索 引
1. あなたは知っていますか?「ジェットコースター」という名前の裏側
スリル満点の絶叫マシン「ジェットコースター」。この名前、実は日本独自のものだということをご存知でしょうか。
世界中では「ローラーコースター」と呼ばれているこの乗り物が、なぜ日本だけ「ジェット」という名前になったのか。そこには商標登録にまつわる、ちょっと意外な物語が隠されているのです。
今回は商標登録の専門家として、遊園地の人気アトラクションと知的財産権の興味深い関係について、紹介します。
2. 日本のコースター文化の夜明け 〜明治から昭和へ〜
日本にコースター型のアトラクションが初めて登場したのは、今から130年以上も前のことでした。
1890年(明治23年)、東京・上野で開催された内国勧業博覧会に「自動鉄道」という名前で展示されたのが最初です。これはアメリカで最初のコースターが誕生してから、わずか6年後のことでした。
当時の日本は文明開化の真っ最中。西洋の技術を積極的に取り入れていた時代でしたが、この「自動鉄道」は残念ながら広く普及することはありませんでした。
本格的なコースター文化が花開いたのは、第二次世界大戦後の復興期に入ってからです。
1953年(昭和28年)、浅草花やしきに「ローラーコースター」が設置されました。
この名称は英語の”Roller Coaster”をそのままカタカナにしたもので、現在も現役で稼働している日本最古のコースターとして親しまれています。最高時速42キロメートルという、今となっては控えめなスピードですが、当時の人々にとっては十分にスリリングな体験だったことでしょう。
3. 運命の1955年7月9日 〜「ジェットコースター」誕生〜
日本のコースター史における転換点は、1955年7月9日です。この日、後楽園ゆうえんち(現・東京ドームシティアトラクションズ)が開園したのです。
開園の目玉として登場したアトラクションには、「ヂエツト・コースター」という斬新な名前が付けられていました。
なぜ「ローラー」ではなく「ジェット」なのか。それは当時、ジェット機が最先端技術の象徴として人々の憧れの的だったからです。
高度経済成長期を迎えようとしていた日本で、「ジェット」という言葉は速さと近代性を表す魔法の言葉だったのです。
この命名が大成功を収めたことで、日本では「ジェットコースター」という呼び名が瞬く間に定着しました。世界中で「ローラーコースター」と呼ばれているこの乗り物が、日本だけ独自の名前で親しまれるようになったのは、まさにこの瞬間からだったのです。
4. 商標登録の意外な真実 〜なぜ「ジェットコースター」は誰でも使えるのか〜
ここでおもしろい事実があります。「ジェットコースター」という名前を最初に使った後楽園ゆうえんちですが、実は開業当初、この名称の商標登録を行っていなかったのです。これは今思えば、判断ミスだったかもしれません。
現在、「ジェットコースター」の商標権を持っているのは、なんとパチンコ・パチスロメーカーの株式会社平和なのです。
しかも、この商標は第28類「遊戯用器具」として登録されています。これはおもちゃやテレビゲーム機、運動用具などを対象とする分類で、遊園地の大型アトラクションは含まれていません。
全国の遊園地が自由に「ジェットコースター」という名前を使えるのは、この商標登録の範囲が限定的だからなのです。
もし後楽園ゆうえんちが開業時に適切な商標登録をしていたら、日本のコースター文化は違った発展を遂げていたかもしれません。
1996年から2001年にかけて活躍したジェットコースター
コースター名 | 遊園地名 | 開業年 | 主要な特徴・記録 |
---|---|---|---|
FUJIYAMA | 富士急ハイランド | 1996年 | 開業時、高さ(79 m)、速度(130 km/h)等4項目で世界一 |
ピレネー | 志摩スペイン村 | 1997年 | 世界最大級のインバーテッドコースター(全長1,234 m) |
スチールドラゴン2000 | ナガシマスパーランド | 2000年 | 開業時、全長(2,479 m)、高さ(97 m)等4項目で世界一 |
ドドンパ | 富士急ハイランド | 2001年 | 開業時、最高速度(172 km/h)と最大加速度で世界一 |
5. 現代の商標戦略 〜富士急ハイランドに学ぶブランディング〜
時代は流れ、各遊園地は独自の商標戦略を展開するようになりました。その最たる例が、山梨県の富士急ハイランドです。
富士急ハイランドには「4大コースター」と呼ばれる絶叫マシンがあります。「ド・ドドンパ」「高飛車」「ええじゃないか」「FUJIYAMA」という4つのアトラクションは、すべて個別に商標登録されています。これは「ジェットコースター」という一般名称に頼らず、それぞれのアトラクション名でブランドを確立しようという戦略です。
ド・ドドンパ
高飛車
ええじゃないか
FUJIYAMA
「ド・ドドンパ」は、実は発展形になっています。元々「ドドンパ」として親しまれていたこのアトラクションは、2017年にリニューアルされ、名前も「ド・ドドンパ」に変更されました。
最高時速180キロメートルという驚異的なスピードは、浅草花やしきの「ローラーコースター」の4倍以上。技術の進化を如実に物語っています。
残念ながら「ド・ドドンパ」は2024年3月に営業を終了しました。一つの時代の流れです。
6. 商標が創り出す遊園地の未来
ジェットコースターと商標の関係を紐解いていくと、日本の遊園地文化の変遷が見えてきます。「ジェットコースター」という名前が商標として完全に保護されていないことが、かえって日本全国にこの呼び名を広め、独自の文化を育む結果となりました。
一方で、現代の遊園地は個々のアトラクション名を商標登録することで、差別化とブランド価値の向上を図っています。これは単なる法的保護だけでなく、来園者の記憶に残る体験を演出する重要な要素となっているのです。
次に遊園地を訪れる際は、アトラクションの名前にも注目してみてください。そこには、スリルと興奮だけでなく、商標という知的財産が生み出す価値が隠されています。
順番待ちの列に並びながら、一緒にいる人にこんな話をしてみれば、待ち時間も楽しく過ごせるかもしれません。
商標とジェットコースター。一見関係なさそうな二つの世界が、実は密接に結びついている。これこそが、知的財産の面白さであり、奥深さなのです。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247