索 引
1. 2020年に急増した「食器抜き」の調理用具商標権
「調理用具の商標は取ったけれど、食器までは要らないですよね?」。この問いかけが一度もないまま出願が進んでいたなら、その商標権には穴が空いている可能性があります。
当事務所は、権利範囲に「調理用具」を含むのに「食器類」を含まない商標権が、各年にどれだけ発生したかを特許庁の公報データで調べました。件数の推移は次のとおりです。
Fig.1 食器の権利が抜け落ちている、調理用具を権利範囲にふくむ商標権数の推移を表したグラフ

- 2018年:1,934件
- 2019年:2,524件
- 2020年:3,743件
- 2021年:4,778件
- 2022年:4,898件
- 2023年:3,178件
- 2024年:3,366件
2019年から2020年にかけて、1年で1,200件以上増えています。2021年と2022年はさらに増えて年間4,800件前後になり、2023年以降も2019年までの水準には戻っていません。
後で詳しく説明しますが、調理用具を指定する出願に同じ第21類の食器類を書き加えても、特許庁に納める料金は1円も増えません。無料で権利範囲に含められたはずの商品が、2020年を境に一斉に願書から消えた。グラフが示しているのは、そういう現象です。
この件数は当事務所の検索条件に基づく集計で、特許庁の公式統計ではありません。ただ、条件を固定して同じ方法で数えた年ごとの推移であり、2020年を境に段が変わったことは検索条件を変えても消えません。
2. 調理用具と食器類は同じ第21類でも別の商品
フライパン、鍋、やかん、キッチンツールといった「調理用具」と、皿、茶わん、コップといった「食器類」は、どちらも商標登録の第21類に属します。ただし、区分が同じだからといって、一方を指定すれば他方まで自動的に権利範囲へ入るわけではありません。
特許庁の類似商品・役務審査基準では、「食器類」には類似群コード19A03、「調理用具」には19A05が付されています。願書で商品を分けて記載する理由がここにあり、食器類の権利は、願書に食器類と書いてはじめて手に入ります。
区分は料金計算の単位
第21類という区分は、商品・役務を分類し、特許庁料金を計算する単位です。特許庁に納める出願料と登録料は、指定した商品の個数ではなく区分数を基礎に計算されます。現行の出願料は3,400円に8,600円×区分数を加えた額、10年分の登録料は32,900円×区分数です。
調理用具を指定する第21類の出願に食器類を加えても、区分数は1のまま変わりません。特許庁料金は増えないのです。願書に商品名を一行書き加えるかどうか、それだけの違いです。
包丁やフォークは第8類、電気調理器は第11類
キッチン用品でも、包丁、フォーク、スプーンなどの食卓用刃物類は第8類、電気式の加熱調理器具は第11類です。これらは区分が違うため、第21類の出願に書き足しても無料にはならず、区分を追加した分の料金がかかります。同じブランドで扱う商品を並べ、どれが第21類の中で無料に含められる商品で、どれが区分追加になる商品かを分けて考えます。
3. 入れ忘れの取り戻しには1件あたり44,900円が別途かかる
問題は、出願の後から食器類を書き足すことが一切できない点です。特許庁は、出願時の願書に含まれていない商品を追加して権利範囲を広げる補正を、要旨の変更として認めていません(商標法16条の2)。審査の途中でも、登録の後でも同じです。
「補正書を出せば足せる」と誤解されている方がいますが、できません。商標法9条の4は、要旨を変更する補正が登録後に見つかった場合に出願日を補正書の提出日まで繰り下げる規定であり、出願人が書き忘れた商品を後から足すための規定ではありません。
食器類の権利が必要だったと後から分かった場合、新しい出願をやり直すしかありません。現行料金では、1区分の出願から10年分の登録までの特許庁印紙代だけで44,900円かかります。特許事務所に依頼すれば、その手数料も別にかかります。最初の願書に一行書き加えれば0円だった権利に、後からはこれだけの費用を払うことになります。
2020年に増えた1,200件超の商標権が、のちに食器類の権利を取り直すと仮定してみます。当時の特許庁印紙代は出願から10年分の登録までで1区分あたり約4万円でしたから、印紙代だけで総額はおよそ5,000万円です。2021年と2022年の増加分まで含めれば、さらに大きくなります。1件あたりで見れば数万円でも、本来なら1円も払う必要のなかった費用が、業界全体では毎年数千万円の規模で積み上がっています。
