達」を担います。

ここをもう少し踏み込んで考えてみましょう。商標は”守り”だけではありません。攻めのエンジンになります。

たとえば、広告で認知が上がっても、名称が模倣され、似た言葉で周辺商品が出てきたら、投資効率は一気に落ちます。

逆に、商標がきちんと押さえられているブランドは、次の一手が打ちやすくなります。

シリーズ展開、他社とのコラボ、ライセンス、海外展開など、商標は、これらの選択肢を「取れる状態」にします。近年はブランド(信用の度合い)が取引の対象になり、商標権の有償移転も行われます。つまり、”名前は資産”として流通し得るのです。

だから結論はシンプルです。「いい名前ができたら、後で商標を考える」では遅い。商標で守れる形に”最初から”設計し、最短で市場に通す。これが、今の実務です。

4. 企業・製品・カテゴリー。3つのブランドをどう使い分けるか

ブランドは「コーポレート(企業)」「プロダクト(製品)」「カテゴリー」に分けられます。この整理は今も有効ですが、SNS時代は使い分けの”理由”が変わりました。

企業ブランドは、信頼の土台をつくるのが強みです。「この会社なら安心」という評価は、買い回りの速い時代ほど効きます。一方で、情報の流れが速い分、企業ブランドだけでは”語られにくい”という側面があります。話題になるのは、多くの場合、製品名やシリーズ名です。

製品ブランドは、拡散の単位として強みを発揮します。短く、覚えやすく、投稿しやすい。

D2Cやスタートアップほど製品名に投資する価値が高いのです。ただし、製品名だけが勝つと、次の製品が出たときに「またゼロから」になりやすいという課題があります。そこでカテゴリー(シリーズ)ブランドが効きます。「このシリーズなら自分に合う」という”選び方”を提供できるからです。

ポイントは、三者の関係を「棚の中の整理」ではなく、検索・投稿・口コミの流通設計として組み立てることです。

企業名は信頼、製品名は話題、シリーズ名は継続。この役割を最初に決めるだけで、ネーミングも商標の押さえ方も、驚くほどブレなくなります。

5. 売れるネーミングは「説明」ではなく「体験」を売っている

ここからが、今回の核心です。

日本国内で”商品名変更(リネーミング)”により売上が数倍から数十倍規模で伸びた事例が多数あります。共通しているのは、機能の説明から、体験(ベネフィット)の提示へ言葉を切り替えている点です。

まるでこたつソックス

たとえば、「三陰交をあたためるソックス」から「まるでこたつソックス」への変更があります。

前者は医学用語と機能説明で、頭で理解させる名前です。後者は、聞いた瞬間に”冬の至福”が身体感覚として立ち上がるメタファー(比喩)です。

商品は同じでも、買う理由が変わります。「ツボ」ではなく「こたつ」。この置き換えは、単なる言い回しではなく、消費者の認知の枠組み(フレーム)を変える行為です。

鼻セレブ

同じ構造は、「ネピア モイスチャーティシュ」から「鼻セレブ」への変更にも見られます。

保湿成分を説明するのではなく、”鼻”を主役にし、さらに「セレブ」という社会的記号で、消耗品を一気にプレミアムの物語に引き上げています。ここには擬人化とステータス付与という戦略が働いています。

カレーメシ

「カップカレーライス」から「カレーメシ」への変更も象徴的です。

「ライス」と言うと家庭のカレーライスを想起させ、期待値がズレたときに評価が落ちます。そこで「メシ」という言葉で新しいカテゴリを宣言し、比較対象を変えています。これは”カテゴリー創出型”の手法です。

お〜いお茶

さらに、「缶入り煎茶」から「お〜いお茶」への変更があります。

これは説明ではなく”呼びかけ”です。会話の形を商品名にすることで、日常の風景が浮かび、買う行為の心理的ハードルが下がります。ここまで来ると、ネーミングは広告コピーではなく、生活の中に入り込む装置になります。

通勤快足

「通勤快足」の改名例も同じ線上にあります。

意味が想像でき、読みが既存語と重なり、言いたくなる。結果として売上につながりました。

ここで強調したいのは、「奇抜にすればいい」という話ではないことです。成功している名前は、たいてい次のどれかを満たしています。説明を捨てて体験を出す、ターゲットの日常語に寄せる、比喩で一瞬で理解させる、あるいは、カテゴリそのものを作り直す。体験・メタファー型、擬人化・ステータス型、カテゴリー創出型という分類は、実務でもそのまま使える”当たりの地図”です。

SNSで拡散する名前は「短さ」より「語りやすさ」で決まる

旧名称(変更前) 新名称(変更後/現行) 分類(言葉の型) ネーミングの転換点 成果・位置づけ(資料内の説明)
三陰交をあたためるソックス まるでこたつソックス 体験・メタファー型 医学用語/機能説明 → “冬の至福”が一瞬で浮かぶ比喩へ 名称変更で爆発的に伸長した代表例として紹介
ネピア モイスチャーティシュ 鼻セレブ 擬人化・ステータス型 「ティッシュ」ではなく「鼻」を主役にし、“セレブ”で所有価値を付与 高付加価値ティッシュの定番化を導いた例として紹介
缶入り煎茶 お〜いお茶 呼びかけ・日常風景型 事実説明(容器+中身)→ 会話(呼びかけ)に変換し、生活シーンを想起させる “お茶を買う”習慣づくりに寄与した象徴例として紹介
カップカレーライス カレーメシ カテゴリー創出型 既存料理名の期待値から離脱し、新ジャンル名で比較対象そのものを変える 期待値ギャップを解消し、独自カテゴリとして伸長した例として紹介
フレッシュライフ 通勤快足 ターゲット明示+語呂(掛け)型 抽象語 → “誰のどんな場面か”が一瞬で分かる言葉へ ロングセラー化の転換点として紹介

