ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊業の商標登録とは何か、が分かる

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初めに

ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の経営者がご自身のこととしてまず関連するだろうと思われる法律が五つあります。

一つは旅館業法です。一つは食品衛生法です。一つは道交法です。一つは所得税法です。そして残る一つが商標法です。

旅館業法と食品衛生法については法律に触れると宿泊業務がストップしますから特に普段から気を付けていると思います。

旅館業法と食品衛生法以外の残る三つの法律はいずれも宿泊業に直接関連する法律ではなくて、業際関連法規です。

自動車を自ら運転する宿泊業のオーナーなら、一度は道交法のお世話になったことがあるのではないでしょうか。また毎年税務申告の際には直接間接に税務関連の法律の規制を受けます。

ただ、商標法は耳慣れない法律だと思います。ホテル旅館宿泊施設の経営者とは直接関係のない法律のように思えるからです。

この商標法は、実は、ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の売上が上がってきたり、ホテル旅館宿泊施設自体が有名になってきたりした時に初めて威力を発揮する法律です。

実は多くのオーナーは、ご自身のホテル旅館宿泊施設の名称に商標権を設定できることをご存じありません。

またご自身のホテル旅館宿泊施設の名称に商標権を設定できることを知っていたとしても、なぜ商標登録しなければならないのかの理由も非常に分かりにくいです。

そもそもホテル旅館宿泊施設の売上は、オーナーのホテル旅館宿泊施設へのアクセスの利便性とか知名度などによりほぼ決まってしまいます。

このためホテル旅館宿泊施設の営業圏内に同種のホテル旅館宿泊施設が存在しなければ、ホテル旅館宿泊施設のネーミングに重複があったとしても特に問題は生じないように思われます。

ホテル旅館宿泊施設のネーミングに権利があったとしても、営業圏が分かれているがゆえに、顧客層をホテル旅館宿泊施設同士で取り合う必要はないからです。

またホテル旅館宿泊施設開業時には近隣地域に名前の同じ宿泊施設がないか注意していると思いますが、最初の段階で特に問題がなければ、以降はホテル旅館宿泊施設の商標に注意を払うことはなくなると思います。

ところが、

(a)商標法のことを知らない場合
(b)商標の重複があったとしても営業圏が別のため実害がない場合
(c)最初に商標の問題がないことを確認した場合

のいずれの場合であっても、実は商標法違反で訴えられることがあります。現代においてある意味、知らないというのは罪です。もしこれらの事項について知らなければ、競合宿泊施設から経営者ご自身が攻撃を受けることになってしまうからです。

これらのことをオーナーがご存じであれば、今度は立場が入れ替わって競合宿泊施設に比べてオーナーは優位な立場につくことができます。

(1)ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設名を商標登録すれば何ができるのか

(A)ホテル旅館宿泊施設のネーミングを商標登録により独占できます

ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の名称について商標登録できたなら、その名称についてホテル・旅館・温泉・宿関連の業務に使用できるのはオーナーご本人かオーナーの会社だけになります。

(B)商標権の存在を知らない場合でも、権利行使ができます

商標法の枠組み上、商標権の権利行使ができるかできないかの条件は、ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊業務で、登録された商標と似ている範囲の商標を使用していることだけです。商標権を侵害した側が登録商標の存在を事前に知っていたかどうかは権利行使の条件になっていないのです。

すみません、商標権が存在するなんて知りませんでした、という言い訳は通用しない、ということです。

(C)民事上と刑事上の対応策を採ることができます

商標権が侵害された場合、民事上の対応策と、刑事上の対応策を採ることができます。

民事上の救済措置としては、ホテル旅館宿泊施設の名称の使用をやめさせる使用差止請求や、これまでホテル旅館宿泊施設の名称を無断で使用していたことに対する損害賠償請求等が挙げられます。

特に損害賠償請求については、過去3年分に渡って請求することができます。

また刑事上の救済措置の一例としては、懲役10年以下、侵害の当事者は罰金1000万円以下、法人が絡んだ場合には罰金3億円以下の刑罰が課せられる場合があります。

(D)商標権は商圏の枠組みを超えて行使することができます

商標権の効力は商圏や都道府県の別には全く関係がありません。日本全国、日本の法律がおよぶ範囲内であればどこでも権利の効力がおよびます。

このため、例えば東京で開業しているオーナーが、北海道在住の商標権者からホテル旅館宿泊施設の名称の商標使用差止の攻撃を受ける場合があります。営業の範囲が重複しているかどうかに関係なく攻撃がくることが特徴です。

