索 引
商標登録に関する請求書には、特許庁印紙代、弁理士手数料、調査費用、ロゴデザイン費など、さまざまな項目が記載されています。
これらの費用をすべて一括で経費処理してしまうと、税務調査で修正を求められる可能性があります。
一方で、正しい仕訳を理解していれば、節税の機会を活かしながら、貸借対照表を整理し、商標の更新漏れといった管理上のミスも防げます。
本記事では、商標登録費用の勘定科目と会計処理について、最新の通達解釈を踏まえて整理します。
1. 仕訳の前に押さえておきたい「4つのキーワード」
仕訳に入る前に、基本的な用語を理解しておくことが重要です。これらの概念が曖昧なままだと、どこまでを資産として計上し、どこからを経費として処理すべきかの判断がぶれてしまいます。
無形固定資産
無形固定資産とは、机やパソコンのような物理的な実体はないものの、長期にわたって会社に利益をもたらす権利や価値を指します。
商標権、特許権、著作権、営業権などがこれに該当します。1年以上継続して使用する前提の権利であることがポイントであり、商標権はこの典型例といえます。
減価償却資産
減価償却資産とは、時間の経過とともに価値や効力が少しずつ減少していく資産です。
無形固定資産も減価償却資産の一種に分類されます。商標権の場合、原則として10年間で定額償却を行います。たとえば、取得価額が100万円であれば、毎年10万円ずつ費用として計上していくことになります。
取得価額
取得価額とは、その商標権を取得するために直接かかった費用の合計です。
ロゴデザイン費、弁理士への報酬、特許庁への登録料などが含まれます。どこまでを取得価額に算入するかによって、資産計上か経費処理かが決まるため、この判断が会計処理の要となります。
損金(経費)
法人税における損金とは、会社の課税所得を計算する際にマイナスできる費用や損失のことです。
その期に一括で計上できるのか、10年かけて少しずつ計上していくのかという違いは、キャッシュアウトの金額が同じであっても、税金の支払いタイミングに影響を与えます。
2. 出願から登録・更新まで:どの費用を「資産」、どの費用を「経費」にするか
商標登録は、出願前の準備、出願時、審査中、登録時、そして10年後の更新という流れで進みます。
それぞれの段階で発生する費用について、勘定科目と資産・経費の区分を整理していきます。本記事では法人を前提に解説し、個人事業主の注意点は別途まとめます。
(2−1)出願前:デザイン費用と商標調査費用
1. ロゴデザイン費(外部デザイナーへの報酬)
ロゴを外部のデザイナーに依頼した場合、その費用は原則として商標権(無形固定資産)として計上し、10年かけて減価償却します。
ロゴ自体が登録商標の本質的な内容を構成するため、商標権という資産の一部として扱うのが適切だからです。
ただし、少額減価償却資産の特例を適用できる場合があります。
取得価額が10万円未満であれば、その期に全額を経費として処理できます。
また、中小企業であれば30万円未満かつ年間300万円までの資産についても、全額経費とすることが可能です。
ロゴ代がそれほど高額でない中小企業の場合は、資産に計上した上で、税務上はその期に全額を経費にするという方法も現実的な選択肢です。
2. 商標調査費用(類似調査など)
商標調査費用の取り扱いについては、専門家の間でも見解が分かれています。
資産計上を支持する立場では、登録に至った調査は商標権取得のために直接要した費用であるため、取得価額に含めるべきと考えます。
一方、経費処理を支持する立場では、調査はあくまで出願の可否を判断するための情報収集であり、出願を見送るケースもあるため、その都度経費処理すべきと主張します。
実務上は理論的には資産計上が優勢ですが、経費処理も多く行われているのが実態です。
登録に至った調査費用を全額経費にする場合は、本来は取得価額に含めるのが原則であることを理解した上で、一定の税務リスクがあることを認識しておく必要があります。金額が小さい場合には、実務上問題になることは少ないでしょう。
勘定科目は、資産計上の場合は商標権(無形固定資産)、経費処理の場合は支払手数料や調査費などが該当します。
(2−2)出願時:特許庁印紙代と弁理士の出願手数料
