私たちの食卓に欠かせない存在となったふりかけ。実は、この身近な食品と商標登録の間には、興味深い関係が存在しています。今回は、ふりかけの歴史を辿りながら、商標がどのように私たちの生活に根付いているのかを探ってみましょう。
1. ふりかけの誕生秘話と「御飯の友」の商標戦略
大正時代に生まれた健康への想い
ふりかけの歴史は、大正時代初期まで遡ります。当時の日本は食糧事情が厳しく、多くの国民がカルシウム不足に悩まされていました。
この状況を見かねた熊本県の薬剤師、吉丸末吉氏は、画期的なアイデアを思いつきます。小魚を骨ごと乾燥させて粉末にし、栄養価の高い食品を作ろうというものでした。
しかし、ただ魚の粉末だけでは食べにくい。そこで吉丸氏は、煎りごまや海苔、ケシの実などを加えて味を整え、ごはんにかけて美味しく食べられる商品を完成させました。
こうして誕生したのが「御飯の友」です。魚が苦手な人でも抵抗なく食べられるよう工夫されたこの商品は、熊本を中心に広まり、やがて全国の食卓へと浸透していきました。
商標登録に見る企業の知財戦略
「御飯の友」の製造は、1934年に株式会社二葉商事(現在の株式会社フタバ)に引き継がれました。興味深いのは、同社が「御飯の友」という名称について、複数のバリエーションで商標登録を行っている点です。
漢字表記の「御飯の友」(商標登録第2403831号)、ひらがな表記の「ごはんの友」(商標登録第1637646号)、そして漢字とひらがなの組み合わせ「ご飯の友」(商標登録第2403832号)と、考えられる表記パターンを網羅的に登録しています。これは、類似商品の出現を防ぎ、ブランドを確実に保護するための戦略的な知財管理の好例といえるでしょう。
1994年には、全国ふりかけ協会から「ふりかけの元祖」として正式に認定され、その歴史的価値も公的に認められることとなりました。
2. ロングセラー商品に学ぶ商標の重要性
「ゆかり®」に込められた物語と商標の変遷
鮮やかな紫色が印象的な「ゆかり®」。この名前には、紫色の「紫(ゆかり)」と、消費者との「縁(ゆかり)」という二つの意味が込められています。三島食品株式会社の看板商品として知られるこの商品ですが、実は商標権の歴史には興味深いエピソードがあります。
当初、「ゆかり」の商標は株式会社中埜酢店(現在のミツカングループ)が1960年に登録したものでした。三島食品は同社の了承を得て使用していましたが、1999年に正式に商標権を譲り受け、自社の登録商標としました。このような商標権の譲渡は、企業間の信頼関係と、ブランド価値の適正な評価があってこそ実現するものです。
現在では「ゆかり®」(商標登録第561358号)や「三島のゆかり® しそごはん用」(商標登録第5222406号)など、商品展開に合わせて複数の商標登録がなされています。
「のりたま」が築いた60年の信頼
1960年に誕生した「のりたま」は、旅館の朝食をヒントに開発されました。当時は高級品だった海苔と卵を家庭で手軽に楽しめるという画期的なコンセプトで、瞬く間に大ヒット商品となりました。
「のりたま」(商標登録第2632122号)の成功の秘訣は、時代に合わせた継続的なリニューアルにあります。基本的な味わいは守りながら、素材の見直しや配合バランスの調整を重ね、常に最高の品質を追求してきました。このような企業努力と、商標による確固たるブランド保護が相まって、60年以上愛され続ける商品となったのです。
3. 「全国ふりかけグランプリ®」に見る地域振興と商標活用
ふりかけ発祥の地が仕掛ける食文化イベント
熊本県は「ふりかけ発祥の地」として、独自の食文化振興策を展開しています。その中核となるのが「全国ふりかけグランプリ®」です。このイベントは、お米の消費拡大とふりかけ業界の発展を目的に、年に一度開催されてきました。
来場者は購入したごはんに、会場に並ぶ様々なふりかけを無料で試食し、気に入った商品に投票します。消費者の生の声が直接反映される仕組みは、民主的な食の祭典といえるでしょう。
2022年の受賞商品を見ると、「ゴロっと北海ホタテの焦がし醤油ふりかけ」が金賞、「タコライスふりかけ」が銀賞、「納豆ふりかけ+(プラス)ベジタブル」が銅賞と、地域性や健康志向を反映した商品が選ばれています。
イベント名称の商標登録が示す価値
国際ふりかけ協議会は、「ふりかけグランプリ®」を商標登録(第5585956号、第5897584号)しています。イベント名称の商標登録は、単なる権利保護以上の意味を持ちます。それは、イベント自体のブランド価値を高め、類似イベントとの差別化を図り、継続的な開催を保証する重要な戦略なのです。
ただ、2022年以降、公式ホームページの更新が止まっているという課題も見受けられます。コロナ禍の影響と推測されますが、せっかく築いたブランド価値を維持するためにも、何らかの形での継続が望まれるところです。
4. 商標が紡ぐ食文化の未来
大正時代に国民の健康を願って生まれたふりかけは、今や日本の食文化に欠かせない存在となりました。高級食材を使った贅沢なものから、ユニークな味わいのものまで、その種類は実に多彩です。
私たちが日常的に目にする「御飯の友」「ゆかり®」「のりたま」といった商品名は、すべて商標登録によって保護されています。これらの商標は、単なる名前以上の価値を持ちます。それは、企業の歴史、品質への commitment、そして消費者との信頼関係を象徴するものなのです。
明治時代に整備された商標登録制度は、今や私たちの生活に深く根付いています。ふりかけという身近な食品を通じて商標をみると、知的財産権が果たす役割を改めて実感できるのではないでしょうか。
次回スーパーでふりかけ売り場を訪れた際は、ぜひパッケージに記された®マークにも注目してみてください。そこには、日本の食文化を支える企業の想いと、法的保護の重要性が込められているのです。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247