(2)ホテル・旅館・温泉・宿の名称の権利発生時期の注意点

(A)ホテル旅館宿泊施設開業時には問題がなくても後から商標権侵害で訴えられる場合がある

ホテル旅館宿泊施設の名称について、開業当初、商標登録の問題がないことを確認した場合であっても、後から商標権侵害で訴えられる場合があります。

商標法の枠組みでは、商標権者になることができるのは、最初にホテル旅館宿泊施設についての商標を使用したものではなく、その商標について、最初に特許庁に願書に提出した者になっているからです。

オーナーがご自身のホテル旅館宿泊施設のネーミングについて商標登録を済ませていない場合、そのネーミングは後から他人によって商標登録されてしまう可能性がある、ということです。

多くの開業されているホテル旅館宿泊施設のオーナーの方は、実際に商標登録のトラブルが発生して初めてファーイースト国際特許事務所に相談に来られます。

商標登録の制度が最初に使ったものが勝つ制度ではなく、先に商標登録をした者が勝つ制度であることを事前に知っていればトラブルに巻き込まれることはなかったのに、と思えるケースがほとんどです。

ちなみに開業時の時点で存在する商標権を洗いざらい調べてみたが、問題となる商標権は存在しなかった。それにも関わらず後発的に発生した商標権で以前から使っていたホテル旅館宿泊施設の商標が使えなくなるというのは納得できない、というオーナーも多いと思います。

この法的措置は適法です。過去において存在しなかった事後の法律の規定によって、過去の行為を裁くのは原則としてできません。しかし後から法律が発生したため、ある時点を境としてそれ以降の法の枠組みが変更される場合は普通にあります。

例えば、昔は自動車のシートベルトを締めなくても誰からもとがめられることはなかった時代が過去にありましたが、現在ではシートベルトをしていないと警官に車を停めさせられる例があります。

(B)売上が上がってきたとき、有名になったときは要注意

売上がそれほどでもない時期は、商標権侵害で訴えられるケースは少ないです。損害賠償請求しても侵害者側の売上が少ない場合には裁判費用も取ることができないことになるからです。

反面、マスコミに取り上げられるなど有名になってくると、商標権侵害の問題が発生したこと自体がこちらに不利な材料になります。商標権侵害という法律違反をした事実を外部に知られたくないという心理が働くからです。

こちらの売上が上がるのを待って、こちらが心理的に不利な状況になるのを待ってから相手側の攻撃が始ります。

(3)商標登録できないホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の商標

商標登録の対象となる商標は、漢字・ひらがな・かたかな・アルファベット等の文字、記号・数字、図形・マーク等からできているものです。

注意しなければならないのは、特許庁の審査に合格できない商標登録できないホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の商標です。

(A)地名や業務の内容をそのまま説明する商標

例えば、「駅前ホテル」、「岡山温泉ホテル」、「観光ホテル」、「海水浴場隣接旅館」等の商標は、特許庁に商標登録出願することはできますが、いずれも審査に合格することができません。これらの商標は、ホテル旅館宿泊施設の業務の関係者全体が使用する必要のある言葉であり、一人の商標権者に独占させる理由がないからです。

(B)他人の氏名を含む商標

他人の氏名を含む商標も、特許庁の審査でストップがかかります。例えば、商標「東京太郎ホテル」について特許庁に商標登録出願をすると、他の「東京太郎」という氏名の宿泊施設関係者の全員から商標登録の許可をもらってきなさい、という指示が特許庁の審査官からきます。

通常はこの審査官からの要求に応えることができません。他の東京太郎オーナーは、自身に関連する商標を使用できなくなる状態をはいはいと受け入れることはないからです。他の同姓同名者の同意が得られなければ、商標登録の審査に合格することができません。

(C)他人の商標権に抵触する内容の商標

商標権は最初に特許庁に権利申請した最先の出願人のみに与えられます。同じ内容の権利については、二番手以降の申請は全て拒絶されます。

ちなみに現時点で、ホテル旅館宿泊施設に関連する商標権は4万1千件以上あります(宿泊業務限定)。ホテル旅館宿泊施設のオーナーが自由に使うことができない商標は4万件以上あることは覚えていてください。

