「中国が新幹線特許を米国で取る」騒動は結局どうなったのか

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※この記事は2011年6月30日に公開した「テレビ朝日に出演、特許の専門家としてコメント」を、当時の論点を残しつつ、現在わかっている事実関係・制度理解・実務的教訓を補強して再構成したアップデート版です。

1. 2011年6月当時の中国による新幹線特許出願の不安の正体

2011年6月28日、テレビ朝日「モーニングバード」に、特許の専門家として出演しました。テーマは「中国が新幹線に関する発明を米国に特許出願する計画」という報道についてです。番組内では、当時の視聴者が感じていた”ざわつき”、すなわち「日本の新幹線技術が、中国の特許で封じられるのではないか」という不安が取り上げられました。この点について特許制度の観点からコメントしました。

当時の問題を紹介したここのブログ記事でも、私はまず大原則として「特許出願前に公開された発明は、原則として特許にならない」と説明しました。仮に中国が米国で出願しても、日本で運用されている新幹線が直接影響を受けるわけではありません。

ただ一方で、もう少し厄介な論点もあります。もし米国で中国側の技術が特許となり、米国で実施されることになれば、間接的ではあっても、日本側の意図と関係なく「日本由来の技術が第三国で実施される」流れができてしまいます。この構図が実務家が警戒する不安の正体です。

そして「特許だけでなく、中国では商標出願件数が日本を大きく上回っている。特許でも商標でも中国から目が離せない」点を説明しました。

では、時間が経った今、あの騒動はどう決着したのでしょうか。

2. 騒動の結論:空騒ぎではなかった。ただし怖いのは別の形だった

結論から言います。

1つ目として、2011年当時に報じられた「海外への特許出願」は、単なるポーズではなく、その後の特許ポートフォリオ構築が実際に実施されました。「米国等で特許を取得できたのか」への答えは「Yes」です。

2つ目として、それでも「日本の新幹線が、いきなり米国で差し止められる」みたいな単純な話にはなりにくい構造があります。

なぜなら特許は、過去の技術そのものを後から独占できる制度ではないからです。公開された先行技術は、後から特許にはなりません。既に公開されている発明が特許になるなら、他人はその発明を知ることができるため、どんどん他人の発明を特許出願できてしまいます。

既に知られた発明は特許にならないから、権利範囲は絞られ、争点は「改良点」に移ります。

3つ目として、怖いのは、いわゆる”パクリ”よりも、技術移転後に行われる「改良」から「回避設計」、そして「海外での権利化」という、合法的で、しかも止めにくい流れです。

これが起きると、オリジナル側は「技術の源流は自分たちだ」と言いたくなる一方で、法制度の土俵では「改良発明は改良発明」として別物扱いされ、簡単には崩せません。

ここまでが”答え合わせ”の骨格です。では、時系列で何が起きたのか、次で整理します。

3. タイムラインで見る:技術供与から再革新、海外出願、そして「復興号」へ

要点だけ抜き出すと、これまでの事案の流れは次の通りです。

2004年から2005年に技術供与契約があり、供与は「中国国内使用」限定とされていました。少なくとも当時そのように理解され、日本側はその前提で動いていました。

その後2008年から2010年にかけて中国側が速度向上や設計変更を進め、2011年に「21件のPCT国際出願(米国等)」を発表しました。

2013年から2014年に日本側が訴訟を検討しつつも断念し、シンガポール等での協業という現実路線へ舵を切りました。2017年以降は中国標準規格の「復興号(Fuxing)」が主役となり、論争の焦点は”起源”より”競争”へと移っています。

この流れは、産業政策と知財制度の交点として見ることができます。技術導入国が「消化・吸収・再革新」を掲げ、供与国の知財網を正面突破ではなく迂回して再構築する。これが、21世紀型の知財競争の典型的な形です。

4. 「中国は米国で特許を取れるのか」という問い

2011年前後の報道で目立ったのは「米国の高速鉄道プロジェクト受注も見据え、特許で優位に立つ狙いがある」という見立てでした。

国際特許出願制度のPCT(特許協力条約)を使い、日・米・欧州・ロシア・ブラジル等が指定されたことが報告されています。ここは「中国が国内向けの権利ではなく、海外で戦う権利を取りにいった」点で重要です。

