本家が「偽物扱い」される恐怖。中国で「クレヨンしんちゃん」が無断で商標登録された事件

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1. 本家が「偽物扱い」される恐怖——中国で”クレヨンしんちゃん”が無断で商標登録された事件と、双葉社が勝ち取った判決の意味

「え、あの国民的キャラクターが、中国では”他人の商標”扱いだったの?」

この一言で背筋が冷たくなる方は多いはずです。なぜなら、これは遠い世界の珍事件ではなく、中国市場に出ようとする企業やコンテンツホルダーなら誰にでも起こり得る現実だからです。

今回扱うのは、『クレヨンしんちゃん』が中国で無断に商標登録され、正規の権利者である日本側(双葉社)が長年苦しめられた一件です。ポイントは、中国の裁判所が最終的に「中国側の著作権侵害」を認め、日本側を勝たせたという点です。

結論から言えば、この勝利は「たまたま運が良かった」では片付けられません。

中国の先願主義(早い者勝ち)と著作権保護のぶつかり合いの中で、司法が”登録商標の盾”を貫通させたという意味で、実務上重要な判断例になるからからです。

商標登録実務の立ち位置から、事件の核心、判決が注目される理由、そして「次に狙われるのはあなたのブランドかもしれない」という現実的な対策まで、一本の流れとして解説します。読み終えたとき、あなたの中で「海外展開の知財の優先順位」が変わると思います。

2. そもそも何が起きたのか——『クレヨンしんちゃん』が中国で”他人の商標”になった日

『クレヨンしんちゃん』は日本では説明不要の存在です。1990年に連載開始、独特のユーモアとキャラクター造形で長期にわたり支持されてきました。双葉社は1992年に原作者との契約で作品に関する独占的権利を取得し、以後、作品管理を担ってきました。

一方で中国あるあるですが、正規ライセンスの整備より先に、海賊版漫画やVCDなどで認知が広がり、簡体字の「蜡笔小新」として人気が先行しました。

ここが最初の落とし穴です。

「人気が先に来て、権利整備が後から追いかける」状況では、制度の隙間に第三者が入り込みます。

実際に、広州市の企業が1996〜1997年頃、キャラクター図形や「蜡笔小新」の文字を含む標章を、眼鏡、鞄、衣類、靴など複数区分で出願・登録していました。日本側の許諾なしに、”中国国内での商標権者”が先に生まれてしまったのです。

この結果、何が起きるか。

本来なら「正規品を売る側」であるはずの権利者が、中国では逆に”商標権侵害者”として摘発・差止めされ得る立場に落ちます。

これが、海外での冒認出願(いわゆる商標スクワッティング)が怖い本質です。ブランドを守るどころか、ビジネスの入口で首を絞められるのです。

3. 大前提として押さえるべきこと。法律は国境を越えない

中国の法律は、基本的に中国国内でしか直接は及びません。日本の法律も、日本国内でしか直接は及びません。つまり、いくら日本で有名でも、中国での保護は「中国の法律」と「中国の運用」に従います。

日本等と同様、中国の商標制度も先願主義です。原則として、実際に使っているかどうかより、早く出願した者が強い。もちろん例外や救済ルートはありますが、基本構造として「出遅れた側が不利」になりやすい仕組みです。

厄介なのは、中国では当時(そして現在でも形を変えて)外国ブランドやキャラクターが正式進出する前に第三者が先回りして出願し、後から高額で買い取りを迫る、あるいは自分で商品化するといった行為が横行しやすいことです。

ここで多くの企業が誤解します。「いや、うちは著作権があるから大丈夫でしょ?」「元の作者(本家)が明白だから、さすがに中国でも守られるでしょ?」

残念ながら、その”常識”が通用しない局面がある。今回の事件はその象徴です。

4. 侵害構造の特徴——単独犯ではなくネットワークで来る

クレヨンしんちゃん盗用問題は、侵害構造が単純な「偽物会社 vs 権利者」ではない点です。関与企業が役割分担し、権利の移転や使用許諾を絡めて、責任追及を難しくする形が見えます。

