索 引
※この記事は、2013年6月14日に放送されたフジテレビ「とくダネ!」出演時の内容をベースにしつつ、その後に判明した後日談を追記し、現在の視点で再編集したものです。
1. とくダネ!出演で語った「丸亀」商標問題とは
2013年6月14日当時、フジテレビ「とくダネ!」に、ファーイースト国際特許事務所 所長弁理士として生出演し、「丸亀製麺」の商標問題について解説しました。
当時ネットでも大きな話題になっていたのが、米国で「MARUKAME」という商標権を持つ丸亀製麺と、同じく米国で「丸亀もんぞう(丸亀MONZO)」として営業を始めた、別の讃岐うどん店との間で起きた、”丸亀”という名前をめぐる衝突です。
丸亀製麺側は、米国で「MARUKAME」という商標(正確には親会社名義ですが、ここではわかりやすく「丸亀製麺の登録商標」と呼びます)を取得していました。
一方、「丸亀もんぞう」は、丸亀製麺とは一切関係のない、独立した讃岐うどん店です。
にもかかわらず、商標上「紛らわしい」として、丸亀製麺側から「丸亀MONZO」の名称使用をやめるよう要求する内容証明が届きました。これが、テレビで取り上げられた構図です。
当時の番組では、専門家として、この問題を「地名を含む商標」と「日米での商標制度の違い」という2つの軸から解説しました。
2. そもそも「丸亀」は誰のもの? 地名と商標の基本ルール
まず押さえておきたいのは、「丸亀」は香川県丸亀市という地名である、という事実です。
「東京」「大阪」「名古屋」といった地名を、一個人・一企業が独占してよいかというと、商標法上の原則はNOです。
理由はシンプルです。
地名は、多くの場合、産地・店舗所在地・サービス提供エリアなどを示すために、たくさんの事業者が日常的に使わざるを得ない言葉だからです。
そのため、地名を独占的に一社に与えてしまうと、他の事業者の営業の自由を必要以上に制限してしまうことになります。
この考え方は、日本だけでなく、米国を含む多くの国で共通しています。米国の商標制度でも、原則として純粋な地名そのものを商標として独占することには慎重です。
ただし、ここで重要なのは、「その言葉が、その国の一般消費者から見て地名として認識されているか」という点です。
日本では「丸亀」は地域名としてよく知られています。
しかし、米国の一般消費者にとって「MARUGAME」が”よく知られた地名”かといわれると、かなり怪しい。この「認識のギャップ」が、当時の問題を複雑にしていました。
3. 「MARUKAME」vs「MARUGAME」——どこが争点だったのか
丸亀製麺側は米国で「MARUKAME」という商標権を取得していました。
もし米国特許商標庁(USPTO)が「MARUKAME」を地名として認識しているのであれば、そもそも商標登録は認められなかったはずです。
ということは、形式的にいえば、米国では「MARUKAME(MARUGAME)」は、登録時点では”地名としては広く知られていない”と判断されたとも解釈できます。
一方、「丸亀もんぞう」側は、店名に「丸亀」を用い、「丸亀MONZO」という看板で営業していました。
もし「MARUGAME」が米国の一般消費者にとって地名としてほとんど知られておらず、単に「MARUKAME/MARUGAME」という音や綴りの近さが重視されるなら、「MARUKAME」と「MARUGAME」は、外観も称呼もかなり紛らわしく、丸亀製麺側から見れば「商標権の侵害を主張する余地がある」という理屈になります。
これは、商標法のロジックとしては十分説得力がある立場です。
しかし、もう一方で「丸亀もんぞう」側にも、別のロジックがあります。
「MARUGAME」は、もともと日本の地名「丸亀」をローマ字表記したものである。
地名は、本来多くの事業者が使わざるを得ない言葉である。そのような言葉にまで、強い独占的な商標権の効力を及ぼすのは、おかしい、という考え方です。こちらも、商標実務の感覚からいって、十分説得力のある反論です。
