(1)弱い商標とは?
これだけは選んではいけない商標、それが「弱い商標」です
弱い商標とは、時間が経てば経つほど商売がうまくいかなくなり、使えば使うほど売り上げが下がっていく商標のことをいいます。
商標の専門用語でいうと、弱い商標とは自他商品役務識別力がない商標のことです。
弱い商標は、まさに呪われた商標といってもよいと思います。商売をするなら弱い商標に手を出してはいけません。本当は誰もが弱い商標に手を出さず、弱い商標に見向きもしなければ何の問題もありません。
けれども20年近くこの世界に関係している私の経験からいうと、商売をする方の80%以上が商標を選ぶ際に弱い商標を指定してきます。
ネーミングの専門家の方でもこの弱い商標を選ぼうとするくらいです。
なぜ知らず知らずのうちに弱い商標を選ぶのかといえば、弱い商標はそれを振り切るのが困難なくらい、甘い魅惑を備えているからです。
その甘い魅惑に取り憑かれて弱い商標を選んでしまうと、商売自体がどんどん森の深いところへ連れて行かれてしまいます。
そして二度とこちらの世界へ戻ってくることができなくなる。弱い商標は、そんな魔女の誘いのような性質を備えているのです。
(2)弱い商標の本質
自他商品役務識別力とは何か
商標の持つ本質的な機能の一つが自他商品識別力です。
商標は何のために使われるかというと、事業者が扱う自己の商品や役務を、他の事業者が扱う商品や役務と区別するために使われます。
例えば、私が経営する特許事務所は、「ファーイースト国際特許事務所」です。この「ファーイースト国際特許事務所」が商標の一例です。
日本中に特許事務所は数千ありますが、「ファーイースト国際特許事務所」との商標を指定すれば、私の経営する特許事務所ただ一つにたどり着くことができます。
つまりファーイースト国際特許事務所との商標を使用すれば、特許事務所に関連する役務を提供する事業者の中から特定の事業者を指定することができます。
特定の事業者が提供する業務と、それ以外の事業者が提供する業務とを区別することができますので、「ファーイースト国際特許事務所」の商標の場合は自他商品役務識別力があるといいます。
これに対して「特許事務所」との商標を指定したのでは特定の事業者にたどり着くことができません。特許事務所との商標を使用して、特許事務所に関連する役務を提供する事業者は個人や業務法人を含めて数千以上あるからです。
この場合、「特許事務所」の商標は自他商品役務識別力がないといいます。
自他商品役務識別力がない商標は、文句なく弱い商標です。
(3)弱い商標の見分け方
弱い商標を見分ける方法は簡単です。
ある商標Aがあったとします。この商標Aを指定して商品の購入を依頼したり、役務の提供を依頼した場合に、依頼した相手に対して、「えっ?」とかいって、依頼事項を聞き返す必要のある商標が弱い商標です。
例えば友人から「DVDレンタル店に行って、クレヨンしんちゃんのDVD借りてきて。」、と言われたとしたら、あなたは「えっ?、どこのDVDレンタル店?」と言って友人に聞き返すと思います。
また例えば友人から「ワイン買ってきて。」、と言われたとしたら、あなたは「えっ?、どこの銘柄の?」と言って友人に聞き返すと思います。
友人に聞き返す必要が生じたのは、相手から与えられた情報だけでは相手からの依頼を遂行することができないからです。
情報に抜けがある、ということですね。
この抜けている情報の根っこの部分が自他商品役務識別力です。商標に自他商品役務識別力がなければ、同種の商品や役務の中からどれを選択してよいか判断できないです。
(4)なぜ弱い商標を選んではいけないのか
弱い商標を選んではいけない理由は明確で、弱い商標を選ぶと売上が減少するからです。
例えばあなたが携帯電話を販売するお店を経営しているとしましょう。
仮にこんな場面があったとします。お店の近くで「ねえ、もう高校生なんだからスマートフォン買ってよ。」と子供が親に向かってねだっていたとします。
この場合、この親子があなたの店に入ってきてスマートフォンを購入すれば事例としては全く問題がありません。
さらに(実際にはありえない話ですが)あなたの店舗名が「携帯電話ショップ」であったとします。この場合、事態はかなり深刻になります。
先の場合、母親が、「わかったわ。お父さんに頼んで、携帯電話ショップへ行ってスマートフォンを買ってくるように頼んであげる。」と子供にいう展開になったとします。