ここからは、法人税基本通達7−3−3の2が重要な役割を果たします。
特許庁への出願印紙代
原則としては商標権取得の付随費用として取得価額に含めますが、通達7−3−3の2(4)により、登録免許税その他登記または登録のために要する費用は取得価額に算入しないことが認められています。
つまり、支払った期の経費として処理できます。
実務では、勘定科目を租税公課とし、消費税区分は不課税(対象外)として、支払った期に全額を損金処理するのが一般的です。
弁理士の出願手数料
弁理士に支払う出願手数料も、通達上は登録のために要する費用に含めて解釈されています。
勘定科目は支払手数料、消費税区分は課税仕入、処理は支払時に全額損金とします。
出願時に成功報酬を支払う契約の場合も、同様に支払手数料として経費処理できます。
(2−3)審査中:拒絶理由対応などの中間費用
拒絶理由通知への対応として、意見書の作成、指定商品・役務の補正、追加調査などの中間処理費用が発生することがあります。
この段階では商標権が取得できるかどうか確定していないため、実務上はほぼ例外なく、勘定科目を支払手数料として、その期の損金で処理します。
理論的には、最終的に登録に結びついた中間費用は取得価額に含めるべきという考え方もありますが、現実にはそこまで厳密に区別している例は少なく、税務上もこれを一律に否認した裁決は見当たりません。
(2−4)登録時:登録印紙代と成功報酬
登録査定が出て登録料を納付すると、商標権が発生します。
特許庁への登録印紙代
出願時と同様に、原則としては取得価額に含め得る付随費用ですが、通達7−3−3の2により損金処理を選択できます。
実務では、勘定科目を租税公課、消費税を不課税として、支払った期の損金とするのが一般的です。
弁理士の成功報酬(登録時報酬)
勘定科目は支払手数料、消費税は課税仕入として、支払時に損金処理するのが標準的な取り扱いです。
もちろん、デザイン費や資産計上を選んだ調査費・出願費用・登録料・成功報酬をすべてまとめて商標権として計上し、10年償却する原則どおりの処理も可能です。
ただし、中小企業で総額30万円未満であれば、少額特例により税務上はその期に全額損金算入できるため、厳密に分けるメリットはあまり大きくありません。
(2−5)更新時:更新登録料と更新手数料
10年後の更新についても、実務上はすべて経費処理されるケースがほとんどです。
特許庁への更新登録料は、勘定科目を租税公課、消費税を不課税として、支払時に損金処理します。弁理士の更新手数料は、勘定科目を支払手数料、消費税を課税仕入として、支払時に損金処理します。
理論上は、使用可能期間を10年延長させる支出として、更新登録料や更新手数料を商標権の取得価額に加算し、残存期間で償却し直す方法もあり得ます。
ただし、税務通達上は登録のために要する費用として損金処理が認められているため、節税と実務の簡便性の観点から、更新費用はその期の経費として処理するのが主流です。
3. 少額減価償却資産の特例:多くのケースで経費処理が可能
ここまでの説明を読むと、資産計上と経費処理のどちらが正しいのか迷うかもしれません。
中小企業であれば、少額資産のルールを活用することで、多くの場合に経費処理が可能になります。
金額ごとの整理
商標権(ロゴデザイン費を含む)の取得価額によって、税務上の選択肢が変わります。
取得価額が10万円未満の場合は、少額減価償却資産としてその期に全額損金とできます。
10万円以上20万円未満の場合は、一括償却資産として3年間均等償却する選択肢があります。30万円未満の場合、中小企業者等は特例を使ってその期に全額損金とできます(年間300万円までの上限あり)。30万円以上の場合は、原則どおり無形固定資産として10年償却します。
少額特例を活用すれば、商標登録費用の多くは結果として即時に経費処理できる場合が多いといえます。
なお、商標権は償却資産税(固定資産税の一種)の対象外であるため、資産計上によって償却資産税の申告が増えるという心配はありません。
4. ライセンス契約をした場合の勘定科目
親会社が商標権を保有し、関連会社が利用料を支払うケースについて見ていきます。
親会社側(商標権を持っている会社)