整理すると、次の構図です。

最初に大量の商標登録をした”冒認出願の実行者”がいる。その商標を譲り受けて中間保有する会社がいる。そして「許諾を得た」と称して実際に商品を作って売り、フランチャイズ展開まで行う”実働部隊”がいる。

この構図の狙いは「自分は権利者だ、あるいは許諾を受けた正当な使用者だ」と主張できる外形を整えることです。単なる海賊版ではなく、”登録”という制度の衣を着てくる。ここが厄介です。

5. 何が侵害だったのか——キャラクターと題字(ロゴ)の無断使用

本件で問題になった侵害態様は大きく二つです。

一つは、野原しんのすけのキャラクター図形(表情や身体的特徴を含む)を商品にプリントして販売したこと。子供靴や鞄、衣類など、典型的なキャラクタービジネス領域での利用です。

もう一つが、題字(タイトルロゴ)の無断使用です。日本語版コミックス等で使用される独特のデザイン文字、そして中国語表記としての「蜡笔小新/蠟筆小新」に相当する題字・ロゴデザインを無断で使っていました。

被告側がこう反論します。「我々は中国で登録された商標を使っているだけ。適法な権利行使だ」。この主張が通ってしまうと、登録を先に取った者が、他人の創作物を”合法的に”商品化できるような世界になりかねません。だからこそ、今回の判決の意味が重いのです。

6. 8年の長期戦——2004年提訴から2012年判決まで

本件が「粘り勝ち」と言われるのは、ドラマチックな美談だからではありません。制度と運用の壁が、本当に高かったからです。

2004年、双葉社は著作権侵害を理由に民事訴訟を提起します。当初は著作権侵害を認める仮処分も出て、順調に見えました。しかし本案に入ると、被告側が「登録商標がある」と強く主張し、状況が一変します。

当時の中国実務では、登録商標の有効性判断は行政側(商標評審)に専属し、民事裁判所が正面から踏み込むのは難しいという理解が強かった。

双葉社は行政手続(無効審判など)も並行して進めますが、行政ルートは時間がかかります。

結果として、上海の裁判所は「行政手続を待つべき」「司法解釈が錯綜している」などを理由に、審理中断から、最終的に訴えを却下(不受理)する判断に至ります。

ここで普通なら心が折れます。

しかし双葉社は、最高人民法院(日本の最高裁に相当)に再審を申し立てます。そして2008年、最高人民法院が「受理すべき」として差し戻し、審理再開を命じます。

これが転機でした。2011年に審理が再開され、2012年2月に口頭弁論。そして2012年3月23日、上海市第一中級人民法院が双葉社勝訴の判決を言い渡した、との流れです。

判決日自体は2012年ですが、”登録商標の存在で逃げ切れる”という空気を司法が破ったという点で、今なお繰り返し参照されるタイプの判断です。

7. 判決の核心:その1——「キャラクター」と「題字」を”美術の著作物”として守った

この判決がまず押さえたのは、著作権の入口です。つまり「そもそも保護される著作物なのか?」という点。

裁判所は、しんちゃんの漫画イメージ(表情やキャラクター像)に独創性があることを認め、中国著作権法上の「美術の著作物」として保護対象と判断しました。

さらに題字(ロゴ)についても、単なる文字ではなく独特の造形美を持つ表現として、保護に値すると整理されています。

商標事件の文脈に見えて、実はここは重要です。キャラクタービジネスは、最終的に「絵」と「ロゴ」に収れんします。裁判所が、キャラクターと題字を明確に著作物として立てたことは、実務上の意味が大きいのです。

8. 判決の核心:その2——商標権と著作権は別物、商標が”免罪符”にはならない

本件の争点は、「登録商標があるなら著作権侵害にならないのか?」です。被告側の防御は、まさに一点に集中していました。

これに対し裁判所は、商標権と著作権は独立した権利であり、境界があるとした上で、商標権の行使であっても、他人の先行する正当な権利(ここでは著作権)を侵害してはならないという考え方を採用します。

言い換えるなら、こうです。「登録を取ったから何をしてもいい」ではない。商標は”出所表示”のための制度であり、他人の創作物を好き放題に商品化する免許証ではない。登録商標を盾にした利用が、実質として他人の著作物の無断利用なら、それは侵害になり得る。