このように、商標権の形式を重視する丸亀製麺側のロジックと、地名としての性格を重視する丸亀もんぞう側のロジックが真正面からぶつかっていました。これが、当時「とくダネ!」のスタジオで解説した大枠の構図です。
4. 「地名なら使い放題」ではない——グッチのたとえ話
ここで誤解してほしくないのは「地名であれば、登録商標があっても自由に使い放題になる」というわけではまったくない、という点です。
少し極端な例ですが「グッチ」という仮想の地名の話です。
今回の米国での問題を、日本で起きた事例に置き換えて考えてみましょう。
仮に、世界のどこかに「グッチ(GUCCI)」という地名が存在していたとしましょう。この場合、日本国内で「GUCCI」という商標が自由に使い放題になるかというと、答えはやはりNOです。
日本の商標法で重要になるのは、その言葉が、日本国内の一般消費者からみて「地名として広く認識されているかどうか」です。
少なくとも現時点で、日本で「グッチ」が地名として知られている、という事実はありません。むしろ、多くの人にとって「GUCCI」といえば、高級ブランドを真っ先に思い浮かべるはずです。
世界のどこかに「グッチ」という地名があったとしても、その事実だけを根拠に日本で「日本では地名だから自由に使える」と主張するのはきわめて困難という結論になります。この事情は米国でも同じです。
肝心なのは「どこの消費者の目線で見るか」という視点です。
今回の「丸亀」問題も、まさに日本人にとっての「丸亀」が明らかな地名であるのに対し、米国人にとっての「MARUGAME」は必ずしも地名として知られていないかもしれないというギャップが、議論の根っこにありました。
5. ここからが後日談—FM香川「うどラジ」で明かされた”渦中の大将”の思い
さて、ここからが、当時のブログ公開後に判明した後日談です。
この顛末は、今でも FM香川「うどラジ」第351回放送のポッドキャストで聴くことができます。タイトルは、「怒れるおっさん会議!渦中の大将登場」(2013年6月22日放送)です。
まさに「渦中の大将」として登場したのが、香川県丸亀市にあるうどん店「夢う」(ラジオでは「ムー」と発音されていました)さんの店主です。
物語の始まりは、アメリカからの熱烈すぎる弟子入りでした。
米国で讃岐うどん店を開きたいと考えた3人が、わざわざ香川県丸亀市までやってきます。目指すのは「夢う」での本場修行です。
店主は最初「さすがに無理だろう」と一度は断ります。しかし、はるばる太平洋を越えてやってきた情熱が本気であることに心を動かされ、修行を受け入れることになります。
その後、彼らはロサンゼルスで「丸亀MONZO」をオープンしました。
オープン時には、なんと日本側の店主が実際に渡米し、現地で指導しています。さらに、日本から指導者を派遣して残し、継続的にバックアップまで行っていました。
ここまでは、「うどん愛」と「師弟関係」の美談です。その矢先に事件は起こります。
6. 内容証明が届く—「丸亀MONZO」の看板を使うな
ロサンゼルスの「丸亀MONZO」に届いたのは、丸亀製麺側(正確には米国側の関連会社)からの内容証明郵便でした。
趣旨は、「米国には当社の登録商標『MARUKAME』がある。それと紛らわしい『丸亀MONZO(MARUGAME MONZO)』の看板を使うな」というものです。
ここで、日本側の多くの人の感情を逆なでしたのが、丸亀製麺は、本家本元の丸亀市には、店舗も製麺所も一切ない、つまり、丸亀市との直接の関係はないという事実でした。
一方で、丸亀という土地で実際に修行し、その味と技術をロサンゼルスに持ち込んだのが「丸亀MONZO」側である、という人間臭さのコントラストもあります。
この状況で飛び出したのが、「丸亀と何の縁もない会社が、本当に丸亀の名前を独占していいのか」という素朴な疑問でした。
