なぜ洋服の商標登録で、追加無料の下着の指定を忘れるのか

無料商標調査 商標登録革命

1. はじめに:たった一語の抜けが、のちの倍額コースを呼ぶ

洋服で商標登録をするとき、同じクラス(第25類)の「下着」を願書に入れ忘れる案件が、2020年以降、目に見えて増えています。「あとで足せばいい」と軽く考えた瞬間に、公式には後から拡張できず再出願となり、費用は実質倍になるという現実が待っています。

この記事では、なぜ無料で追加できる範囲(同一クラス内で特許庁の印紙代が変わらない)の「下着」の指定が落ちるのか、商標実務の目線で深掘りします。ブランドを守るための実践的なチェック法まで、一気に読み解きましょう。

2. いま起きていること——下着抜けの急増

私の集計では、洋服は取っているのに下着が指定されていない登録が、2020年以降に跳ね上がっています。推移は次のとおりです。

各年度に発生した商標権のうち、権利範囲に洋服を含むが下着を含まない権利申請漏れが疑われる権利発生数の推移を示すグラフ

Fig.1 各年度に発生した商標権のうち、権利範囲に洋服を含むが下着を含まない権利申請漏れが疑われる権利発生数の推移を示すグラフ

  • 2019年:158件
  • 2020年:297件
  • 2021年:490件
  • 2022年:349件
  • 2023年:216件
  • 2024年:202件

つまり、洋服だけでは服飾全域はカバーできないという制度の基本を外した登録が増えています。しかも、その抜けが後々の再出願・追加コスト・ブランド価値の毀損に直結します。

3. 制度の落とし穴——同一クラスなのに非類似は別物

特許庁への願書で「洋服」だけを指定して提出すると、商標法上の非類似に当たるアイテムは権利範囲から外れます。代表例を挙げると、下着、寝巻類、水着、靴下、手袋、ネクタイ、帽子、ベルト、靴などです。

重要なのはここからです。洋服に下着等を足しても、同じ第25類の範囲であれば特許庁の印紙代は同額です。つまり、願書の段階で広めに指定しておけば追加料金なしで守れた範囲を、自ら手放してしまっているのです。

洋服で出すなら、下着を含む関連アイテムまで一括で指定する。それが正しい最短経路です。

4. なぜ忘れるのか——三つの構造的原因

洋服イコール服飾全般をカバーするという思い込み

日常語では「服」の中に下着も靴下も含まれそうですが、商標では言葉の範囲が鋭く切り分けられます。願書の語が狭ければ、権利も狭い。ここでの思い込みが、最も高コストなミスに直結します。

商標の世界では、一般的な感覚とは異なる厳密な指定商品役務が存在します。日常会話で「服を買いに行く」と言えば、それは下着も靴下も含む広い意味で使われるでしょう。しかし、商標登録の願書において「洋服」と記載した場合、それはあくまで外衣としての洋服のみを指します。この感覚のズレが、多くの出願人を困難な状況に追い込んでいます。

追加無料の範囲を知らない(説明されない)

第25類の中で指定商品の幅取りを広げても特許庁の印紙代が変わらないという実務の勘所が、出願側・説明側いずれかで共有されていないケースがあります。結果、「最低限だけでいいですよね?」という会話から、必要十分の最小構成すら割ってしまうことが起きます。

実務上、商標の区分内では複数の商品を指定しても特許庁の印紙代は一定です。この仕組みを理解していれば、初回出願時に将来必要になりそうな商品を含めておくことができます。しかし、この情報が適切に共有されないことで、多くの出願人が本来守れたはずの範囲を逃しています。

分割申請の誘惑

手続を細切れにすれば、都度の調査・書面作成が軽く、短期の合格率も上げやすいという考え方があります。しかし、本来は一回で取りきれる同一料金の範囲を分けてしまうほど、出願人は後で発生する再出願コストを抱え込みます。

ここで覚えておきたいのは、出願後に広げる補正はできないという鉄則です。見落としは、その瞬間に倍コースへ変わります。

分割申請のアプローチは、一見すると安全で段階的に進められる方法に見えますが、長期的なコストパフォーマンスを考えると、むしろ不利になることが多いのです。初回に包括的な指定をすることで、一度の特許庁の印紙代で広い保護を得られるのに対し、分割すると同じ保護を得るために複数回の特許庁の印紙代を支払うことになります。

5. 後から足すはできない——願書は試験の答案

特許庁は、受理後に指定商品を広げる補正を認めません(狭める補正は可能ですが、広げるのは不可能)。願書はまさに試験の答案です。出した後の差し替えはありません。

出願後に「やっぱり下着も」は再出願となり、最初の洋服のときと同額の費用をもう一度支払う現実に直面します。無料で守れたはずの領域を、有料で取り戻すのです。

この「広げる補正は不可」という原則は、商標制度の根幹に関わる部分です。

商標権は出願した時点での内容に基づいて審査され、その範囲で権利が確定します。後から「やはりもっと広い範囲を守りたい」と思っても、それは新たな出願として扱われ、再び同額の費用と時間がかかります。出願時点での設計の重要性が、ここに集約されています。