商標権の取得費用は無形固定資産として計上し、10年で定額償却します。関連会社から受け取る利用料は、商標権使用料、ロイヤリティ、売上高などの勘定科目で、受け取った期の収益として計上します。
関連会社側(商標権を借りる会社)
支払う利用料が毎月払い方式の場合は、支払ったときに支払手数料や支払ロイヤリティなどで損金処理します。
一括で数年分を前払いする場合は、支払時に繰延資産(長期前払費用など)として計上し、原則として契約期間にわたって按分して費用化します。特に定めがなければ3年とする実務も多く見られます。
また、親会社とグループ各社が共同で商標権を取得する場合には、負担額ごとに商標権を計上し、それぞれが10年で減価償却していくことになります。
5. 個人事業主の場合に注意したい「法人との違い」
ここまでの説明は主に法人を前提にしてきましたが、個人事業主の場合は重要な違いがあります。
5−1 商標権の登録費用は「原則として取得価額」に含める
法人は法人税基本通達7−3−3の2により、登録免許税や登録のための弁理士費用を取得価額に含めず、その期の損金にできるという選択肢があります。
しかし、個人について定めた所得税基本通達49−3では、特許権など登録により権利が発生する資産に係る登録免許税(登録に要する費用を含む)は取得価額に算入しなければならないとされています。
商標権も登録により権利が発生する資産に該当するため、個人事業主の商標登録費用(登録に係る印紙代や登録のための弁理士報酬)は、原則として商標権の取得価額に含める必要があり、法人のように自由にその期の必要経費に落とせるわけではありません。
5−2 開業前に払った商標関連費用は「開業費」として処理できることも
開業準備中にロゴを作成したり、商標登録を済ませたりするケースも増えています。
この場合、開業前の商標登録費用やロゴ制作費などを開業費(繰延資産)として計上し、開業後に任意のタイミングで償却していくという処理が認められる場合があります。
キャッシュフローや利益の状況に応じて、開業費としてまとめるか、商標権として10年償却するかを検討するとよいでしょう。
6. 海外出願をしたときの消費税のざっくり整理
海外ブランド戦略の一環として外国にも商標出願する企業が増えています。よく質問されるのが海外代理人への費用と消費税の取り扱いです。
各国の特許庁・商標局に払う官庁費用(現地の印紙代等)や現地代理人(外国弁理士など)への報酬は、一般に日本の消費税の課税対象外(国外取引)として扱われます。つまり、日本側で仮払消費税は発生しないと考えて差し支えないケースがほとんどです。
リバースチャージという言葉を耳にすることもありますが、これは主にGoogle広告などの電子サービスに対する制度です。海外の商標代理人に通常の手続代行を依頼した程度で、リバースチャージの対象になることは一般的ではありません。
7. まとめ:4つのチェックポイントを押さえる
商標登録の請求書が届いたら確認すべき4つのポイントを整理します。
誰の名義か
法人であれば印紙代・弁理士費用は通達により損金処理を選択できますが、個人事業主であれば登録に係る費用は原則として取得価額に含めます。
ロゴデザイン費が含まれているか
原則として商標権として無形固定資産に計上しますが、金額次第では少額資産の特例による即時償却も検討できます。
合計金額
10万円未満なら即時経費、20万円未満なら3年一括償却も可能、30万円未満なら中小企業は年間300万円まで即時経費の特例を使えます。
国内か海外か
国内の弁理士への支払いは消費税が課税、特許庁への納付は不課税、海外官庁・海外代理人への支払いは原則として日本の消費税の対象外です。
商標登録の会計処理は複雑に見えますが、この4つのポイントを押さえておけば、すべてを経費で処理してよいかという不確かな判断から脱却できます。
実際には金額や会社の状況によって最適な選択肢は異なります。
自社のケースがどれに該当するか判断に迷う場合は、税理士や商標の専門家と相談しながら、一度整理してみることをお勧めします。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247