索 引
1. はじめに — そのクラウド商標、本当に「必要なところまで」取れていますか?
正直に言うと、私自身「ただの思い過ごしであってほしい」と願っています。しかし実務の現場で日々、公報や登録情報を追いかけていると、どうしても気になる傾向があります。
「このビジネス内容で、本当にその範囲だけしか権利を取っていないの?」
そう感じざるを得ない、権利範囲に穴が空いたクラウド関連商標が、ここ数年で目に見えて増えているのです。
クラウドやSaaS、リモートワークの広がりに合わせて、第42類を中心とするクラウド関連の商標出願は着実に増えています。しかしその一方で、同じ料金で取得できたはずの権利が、最初の出願で取り切れていないケースも増加しています。
権利申請漏れは、将来の事業拡大、ライバルとの競合、商標の売却・M&A時の評価といった場面で、じわじわと響いてきます。
この記事では、クラウド関連ビジネスで起こりがちなホームページ・システム周りの権利漏れに焦点をあてて解説します。すでに商標をお持ちの方も、これから出願を検討されている方も、自社の権利に抜けがないかをチェックするきっかけにしていただければと思います。
2. クラウドビジネスはまず第42類から — でも「42類を取っただけ」では危ない
(1)コンピュータ関連の商標は、もともと複数区分にまたがる
商標法上、指定商品・指定役務にはそれぞれ区分が決められています。ただし、商標法第6条第3項が示すとおり、区分そのものが類似範囲を決めているわけではありません。
コンピュータ、サーバーなどの電子機器やそれに関連するサービスは、もともと複数の区分にまたがって存在するのが普通です。ハードウェア寄りのモノは第9類、ソフトウェアやアプリケーションは第9類または第42類、ネットワークサービス・クラウド環境は第42類となります。
このなかで、クラウド関連の中核になるのが第42類です。
(2)第42類の中で「クラウドの心臓部」となる役務
第42類は本来、気象情報の提供、建築設計、研究開発、機械器具の試験・検査など、技術・専門知識を伴う幅広い役務を含みます。その中で、クラウドビジネスに直結する代表例がこちらです。
第42類で特に重要なのが「電子計算機の貸与」と「電子計算機用プログラムの提供」です。ここに含まれるのは、自社サーバーやクラウド環境を使ったウェブサーバーの貸与・ホスティング、ブラウザ経由で利用させるオンラインアプリケーション(SaaS)の提供、顧客がログインして利用するクラウド基盤上の各種業務システムといったビジネスです。
お客さまにIDとパスワードを渡し、こちらが用意したクラウド環境にログインしてもらうタイプのサービスを展開しているなら、第42類の「電子計算機の貸与」「電子計算機用プログラムの提供」は、ほぼ必須の役務だと言えます。
問題はここからです。42類でクラウド関連の役務だけを指定して終わりにしてしまうと、実は大きな取りこぼしが生じます。
3. クラウド関連役務だけでは守れない、ウェブサイト・システム設計の権利
(1)クラウド役務と「ウェブサイト設計・保守」は、類似しないと扱われる
第42類の「電子計算機の貸与」「電子計算機用プログラムの提供」を指定しているからといって、次のような役務は自動的にカバーされません。
ウェブサイトの設計・作成・保守、コンピューターシステムの設計、テレワーク用コンピューターシステムの遠隔操作といった役務は、実務上、クラウド役務とは類似しない役務として扱われます。
つまり、クラウド環境を提供する権利(電子計算機の貸与等)を押さえていても、その上で動くシステムやウェブサイトの設計・作成・保守は別物として扱われるのです。
(2)出願後に「足りない役務」を追加できない
ここが実務上、最も痛いポイントです。
特許庁に商標登録出願をするとき、願書に記載していない役務を、後から自由に書き足せません。
たとえば、出願時の指定役務として「電子計算機の貸与」と「電子計算機用プログラムの提供」だけを書いて提出してしまった場合、その後で「ウェブサイトの設計・作成・保守」「コンピューターシステム設計」「テレワーク用システムの遠隔操作」などを追加したいと気づいても、同じ出願の中に追記は認められていません。