費用だけの問題でもありません。権利を取っていない食器類の範囲は、誰でも出願できる状態です。同じ名前で食器を売る競合が先に登録すれば、後から自社が食器へ展開しようとしたときに、その名前が使えなくなることもあります。
4. 不使用取消審判は食器を外す理由にならない
「使わないかもしれない商品まで指定すると、不使用取消審判を請求されるのが心配」という説明を目にすることがあります。この心配は、調理用具の隣にある食器類を願書から外す理由にはなりません。制度の仕組みを見れば分かります。
不使用取消審判は、日本国内で継続して3年以上使われていない登録商標について、その取消しを求める制度です(商標法50条)。ポイントは、この審判が指定商品・指定役務を選んで請求できる一方、請求は一体として審理される点にあります。請求された商品・役務のうち一つでも使用を証明できれば請求全体が退けられ、取り消されるのは、請求された商品・役務のすべてについて使用を証明できない場合だけです。
使っている調理用具を含めて請求された場合はどうなるか。商標権者がその商品の使用証明を出せば請求は退けられ、請求された商品はすべて登録に残ります。現に使っている権利が攻撃されたのですから、証拠を出して守るのは当然の対応で、権利が取り消される理由はありません。
使っていない食器類だけが請求された場合はどうか。何も対応しなければ、食器類の分だけが取り消されます。調理用具の権利は影響を受けません。答弁しなければ費用もかからず、実害はないのです。
使う意思のまったくない商品を手当たり次第に並べることを勧めているのではありません。調理用具を扱う事業者にとって食器類は、店頭でもネット通販でも隣に並ぶ商品です。無料で含められる隣の商品を、取消審判への心配を理由に外すのは、守れたはずの権利を最初から手放す判断だということです。
5. なぜ2020年を境に急増したのか
個々の出願にどんな事情があったかは、公報からは分かりません。しかし、2019年まで緩やかに増えていた線が2020年に一段跳ね上がり、その後も高い水準が続く動きは、出願人ひとりひとりのうっかりが偶然重なった結果とは考えにくく、出願実務の側の変化を映したものと見るのが自然です。
当事務所の見方はこうです。2020年前後を境に、権利範囲を狭く絞って出願し、そのまま登録まで通すやり方が業界に広がりました。
狭く絞ると審査は通りやすい
指定商品を狭くすれば、先に登録されている他人の商標権と衝突する可能性が下がります。衝突がなければ拒絶理由通知は来にくく、早く登録でき、審査対応の費用もかかりません。お客さまへの説明は「短期間で登録できます」「審査で指摘を受けません」となり、これを聞いたお客さまは対応力が高い業者だと受け取ります。
業者側にも都合がよい
拒絶理由通知への応答は、審査官の指摘を読み解いて反論を組み立てる、経験がものをいう仕事です。折衝が最初から発生しない出願なら、経験の浅い体制でも大量に処理できます。拒絶査定になって費用を回収できない事態も、狭く絞っておけば避けられます。
そして、入れ忘れた商品に後から気づいたお客さまが権利を取り直せば、最初と同額の費用がもう一度動きます。権利を狭く通す実務は、業者側から見れば損のない選択なのです。
損をするのはお客さまです。自分の商標権が、同じ料金で取れたはずの範囲より狭いことは、他人の商標権を日常的に見ていないと気づけません。登録できたかどうかと費用にだけ目が向いていると、手元の権利に穴があることは分からないままです。
説明を受ければ、ほとんどの方が立ち止まる
私が東京で特許事務所を開いてから20年以上になりますが、「調理用具を指定したい」というお客さまに、「同じ出願なら食器類を加えても特許庁料金は増えません。後から必要になれば今回と同じ費用が改めてかかりますが、それでも食器類は要りませんか」とお伝えすると、ほぼすべての方が一度立ち止まって権利範囲を見直します。「そんな仕組みとは知らなかった」「それなら最初から入れてほしい」という反応がほとんどです。
お客さまが「調理用具の商標がほしい」と言うとき、その多くは「調理用具だけを狭く」ではなく、「調理用具を含めて、同じ料金で取れる妥当な範囲を押さえたい」という意味です。この確認をせずに、言われた言葉だけを指定商品に写すと、無料で取れたはずの権利が抜け落ちた商標権ができあがります。
同じ構図は、調理用具と食器類の組合せに限りません。せっけんと歯磨き、シャンプーとリンス、紙と印刷物でも同型の入れ忘れが2020年以降に増えており、商標登録の費用ページで件数の推移とともに詳しく解説しています。
6. 出願前に確認してほしいこと
これから出願する方へ