SNS時代のネーミングで誤解されがちなのが、「短いほど正義」という発想です。確かに長すぎると不利ですが、もっと重要なのは”語りやすさ”です。人は、誰かに説明できない商品を、他人に勧めません。逆に言えば、名前を口にした瞬間に、説明が終わっている商品は強いのです。

「まるでこたつソックス」は、ひと言で体験が伝わるから、投稿が生まれます。「鼻セレブ」は、言った瞬間に面白いから、会話が生まれます。「お〜いお茶」は、呼びかけそのものだから、口に出したくなります。音感やリズム、処理しやすさ(直感的な納得感)は、拡散の初速に直結します。

つまり、ネーミングは「ハッシュタグにしたときの気持ちよさ」を設計する時代です。読める、言える、書ける、検索できる。ここが揃った瞬間、広告費では買えないUGC(ユーザー投稿)が走り始めます。

6. 商標の専門家視点:ネーミングで避けるべき落とし穴

ただし、拡散しそうな名前ほど、商標の落とし穴があります。ここはプロとして必ず押さえておきたいところです。

まず一番多いのが、「良さを伝えようとして、説明しすぎる」ケースです。

説明的な名前は、マーケティング的に弱いだけでなく、商標としても識別力が弱くなりがちです。識別性が弱いと、登録のハードルが上がったり、登録できても守りにくかったりします。結果として、せっかく育てた名前が”みんなの言葉”になり、模倣に対して強く出られない、という事態が起きます。

次に、「区分(指定商品・役務)の設計不足」です。

たとえばヘルシア緑茶の例では、複数の区分で商標が登録されています。ここにヒントがあります。ブランドは育つと、必ず周辺に広がります。飲料から食品へ、物販からサービスへ、リアルからデジタルへ。最初の出願時点で、将来の展開を見据えた”権利の射程”をどう取るかは、戦略そのものです。

さらに、「先行商標との衝突」はもちろんですが、それに加えて、SNSアカウント名、ドメイン、アプリ名、海外での読み・意味まで含めて検討しないと問題が起きます。日本でOKでも、海外で不吉な意味だった、すでに同音が強かった、というケースは珍しくありません。ブランドは国境を越えて検索されるからです。

要するに、ネーミングはマーケティングの仕事であると同時に、知財の仕事でもあります。どちらか片方で走ると、後で必ずひずみが出ます。

7. 「リネーミング」で失敗しないために:変える前に決めるべきこと

リネーミングは強い一手ですが、やり方を間違えると、積み上げた信用を自分で壊します。そこで、最低限ここだけは押さえてください。

何を変え、何を変えないかを決める

変えるのは”呼び名”でも、守るべきは”約束(ベネフィット)”です。もし約束まで変えるなら、それは改名ではなく新ブランド立ち上げになります。

移行期の設計

短期間で切り替えるのか、旧名併記で橋渡しするのか。ここは商標実務とも連動します。旧名の権利を残すのか、更新・使用をどうするのか。現場では、在庫・表示・広告素材が絡むので、理屈より段取りが勝ちます。

拡散導線

名前を変えたなら、検索される導線(記事、FAQ、比較表、SNS固定投稿、プロフィール文)まで一気に整えます。リネーミングは、棚替えではなく”検索結果の棚替え”でもあるからです。

成功例に共通しているのは、名前だけでなく、パッケージや見せ方を含めて一貫させている点です。言葉を変えたなら、顔つき(デザイン)も同時に変える。この整合が取れたとき、大きな効果が出ます。

8. 30日で回す「ブランド戦略×商標」の進め方

最後に、実務として回しやすい手順を示します。机上の理論ではなく、社内を動かすための進め方です。

最初の1週間は、ターゲットと言葉の棚卸しです。誰の、どんな痛みを、どんな一言で救うのか。ここが曖昧だと、ネーミング会議がセンス合戦になります。センス合戦はだいたい揉めます。

2週目は、ネーミングを「型」で量産します。体験・メタファー型にするのか、擬人化・ステータス型にするのか、カテゴリー創出型にするのか。型を決めると、候補が”筋の良い方向”に揃い、議論が前に進みます。

3週目は、候補を絞り、同時に先行商標のクリアランス(簡易調査)と、SNS・ドメインの確認を走らせます。ここで落ちる候補は、情け容赦なく落とします。愛着が出る前に落とすのがコツです。

4週目で、デザインと表示ルールを整え、出願へ。出願したら終わりではなく、そこからが運用です。表記ゆれを減らし、同一の形で露出させ、指名検索を増やします。ブランドは”守る”と”育てる”が同時進行で進みます。

9. まとめ:ブランド戦略は「信用」をつくり、「名前」で運ぶ

ブランドはマークに宿る信用であり、商標はその信用を伝える重要な役割を担います。そして、その信用を最短で運び、拡散まで連れてくるのが「ネーミング」です。

値下げは真似されます。機能追加も追随されます。広告は止めた瞬間に消えます。でも、良い名前は資産として残り続けます。しかも、商品を大きく変えずに市場の見え方を変えられます。言葉は市場を動かします。

もし今、伸び悩んでいる商品やサービスがあるなら、まず自問してください。その名前は「説明」になっていないか。その名前は、体験を一瞬で想像させるか。そして、その名前は、商標として守れる形になっているか。

ブランド戦略は難しい理論ではありません。”信用をつくる”と決め、”名前で運ぶ”と決め、”商標で守る”と決める。この3点を揃えたとき、戦略は現場で回り始めます。

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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