対応できるのは、追加したい役務を含めて改めて別出願をすることだけです。当然ながら、出願費用も手数料も、もう一度フルで掛かります。
本来であれば、最初の出願のときにクラウド役務とウェブサイト・システム関連役務をセットで指定しておけば、同じ料金でまとめて取れていた権利です。それを、記載漏れにより倍額払いになってしまっているケースが増えているのです。
4. 数字で見る「クラウドだけ」商標の増加 — 取りこぼしが急増中
(1)クラウドを指定しているのに、ウェブサイト・リモートワーク関連が抜けている件数
私のほうで、日本国内で登録された商標のうち、第42類でクラウド関連の役務(電子計算機の貸与、電子計算機用プログラムの提供など)を指定しているにもかかわらず、同じ第42類内で、ウェブサイト関連やリモートワーク関連の役務を一切指定していないものをカウントしたところ、以下のような推移になっていました。
クラウド関連商標なのに
ウェブサイト・リモートワーク権利が抜けている件数推移
| 年 | 権利漏れ登録件数(件) |
|---|---|
| 2019年 | 715件 |
| 2020年 | 887件 |
| 2021年 | 1371件 |
| 2022年 | 1827件 |
| 2023年 | 1397件 |
| 2024年 | 1593件 |
2019年は715件でしたが、2020年には887件、2021年には1371件、2022年には1827件と増加し、2023年は1397件、2024年は1593件となっています。
2020年以降、クラウド利用やリモートワークが一気に当たり前になったことを考えると、本来であればウェブサイト・ホームページ関連やリモートワーク関連の役務もしっかり指定しておきたいはずの時期です。
ところが、現実には、クラウド環境の提供だけは押さえているが、その上で動くウェブサービスやテレワークシステムの権利が抜けているという登録商標が、むしろ増えているのです。
(2)料金は同じなのに、後から取り直すと2倍払うことに
ここで知っておいていただきたいのは、次の事実です。
同じ出願の中でクラウド関連、ウェブサイト・ホームページ関連、リモートワーク関連をまとめて指定しても、特許庁に支払う料金は同一です。
しかし、最初の出願でクラウド関連だけ指定し、後からウェブサイト・リモートワーク関連を別出願で取得という流れになると、手続き費用も手数料もほぼ2回分掛かります。
同じ権利を、最初からまとめて取れば1回分で済んだのに、権利申請の設計ミスで、2倍のお金を払って取りに行くというもったいない状況が現実に起きているわけです。
5. なぜ権利漏れが起こるのか — テンプレ出願の落とし穴
(1)専門家がチェックすれば気づける「当然入れるべき範囲」
商標実務の専門家が願書をチェックする際には、ビジネスの説明を伺いながら、このサービス内容なら当然ここまで権利を押さえておくべき、クラウドだけでなくウェブサイト設計やシステム設計もカバーしておいたほうがよいといった観点で、抜けがないかを確認していきます。
もし明らかに入れておくべき役務が抜けていると感じたときは、「この範囲は将来使う可能性がありますが、本当に指定しなくて大丈夫ですか?」と、事業者側に確認します。
つまり、本来であれば気づいた段階で止められる種類のミスなのです。
(2)ひな型をそのまま使うと、「ラクに出せるが、高くつく」
一方で近年、オンラインフォームに沿って入力したり、ひな型の指定役務リストにチェックを入れていくだけで出願できるサービスも増えています。もちろん、こうしたサービスが悪いという話ではありません。シンプルな権利取得には、とても便利です。
しかし、クラウド関連のように、ビジネスの実態が広がりやすい分野では、以下のような落とし穴があります。
