索 引
- 1. 2008年当時の衝撃はどこにあったのか
- 2. なぜ特許庁は拒絶し、知財高裁はひっくり返したのか
- 3. で、結局コカ・コーラ瓶は登録されたのか
- 4. 2008年から現在まで、何が変わったのか
- 5. 実務の変化:立体商標は「証拠のゲーム」になった
- 6. 制度の変化:2015年、「新しいタイプの商標」が始まった
- 7. ビジネスの変化:「ロゴを外しても分かるか?」が本当のブランドになった
- 8. コカ・コーラ判決の連鎖:ヤクルト事件が示した「次の標準」
- 9. それでも、形状のみ立体商標は「簡単になった」わけではない
- 10. 現代の立体商標戦略:勝ち筋は「出願前」に決まる
- 11. まとめ:2008年の忙しい一日が、2026年に残したもの
2008年5月29日は私にとって忘れにくい一日になりました。
知的財産高等裁判所(知財高裁)で、コカ・コーラのあの瓶の立体商標が争われ、飯村裁判長がコカ・コーラ側の主張を認め、特許庁の審決を取り消す判決が出た日です。
当時、そのニュースを「今日、知財高裁で判決がありました」という熱量そのままにブログに書きました。個人的なエピソードとして、以前、日本弁理士会の講演会で飯村裁判長にお越しいただいた際、私がホスト役としてご案内したことがあり、物静かで思慮深い方だという印象を受けていました。そんな記憶も重なって、なおさら胸に残ったのだと思います。
そしてその日の夕方、フジテレビから取材の電話がありました。「明日の”目覚ましテレビ”で流れるかもしれない」と聞いて、内心ちょっとそわそわしながら、でも仕事は待ってくれないので結局あわただしく一日が終わりました。
さらに追い打ちのように、ヤフーのトップニュースに「コカ・コーラの立体商標認める」と出ました。そこに出てくる三井住友銀行コンサルティングの引用解説記事「立体商標登録の要件を知りたい」は私が執筆していたので、「あ、ここを見て取材が来たのかな」と、勝手に腑に落ちた日でした。
あれから時間が経ち、2026年のいま、同じテーマを改めて書き直すなら、結論はこうなります。
「コカ・コーラ瓶事件」は、ただ形だけで商標が取れた事件ではありません。それは、形状がブランドとして機能するという事実を、証拠で立証して勝ち取った事件です。以後の日本の立体商標実務を、確実に証拠中心へと押し上げた分水嶺でした。
ここから先は、2008年の空気感も残しつつ、当時から現在まで何が変わったのかを、実務家の視点でまとめてみます。
1. 2008年当時の衝撃はどこにあったのか
当時の報道は大きなものになりました。「国内初」「形だけで商標が認められた」といった見出しが並びました。たしかに一般の感覚としては、ロゴも文字もないのに商標として認められるのかという驚きは強いものでした。けれど、専門家として大事なのは、その驚きの中身を分解して理解することです。
当時の日本の立体商標は、制度としては1996年改正で導入されていました。ただ、形状のみ(文字・図形が付かない純粋な形だけの立体商標)となると、現場感覚としては、はっきり言って厳しい時代でした。学者の田村善之先生が「立体商標冬の時代の終焉か」と書いたのも、その空気をよく表しています。
なぜ厳しかったのか。理由はシンプルで、商標法の構造が、形状単体に厳しいからです。
2. なぜ特許庁は拒絶し、知財高裁はひっくり返したのか
形状はまず「商品の特徴」と見られる
商標は本来、「この商品はどこの会社のものか」を示す目印です。ところが、商品や容器の形は、多くの場合、まず機能や美観として理解されます。つまり「持ちやすい」「注ぎやすい」「見た目が良い」「それっぽい」という認識で、その範囲にとどまるなら、出所表示(ブランド)とは言いにくいのです。
日本の実務では、商標そのものが出所表示として働いていないのなら、商標法3条1項3号(商品の形状等を普通に用いられる方法で表示する標章)などの拒絶理由と結びつきやすくなっています。
2008年当時の特許庁が「形状だけでは識別力がない」と判断したのは、ある意味、教科書通りでもありました。
「でも、使い続けたら登録を認める」条文がある
そこで登場するのが、商標法3条2項、いわゆる使用による識別力の獲得です。最初は識別力が弱くても、長年使い続けた結果、需要者がその形を見ただけで「あの会社だ」と認識するようになっていれば、登録が認められる余地があります。
コカ・コーラ事件で裁判所がやったことを、あえて乱暴に一言で言うなら、「有名だからではなく、有名であることを証拠で示したから勝った」ということです。