(4)ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設についての権利申請の注意点

商標登録出願の際には、ホテル旅館宿泊施設のネーミングやマーク、ロゴなどの商標だけではなくて、その商標を使う業務範囲を明確にしておく必要があります。商標法では業務範囲ごとに商品・役務(サービス)について第1類から第45類の商標区分が設定されています。

これらの商標区分の中からご自身の業務にぴったり当てはまる区分を選択します。

ホテル旅館宿泊施設のオーナーの取得すべき商標区分は、何を専業にホテル・旅館・温泉・宿を提供するのかによって変わります。それぞれの代表例は次の通りです。

(A)ホテル・旅館・温泉・宿による宿泊業を専業とする場合の商標区分

ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊業を専業する場合の商標区分としては、例えば次のものがあります。

  • 第43類:宿泊施設の提供 飲食物の提供 会議室の貸与等
  • 第44類:入浴施設の提供 美容 マッサージ等

(B)ホテル・旅館・温泉・宿で婚礼結婚式を行う場合の商標区分

ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設内で婚礼結婚式を行う場合の商標区分としては、例えば次のものがあります。

  • 第45類:婚礼のための施設の提供 衣服の貸与 装身具の貸与等

(C)ホテル旅館宿泊施設でイベントを行う場合の商標区分

  • 第41類:セミナーの開催 イベントの開催 演芸の上演 音楽の演奏等

(D)ホテル旅館宿泊業務に対するコンサルタント関連の商標区分

ホテル旅館宿泊施設の運営そのものではなく、各オーナーや料理人に指導する立場の方は商標区分が異なる点に注意してください。

  • 第35類:市場調査 経営の助言 ホテルフランチャイズ事業の管理
  • 第36類:事業資金の調達に関する情報の提供
  • 第41類:知識の教授 セミナーの開催

なお、商標登録の際に指定しなかった区分については権利が未取得の状態で残ります。このため第三者が商標登録出願すれば、指定しなかった区分の商標権を取られてしまう点にも注意が必要です。

(5)ホテル・旅館・温泉・宿の名称について商標登録する理由

ホテル旅館宿泊施設のオーナーが商標登録する理由は次の通りです。

(A)開業後のホテル旅館宿泊施設の商標を巡るトラブルに巻き込まれないため

先に説明した通り、先に商標登録をした者が権利者になります。このためどれだけホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の商標を使い続けていたとしても商標権者になることはできません。商標登録の手続を完了しない限り、他のライバルの宿泊施設からの商標権による攻撃の可能性が残ります。

(B)築き上げた実績の横取りを未然に防ぐため

ホテル旅館宿泊施設のオーナーがこれまで堅実にお客様にホテル・旅館・温泉・宿の宿泊業務を提供続けてきた結果、利用者の方々から信頼されるようになってきました。ところが近所に開業した同じ名前のホテル旅館宿泊施設の対応や設備内容がずさんであった場合はどうでしょうか。対応や設備内容がずさんなホテル旅館宿泊施設に対する風評がこちらに対して影響を及ぼすことが考えられます。

仮に商標権を保有していない場合には、相手はオーナーや管理法人からのホテル旅館宿泊施設の名称変更の要求を受け入れる必要がありません。どちらもホテル旅館宿泊施設としての立場は同等なので、一方の意見を他方が受け入れなければならない強制力がないからです。

これに対し商標権を持っていればこちらが正当権利者で、相手方は法律の違反者という立場になります。しかも商標権による差止請求権は日本国により保証されています。

(C)次世代へ実績をつないでいくため

ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の後継者問題で紛争が生じた場合でも、商標登録されているホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の商標を使うことができるのは商標権者だけです。

しかも商標権は10年毎の更新申請を失念しない限り、理論上は半永久的に権利が存続します。

このためホテル旅館宿泊施設のオーナーが一線を退いた後でもオーナーの意向通りの代表に対して商標権のライセンスが可能であり、ホテル・旅館・温泉・宿の宿泊施設の経営が第三者に乗っ取られる事態を防ぐことができます。

さらには商標権は有償の移転という形で売買も可能ですので、後継者にこれまで築きあげてきた事業を売却することも可能になります。

ファーイースト国際特許事務所

平野泰弘所長弁理士