テンプレート上、クラウド関連の役務だけが目立っており、ウェブサイト設計やシステム設計関連の役務がリストに含まれていないケースがあります。また、ひとまずこれを選んでおけば出願できるという範囲だけで申請してしまい、事業実態に必要な範囲を取りきれていないこともあります。
その結果、出願時は手続きがラクで出願もスムーズに進みますが、数年後、サービス拡大や売却の段階で実はホームページの権利が取れていなかったことが判明し、取り直しのために2回分の費用が発生するという流れになってしまうわけです。
(3)業者側にも生じる「静かなジレンマ」
ここで少し、業者側の事情にも触れておきます。
権利範囲を広げて1回の出願で取り切る場合、手数料は1回分です。一方、権利範囲を絞って出願し、後から権利漏れの補充出願が発生する場合、その都度追加の手数料が発生します。
この構図があるため、本気でお客さまの利益を考えるほど、業者側の売上は下がるというジレンマが潜在的に存在します。
もちろん、真面目な専門家であれば、お客さまの将来の損失を防ぐために1回で取り切る設計を提案します。しかし、現実にはそうとは限らないケースもあるでしょう。
依頼する側自身が何をどこまで権利として押さえるべきかを知っておくことが、クラウド時代の自己防衛になります。
6. 出願前に見直したい3つのチェックポイント
クラウド関連の商標出願を検討している方、すでに登録を持っている方に、最後に3つだけチェックポイントを挙げておきます。
① ビジネスの「入り口」だけでなく、「中身」までカバーできているか
クラウド基盤の提供(電子計算機の貸与・プログラムの提供)だけで満足していないか、実際にお客さまが価値を感じているのは、ウェブサイト、業務アプリケーション、テレワーク環境ではないかという視点で、自社サービスを棚卸ししてみてください。
② 同業他社はどこまで権利を取っているか
同じ分野の主要プレーヤーが、どの範囲で指定役務を押さえているかを確認することは、とても有益です。
クラウドとウェブサイト設計とシステム設計まで一気に押さえているのか、逆に、明らかに取りこぼしているように見える出願がないかを俯瞰してみると、自社のポジションも見えやすくなります。
③ 将来の売却・事業譲渡のときに説明できるか
商標は、将来の事業売却やM&Aの場面で、パッケージの一部として評価されることが少なくありません。
そのときに、クラウド基盤の権利しか持っておらず、実際に顧客が接触しているウェブサービスの権利が取れていないとなると、評価額に影響しかねません。なぜこの範囲を指定したのかを将来の自分(あるいは買い手)に説明できるかどうかを、イメージしてみてください。
7. まとめ — 出願前の「ひと呼吸」が、2倍払いを防ぐ
クラウド関連ビジネスにおける商標出願では、第42類のクラウド関連役務(電子計算機の貸与、電子計算機用プログラムの提供)だけで満足せず、同じ42類の中にあるウェブサイトの設計・作成・保守、コンピューターシステム設計、テレワーク用システムの遠隔操作といった役務も、ビジネス実態に即して検討することが重要です。
本来であれば同じ費用で一度に取れていた権利を、知らないうちに2回払い、3回払いで取りに行くのは、あまりにももったいない話です。
2020年以降、権利範囲を狭く申請する傾向が目に見えて強まっていること、その結果として、クラウドは押さえているが、ウェブサイトやリモートワークの権利が抜けている商標が増えていることを、ぜひ頭の片隅に置いていただければと思います。
実際に特許庁にクラウド関連の商標出願をする前に、本当にこの範囲でいいのか?と、自分に問いかけてみてください。
そのひと呼吸が、将来の事業拡大や売却時の評価、そして余計な2倍払いから、あなたのブランドを守ってくれます。
もしご自身のクラウド関連商標がどこまでカバーできているか不安だと感じたら、現在の登録内容とビジネス実態のギャップを棚卸ししてみてください。
その作業が、クラウド時代における本当に使える商標権を手に入れるための第一歩になります。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247