や台ずしが磯丸すしを訴えた「店舗外観訴訟」。名古屋地 裁の判決が示した境界線

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1. や台ずしが磯丸すしを相手に訴訟

(1-1) 店舗の外観が似ているとして名古屋地裁に提訴

回転寿司チェーン「や台ずし」を運営するヨシックス(名古屋市)が、同じく回転寿司業態の「磯丸すし」を展開していたSFPホールディングス(東京)を相手取り、店舗外観の模倣を理由に名古屋地裁へ訴訟を提起しました。ヨシックスは、磯丸すしの店舗外観がや台ずしの独特の店構えに類似していて、顧客に混同を生じさせる恐れがあると主張し、店舗外観の使用差止と約471万円の損害賠償を求めました。

や台ずし vs 磯丸すし 名古屋地裁判決(2018)要点カード
や台ずし vs 磯丸すし 名古屋地裁判決(2018)
外観「酷似」訴えは棄却。店舗外観=商品表示性のハードルを明示。
不正競争防止法 トレードドレス 店舗外観 周知性 混同のおそれ
判決の要点
裁判所
名古屋地方裁判所
言渡日
2018年9月13日
当事者
原告:ヨシックス(や台ずし)/被告:SFPホールディングス(磯丸すし)
請求内容
外観の使用差止+損害賠償(約471万円)
結論
原告請求棄却
理由の中核
  • 被告外観は原告外観への依拠がうかがえるが、
  • 原告外観に同業他社と異なる顕著な特徴が認めにくく、商品表示性を否定
  • よって不正競争防止法上の保護対象(営業表示)に当たらない
混同可能性
外観の“似ている”だけでは足りず、周知性+識別性が要件
経過
「磯丸すし」は2017年9月に閉店・業態転換
実務インサイト(チェックポイント)
保護の壁
外観デザインの周知性・一貫性が不可欠(単なる“雰囲気”は弱い)
推奨策
  • ロゴ・配色・看板配置・ファサードの統一デザイン指針を運用
  • 色彩のみ商標・立体商標・位置商標の活用検討
  • 広告・SNSで外観をブランド記号として周知
  • 証拠化:来店者数、媒体出稿、露出履歴、店舗写真の時系列保存
比較参照
コメダ珈琲事件(周知性の立証に成功)との対比で戦略設計
留意
他社外観の写真流用は著作権商標改変の問題を別途生じうる
深掘り:判決時点の法的フレーム(意匠・著作・商標・不競)
意匠法
不動産(店舗建築外観)は原則対象外
著作権法
高い芸術性の建築物でなければ保護困難
商標法
立体・位置・色彩の各商標でパーツ保護は可能(要登録・識別力)
不競法
営業表示性(周知性)+混同のおそれの立証が鍵
出典・クレジット

日本経済新聞(2018年9月13日)「外観『酷似』訴え認めず 『や台ずし』敗訴、名古屋地裁」。
本カードは上記事実関係に基づき、商標・不正競争実務の観点から再構成しています。

※本カードは一般的な情報提供です。個別案件は事実関係・証拠状況により結論が異なります。

しかし、2018年9月13日に言い渡された判決で、角谷昌毅裁判長はヨシックスの請求を全面的に棄却しました。判決では「磯丸すしの外観は、確かにや台ずしを参考にしたとみられるが、や台ずしの外観自体に同業他社と異なる顕著な特徴は認められない」と指摘し、「商品表示に該当しない」との判断を示しました。

この判決が意味するのは、店舗の外観が類似していても、それが他社と区別されるほどの独自性を持ち、ブランドとして広く認識されているレベルに達していなければ、法律上の保護対象にはならないということです。単にデザインが似ているという事実だけでは、法的保護を受けるには不十分だと裁判所は明確に示しました。

(1-2) 外観模倣の”グレーゾーン”と業界の現実

近年、飲食業界では店舗デザインを模倣する「小判鮫商法」が増加傾向にあります。この手法では、看板や照明の雰囲気、のれんの色使い、木目調の内装といった全体的な雰囲気を巧みに模倣し、ブランド名だけを差し替えます。こうした模倣業者の中には、炎上すら宣伝効果になると割り切っているケースもあると言われています。

実際、今回のSFPホールディングスについても、磯丸すしの広報資料でや台ずしの店舗写真を「イメージ」として使用していたと報じられています。このような事例は、法の隙間を狙った「模倣マーケティング」の典型的な手法と言えるでしょう。

ただし、今回の判決は、このような行為が必ずしも「違法」とまでは言えないことを示しました。ここに、知的財産権における「形なき境界線」をめぐる難しさが浮き彫りになっています。法律と実態のギャップが、業界に複雑な課題を投げかけているのです。

2. 店舗外観は法律でどのように保護されるか?