「立体商標は印象論」の時代を終わらせたのは証拠
この事件のポイントは、裁判所が、需要者調査や使用実績などの提出証拠を踏まえて、形状のみでも出所識別力を獲得していると評価したところにあります。そして、ここが2008年当時の実務家に刺さりました。
なぜなら、形状だけの立体商標は、みただけでは誰の商標かわからず、審査官がなかなか登録を認めない領域だからです。この形はよくある、いや特徴的だという押し問答を、証拠で決着させるというモデルを、コカ・コーラ事件ははっきり見せました。
3. で、結局コカ・コーラ瓶は登録されたのか
ここが「2008年から現在」で、もっとも分かりやすく状況が変わった点です。
結論から言うと、登録されています。日本では、コカ・コーラの瓶形状は商標登録第5225619号として登録されています。
2008年当時のブログでは、判決直後の熱をそのまま書いていたので、「登録になった」というその後までは当然書けていませんでした。でも今は、判決が単なるニュースではなく、権利として現実に動いているところまで含めて語れます。ここが大きいのです。
4. 2008年から現在まで、何が変わったのか
変化は大きく3本の軸で整理できます。
1つ目は実務(証拠と審査運用)。2つ目は制度(商標法の拡張)。3つ目はビジネス(ブランド設計の常識)です。
順にいきます。
5. 実務の変化:立体商標は「証拠のゲーム」になった
文字やラベルが付いていても、形状の識別力は議論できる
現実の市場では、瓶や容器はラベル付きで流通します。昔は、「ラベルが付いている以上、形状だけで識別されているとは言えないのでは?」という反論が常にありました。
この点は、今や論点としては定番になり、特許庁の審査の具体的な取扱いでも、出願商標が立体形状のみである一方、使用態様では文字・図形が付されている場合の考え方が定着してきました。
ここでのポイントは、「ラベルがある=即アウト」ではないという実務感覚の方向づけが示されたことです。
ただし同時に、「じゃあ勝てるのか?」は別問題で、形状部分が独立して出所識別力を獲得していることを、より丁寧に示す必要が出てきました。
需要者調査は万能ではなく、設計が命
コカ・コーラ事件以降、需要者調査は「立体商標の切り札」みたいに語られがちでした。でも現在の実務では、むしろ逆で、調査設計が甘いと一気に信用を落とす分野になっています。
この点は海外の失敗例が分かりやすいです。EUでは、コカ・コーラが「縦溝のないコンツアーボトル」を出願した件で、一般裁判所が識別力不足と、使用による識別力の立証不足を理由に否定しました。そこで問題になったのは、形状の評価だけでなく、提出した調査や資料の信頼性・範囲など、証拠の詰めの部分でした。
日本でも、需要者調査を出すなら相応のものである必要があり、質問文・提示方法・サンプル・統計処理・調査対象地域まで含めて、反対尋問に耐える品質が必要です。
「同じ形を使い続ける」ことの価値が上がった
2008年以降に重みが増したのが、形状の同一性(ブレないこと)です。立体商標は、少し形が変わるだけで、「それは別物では?」という厳しい判断が待っています。
近年は、軽量化・ユニバーサルデザイン・サステナビリティ対応で容器形状が更新されやすくなっています。形状で商標を狙うなら、どの特徴を固定するのか、どこまでの変更を同視の範囲として説明できるのか、この設計が、以前よりもはるかに重要になっています。
6. 制度の変化:2015年、「新しいタイプの商標」が始まった
2008年当時、立体商標は「新しい」部類でした。2015年4月1日から、日本ではさらに動き・ホログラム・色彩のみ・音・位置の5類型が商標として出願可能になりました。
この制度改正は、立体商標そのものを直接改正したわけではありません。実務的には、ブランドは文字やロゴだけではないという潮流を、制度として確定させた出来事です。
結果として、企業のブランド担当者の意識が変わりました。ロゴを作る、ネーミングを作る、だけではなく、形(立体)、置き方(位置)、動き(モーション)、音(サウンド)、色そのもの(色彩のみ)まで含めて「守る」「育てる」という発想が、以前よりずっと一般化しています。
7. ビジネスの変化:「ロゴを外しても分かるか?」が本当のブランドになった
ここが、SNS時代のいま最も拡散力がある問いかもしれません。
あなたの商品のパッケージ、ロゴを外した瞬間に「どこの会社のもの」と分かりますか?