当時の中国メディア(China Daily)でも、海外での特許取得を視野に入れた動きが報じられていました。

そして今、私たちが答え合わせできる理由は、特許は公開されるからです。噂ではなく、番号と明細書と権利者(アサイニー)を追えば、ある程度のところまで検証できます。

CRRCの米国特許(台車)から見える「改良特許」の怖さ

実際に米国で特許された事例の1つに、US 10,011,287 B2(高速鉄道車両用の台車、すなわちボギー)があります。

この特許について、公開データベース上でも、権利者(Assignee)が「CRRC Qingdao Sifang Co., Ltd.」であることが確認できます。

「新幹線そのものを後出しで独占した」という話ではなく、台車というコア領域で、先行技術を踏まえながらも差分の改良点を権利化しているという点がポイントです。

特許制度が見ているのは「起源の物語」ではなく、「クレームされた構成が、先行技術から見て新規で、かつ当業者にとって容易ではないか」という技術的な線引きです。だから、源流がどこにあっても、改良点があれば改良特許として権利が成立し得ます。

「技術は盗まれる」のではなく、「改良されて権利になる」。

SNSで拡散されやすいのは”盗んだ盗まれた”ですが、ビジネスを本当に左右するのは、実はこの改良の権利化です。

四輪自動車は既に知られているので、四輪自動車を後から特許権で独占できません。けれども四輪自動車の出願当時に知られていなかった新たな技術が加わると、全体として改良発明として特許されます。人工知能を搭載した自動運転自動車の特許などがその例です。

なぜ止めにくいのか

技術流出の面からの川崎重工業側の懸念がありました。特許成立を阻止するのが難しい理由として、特許制度が「改良発明」の権利化を認める点が挙げられます。

ここは誤解が多いので、一般向けに噛み砕きます。

特許は「基本特許(基礎技術)」があると、他人が何もできなくなる制度ではありません。

むしろ現実は逆で、基本特許がある世界では、周辺で改良が起き、改良者が改良特許を取り、権利が多層構造で形成されるレイヤーになります。

結果として市場は「基本特許を持つ側」と「改良特許を持つ側」の交渉(クロスライセンス等)で動くことが多いです。

そしてもう1つ、特許実務で厄介なのが「回避設計」です。相手の特許を避けるように設計変更し、避けた設計について自分で特許を取る。これも、制度の中では普通に起きることです。だから、最初の技術供与国が「起源」を主張しても、法制度はそこで止まってくれません。

「日本の新幹線が直接影響を受けるわけではないが、間接的影響はあり得る」ということが起きます。

5. 訴訟はどうなったのか

ここは、知財実務家が必ず直面する現実です。その後の報道では、懸念事項は伝えられしたが、日本側と中国側が訴訟で争う事態にはなっていません。

法的に争える余地があることと、実際に争って勝ち切れることは違います。さらに、勝ち切れたとしても、ビジネスとして得かどうかはまた別です。

特に海外訴訟は、コスト・時間・情報量・政治リスクが高くなります。企業は最終的に、訴訟ではなく「市場の選び方」「契約の設計」「別市場での協業」へ舵を切ることがあります。これは逃げではなく、経営判断です。

争点は「知財」から「地政学・調達規制」へ移っている

現在の状況は「争点がIP侵害から地政学的リスクへ」という整理がしっくりきます。

具体例として挙げられるのが米国の公共交通分野での調達規制です。米国では、一定の条件下で中国等のメーカーからの車両調達に制限がかかる枠組みがあり、連邦運輸省系の情報としてFAQ等も出ています。

ここまで来ると、2011年に話題になった「特許で米国受注を有利に」という世界観だけでは説明しきれません。技術・知財だけでなく、買えるかどうか(調達)そのものが政治・安全保障で揺れる。これが2020年代の現実です。

