索 引
セブン-イレブンの店舗を遠くから見るとき、私たちは文字より先に「あの配色の帯」で気づきます。トンボ鉛筆のMONO消しゴムも同じで、青・白・黒のストライプだけで「MONOだ」と分かる人は多いと思います。
では、その”色”そのものを、商標権で守れるのでしょうか。結論から言えば守れます。
ただし、ここからが重要で、「守れる」けれど「誰でも簡単に取れる」わけではありません。むしろ、制度開始から約10年が経った今、日本の運用は非常に慎重で、挑戦する企業が減少しているのが実態です。
この記事では、色彩のみからなる商標(いわゆる色彩商標)の基本から、登録事例、効力範囲、そして「登録の限界=どこで壁にぶつかるのか」を、実務家の視点で深掘りしていきます。
1. 色彩のみの商標とは
(1-1) 「色だけ」が商標の”標章”になる瞬間
2015年4月1日施行の商標法改正により、「色彩」それ自体が、商標を構成する要素(標章)として明記されました。改正前は、色は「文字や図形などに付随するもの」としての扱いが強く、色だけで商標登録する道は基本的に閉ざされていたのです。
改正後は、文字・図形・記号・立体形状と並んで、色彩が”同列”に置かれました。形式的には、これで「色だけでも商標になり得る」制度の扉が開きました。
ただし、ここで誤解が生まれる余地があります。扉が開いた=誰でも入れる、ではありません。
色は本来、デザインや表現の自由に直結する”共有財産”に近いものです。特許庁も裁判所も、色の独占には非常に強い警戒心を持っています。
(1-2) 「色彩のみ」商標と他の”新しいタイプの商標”との関係
2015年の改正は色だけの話ではなく、いわゆる非伝統的商標(新しいタイプの商標)として、音・動き・ホログラム・位置なども保護対象に加わりました。制度導入の背景には、国際的なブランド保護の潮流に加えて、TPP交渉など国際調和の要請が絡んだ点も見逃せません。
2. 色彩のみの商標の登録事例
「色だけの商標」と聞くと、単色(たとえば”赤”だけ)を思い浮かべる方が多いのですが、日本で現実に登録されて”強い”のは、ほとんどが複数色の組み合わせや、実質的に”配置や文脈”まで含めて識別されているタイプです。
(2-1) トンボ鉛筆「MONO消しゴム」の色彩(登録第5930334号)
トンボ鉛筆のMONOは、色彩商標の代名詞的存在です。
出願人はトンボ鉛筆、色だけの商標として青・白・黒の三本ストライプが登録されています。出願日は2015年4月1日、出願番号は商願2015-29914、指定商品は消しゴムです。
この事例が象徴的なのは、「長年の一貫使用」に加えて、”文字なし”でも色だけで認識されることを示す工夫が行われた点です。色彩商標の勝負は、ほぼ例外なく「使用による識別力(いわゆるセカンダリー・ミーニング)」の立証で決まります。その意味で、MONOは”勝ち筋”が非常に分かりやすい成功例です。
(2-2) セブン-イレブンの看板ストライプ(登録第5933289号)
もう一つの象徴が、セブン-イレブンの帯です。
出願人はセブン-イレブン・ジャパン、色だけの商標として白・オレンジ・白・緑・白・赤・白の七本ストライプが登録されています。出願日は2015年4月1日、出願番号は商願2015-30037、指定役務は飲食料品の小売等です。
「看板に文字がなくても、あの配色で店だと分かる」——この状態まで行くと、色は”装飾”ではなく、出所を示す表示になります。全国規模で接触回数が桁違いに多いこと(店舗・制服・配送車両等での一貫使用)も、識別力の根拠として非常に有力です。
(2-3) UCC上島珈琲「UCCミルクコーヒー」(登録第6201646号/2019年11月29日登録)
制度導入後の成功例として、UCCの缶コーヒーも重要です。
商標の構成は茶・白・赤の3色の組み合わせで、登録日は2019年11月29日です。注目すべきは、1969年発売以来、約50年にわたる継続使用という実績です。
“半世紀の一貫性”は、色彩商標の世界では非常に強力な証拠となります。色彩商標は「広告を打った」だけでは足りず、長期間・広範囲・一貫した態様で、消費者の記憶に焼き付いて初めて、ようやく土俵に立てます。
3. 色彩のみの商標権の効力範囲
(3-1) “色の独占”ではない。指定商品・役務との関係がすべて
誤解されがちですが、色彩商標が登録されても、社会にある同じ色が全面的に使えなくなるわけではありません。商標権の効力は、指定商品・指定役務およびそれに類似する範囲に及びます。
たとえば、MONOの例なら「消しゴム(やその周辺商品)」という文脈が中心です。セブン-イレブンなら「飲食料品の小売等」という役務の文脈です。業務領域が離れていれば、同じ配色を使っても商標侵害にならない場面は十分あり得ます。
ただし逆に言うと、同じ領域で、同じ”文脈(見せ方)”で使えば危険度が跳ね上がるのが色彩商標です。文字やロゴを変えても、色の印象が同じなら「出所の混同」が起きやすい。これが色彩商標の怖さでもあります。
(3-2) 色味を少し変える/帯の幅を変えると逃げ切れるか