SNSやネット掲示板では、「どの口が言うんだ」といった内容のコメントも多く見られ、いわゆる「炎上」と呼ばれる状態になっていきます。
弁理士として冷静に見れば、丸亀製麺の主張には先ほど触れたように法的ロジックとしての筋はあります。
ただ、商標は法律論だけでは片づかない「世間の納得感」も無視できない、ということが、このケースでは分かりやすい形で表面化しました。
7. 決着——丸亀製麺側「今後アクションは起こさない」と文書通知
では、この騒動は最終的にどう決着したのか。ここが、当時のテレビ出演時点では見えていなかった重要なポイント、いわば無事解決の部分です。
FM香川「うどラジ」第351回の放送では、次のような顛末が報告されています。
丸亀製麺側から、「今後この件についてはアクションを起こさない」との文書が届いた。これにより、「丸亀MONZO」側は看板を守ることができ、紛争は実質的に終結したのです。
印象的だったのは、ラジオに出演した「夢う」の店主のコメントです。店主は、丸亀製麺側の対応について、「引き際をきちんと示してくれた」「対応に感謝している」という趣旨の、感謝の言葉を述べています。
ここには、「うどんという文化を広めたい」という思いと、「ビジネスとしてブランドを守りたい」という思いがぶつかり合い、お互いが共存できる着地点を探ったという、日本的な落とし所が見て取れます。
8. このケースから学べる、ネーミングと商標戦略のリアル
この一連の流れは、商標の専門家として見ても、示唆に富んだケースです。ポイントを整理すると、次のような教訓が見えてきます。
地名を含む名前は、法的にも感情的にもセンシティブなワード
登録できる場合もありますが、独占しようとすると社会的反発を招きやすい。特に、地元の人々の感情・プライドが強く関わります。
「法律的に正しい」だけではブランドは守れない
ロジック上正しくても、世間の目から見て「それはさすがに……」となれば炎上リスクがあります。商標戦略は、法務と広報・マーケティングの連携が不可欠です。
国ごとの「認識の違い」を甘く見てはいけない
日本では明らかな地名でも、海外では単なる”ユニークな名前”に見えることも多い。そのギャップを理解せずに海外展開すると、思わぬ摩擦を生みます。
引き際の判断もまた、ブランドの一部
丸亀製麺側が「今後アクションは起こさない」と明確に示したことは、紛争の鎮静化に大きく貢献しました。長期的には、法的勝ち負けよりも、「どう振る舞ったか」がブランド価値を左右します。
9. あなたの店名・サービス名は本当に大丈夫?
今回の「丸亀」騒動とその後日談は、決してうどん業界だけの話ではありません。
地名、人名、外国語風の造語、有名ブランドに”ちょっと似た”響き——こうしたネーミングは、当たれば強い反面、商標トラブルの火種にもなりやすい領域です。
特に、今後海外展開を視野に入れている飲食店・D2Cブランド・スタートアップにとっては、「自社のブランド名が、他国ではどう見えるか」「現地で登録されている商標とぶつからないか」という視点が欠かせません。
もしこの記事を読んで、「うちの店名、ちょっと危ないかも……」「地名を入れたブランド名を考えているけど、不安になってきた」「海外出店の話が出ているが、商標はまだノーチェックだ」と感じた方は、一度、専門家による商標リスクの棚卸しをしておくことをおすすめします。
「丸亀MONZO」のケースのように、熱量のあるストーリーで始まったプロジェクトほど、ネーミングの問題でつまずくのはあまりに惜しいからです。
うどんを愛する人たちの情熱と、グローバルにブランドを守ろうとする企業の戦略。その間で揺れ動いた「丸亀」商標問題は、今もなお、「地名と商標」「ローカルブランドとグローバルブランド」を考えるうえで、格好のケーススタディだと感じています。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247