(2-1) 意匠法・著作権法・商標法・不正競争防止法の4本柱

店舗デザインを法的に保護するには、主に4つの法律が関係します。それぞれの法律には適用範囲と限界があり、店舗外観の保護という観点では、必ずしも十分とは言えない状況です。

意匠法

意匠法は、有体物のデザインを保護する法律ですが、や台ずしが磯丸すしを訴えた2017年の段階では、店舗のような不動産には適用されませんでした。意匠法の保護対象は動産に限定されているため、建物や店舗そのものは保護範囲外となります。店舗外観や内装が意匠法で保護されるのは、2020年4月以降の意匠法改正後です。

著作権法

著作権法は、芸術性が高い建築物には適用されますが、一般的な店舗デザインは著作物として認められにくいのが現状です。著作権法が保護するのは「思想又は感情を創作的に表現したもの」であり、通常の飲食店舗は実用性や機能性が重視されるため、芸術的創作性が認められる事例は極めて限られています。

商標法

商標法は、店舗の立体形状やロゴを商標登録すれば保護されますが、登録された範囲に限定され、模倣に対する直接的な防衛には限界があります。商標登録は強力な保護手段ですが、2017年に訴訟に踏み切った当時は店舗外観全体を立体商標として登録するハードルは高く、また登録できたとしても、微妙に異なる模倣には対応しきれない面があります。意匠法の場合と同様、店舗外観や内装が商標法の立体商標精度で保護されるのは、2020年4月以降の商標法改正後です。

不正競争防止法

不正競争防止法は、営業表示である店名や外観を無断で使用された場合に保護します。ただし、この法律による保護を受けるには、その営業表示が「著名であること」または「周知であること」が前提となります。

今回のヨシックスの訴訟は、この不正競争防止法を根拠として行われました。しかし、裁判所は「や台ずしの店舗外観は、同業他社と区別できるほど有名な営業表示ではない」と判断したため、保護を受けることができなかったのです。

3. 名古屋地裁の判断が示す「保護の限界」

(3-1) 似ていても”有名でなければ”守られない

この判決の核心は、「似ているかどうか」ではなく、「どれほど知られているか」という点にありました。裁判所は、や台ずしの外観が他社と明確に区別できるほど周知されていたとは認めませんでした。つまり、独自の店舗デザインであっても、それが社会的に広く認識されていない限り、法による保護は及ばないという厳しい現実を突きつけたのです。

この判断を理解する上で参考になるのが、2017年に話題となったコメダ珈琲店の訴訟です。コメダ珈琲店は、マサキ珈琲との店舗外観模倣訴訟で勝訴しました。これは、コメダが全国800店以上を展開し、年間来店者が延べ8,000万人を超える「著名ブランド」と認められたためです。コメダの事例は、店舗外観が法的保護を受けるには「有名度の壁」を越える必要があることを示しています。

や台ずしとコメダの判決を比較すると、トレードドレス(店舗外観)を保護するには、単にデザインが独特であるだけでは不十分であり、広範な展開と高い認知度が不可欠だということが分かります。法的保護の可否は、デザインの創意工夫よりも、ブランドとしての社会的な浸透度に大きく依存しているのです。

4. この判決がもたらす今後の教訓

今回のや台ずし訴訟は、「外観模倣をどこまで法的に阻止できるか」という日本の知的財産保護の限界を示した重要な事例となりました。この判決から、飲食業界をはじめとする小売・サービス業が学ぶべき教訓は明確です。

企業が店舗デザインを「ブランド資産」として守りたいのであれば、早い段階で商標登録やデザイン戦略を明確にしておく必要があります。単なる「外観の雰囲気」ではなく、ロゴ、看板、カラーコード、店頭構造など、法的に保護できる形に具体的に落とし込むことが重要です。

さらに、デザインの統一性を保ちながら店舗展開を進め、広告やマーケティング活動を通じて、その外観が自社ブランドの象徴であることを消費者に広く認識してもらう必要があります。法的保護の前提となる「周知性」や「著名性」は、一朝一夕に獲得できるものではなく、長期的かつ戦略的な取り組みが求められます。

5. 炎上ではなく信頼で勝負を

最終的に、磯丸すし側は店舗を閉店し、業態を転換しました。一方、や台ずしの主張は法的には認められませんでしたが、業界内では「ブランド外観の独自性を意識させる契機」になったことは確かです。この訴訟は、模倣の是非について業界全体で考えるきっかけを提供しました。

模倣による一時的な話題や注目よりも、長期的な信頼とファンの支持こそが企業ブランドの真価を決めます。店舗デザインやネーミングは、単なる見た目や記号ではなく、顧客との約束のかたちであり、企業の姿勢や価値観を表現するものです。

知的財産を軽視しない企業姿勢こそが、もっとも強固なブランド防衛になるのです。模倣に頼るのではなく、自社の個性と価値を磨き、顧客に愛される存在になることが、持続可能なブランド構築の道と言えるでしょう。