この親子がこちらの店に入ってきてくれてスマートフォンを購入するのなら別ですが、この親子がこの場にいない父親に頼んでスマートフォンを買うことになった場合には、その父親があなたの「携帯電話ショップ」に来る確率は絶望的なものになります。
母親が父親に「携帯電話ショップへ行ってスマートフォンを購入する」との情報を伝えただけでは、その父親に対してあなたの店にアクセスできる情報が一切伝わらないからです。
その父親がスマートフォンを買うために行動を起こしたときに、あなたの店のある方向に歩いてくる確率を考えただけでも苦しいのが分かります。また仮にあなたの店のある方向にその父親が歩いてきたとしても、その間に別の「携帯電話ショップ」があれば、その父親はその別の店に吸い取られてしまいます。
また別の例を考えてみましょう。
あなたが新しく開発した炊飯器があったとしましょう。この炊飯器の商標を「美味しく炊ける炊飯器」にしたとしましょう。
この炊飯器が量販店に並んだとします。そしてお客さまが「美味しく炊ける炊飯器」をください、といったとします。
この場合、量販的の店員は「そうですねぇ〜、今一番売れている美味しく炊ける炊飯器はこれですよ。一押しですよ。」といいながら、店員にとって一番利益率の高い、あなたの炊飯器ではない商品(または売れ残りの他社の商品)をお客さまに勧めます。
店員はあなたの炊飯器をお客さまに勧めるとは限らないわけです。
また店頭にならぶ炊飯器の種類が3個あればあなたの炊飯器の売れる確率は1/3になり、5個あれば売れる確率は1/5になります。
また「美味しく炊ける炊飯器」がヒットすれば、大手家電メーカーは容赦なく市場に参入し、どんどん新商品を送り込んできます。そうすると増えた炊飯器の種類の数の頭割りの確率でしか、あなたの商品は売れなくなります。
上記の携帯電話の販売店に使用される「携帯電話ショップ」の商標とか、炊飯器について「美味しく炊ける炊飯器」等が弱い商標の代表例です。
つまり、商標全体が、商品の内容説明や、役務の内容説明になっていて、ひねりがなく商品等の内容そのままの商標が、弱い商標になります。ちなみに弱い商標に地名とか、程度を表す形容詞などの修飾句を付けても弱い商標であることに変わりはありません。
上記の例の通り、お米を炊く「炊飯器」の商品に対して選んだ商標「炊飯器」、これが弱い商標です。この弱い商標である「炊飯器」に商品説明の「美味しく炊ける」との修飾句を付けた「美味しく炊ける炊飯器」もまた弱い商標です。
これらの弱い商標を選ぶと後で苦労する結果になります。
(5)どうして弱い商標を選ぶのか
(5-1)お客さまに商品や役務の内容を説明しなくてよいという誤解
前述の通り、多くの方は弱い商標を選ぼうとします。なぜ弱い商標を選ぼうとするかといえば、弱い商標を選べば、商品や業務の内容を消費者に告知する必要がないからです。
弱い商標の代表例は商品の内容の説明そのものだったり、業務の内容の説明そのものです。
例えば「おいしい白湯麺」、「あったかい珈琲」、「安い印刷」、「汚れを落とすクリーニング」等が弱い商標です。
この様な弱い商標だとお客さまは商標を見ると商品や役務の内容を即座に理解できるため、いちいち商品や役務の内容を説明する必要がないからです。
ただ、商標で商品の説明をする必要はないです。商品の説明は商品の説明書きですれば足ります。
(5-2)強い商標は使いこなすのが難しいという誤解
この逆に、強い商標は自他商品役務識別力を持っているものです。その商標を見れば、一発で特定の事業者から出ていることが分かるものです。
例えば、「プリウス」、「ヘルシア」、「ヘルシオ」、「ウォークマン」等が強い商標の例です。
多くの方がこれらの商標を見るだけで、どこの会社から出ているどのような商品かが分かると思います。
強い商標を使いこなすには大手事業者である必要がある、という誤解も多くの方が弱い商標を選ぶ下地になっていると私は感じます。
商標の専門家からすると、この考え方は逆だと思います。弱い商標の方が使いこなすのが大手企業でも難しく、逆に強い商標の方が中小企業や個人事業主等の小規模事業者でも容易に使いこなすことができるのが実態だからです。
