(1)ゴーカートの「マリカー」問題とは?
(1-1) マリオカートのゴーカートレンタル マリカー事件の背景
公道を走ることのできるレンタルゴーカート会社の株式会社マリカー(東京都品川区)に対し、任天堂は不正競争防止法および著作権法に違反するとして、東京地裁に訴状を提出しました。
マリカー社はゴーカートの利用者にマリオカートに出てくるキャラクターのコスプレをさせて公道をゴーカートで走ってもらうサービスを実施中です。集団で公道を走れば、マリオカートの世界があたかも現実の世界になったかのようです。
ネットの検索エンジンで「マリカー」のキーワードにより画像検索結果を見てみると、リアル版マリオカートの写真が多数出てきます。
ネットに出てくる画像を見れば、マリカー社のゴーカートの利用者たちは公道でゴーカートに乗る際に、任天堂のマリオカートに出てくるキャラクターの格好をしていることが確認できます。
またゴーカートを運転する際に、マリカーがゴーカートを貸し出し、マリオ、ルイージ、ヨッシー、ピーチ姫等の衣装も借りるか持参してコスプレ状態で街中を運転していることも確認できます。
マリカー社によると、特に日本を訪問する外国人に人気があり、利用者も多いとのことです。
こういった状況に対してマリオカートの生みの親である任天堂がカミナリを落とした、という段階です。
ただネットや新聞報道等の情報を見ると非常に気になる点があります。
当事者であるマリカー社は平成29年2月24日付けのマスコミ向けの声明で下記の様に弁明しています。
「私たちは、複数の弁護士・弁理士等の専門家に相談をし、私たちのサービスが、任天堂様に対する不正競争行為及び著作権侵害行為には該当しないと判断した上で、サービスを提供してきました。また、数か月前には、任天堂の担当者様と協議及び情報交換も行い、私たちのサービスに理解を示す発言も得られていました。」
公道走行用ゴーカートのレンタルを行う株式会社マリカーによるマスコミ向け声明文の一部
マリカー社の言い分によれば、一連のマリカー社の行為は法的に問題もなく、任天堂から不意打ち的な訴訟を起こされたかのような文面になっています。
では任天堂はどういっているのでしょうか。任天堂側の声明は次の通りです。
「任天堂株式会社は、2017年2月24日に、株式会社マリカーおよびその代表取締役に対して、被告会社による不正競争行為および著作権侵害行為の差止等および上記行為から生じた損害の賠償を被告らに対して求める訴訟を東京地方裁判所に提起しました。
当社は、長年の努力により築き上げてきた当社の大切な知的財産を保護するために、今後も継続して断固たる措置を講じていく所存です。」
公道カートのレンタルサービスに伴う当社知的財産の利用行為に対する訴訟提起についての任天堂株式会社によるニュースリリースの一部
両社の言い分は全くといってよいほど噛み合っていません。何があったのでしょうか。
(1-2) マリカー社の主張は?
マリカー社の声明の中には重大な思い違いが入ってるのではないか、というのが私の意見です。
そもそもマリカー社の主張する通り、任天堂と協議が順調に進んでいたなら東京地裁に訴えられることはなかったはずです。
また複数の弁護士・弁理士等の専門家のお墨付きをもらっていたのが本当なら、これまた訴えられたことは何故なのか、ということが気になります。
複数の弁護士・弁理士等の専門家が事業のゴーサインを出したというのであれば、それらの専門家を代理人に立てて声明を発表してもらうのが筋でしょう。ゴーサインを出した専門家に事態の収拾を任せればよい話で、なぜ自ら声明を発表して火に油を注ごうとするのか理解に苦しみます。
今回の事件では、任天堂側は一貫してマリカー社側に理解を示すような行動・発言はしていません。任天堂側の主張にはブレがないのに対し、マリカー社の主張は、現実と主張との間にずれがあることが分かります。
(1-3) 法的な問題点は何か
公道をゴーカートで走らせるビジネスに関し、道交法等の交通関係法律や役所の許認可等をクリアしていないとしたら、これは即、逮捕者もでる大問題に発展します。ここでは、公道用ゴーカートレンタル業者は交通法規等をクリアしていることを前提に説明します。
(A) 著作権法違反の問題
著作権法の規定により、他人の著作物を業務上無断でコピーできないです(著作権法第21条「複製権」)。このためマリオカートのキャラクター画像等を勝手にコピーすることはできません。
また著作物は無断で改変できません(著作権法第20条「同一性保持権」および第27条「翻案権」)。
マリオカートのコスプレ用のゴーカートや衣装を貸し出す行為は、キャラクター画像をコピーしているとはいえないとしても、改変して利用している点には変わりがありません。
マリカー社の利用者が個人的に自らコスプレをする行為についても、個人的、家庭的な利用に限定されている私的使用のための適法な複製(著作権法第30条)を超える可能性もあります。
(B) 不正競争防止法の問題
不正競争防止法の場合、他人の営業表示と間違ってしまうような、有名な営業表示を使用することは禁止されています(不正競争防止法第2条第2項第1号)。
任天堂のマリオカートのコスチューム自体を営業表示と捉えると、マリオカートを模した公道ゴーカートのレンタル業務は、これは任天堂が行っていると混同してしまうでしょう。
ただし実際の裁判では任天堂が裁判所に提出する具体的な訴訟の証拠に基づいて審理が進められます。
単に赤い帽子をかぶり、赤のシャツと青色のオーバーオールを着てゴーカートに乗ったとしても、それだけでは法律違反になるとは限りません。
実際に任天堂のマリオカートの著作物を複製した、改変したといえるかどうかが一つひとつの証拠に基づいて、証拠毎に綿密に検討されます。
(2)そもそも「マリカー」の商標は誰のもの?