コカ・コーラはまさに、その問いに100年以上かけて答えを作ってきた企業です。コンツアーボトルは「暗闘で触っても、その形で分かるボトル」を条件にデザインされた、というストーリーもあります。
2008年の判決では、裁判所がそれを伝説としてではなく、法律の言葉と証拠で、出所識別力として評価した点です。
今は、ラベルレス化やECのサムネイル文化などで、逆に「形」や「輪郭」がブランドを担う局面が増えています。コカ・コーラ事件は過去の珍事ではなく、むしろ今の潮流に先回りしていた事件だと言えます。
8. コカ・コーラ判決の連鎖:ヤクルト事件が示した「次の標準」
コカ・コーラ事件の後、象徴的なフォローアップになったのが、ヤクルト容器事件です。知財高裁は2010年11月16日、ヤクルトのプラスチック容器形状について、長年の使用・販売実績などから形状のみで識別力を獲得したとして、拒絶審決を取り消しました。
当時は「コカ・コーラだけが特別だった」で終わらなかったことです。コカ・コーラ事件が開いた扉を、ヤクルト事件が実務の標準へ寄せていきました。形状のみでも、積み上げた実績と証拠があれば勝てるという筋道が、より明確になったということができます。
9. それでも、形状のみ立体商標は「簡単になった」わけではない
ここは誤解されやすいので、強めに言います。
コカ・コーラ事件があったからといって、形状のみ立体商標が簡単になったわけではありません。
むしろ現実は、「門戸は開いた。しかしハードルも可視化された」というのが正確です。
実際、特許庁統計を見ても、立体商標の出願・登録は一定数あります(年間で数百件規模)。その中身の多くは、文字や図形と結合した立体商標も含みます。例えば特許庁の年次報告書では、立体商標の出願件数は2014年265件から2021年337件、登録件数も2022年には202件といった数字が示されています。
形状のみに限れば、依然として強い証拠が必要な難関カテゴリです。
10. 現代の立体商標戦略:勝ち筋は「出願前」に決まる
ここからは、2026年の実務家として、読者に刺さる形でまとめます。立体商標、とくに形状のみを狙うなら、勝ち筋は出願書類を書いた瞬間ではなく、もっと前に決まります。
形状を「デザイン」ではなく「証拠が積もる設計」にする
形状のみ立体商標で勝つ企業は、例外なく形を育てる設計をしています。具体的には、特徴点を意図的に固定し、何年もブレさせません。キャンペーンで形を変えるなら、「変える部分」と「絶対に変えない部分」を戦略的に切り分けます。
これはデザイナーの仕事であると同時に、知財の仕事でもあります。
証拠は「集める」ではなく「育てながら残す」
2008年当時は、証拠といえば紙の資料、雑誌記事、テレビCMなどが中心でした。いまは違います。EC、SNS、動画広告、UGC(ユーザー投稿)など、証拠のタッチポイントが圧倒的に増えました。
重要なのは、「後から集める」より「日常的に残る仕組み」を作ることです。いつから同じ形を使っているか、どの地域でどれだけ売っているか、形状を強調する広告がどれだけあるか、第三者がその形をどう語っているか。この積み上げが、数年後に権利化にも侵害対応にも効いてきます。
需要者調査は「勝つための調査」ではなく「潰されない調査」
調査は、相手から「誘導質問だ」「サンプルが偏っている」「提示方法が不自然だ」と叩かれて初めて本番になります。EUの事例でも、調査の設計や範囲が厳しく見られています。
日本でも、形状のみ立体商標を本気で取りに行くなら、調査会社任せにせず、法律上の争点から逆算した設計が不可欠です。
意匠・不正競争との合わせ技が当たり前になった
形状を守る手段は商標だけではありません。意匠(デザイン)で短期から中期を守り、不正競争で周知表示や形態模倣を押さえ、最後に商標で長期運用に入る。このポートフォリオ発想は、2008年当時よりはるかに一般的になっています。
コカ・コーラ事件が象徴したのは、まさにその最終形です。「形状が資産になった」ではなく、「形状を資産に仕上げた」のです。
11. まとめ:2008年の忙しい一日が、2026年に残したもの
形状がブランドになり得ることを、裁判所が証拠で認めた。この一点が、日本の立体商標実務と、企業のブランド戦略を確実に変えました。
そして2026年のいま、拡散力のある言葉に言い換えるなら、こうなります。
ロゴを外しても、あなたのブランドは立っていられますか?
もし答えが「はい」なら、あなたのビジネスは、次の形状商標の物語を始める資格があります。もし答えが「いいえ」なら、逆にチャンスです。形を育てる余地が、まだ残っています。
コカ・コーラ瓶事件は、過去の判決ではなく、未来の設計図でもあります。
ファーイースト国際特許事務所
弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
参考文献
- [1] 「第17回 立体商標冬の時代の終焉か」Westlaw Japan (https://www.thomsonreuters.co.jp/ja/westlaw-japan/column/2008/080707/)
- [2] 「1.6 新しいタイプの商標~立体商標」(https://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/shouhyou/index/rittai/)
- [3] 「立体商標の識別力に関する審査の具体的な取扱い」特許庁 (https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/binran/document/index/49_02.pdf)
- [4] 「The General Court dismisses the action brought by Coca-Cola」CURIA (https://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2016-02/cp160016en.pdf)
- [5] 「新しいタイプの商標の保護制度」特許庁 (https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/newtype/index.html)
- [6] 「コカ・コーラのコンツアーボトルとは」Coca-Cola Japan (https://j.cocacola.co.jp/info/faq/detail.htm?faq=17976)
- [7] 「ヤクルトの立体商標登録について」創英特許法律事務所 (https://www.soei.com/ヤクルトの立体商標登録について/)
- [8] 「出願種別出願・登録件数表」特許庁 (https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2024/document/index/020206.pdf)
- [9] 「Case-law – CURIA」(https://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf?docid=174563&doclang=EN)