索 引
世界的企業が世界的ブランドとコラボを発表する。ここまで聞けば、普通は勝ち確のニュースです。ところが2018年末、中国・北京のステージでサムスンが掲げたSupremeは、ニューヨーク拠点の本家から即座に提携していないと全面否定され、炎上案件へ変わりました。
怖いのは、単なるゴシップではないからです。
商標の権利には国境がある。周知・著名商標の保護には限界がある。この隙間を突いて合法っぽく見える偽物、いわゆるリーガルフェイクが、大企業の意思決定すら飲み込む。そうした構造が、見える形になったのです。
1. サムスンはSupremeとの協業を発表したが本家は全面否定した
当時の混乱の時系列を整理します。サムスンがSupreme協業を大々的に打ち出したのは、2018年12月10日、中国・北京での新型スマホGalaxy A8s発表会だと報じられています。
壇上でサムスンのロゴとSupremeのボックスロゴが並び、SupremeのCEOを名乗る人物まで登壇しました。
2019年に北京・三里屯で旗艦店、上海でランウェイショーといった計画も語られたと伝えられています。
ところが発表直後、ニューヨーク拠点の本家Supremeを運営するChapter 4 Corp.は、提携していないと明確に否定しました。
提携相手とされた側を偽造組織とまで断じたと報じられています。
グローバル企業が発表会という最大級の公的舞台でブランド名を掲げた。にもかかわらず本家が全否定した。
世間の目には、サムスンが本家に無断でコラボを名乗ったか、本家ではない相手を本家のように扱ってしまったか、どちらかに見える形になります。炎上は自然な成り行きでした。
2. 本家じゃないSupremeが成立する土壌
商標は国ごとに成立し、国ごとに効きます。商標権の効力は領域で区切られるのです。
米国で商標登録しても、その効力は米国の中で主張するのが原則です。中国で権利を主張するには、中国でも登録を押さえている必要があります。
この国境の発想が薄いまま海外でブランドを展開すると、登録の空白地帯が生まれる。その空白に入り込むのが、今回のような話です。
パリ条約などの国際条約により、他人の著名商標の不正な登録を排除しやすくする仕組みはあります。ただし自動的に世界中で保護されるわけではありません。実務的には各国での権利取得、維持、監視、異議申立、無効審判といった運用が欠かせません。
商標権を取れていない国ではブランドの盾が薄くなることを、一般層にも一瞬で理解させてしまったともいえます。
3. 商標権がなければ使い放題なのか
ある国で商標権が未整備なら、有名ブランド名を好きに使えるのか。そう簡単ではありません。
日本でいう不正競争防止法に相当する制度は多くの国にあります。
他人の周知・著名な表示を利用して出所混同を起こしたり、信用にただ乗りしたりする行為は、商標登録の有無にかかわらず制限され得ます。登録がなくても完全無防備ではない。
一方で、有名だから必ず勝てるとも限りません。
周知・著名性は、審査官、審判官、裁判官が証拠に基づいて判断します。
世間の空気ではなく、証拠の積み上げがものを言う世界です。ブランド側が自分は有名だと思っていても、立証が弱ければ保護が細くなることがある。逆に言えば、日頃からの使用実績、売上、広告、メディア露出、取締り履歴などが、いざという時の武器になります。
商標登録だけでなく、周知性の立証と運用がブランドを守る。この事件はそれを実例として示した形になります。
4. 法律以前に、偽ブランドとのコラボは致命傷になり得る
法的主張が成立し得る余地があっても、ブランドの世界での正しさは別物です。
サムスン中国側の担当者とされるLeo Lau氏がWeiboで、本家SupremeではなくSupreme Italiaだと説明し、権利関係について一定の主張をした流れがあります。
仮にある地域で商標登録があって法的に言えることがあったとしても、消費者が求めるのは本家かどうかという真正性です。
ストリートカルチャーにおけるSupremeは、商標の紙切れだけで成立するものではありません。
コミュニティ、流通、店舗体験、歴史。それらが積み上がった信用の塊です。法の隙間をついて権利を取得できたとしても、法律論の説明で炎上が鎮火することはまずありません。
企業が恥じる必要のない道を歩くためには、契約書上どうかだけでなく、世間からどう見えるか、本家がどう言うかを同じ重さで扱う必要があります。商標は評判と一体だからです。
5. 点だったものが線でつながる
2019年1月時点では、この事件は全体像が見えていませんでした。今は公開情報として線が見えるところまで来ています。
サムスンは炎上を受けて2018年12月中旬に再評価している趣旨の声明を出したとされ、その後2019年2月4日にWeibo上でSupreme Italiaとの協力終了を発表したと複数メディアで報じられています。
想定されていたコラボ製品は、少なくとも大手報道ベースでは市場に出た形跡が確認されず、計画は実質的に消滅しました。
相手側とされるSupreme Italiaについて。ロンドン登記のInternational Brand Firm Ltd.が運営し、Di Pierro親子が関与したと説明されることが多いです。
ここで出てくるのがリーガルフェイク、合法的な偽物という構造です。
未登録・未進出の国の法律の隙を突いて先に商標権を取る。
正規っぽい外形として店舗、広告、領収書などを整える。国際制度も使って広げる。違法な偽物とは違う顔で入り込むモデルです。
中国市場では商標をめぐる転換点が二段階で報じられています。
2019年6月頃、Supreme Italia側に関連するとされるITSupremeNow等の商標が取り消されたという報道。
2020年1月21日、本家SupremeのChapter 4側の中国商標が正式に認められたという報道。この後、模倣店が閉鎖に至ったとも伝えられていますが、どの行政決定が直接の引き金だったかは報道差があります。
極めつけが2021年の英国での刑事手続です。
本家Supreme側は英国で私的訴追を通じてIBFや関係者を追及し、ロンドンのSouthwark Crown Courtで2021年6月24日に詐欺共謀の有罪評決、翌25日に量刑が言い渡されました。
Michele Di Pierroが禁錮8年、Marcello Di Pierroが禁錮3年、IBFに罰金750万ポンドなどが報じられています。
ここまで来ると、この騒動は商標のグレーゲームでは終わりません。
詐欺的スキームとして刑事で裁かれたという情報を知った後では、事件の見え方が違います。
2019年当時の感想であった、商標の取り合いでモメてるだけではという見方が、2021年の結末によって別の意味がでてきます。
6. この事件が突きつけた問い
サムスンとSupremeの騒動が教えるのは、突き詰めればシンプルです。そのブランド名の権利者は誰か。握っているのは真正性か、それとも説明可能な外形か。
商標は国境で区切られます。一つの国の法律の効力は、その国の領域にしか及ばないからです。国境の隙間にそれっぽい正当性が生まれることがある。そのそれっぽさは、SNSの速度と相性が良すぎる。発表の瞬間はバズる。でも次の瞬間には、本家が否定したという一文で信用が崩れる。
2019年に報道された問題提起は今もなお有効です。2026年の視点で付け加えるなら、こう言えます。リーガルフェイクは法律論だけで終わらない。信用の問題として燃え、刑事の問題にまで発展することがある。
コラボが当たり前になった時代に、もう一度問います。あなたの会社が、あなたの推しブランドがサプライズ発表しようとしている相手は、本当に本家ですか。
※日テレnewszeroからサムスンのシュプリームコラボ問題について取材収録がありました(2018年12月12日)。
ファーイースト国際特許事務所
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