索 引
- 1. はじめに──2016年の解説から現在までをアップデート
- 2. 結論:「2ちゃんねる」「2ch」は登録され、異議・無効審判でも消滅しなかった
- 3. なぜここまで争われたのか。ポイントは「出所」と「実態」のズレ
- 4. 時系列で見る「2ちゃんねる」と「2ch」。2016年は中間地点だった
- 5. 「異議」と「無効」で消えなかった意味。登録後の攻防で残ったのは重い
- 6. 「2ch」「2ちゃんねる」を使ったら侵害になるのか?答えは使い方次第だが要注意
- 7. 「先に使っていた人が勝つ」ではない。商標は「先に出した者」が強い。ただし例外がある
- 8. 実務家目線の教訓。ネットサービス運営者ほど「名前の権利化」を後回しにしてはいけない
- 9. まとめ。最終的にどうなったのか、一言で答えるなら
2ちゃんねるの商標登録は最終的にどうなった?「拒絶から登録、そして攻防を経て維持」までの全貌
1. はじめに──2016年の解説から現在までをアップデート
2016年5月17日、FM TOKYOの高橋みなみさんのラジオ番組「これから、何する?」の中で、「2ch」などの商標登録について生放送で解説したことがあります。
当時は、商標「2ちゃんねる」も「2ch」も、いったん特許庁の審査で拒絶されたものの、拒絶査定不服審判によって拒絶が取り消され、登録へ向かう流れになった段階でした。
しかし商標の世界では、審決が出たからといって終わりではありません。
むしろ山場はその後に訪れます。登録されれば権利が発生しますが、登録後には第三者が登録異議申立や無効審判という手続で権利に異を唱えてくる可能性があるからです。
今回のテーマは、その「その後」についてです。「2ちゃんねる」と「2ch」は、結局どうなったのでしょうか。2016年時点の記事を、現在判明している到達点まで含めて整理し直します。
2. 結論:「2ちゃんねる」「2ch」は登録され、異議・無効審判でも消滅しなかった
まず結論を押さえておきましょう。
商標「2ちゃんねる」は商標登録第5851035号として登録されています。また、商標「2ch」は商標登録第5843569号として登録されています。いずれも、審査で一度は拒絶されたものの、審判で流れが変わり、その後商標登録がなされて商標権が発生しました。
そして登録後、第三者から登録異議申立や無効審判が請求されました。最高裁まで争いましたが、結果としてはどちらも商標権を消滅させるには至らず、権利が維持されています。
ここは直感とズレるところかもしれません。ネット上では「無効になる」「争えば潰れる」といった声があるかもしれませんが、商標は「炎上」では動きません。
商標法に基づく制度の要件を満たすかどうかで判断されます。そして最終的に、両商標は残りました。これが現在の状況です。
3. なぜここまで争われたのか。ポイントは「出所」と「実態」のズレ
商標とは、簡単に言えば「このサービス(商品)は誰が提供しているのか」を示す目印です。そのため、
- その名前(2ch/2ちゃんねる)が社会にどう認識されてきたか、
- 実際に誰が運営し、誰の業務を表示する標識なのか、
- 需要者(ユーザー)が混同するおそれはあるのか、
といった「出所」の問題が争点になりやすい土壌がありました。
2016年当時の流れとしては、形式面で「現在運営しているのは誰か」という点が絡み、特許庁の審査段階でいったんブレーキが踏まれました。
審判段階で、実態を踏まえた判断がなされ、拒絶が取り消されて登録へ進んだというのが大きな構図です。
ここでのポイントは、商標制度が見ているのは「ネット上の評判」よりも、法的に要件を満たすか、証拠で説明できるかという点だということです。議論が盛り上がるほど、逆に手続は淡々と進んでいきます。
4. 時系列で見る「2ちゃんねる」と「2ch」。2016年は中間地点だった
「2ちゃんねる」(商願2013-8081)の流れ
2016年5月のブログ公開時点で整理していた流れは、次の通りでした。2013年に出願し、同年に拒絶査定。2015年に審判請求を行い、2016年3月に拒絶を取り消す審決が出ました。
そしてその後、登録されて商標権が発生しました。さらに登録後には、第三者によって登録異議申立や無効審判が請求されましたが、いずれも結論として権利は維持されています。現在も商標登録第5851035号「2ちゃんねる」は、抹消されず存続しています。
「2ch」(商願2014-23406)の流れ
「2ch」も構造は同じです。2014年に出願し、同年に拒絶査定。2015年に審判請求を行い、2016年3月に拒絶を取り消す審決が出ました。
その後、商標登録第5843569号として登録され、やはり登録後に登録異議申立や無効審判が請求されました。しかし最終的には、こちらも商標権を消滅させる結果にはならず、権利は維持されています。
つまり、2016年の記事は「逆転の入口」までを扱っていたわけで、今回のアップデートで「登録後に攻撃されたが、潰れなかった」という最終章まで繋がった形です。