実はマリカー社は、商標「マリカー」について、ゴーカートのレンタル業務に商標権を取得しています。
- 登録番号:商標登録第5860284号
- 登録商標:マリカー
- 登録日 :2016年6月24日
- 権利者 :株式会社マリカー
そうすると、マリカー社はマリカーを使うことについて法的に問題はないのでは、ということになりますが、実際はそうではありません。
商標登録により得られる商標権は、「マリカー」との文字についての権利です。登録商標「マリカー」を使って、マリオカートのコスプレ用衣装によりゴーカートをレンタルさせてもよい、というところまでを特許庁はOKを出したわけではありません。
商標法には「他人の著作権の範囲に入る登録商標は使用できない」(商標法第29条)との規定があり、商標権が得られても著作権に抵触する形では、登録商標といえども使用できないことが明確にされています。
先に指摘した、マリカー社の声明文の事実状態と現実状態のズレは、登録商標(文字のみ)について得られた権利を、事業を問題なく実施できる権利であると誤解している点にあるのではないでしょうか。
なお、マリカー社が商標登録を受けた「マリカー」に対し、任天堂は特許庁に対して昨年の9月26日に異議を申し立てています(異議番号2016-900309号)。特許庁が商標マリカーを審査に合格させたのは間違いなので、その取り消しを希望する、と主張しています。
任天堂側は一貫してマリカー社のマリオカート関係の知的財産の無断使用を拒否していることが分かります。
今後の特許庁による異議申立の審理により登録商標「マリカー」についての商標登録が取り消されると、商標権は初めから存在しなかったものになります。つまりマリカー社には何の権利も残らないです。
(3)任天堂はさおき、外国人の支持があるとはいうが
マリカー社側は、マスコミ向け声明の中で、日本を訪問する外国人にマリオ社のゴーカートレンタル事業が支持されている、と主張しています。
要は、マリカー社が提供するマリオカートのコスプレをしたレンタル公道ゴーカートビジネスは需要者に支持されているので部外者はあれこれいうべきではない、との主張のように私には聞こえます。
しかし、需要者が求めているのは、本当にマリカー社の提供するビジネスなのでしょうか。
需要者に支持されているのは、本当はマリオカートの世界観でしょう。
そしてマリオカートの世界観を築き上げてきたのは、マリカー社とは異なり、任天堂のはずです。
もし任天堂の許可なくマリカー社のような事業を無断で実施可能なら、どこかの国であったような、ディズニーの許可なくディズニーランドもどきのテーマパークを運営する外国業者と同様なレベルになってしまいます。
もし任天堂の許可を得ていないなら、マリオカートもどきのニセブランドサービスを提供していることになってしまいます。
ニセブランドで需要者が一時期喜んだとしても、それは少なくとも世界のお客さまを相手におもてなしする側の国にいる者がすることではないです。ニセブランドを提供する行為をすれば日本国にいる者としての品位が疑われてしまいます。
本家本元の許可を得ていない、まがいものを提供して、それでお客さまに喜んでいただいている、と主張するのは、何らかの思い違いがあるように感じます。
ニセブランドもどきのサービス提供にゴーサインを出した(と、マリカー社側が主張する)弁護士・弁理士の専門家の釈明を、ぜひとも聞かせてもらいたいものです。
(4)マリカー社は本当はどうすればよかったのか
マリカー社は、実際に事業を開始する以前に、任天堂と協議をして事業の実施許諾を受けておけば何ら問題はなかったはずです。
任天堂の許可を得ておけば正規ブランドを扱う側になるのに対し、任天堂の許可を得ていないとまがいものを扱う粗悪業者側になってしまいます。
知的財産は目に見えないのでついつい必要な協議ステップを飛ばしてしまいがちです。しかし最終的に任天堂の許可が降りず、知的財産権の使用を認めてもらえないなら、それまで費やした投資が全て無駄になってしまいます。
また事業を継続したとしても、最終的には裁判の損害賠償請求で利益をむしり取られてしまうことになりますので、勝てない事業を継続したとしても損害が大きくなるばかりです。
一言、たった一言話を通しておけば、後々苦労しなくて済むのです。
投資を無駄にしないためにも、事業者の方は前もって権利者との根回しを済ませておくことを忘れないでください。
私のコメントは、平成29年2月27日(月)のテレビ朝日「モーニングショー」で放送されました。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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