索 引
- 1. 立体商標とは何か。「文字やロゴ」だけが商標ではない
- 2. なぜ「商品そのものの形」は、ふつう登録されないのか
- 3. 実は一度「ただのバイクの形」と言われた。スーパーカブ逆転劇の中身
- 4. 立体商標の”本当に怖いほどすごい点”。存続期間が「終わらない」
- 5. 「カブ以外のバイクが売れなくなる」は誤解。侵害になるのは”カブとして紛らわしい”もの
- 6. 2014年の時点で予想できたか?「50ccはいつまでも続かない」と
- 7. 2025年、現実になった。「50cc生産終了」と「新基準原付」の誕生
- 8. 排ガス規制が突きつけた「スーパーカブの問題点」
- 9. 電動化時代、立体商標は”過去を守る盾”から”未来を作る設計図”へ
- 10. まとめ。50ccは終わった。でも「カブの形」はむしろこれから
時間が経ちますが、2014年の6月2日と3日、東海ラジオ「安蒜豊三の夕焼けナビ」から取材を受け、ホンダ・スーパーカブの立体商標について解説しました。当時、反応が大きかったのはこの点です。
「え、バイクの形って”商標”になるんですか?」
結論から言えば、なります。ただし、ただの形では通りません。2026年のいま振り返ると、スーパーカブの立体商標は「過去の栄光を保存したニュース」ではなく、50ccが生産終了し、電動化へ向かう時代の入口で”ブランドの顔”を守る装置として、これから価値が増していきます。
今回、当時の状況をベースに、現在までの制度変更・排ガス規制・電動化の進展を踏まえて伝えます。
1. 立体商標とは何か。「文字やロゴ」だけが商標ではない
商標というと、多くの人が「文字」「ロゴ」「マーク」といった平面の標識を思い浮かべます。商標はそれだけではありません。立体の形状そのものも、一定の条件を満たせば「立体商標」として特許庁に登録できます。
有名な事例で言えば、ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダース像、不二家のペコちゃん人形、コカ・コーラの瓶などがあります。これらは「見た瞬間に出どころが分かる」立体物の典型例です。この”見た瞬間に分かる”という感覚こそ、立体商標の核心にあたります。
スーパーカブは、まさにそこを認定させました。Hondaは2014年、「スーパーカブの形状が立体商標として登録されることが決定した」と公表し、乗り物自体の形状として日本初の快挙であることを明確にしました。(参照: Honda Global)
2. なぜ「商品そのものの形」は、ふつう登録されないのか
立体商標を登録するときは、どんな立体形状を権利化したいのか(立体商標そのもの)と、その立体商標を使う商品・サービスは何か(指定商品・指定役務)をセットで決めます。
ここで引っかかるのが「形そのものが商品である場合」です。たとえば、タイヤの形状を立体商標として登録し、指定商品に「タイヤ」を選ぶとします。これがもし簡単に通るなら、商標権者以外がタイヤを売れなくなるような事態が起こり、市場が混乱します。
そのため特許庁は、商品の形そのものを独占させることには極めて慎重です。審査の現場感としては「商品形状は原則として識別標識になりにくい。まずは拒絶方向で検討される」というのが基本線になります。
ただし特許庁が拒絶したいのは「形」ではなく、「ただの形」です。言い換えると、どの会社も採用し得る一般的な形、機能や美観の結果として自然に決まる形、消費者が「メーカーの出どころ」ではなく「商品の種類」として受け止める形といったものは、商標としては審査に通りにくいのです。
3. 実は一度「ただのバイクの形」と言われた。スーパーカブ逆転劇の中身
スーパーカブの立体商標が注目される理由は「最初から順風満帆」ではなく、一度きっちり拒絶されている点です。
審査官は、スーパーカブの形状について「二輪自動車の形状を普通に用いられる方法で表示するに過ぎない」という趣旨で拒絶しました。
典型的には商標法3条1項3号、つまり識別力がないというロジックです。
ところがHondaはそこで引き下がらず、上級審で「使用による識別力の獲得」を徹底的に立証し、最終的に2014年6月6日、形状のみで立体商標登録を勝ち取りました。特許庁の広報でも、この日付と「ロゴやエンブレムを取り去った見た目だけ」で登録された点が強調されています。(参照: 特許庁)
決め手になったのは、スーパーカブが工業製品のデザインを超えて、社会の記憶装置になっていたことです。Honda自身も、1958年から50年以上の一貫したデザインコンセプトと、世界累計8,700万台超(2014年3月時点)という普及実績を、識別力の根拠として示しています。(参照: Honda Global)
つまり「この形を見たら、ロゴがなくても”あ、カブだ(Hondaだ)”と分かる」。このレベルまで来た形状は、もはや”ただの形”ではありません。国がそう認定した。ここがスーパーカブの立体商標の本質です。
4. 立体商標の”本当に怖いほどすごい点”。存続期間が「終わらない」
2014年当時も強調しましたが、2026年のいまでも同じです。立体商標の凄さは「珍しい」より先に、時間軸の長さにあります。
特許(アイデア)は期限があります。意匠(デザイン)も期限があります(現在は出願日から最長25年。2020年4月以降出願分)。著作権(表現)にも原則として期限があります。(参照: 特許庁)