願書を提出する前に、「本当に食器類を外してよいのか」を確認してください。同じ第21類の中で無料で書き加えられる商品を外すなら、外すだけの積極的な理由があるはずです。あわせて、第8類の食卓用刃物類や第11類の電気調理器具のように区分追加になる商品についても、費用と展開計画を並べて判断します。
願書に記載される弁理士に、この指定商品で漏れがないかを直接尋ねてみてください。実際に願書を作った弁理士なら、どの商品を入れ、どの商品を外し、なぜその範囲にしたのかを、納得できるまで説明できるはずです。電話をしても弁理士が出てこない、質問してもテンプレートの返事しか返らないなら、その弁理士は名前だけで、願書を見ていない可能性があります。
一度願書を提出すると、指定商品の追加はできなくなります。確認するなら提出前しかありません。
すでに登録済みの方へ
J-PlatPatで自分の登録番号を検索し、指定商品・指定役務の欄と、事業で扱っている商品や近く扱う予定の商品とを照合してください。調理用具はあるのに食器類がない、という漏れが見つかった場合、その部分は誰でも出願できる状態になっています。他人に先を越される前に、新規出願を検討してください。
ファーイースト国際特許事務所では、実務経験10年以上のベテラン弁理士がお客さまを直接担当し、事業の内容と将来の展開を伺ったうえで、追加料金の発生しない範囲まで含めた指定商品・指定役務をご提案します。取得済みの商標権に漏れがないか気になる方も、無料相談・調査のお問い合わせからお気軽にご連絡ください。
7. よくある質問
Q1.調理用具を指定すれば、皿やコップにも商標権が及びますか?
自動的には及びません。両方とも第21類ですが別の指定商品で、類似群コードも異なります。食器類の権利がほしければ、願書に食器類を記載します。
Q2.出願時に食器類を加えると特許庁料金は増えますか?
増えません。特許庁料金は区分数を基礎に計算され、調理用具と食器類は同じ第21類だからです。包丁やフォークは第8類、電気調理器は第11類なので、こちらは区分追加の料金がかかります。代理人の手数料体系は依頼先に確認してください。
Q3.登録後に食器類を追加できますか?
できません。指定商品を追加して権利範囲を広げる補正は要旨変更として認められないため、新しい出願でやり直すことになります。現行料金では1区分の印紙代だけで44,900円かかります。
Q4.使っていない商品を含めると、取消審判で権利全体が消えますか?
消えません。不使用取消審判は指定商品・指定役務を選んで請求されますが、請求は一体で、請求された商品のうち一つでも使用を証明できれば請求全体が退けられます。使っている商品を含む請求はその使用証明で守れますし、使っていない商品だけが請求された場合は、放置してもその部分が取り消されるだけで追加の費用はかかりません。
Q5.自分の登録に漏れがないか確認するには?
J-PlatPatの詳細画面で指定商品・指定役務を確認し、事業の商品一覧と照合します。判断に迷う場合は、登録に関与した弁理士か、当事務所のような商標専門の事務所に相談してください。
8. まとめ
調理用具と食器類は同じ第21類で、出願時に併せて指定しても特許庁料金は増えません。それにもかかわらず、食器類を含まない調理用具の商標権は2020年に1年で1,200件以上増え、2021年と2022年はさらに増えました。取り直すには1件あたり44,900円の印紙代と手数料が別途かかり、その間に競合が食器類の権利を先に取る可能性もあります。
背景には、権利範囲を狭く絞って審査を通す出願実務の広がりがあります。狭い権利は早く登録できますが、そのしわ寄せは、入れ忘れに気づいて権利を取り直す段階でお客さまに来ます。不使用取消審判への心配は、無料で含められる隣の商品を外す理由にはなりません。
願書に商品名を一行加えるだけで防げる損失です。出願の前に「本当に食器類を外してよいのか」を、願書に記載される弁理士に確認してください。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
参考資料
- 特許庁「類似商品・役務審査基準〔国際分類第13-2026版対応〕」
- 特許庁「産業財産権関係料金一覧」
- 特許庁「商標登録取消審判」
- 特許庁「商品・役務を指定する際の御注意」
- e-Gov法令検索「商標法」(9条の4、16条の2、50条)
- 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)
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ファーイースト国際特許事務所|弁理士 平野泰弘