このロジックが採用されると、商標スクワッティングの”勝ち筋”は狭まります。ここが注目される最大の理由です。

9. 判決の核心:その3——「悪意ある先取り登録」への現実的な対抗ルートを示した

商標の無効・取消は、行政手続で戦うのが王道です。しかし王道であるがゆえに、時間がかかり、要件や期間制限にも縛られます。しかも、行政が動くまで侵害が止まらないこともある。

本件は、そうした制度的制約の中で、民事(著作権侵害)という別ルートで差止めと賠償を勝ち取った点が非常に大きい。つまり、「商標争議が長引いても、著作権で止血できる可能性がある」という実務上の情報が得られました。

加えて、相手方が他の著名ブランドも多数出願していたとされる点など、悪意をうかがわせる事情が裁判所の心証形成に影響した、という面もあります。これは実務家として見逃せない点で、”権利の正しさ”だけでなく、”相手の悪意の立証”が勝敗を分ける場面があるのです。

10. 何が得られたのか——差止めと賠償30万元、そして市場の空気の変化

判決は、侵害行為の停止(製造・販売の停止)と、損害賠償30万元を命じました。請求額は106万元でしたが、当時は法定賠償の上限が50万元であったこと、損害立証の難しさなどを踏まえると、30万元は一定評価できる水準です。

ただ、金額そのものより、「(侵害者側の)登録商標があるのに著作権侵害と認定された」という事実です。これが市場に与える心理的影響は大きい。”登録さえ取れば大丈夫”という甘い見通しを、司法が崩したからです。

11. 「中国で有名なら守られる」は半分だけ正しい

海外展開の現場で見落とされがちな点があります。

中国では、有名なものは商標法・著作権法で保護され得る。しかし、日本で有名でも、中国で十分に知られていない場合、保護が弱くなることがある。

ここで商標実務として補足するなら、怖いのは次の二点です。

有名になる前が危険

一つ目は、「中国でまだ有名になる前」です。まさに参入前夜が最も危険です。露出が増え、ファンが増え、しかし権利の整備が追いついていない。このタイミングで第三者が出願します。

現地語への翻訳語に注意

二つ目は、翻訳名・現地呼称です。『クレヨンしんちゃん』で言えば「蜡笔小新」。海外では、原題そのままより、現地で自然に広まる呼び名の方が市場支配力を持ちます。ところが、出願漏れが起きやすいのがこの部分です。「英語名は押さえた」「カタカナは押さえた」では足りず、現地語の表記、略称、俗称まで含めて”先回り”する必要がある。これが海外商標の鉄則です。

12. 教訓として——勝てたのは「正しいから」ではなく「戦い方が立体的だったから」

この事件を「正義が勝った」とまとめるのは簡単です。しかし、実務家の目線では、勝因はもっと泥臭い。

商標争議(行政)と、著作権侵害(民事)を並行させる。請求が認められなくても、最高人民法院まで持っていく。相手方の悪意を示す事情を丹念に集める。時間がかかっても折れない。

勝てたのは「正しい権利者だったから」ではなく、正しさを”勝ち筋”に変換する設計をやり切ったからです。

海外知財は、ここが最も残酷です。正しさは自動的に報われません。正しさを通す仕組みを用意した者だけが報われる。

13. 明日からできる現実的な対策——あなたのブランドを「第二の蜡笔小新」にしないために

同じ罠に落ちないために何をすべきか。

まず大前提として、海外展開では「売れたら出願」では遅いです。”売れる前に出願”が正解です。中国の先願主義環境では特にそう。試作品段階、提携交渉段階、SNSでティザーを打つ段階でも、出願の検討は始めるべきです。

次に、出願するのはブランド名だけではありません。

キャラクターなら、図形、ロゴ、タイトル、現地語表記、略称、主要な商品区分の防衛出願が必要になります。『クレヨンしんちゃん』事件のように、眼鏡から衣類、鞄、靴まで広範囲に取られてしまうと、商品展開の自由度が奪われます。「今は服はやらないから第25類はいらない」ではなく、将来のライセンス事業まで見据えて、”取られたら致命傷になる区分”から優先して押さえる。これが費用対効果の現実解です。