ところが商標権は、10年ごとに更新を重ねれば何度でも維持できます。特許庁も「10年、しかも何度でも更新できる」と明記しています。(参照: 特許庁)
そのためスーパーカブの立体商標は、極端に言えば「カブという形の寿命」と同じだけ生き続けられます。
そしてここが、2025年以降の排ガス規制とつながってきます。エンジンが変わろうが、排気量が変わろうが、電動化しようが、「カブらしい顔」を維持できる限り、形のブランドは守れます。この発想が、これからますます効いてきます。
5. 「カブ以外のバイクが売れなくなる」は誤解。侵害になるのは”カブとして紛らわしい”もの
当時から、そして今回のラジオ取材でも聞かれるのがこの不安です。
「立体商標が登録されたら、一般的なバイクも売れなくなるんですよね?」
結論から言えば、なりません。スーパーカブの立体商標が保護するのは、あくまで登録形状と同一・類似の範囲で、「出どころ表示」として紛らわしさが生じるケースです。
スポーツタイプやスクーターなど、明らかに外観コンセプトが違うものまで一網打尽に規制される、という理解は誤りです。「カブっぽい形で、カブとして市場に入り込む」という行為に歯止めがかかる。そう理解するのが実務的にも正確です。
6. 2014年の時点で予想できたか?「50ccはいつまでも続かない」と
2014年当時、立体商標のニュースは明るい話題でした。それから時代は変化し、別の時代の波が見えていました。排ガス規制は段階的に強化され、世界的に環境対応が加速してきたからです。
当時はまだ「カブ=50cc」というイメージが強く、生活の足・働く足として当たり前に存在していました。けれど、原付の価値は「小ささ」ではなく、生活インフラとしての手軽さです。もし規制で50ccが成り立たなくなったら、カブはどう姿を変えるのか。立体商標が形を守れても、中身の変化に社会がついて来られるのか。
そして2025年に問題は現実になります。
7. 2025年、現実になった。「50cc生産終了」と「新基準原付」の誕生
2025年11月から、原付一種(50cc以下)に新たな排出ガス規制が適用され、現行50cc車両の生産は2025年10月末で終了します。この流れは業界団体や国交省も明確に示しています。(参照: JAMA 一般社団法人 日本自動車工業会)
この規制強化を受けて、Hondaは「スーパーカブ50・Final Edition」を投入し、現行49ccエンジン搭載のスーパーカブ50はこのモデルをもって生産終了と明言しました。さらに報道ベースでは、当初2025年5月終了予定だった生産が、駆け込み需要などの影響で10月末まで延長された経緯も伝えられています。(参照: GIZMODO JAPAN)
では「原付」は消えるのか。ここで出てきたのが、2025年4月1日施行の新基準原付です。内容は端的に言うとこうです。「排気量は125cc以下でも、最高出力を4.0kW以下に抑えた車両は原付免許で運転できる」(参照: JAMA)
この制度に合わせてHondaは、スーパーカブ110をベースにした「スーパーカブ110 Lite」などを発売すると発表しました(発売日:12月11日)。(参照: Honda Global)
50ccの終焉が近づくタイミングで、スーパーカブの形は半永久保護に入っていました。立体商標は、過去の勲章ではなく、移行期の羅針盤になったのです。
8. 排ガス規制が突きつけた「スーパーカブの問題点」
排ガス規制で「50ccが終わる」という事実だけが拡散されますが、ポイントは問題の構造です。私は大きく5つに分けて見ています。
技術で解けても価格で解けないという生活インフラのジレンマ
50ccは「小さいから環境に優しい」と思われがちですが、排ガス対策は排気量が小さいほど難しくなる局面があります。規制対応のために高度な触媒・制御を積めば積むほど、車両価格に跳ね返り、原付が担ってきた生活インフラ価格を維持できなくなります。国交省も、メーカー側が「技術面および事業性の観点から生産・販売が困難」としている点を説明しています。(参照: 国土交通省)つまり、技術の勝利ではなく、生活者の財布の現実が制度を動かした側面があります。
原付免許で乗れる車両は残っても、交通ルールは原付のまま
新基準原付は、排気量が上がってもルール上は原付一種の枠に入ります。利用者の体感としては「走りは少し余裕が出た」のに、ルールは従来どおりというギャップが生じやすくなります。ここは制度設計上、今後も丁寧な周知が求められるポイントです。
車体と価格の上昇がユーザー層をじわりと変える
「スーパーカブ110 Lite」は、スーパーカブ110ベースで安全装備も充実する一方、価格帯は50cc時代より上がります。(参照: Honda Global)原付は学生・高齢者・事業者など幅広い層が使ってきたため、価格と車格の変化は、生活導線そのものに影響します。
電動化は正解だが万能解ではないという現場のリアル
Hondaは電動二輪の投入を加速させ、2025年までに10モデル以上、2030年に年間350万台規模を目指す戦略を示しています。(参照: Honda Global)実際に原付一種の電動モデル「EM1 e:」は、満充電で航続距離約53km、充電は約6時間など、日常用途を想定した設計です。(参照: ホンダ)ただし、普及には「充電・交換インフラ」「バッテリーコスト」「用途ごとの航続距離不安」が必ずついて回ります。交換式バッテリーの仕組みとしてGachacoは個人向けプランも用意していますが、地域偏在や生活導線への組み込みは、これからの勝負です。(参照: Gachaco)