意外に思われるかもしれませんが、文字情報のないまさに瓶の形状だけのコカ・コーラの瓶や、文字情報のない容器形状だけのヤクルトの容器も、もともとは弱い商標の代表例です。
容器の立体形状のみでは自己の商品か他人の商品か判別できないため、自他商品識別力がないものとして特許庁は出願を拒絶しました。この特許庁の判断に対して両者は全力で立ち向かったわけです。
これらの立体商標は知財高裁の判決によって一応は強い商標側に移りましたが、知財高裁に認めてもらうためにコカ・コーラ側やヤクルト側がこれまで積み上げてきた製品の販売実績は凄まじいものがあります。
これだけの実績を積み上げないと弱い商標を強い商標に転化できないのです。
その実績は中小事業者のおよぶところでは到底ありません。
(5-3)弱い商標を使えば儲かるという誤解
さらに多くの方が弱い商標を選ぶ理由としては、弱い商標を使えば儲かるという誤解があるのではないか、と私は思っています。
例えば、仮に商標としてAを選択した場合、商標Bや商標C、それに続くA以外の商標と商標Aとは別ものとして扱われます。
そうなら最初から商標Aに自分から絞り込むのは、商標Bや商標C等の多くの特定された商品を取りこぼしてしまうので、特定の商標に絞らない方が儲かる、と錯覚しているからだと私は感じています。
このような誤解が生じるのは個性を出さない方が認知度が上がる、という誤解に基づいています。
事実は逆で、個性を出さないとお客さまがあなたの商品にたどり着くことができないです。
個性を出す、というのはお客さまが迷わずこちらにたどり着くための手がかりを与える、ということです。
例えば商品りんごを「りんご」という名前で売ったとしても、りんごというだけではお客さまはあなたのりんごにたどり付くことができません。
日本全国のあらゆる店舗で売っているりんごがあなたのりんごと同じ商標ですので、りんごという商標ではあなたにたどり着くための個性が全くないからです。
個性がなくお客さまがこちらにたどり着くための手がかりがないものが弱い商標、逆に個性があってお客さまがこちらにたどりつくための手がかりがあるものが強い商標、ということができます。
(6)商標権が効かない
弱い商標を選んではいけない理由の極めつけは、弱い商標は商標権を取得することができないし、仮に商標登録されたとしても簡単に商標登録が無効になるからです。
商標法では商標に自他商品役務識別力があることを商標権付与の前提にしています。このため弱い商標を選んだ場合は審査を突破することができないのです。
仮に商標権を得たとしても、その後、第三者から特許庁の判断が誤っていたとして異議申立や無効審判の攻撃を受ける結果、商標登録が取り消されたり無効にされたりして、商標権が消滅してしまうこともあります。
商標権が取れなくても第三者が商標権を取れないならそれでもよい、とあなたは考えますか?
その考えは業務が成功する前まではその通りだと思います。
弱い商標を選択すると商標権を取ることができないので、こちらの商標を使う第三者に対して商標を使うのをやめさせることができないのです。
こちらが苗から育ててやっと育って実った果実を、他人が無断でもぎ取っていく様子をあなたは平気で見ていられるでしょうか。
こちらの業務が儲かると分かれば、我さきにと競業者はあなたの場所を荒らしにきます。
ただ、そのような事態になるのは現在ではありません。どこかの将来の時点の話です。問題が現在発生しているわけではないので、弱い商標の問題を多くの方が見逃しやすいのです。
弱い商標を選んでも、それを採用した時点では誰も困らないからです。困ったことになるのは、その弱い商標を使った業務が成功した将来の段階です。
その時になって同業他社があなたの売り上げを奪いにきます。
実際に売上を奪われる段階にきてから、何かこの事態を解決する手段はないかと調べて商標登録があることに気が付き、そこまできて初めて専門家に相談する方が多いです。
本当にもったいない話です。最初に弱い商標さえ選択しなければ、その後苦労しなくて済むからです。
私はあなたに是非、弱い商標を選んではいけない理由について勉強してもらいたいと思います。そして弱い商標を選んではいけない理由を知らないライバルよりも、一歩も二歩も先に進んでもらいたいと、切に願っています。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247