6. 色彩商標・トレードドレス保護の今後の方向性

(6-1) 色や雰囲気も”ブランドの一部”という考え方へ

今回のや台ずし対磯丸すしの訴訟が示したように、「似ている」だけでは保護されない一方で、店舗の雰囲気や色彩がブランドの一部として価値を持つことは間違いありません。この点で注目されるのが、2015年から始まった「色彩のみからなる商標制度」です。

たとえば、セブン-イレブンのオレンジ・グリーン・レッドのストライプ、三井住友銀行のグリーン系グラデーションなど、色だけでブランドを識別できる事例が増えています。店舗の外観においても、色彩・配置・照明の組み合わせを「ブランド記号」として一貫して使い続ければ、将来的には商標登録によって法的保護が得られる可能性が高まります。

ただし、や台ずしのように全国展開していても、外観のカラーパターンが店舗ごとに微妙に異なる場合、「統一されたブランド要素」として認識されにくくなります。保護を受けるためには、デザインの統一と長期継続使用が鍵となります。ブランドイメージの一貫性を保つことが、法的保護を得る上での重要な要件なのです。

(6-2) トレードドレス保護の動向 — コメダ判決との対比

トレードドレスとは、店舗や商品の「外観的特徴」が一種のブランドシンボルとして認識される状態を指します。2017年のコメダ珈琲店対マサキ珈琲事件では、トレードドレスの保護が日本で初めて大きく認められました。コメダのレンガ調の壁面と白い看板、そしてロゴ配置は、長年の広告と店舗展開によって「誰が見てもコメダ」と認識されていたためです。

一方、や台ずしの判決では、「外観に独自性はあるが、顕著な特徴が同業他社と明確に区別できるとはいえない」とされました。この違いが示すのは、デザインの独自性よりも、社会的な認知度つまり周知性が決定的に重要だという点です。

店舗デザインを保護したい企業にとって、単なる「デザインの創意工夫」だけでは不十分です。「ブランドとしての定着」と「顧客に認識される仕掛け作り」まで含めて、戦略的に構築する必要があります。デザイン開発と並行して、マーケティングや広報活動を通じた認知度向上を図ることが、法的保護を実現する前提条件となります。

(6-3) ブランドを守るには”法務×デザイン×マーケティング”の三位一体が不可欠

法律だけではブランドは守れません。今回のや台ずしのように、不正競争防止法に基づく訴訟を起こしても、「有名」と認定されなければ保護は及びません。つまり、法的防衛だけでなく、デザインの一貫性を保つブランディングと、消費者への認知拡大を図るマーケティングが同時に必要です。

デザイン面では、色、ロゴ、照明、配置などを統一し、どの店舗でも一貫したブランド体験を提供します。これにより、顧客は店舗外観からすぐにブランドを認識できるようになります。

法務面では、早期の商標・意匠登録を検討し、保護可能な要素を確実に権利化します。立体商標や色彩商標の登録も視野に入れ、多層的な保護体制を構築します。

マーケティング面では、SNSや広告を活用して店舗外観を「ブランド記号」として周知化します。顧客が店舗を見ただけでブランドを想起できるよう、継続的な露出と印象付けを行います。

この3つの領域が連携して初めて、店舗外観は「模倣されても負けない資産」へと変わります。どれか一つが欠けても十分な保護は実現できません。法務、デザイン、マーケティングの各部門が協力し、一体となってブランド価値を高めていく体制が求められます。

7. 結論 — “似せるより、覚えられる”ブランドを作れ

や台ずし訴訟の結果は、「似ているから違法」とは限らない一方で、「似せても商売で勝てない」という現実も浮き彫りにしました。模倣による一時的な注目は得られても、顧客の記憶に残るのは「オリジナル」だけです。短期的な話題作りは、長期的なブランド価値の構築には繋がりません。

店舗外観は単なるデザインではなく、企業の人格を表す「顔」です。だからこそ、他社の顔を借りるのではなく、自社の顔を磨く努力を怠らないことが重要です。法の網をくぐることに知恵を使うよりも、ファンに愛されるデザインを積み重ねることが、結果として最も強固な知的財産防衛になります。

この判決は、飲食業界だけでなく、あらゆる小売・サービス業に共通する教訓を投げかけています。それは、「ブランドの価値は法律で守られる前に、まず人の記憶で守られる」ということです。法的保護は結果であり、その前提となるのは顧客との信頼関係とブランドへの共感です。

企業は、模倣の誘惑に負けず、独自の価値を磨き続けることで、法的保護と顧客の支持の両方を手に入れることができます。や台ずし訴訟が示した境界線は、企業に対して「真のブランド構築とは何か」を問いかけているのです。

私の解説コメントは、2017年3月17日の日本テレビ「news evrey.」で放送されました。

参考

  • 日本経済新聞 2018年9月13日「外観『酷似』訴え認めず 『や台ずし』敗訴」報道

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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