さらに、著作権の武器も軽視しないこと。著作権は創作と同時に発生し、国際条約の枠組みで保護され得ます。実務では、権利発生そのものより、権利者であることや創作時期をどう立証するかが重要になります。契約書、原稿データ、公開履歴、制作資料など、後で効いてくる証拠は早期から整えておくべきです。

そして最後に、侵害が起きたときの戦い方。本件が教えてくれるのは、行政ルート一本足では止血が遅れる可能性があることです。

商標無効・取消を粘りつつ、著作権や不正競争的な観点、場合によっては税関での水際対策など、複数レーンで圧をかける設計が現実的です。相手がネットワーク型で来るなら、こちらも立体的に戦う。これが「海外知財の基本戦術」です。

14. まとめ——この判決が突きつける事実

『クレヨンしんちゃん』事件は、教訓を私たちに突きつけます。

海外市場で、権利は「持っている」だけでは足りない。”守れる形にして、守り切る”ところまでやって初めて意味がある。

そしてもう一つ。中国に限らず、海外では「先に手を打った者」が強い。出遅れたときは、著作権を含む別の武器で突破口を作り、時間を味方につけるしかない。

双葉社が8年かけて勝ち取ったのは、賠償30万元だけではありません。「登録商標があっても、著作権侵害は成立する」「悪意ある先取りに、司法は対抗し得る」。この認識の変化こそが、最大の成果だったと私は考えます。

もしあなたが、キャラクター、ブランド、コンテンツを海外で展開する立場なら。今日この話を読んだ瞬間から、できることが一つあります。「現地語の名前、もう押さえてありますか?」この問いに即答できないなら、対策は”今”が最短です。

※本件について、2012年4月19日に放送されたフジテレビの「とくダネ!(小倉キャスター)」に出演、著作権、商標権について解説しました。

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

参考文献

  • 1. 中国における『クレヨンしんちゃん』訴訟の勝訴判決について – 双葉社, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.futabasha.co.jp/news/36
  • 2. The first instance verdict on Crayon Shin-chan – Country Index, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.country-index.com/articles/article_198.pdf
  • 3. Futabasha Infringes the Trademark of Their Own Manga? – ComiPress, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.comipress.com/article/2006/10/08/844
  • 4. Crayon Shinchan, 12月 20, 2025にアクセス、 https://foxrothschild.gjassets.com/content/uploads/2015/05/Poppitti_Wang_CrayonShinchan.pdf
  • 5. Copyright – WANHUIDA INTELLECTUAL PROPERTY, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.wanhuida.com/en/business/29/
  • 6. Chinese company loses copyright lawsuit for Japan’s ”Crayon Shin-chan”, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.ciplawyer.com/articles/135992.html
  • 7. Chinese Firm Loses Copyright Lawsuit Over Crayon Shin-chan – cnipa, 12月 20, 2025にアクセス、 https://english.cnipa.gov.cn/transfer/news/iprspecial/919769.htm
  • 8. Trademark Squatting in China – USPTO, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/CRS-NJ-Wang.pdf
  • 9. Tackling bad faith squatting of foreign trademarks in China – Bird & Bird, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.twobirds.com/en/insights/2021/china/tackling-bad-faith-squatting-of-foreign-trademarks-in-china
  • 10. Influential Trademark Cases in China (2007-2008) – UNITALEN ATTORNEYS AT LAW, 12月 20, 2025にアクセス、 https://unitalenlaw.com/html/report/16124403-1.htm
  • 11. Report on ”Laws and Examination Guidelines/Practices of the TM5 Offices against Bad-Faith Trademark Filings”, 12月 20, 2025にアクセス、 https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/tm5/document/bad_faith_report/all.pdf
  • 12. 中国企業の「クレヨンしんちゃん」著作権侵害問題、双葉社が勝訴 …, 12月 20, 2025にアクセス、 https://hatenanews.com/articles/201204/8498

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