「カブらしさ」はエンジンではなく顔に宿るが、顔を変える圧力も強い
排ガス規制、騒音規制、安全装備、EVパッケージなど、時代の要請は、デザインにも確実に圧力をかけます。ここで立体商標が効いてきます。立体商標は外観の類似で判断される世界ですから、中身を変えながら見た目の連続性をどう守るかが、そのままブランドの法的防御線になります。逆に言えば、デザインを変えるなら、立体商標の効き方も変わります。今後は、「進化の範囲」をどこに引くのかが、知財と開発の共同テーマになります。
9. 電動化時代、立体商標は”過去を守る盾”から”未来を作る設計図”へ
「電動になったら、立体商標は無意味になるのでは?」という質問も多いのですが、私は逆だと考えています。
電動化で差別化が難しくなるほど、ユーザーは「らしさ」を外観に求めます。そしてスーパーカブは、国家が「形だけで出どころが分かる」と認めた稀有な存在です。(参照: 特許庁)
Hondaは電動スクーターとして「CUV e:」も発売し、交換式バッテリーを使った都市移動の提案を具体化しています。(参照: Honda Global)一方で「電動スーパーカブ」が国内で定番化するには、インフラ・コスト・用途の整理が求められ、すぐにガソリンの置き換えが完了するわけではありません。
当面は、新基準原付(Lite)で生活インフラをつなぎ、電動は用途から広げ、最後に「カブの顔」がどこで合流するかというシナリオが現実的だと見ています。
そしてその合流点で、立体商標は効きます。「似せる側」が最もやりやすいのは顔だから。守るべきも顔なのです。
10. まとめ。50ccは終わった。でも「カブの形」はむしろこれから
2014年、スーパーカブの立体商標登録は「乗り物として初の快挙」でした。(参照: Honda Global)
2025年、排ガス規制で50ccは生産終了へ向かい、新基準原付という新しい制度が始まりました。(参照: JAMA)2026年のいま、私が改めて強く思うのは、立体商標は昔の形を保存する制度ではないということです。時代の変化の中でも「この形を見たら、あのブランドだ」と言える未来をつくる制度です。
スーパーカブは、エンジンの形式や排気量が変わっても、生活の足であり続ける可能性があります。そのとき、「カブらしさ」を守る最後の砦は、実はロゴではなく、形です。
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「50ccは終わった。でもカブの形は商標として終わらない。」
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
参考資料
- Honda Global – 「スーパーカブ」の形状が日本で立体商標登録認可: https://global.honda/jp/news/2014/c140526.html
- 特許庁 – 知的財産権で守られる日本の工業デザイン: https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol38/01_page3.html
- 特許庁 – 令和元年特許法等改正に伴う意匠関係料金: https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/kaisei/2020_ishoryokinkaisei.html
- 特許庁 – 商標権の更新: https://www.jpo.go.jp/system/process/toroku/document/index/koshinkikan-chui.pdf
- JAMA – 原付一種に新たな区分基準が追加: https://www.jama.or.jp/operation/motorcycle/cat1_scooter/
- GIZMODO JAPAN – ホンダ スーパーカブ生産終了: https://www.gizmodo.jp/2025/02/honda-super-cub-end-of-production.html
- Honda Global – スーパーカブ110 Lite: https://global.honda/jp/news/2025/2251016-cub110lite.html
- 国土交通省 – 一般原動機付自転車について: https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr7_000092.html
- Honda Global – 電動化戦略: https://global.honda/jp/stories/068.html
- ホンダ – EM1 e:: https://www.honda.co.jp/EM1e/
- Gachaco: https://gachaco.co.jp/
- Honda Global – CUV e:: https://global.honda/jp/news/2025/2250321-cuve.html