6. 商標の話に戻る:いま本当に「目が離せない」のはブランドの占拠スピード

2011年当時でも中国は商標出願件数が日本を大きく上回っていました。この指摘は、今や体感ではなく統計で語れる段階にあります。

WIPO(世界知的所有権機関)の統計(クラス数ベース)では、中国の商標出願は依然として世界最大級で、2023年は約720万クラス、2024年も約700万クラス規模とされています。

そして特許出願も同様に、中国の特許庁が受理する特許出願は世界最大級で、2024年に約180万件(発明特許ベース)という推計が示されています。

この数字が意味するのは単純です。

良い名前は、良い商品が作られる前に、先に取りに来られます。技術移転の話がニュースになるのは大企業ですが、商標で困るのはむしろ中小企業の現場です。海外進出で一番多い事故は、特許侵害より前に「自社の名前が使えない」事故です。

7. この一件から学ぶ「海外で負けない知財設計」

ここまでの話を「新幹線は別世界」と思ったら、もったいないです。実は、規模が違うだけで、構造はあなたの会社でも起きます。海外企業との共同開発、OEM供給、現地生産、代理店契約、このどれでも、今日の話は自分事になります。

教訓1:公開する前に、出願する

特許は「公開したら終わり」になりがちです。国によって救済規定はありますが、例外に頼る設計は危険です。展示会、営業資料、プレスリリース、採用ページの技術紹介、これらはすべて公開になり得ます。

「出願前に実施されている発明は原則として特許になりにくい」のは、この危険を指しています。「出してから考える」ではなく、「出す前に守る」が鉄則です。

教訓2:技術供与や共同開発では「改良発明の帰属」を最初に決める

本件の問題は、感情論ではなく「改良発明が積み上がる」点にありました。

中小企業の契約で抜けがちなのがここです。改良発明が出たら誰のものか、共同発明の扱いはどうするか、相手が改良特許を海外で取ることを許すのか、取るなら自社に無償実施権(少なくとも非独占実施権)を確保するのか。

この最初の数行が、数年後の競争力を決めます。

教訓3:特許だけで勝てない市場は、最初から商標で勝ちに行く

同じ技術でも、選ばれる理由の多くは「名前」と「信頼」です。

商標の専門家として、特許ニュースを見たときほど「商標は押さえていますか」と聞きたくなります。中国の商標出願が世界最大級である事実は、「先に押さえた者が強い」市場構造を示します。技術の優位が薄い分野ほど、商標が利益の源泉になります。

教訓4:海外展開は海外出願ではない。勝つ国に、勝つ形で出す

国際特許出願制度のPCTは便利ですが、万能ではありません。本件でもPCTで複数国を指定する動きが整理されていますが、中小企業が同じことをすると、費用が先に尽きます。

大切なのは「市場規模」だけでなく、模倣リスク、製造拠点、展示会の開催国、取引先の所在地、そして訴訟になったときの現実的な勝ち筋まで含めて、国と権利(特許・商標・意匠・営業秘密)を設計することです。

教訓5:最後に残るのは「証拠」

権利は紙、契約も紙。でも裁判・交渉・取引停止の局面で効くのは「いつ、何を、誰が、どう作ったか」を示す証拠です。研究ノート、設計変更履歴、ソース管理、メール、議事録。知財は登録したら終わりではありません。勝負は、証拠を積む日々の運用で決まります。

8. まとめ

直接止めに来る特許より、改良特許の積み上げのほうが止めにくい。特許の戦いは、しばしば商標(ブランド)とセットで決着する。

そして近年は、知財だけでなく調達・地政学がルールそのものを変える。

もしあなたが、海外で商品やサービスを売るなら。もしあなたが、海外企業と組むなら。もしあなたが、技術やノウハウを渡すなら。

今日の記事は「新幹線の昔話」ではありません。あなたの会社の未来を守るための、現代版ケーススタディです。

最後に、商標の専門家として一言だけ。

海外で勝つために必要なのは、優れた技術だけではありません。「名前」を守り、「使える状態」を守り、「選ばれる理由」を守ることです。ここが整って初めて、技術が利益になります。

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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