6. 商標は売れる権利——欠損は資産価値を下げる

商標権は移転・売買が可能な資産です。知的財産の評価は、どこまで権利が届くかで大きく動きます。

仮に「洋服」はあるが「下着」がないブランドを買おうとした買い手は、下着領域の取得コスト(そして取得できないリスク)をディスカウント要素として織り込みます。一語の抜けが、評価そのものを下げるのです。

人気の知的財産を思い浮かべれば直感できるでしょう。範囲が同じなら取得費は同じです。ならば取り逃しは資産設計の失敗にほかなりません。

ブランドのM&Aや事業承継の場面では、商標権の範囲が詳細に評価されます。

購入者側は、権利範囲の穴を見つけると、その補完にかかるコストやリスクを価格交渉の材料にします。

たとえば、アパレルブランドを買収する際、洋服の商標はあるが下着や靴下の商標がない場合、買収後にそれらを取得する費用や、既に第三者に権利を取られている可能性などが減額要因になります。最初の出願設計が、将来の資産価値を左右するのです。

7. よくある誤解への先回り

「必要になったら、そのとき足せば良い」

いいえ。足せません。再出願です。しかも、その間に第三者に先を取られる可能性まで生まれます。

商標制度では、先に出願した者が優先されます。あなたが「いつか下着も必要になるかもしれない」と考えている間に、競合他社や第三者が同じ商標で下着を出願してしまう可能性があります。その場合、あなたは自社のブランド名を下着に使えなくなるか、高額な交渉や訴訟を経てようやく使えるようになるかもしれません。

「広く取ると審査で不利では?」

不必要に広げるのは推奨しませんが、第25類の中で実務上必要な一括指定を最初から設計するのは普通の防衛策です。適切な先行調査と表現調整で、広さと通過性の両立は可能です。

審査において重要なのは、指定商品の数ではなく、既に登録されている類似商標との関係です。指定商品を広げたからといって、それだけで審査が厳しくなるわけではありません。むしろ、事前にしっかりと調査を行い、類似商標がない範囲で適切に広げることが、賢明な戦略です。

8. いますぐできる出願前10分チェック

指定商品の読み合わせ

担当者と願書の「指定商品」原文を読み合わせ、「洋服」に加え、下着・寝巻類・水着・靴下・手袋・ネクタイ・帽子・ベルト・靴など、必要な関連アイテムが入っているかを確認してください。

この読み合わせは、単なる確認作業ではなく、将来のビジネス展開を見据えた戦略的な検討の場です。現在扱っていない商品であっても、3年後、5年後に展開する可能性があるなら、この段階で指定に含めておくべきです。

追加無料の範囲を明示質問

「第25類で、特許庁の印紙代が変わらずに入れられる範囲はどこまでですか?」

この一問で、設計思想と説明責任が可視化されます。

専門家に対してこの質問をすることで、相手がどれだけ出願人の立場に立って設計しているかが明らかになります。誠実な専門家であれば、この質問に対して具体的かつ網羅的な回答をするはずです。

代理人の責任範囲

願書の代理人欄に記載される弁理士(または弁護士)の氏名を確認し、出願前に直接コンタクトしてください。抜けはないか、将来の拡張計画と整合しているか、あなたの言葉で確かめましょう。誠実な専門家なら、ここを丁寧に詰めます。

代理人との直接のコミュニケーションは、出願の質を高める上で欠かせません。書面だけのやり取りでは伝わらない事業の方向性や将来構想を、直接話すことで共有できます。この対話を通じて、より実効性の高い権利設計が実現します。

ケーススタディで考える——アパレルD2Cの拡張線

立ち上げ当初はTシャツ中心。反応が良く、ルームウェア、下着、靴下へ自然に拡張していきました。

ところが初回出願が「洋服」単独だったため、下着・靴下は権利外でした。急いで再出願するも、先に第三者が下着領域で類似商標を出願済みという状況でした。結果、ネーミングの変更・再ブランディングという高コストな回避策に追い込まれました。

このストーリーは珍しくありません。最初に広げられるところを、最初に広げておくだけで避けられる損失です。

このケースでは、ブランドの変更に伴い、既存顧客への説明、パッケージやタグの刷新、ウェブサイトの改修、SNSアカウントの変更など、多岐にわたる作業とコストが発生しました。これらすべてが、初回出願時に下着を含めておくだけで回避できたものです。初期段階での適切な設計が、いかに重要であるかを物語っています。

9. まとめ——願書提出前に、未来の失血を止める

洋服単独の指定は危険です。下着をはじめ第25類の関連アイテムまで、出願時に一括で指定してください。

後から拡張は不可能です。見落としは再出願となり、実質倍額になります。商標は売れる資産です。一語の抜けが評価を下げ、競合の回り込み余地を作ります。

提出前10分のチェックが、数年分のコストと機会損失を防ぎます。

忘れないでください。

「洋服関連の権利が必要な場合は下着まで一括して取る。第25類は出願時の設計がすべて。足せない、だから最初に入れる。」

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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