5. 「異議」と「無効」で消えなかった意味。登録後の攻防で残ったのは重い
商標は登録されると、強い権利になります。登録後に第三者が狙う代表的な手段として2つの手続があります。
登録異議申立とは何か
登録異議申立は、登録が公告された後に「この登録はおかしいのではないか」と申し立てる制度です。特許庁の判断を争う制度です。比較的早い段階でのチェックとして機能します。ここで取り消されれば、登録は揺らぎます。
しかし今回の流れでは、異議が申し立てられても、結論としては登録が維持されました。つまり、初期のふるいにかけられても残ったということです。
無効審判とは何か
無効審判は、もう少し重い手続です。当事者同士の主張を判断して商標登録の有効無効を争う制度です。「そもそもこの登録は最初から無効であるべきだ」という主張が通れば、登録を根本から覆す効果を持ち得ます。
それでもなお、請求は通らず、結論として無効にはならず権利は維持されました。
ここが重要です。ネット上でありがちな「揉めた=終わり」ではなく、商標実務で言うところの「揉めたが、残った」という結果になりました。これは、権利の安定性が増した状態とも言えます。
6. 「2ch」「2ちゃんねる」を使ったら侵害になるのか?答えは使い方次第だが要注意
ここは誤解が多いので、少し丁寧に説明します。
商標権は「言葉そのもの」を独占する権利ではありません。あくまで、指定商品・指定役務(指定したビジネスの範囲)で、商標として使われることを排除できる権利です。
ビジネスと無関係な日常会話は、通常は商標権の射程外
たとえば友人同士で「2ちゃんねるで見たんだけどさ」と話す、SNSで感想を書く、といった行為まで、通常は商標権侵害として問題になることは考えにくいです。商標法が主に想定しているのは、業としての使用(商売としての使用)だからです。
しかし「サービス名」「アプリ名」「集客用の看板」として使うのは危険度が跳ね上がる
一方で、掲示板サービスの名称にする、その名前でアプリを出す、集客ページのタイトルとして出所表示に使う、公式のように見える形でロゴや表記を使う、といった使い方は、商標の典型的な「使用」になりやすく、リスクが現実的になります。
さらに厄介なのは、商標は一つの権利者のものだけとは限らない点です。
使おうとしている分野では、別の第三者が別区分で登録している可能性もあります。つまり「ある権利者の権利に触れないなら安全」と単純には言い切れません。実務では、区分・指定範囲・類似判断まで落とし込んで検討します。
7. 「先に使っていた人が勝つ」ではない。商標は「先に出した者」が強い。ただし例外がある
商標制度は基本的に先願主義です。簡単に言えば「先に特許庁へ出願した者が有利」です。この仕組みがあるからこそ、ビジネスは名前を先に押さえに行きます。
ただし、何でも早い者勝ちではありません。
世の中に広く知られた名称については、他人が横取りする形の出願が通らないようにする規定や運用もありますし、周辺事情によって判断が分かれます。
今回の「2ch/2ちゃんねる」は、まさに有名名称と権利化の衝突が、制度上の手続で最後まで争われた典型例だと言えます。そして結果は、登録後の攻防でも権利は維持されるところに落ち着きました。
8. 実務家目線の教訓。ネットサービス運営者ほど「名前の権利化」を後回しにしてはいけない
この一件から学べることは、派手な論争よりも実務的です。
ネットサービスの名前は、炎上や移転、運営主体の変更、派生サービスの乱立などで、簡単に「誰のものか」が曖昧になります。だからこそ、商標を取るなら本来は「伸びてから」ではなく、伸びる前から伸び始めの段階で動くのが定石です。
また、商標権は登録すれば終わりではなく、存続させるには管理も求められます。商標権には存続期間があり、更新して維持していく設計になっています。つまり、ブランドを守るとは「登録」よりもむしろ「運用と管理」なのです。
9. まとめ。最終的にどうなったのか、一言で答えるなら
「2ちゃんねる」と「2ch」は、拒絶を経ても審判で流れを変え、商標登録されて権利が発生しました。登録後に、第三者から異議申立や無効審判で攻撃されましたが、結論としては商標権は消滅せず、維持される結果になっています。
そして実務上の含意はシンプルです。この名称をビジネスの看板として扱うなら、軽い気持ちで踏み込むと危険です。逆に、ブランドを作る側なら、名前の権利化と管理を「後回しにしない」ことが最大の防御になります。
一連の騒動は、西村氏が2ちゃんねるの運営を第三者に譲った後の話です。外部からみれば西村氏は2ちゃんねるの部外者と考えることもできます。
部外者が権利を主張できるのか。こういった判断は証拠に基づいて判断されます。
「ネットの熱量」と「法の結論」がズレることがあります。そのズレを分かりやすく見せてくれる事例の一つが、今回の「2ch商標」の顛末だと言えるでしょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247