実務で多い質問ですが、結論はシンプルで、”少し変えたからOK”とはなりません。商標権は、登録商標そのものだけでなく、「類似」もカバーします。色は人間の知覚に依存するため、色差がわずかなら、取引の現場では同じ印象として受け取られがちです。
また、帯幅や比率の変更も同様です。色彩商標は「全体の印象」で評価される場面が多く、”微調整”は逃げ道になりにくいのが実情です。むしろ、微調整ほど紛争を呼びます。
(3-3) ストライプの順番を入れ替えたら
順番の入れ替えは、確かに印象を変える可能性があります。国旗が分かりやすい例で、配色が同じでも順序が違えば別物になることもあります。
ただし、商標の世界では最終的に「需要者が混同するか」が軸です。順番を入れ替えても、見た人が「やっぱりあのブランドだ」と思うレベルなら、侵害判断のリスクは残ります。
4. 誰でも色彩の保護が認められるのか
(4-1) 色彩だけの商標は、原則として”登録が難しい”
色彩商標における最大の壁は、自他商品・役務識別力(識別力)です。特許庁の運用では、色彩のみからなる商標は原則として「識別力がない」と扱われやすく、商標法3条1項(特に「ありふれた標章」等)で拒絶されるのが基本ルートです。
なぜそこまで厳しいのか。理由は2つあります。
1つ目は、色が本質的に”公共財”に近いことです。いわゆる色彩枯渇論と呼ばれる考え方です。限られた色の選択肢を、先に誰かが独占し始めると、後発企業の表現の自由・競争の自由が狭まっていきます。
2つ目は、色がしばしば「品質・機能・イメージ」を表す記号として使われることです。たとえば抹茶商品なら緑、危険表示なら赤、清潔感なら白……こうした色は「説明」になりやすく、出所表示としては弱いのです。
(4-2) “有名なら通る”ではなく、”色だけで分かる”まで到達しているか
色彩商標が登録される王道は、商標法3条2項の使用による識別力(セカンダリー・ミーニング)の立証です。ここで特許庁が総合考慮するとされる要素は、概ね次のような方向性です。
長期間の継続使用(「数年」では足りないことが多い)、全国規模での周知(地域限定だと弱い)、広告宣伝の量と質(特に”色”を強調しているか)、市場シェア(トップクラスか、それに準ずる地位か)、競合が同系色を使っていないか(独占状態に近いか)、認知度調査(設計の精度が問われ、審査も厳しい)といった点です。
そして、制度の”体感難易度”を示す象徴的データがあります。制度開始直後は「とりあえず出願」が殺到した一方で、2023年の出願件数は11件まで減少したとされています。企業側が”難しさ”を学習し、勝算のない出願をやめた結果です。
5. なぜ色彩を商標で守るのか
(5-1) ブランド保護の強化。”ロゴを変えて逃げる模倣”を止めたい
色彩商標がない時代は、極端に言えば「色をそっくり真似して、文字やロゴだけ変えれば逃げられる」余地がありました。
しかし、現実の購買行動は”ぱっと見”です。棚前の数秒で勝負がつく世界では、色がブランドの識別子になっています。色が真似されると、ブランドへのただ乗り(フリーライド)や、イメージ毀損が起きやすいのです。そのため色彩も守る必要が出てきたわけです。
(5-2) 国際水準との整合——制度導入の背景には国際調和もある
海外では色彩商標が一定条件で認められてきた歴史があり、日本だけが保護しない状態だと、日本企業の国際展開で不利益が生じ得ます。2015年改正が、国際的な非伝統的商標保護の流れやTPP交渉などと連動して進んだ点は、制度の性格を理解するうえで重要です。
6. 色彩のみの商標権の制限
(6-1) 以前から使っていた人はどうなる——混乱回避のための”逃げ道”
色彩商標が認められたことで、「昨日まで自由に使っていた色が、明日から突然使えなくなる」では社会が混乱します。そのため、一定の要件のもと、不正の目的なく先に使用していた人の継続使用が問題になり得る(いわゆる先使用・継続使用の整理が必要になる)という実務的論点が生じます。
ここは個別事情で結論が大きく変わるため、実際に紛争が見えたら、早い段階で専門家に相談して、証拠の確保(いつから、どの範囲で、どの態様で使っていたか)を進めるのが安全です。
(6-2) 「色を独占できる」と思った瞬間に落とし穴。公益性(独占適応性)の壁
仮に登録があったとしても、色彩商標は公益性の観点(独占適応性)で制限されることがあります。
典型が、機能的・安全上必要な色です。たとえば工事現場で視認性を確保するためのオレンジなどは、多くの事業者が正当な理由で使います。これを一社に独占させると、他社の安全対策や競争を不当に縛ることになるため、拒絶されやすいです。
さらに象徴的なのが、クリスチャン・ルブタンの”レッドソール”をめぐる判断です。
世界的ブランドであっても、日本では「赤い靴底」が他社にも使われていた事実や、市場の捉え方などから、独占を正当化するほどの周知性が認められず、登録が否定されたと整理されています。この事例は、「有名だから勝てる」ではなく、”その色を独占させても競争を壊さない”レベルまで、証拠で示せるかが問われることを突きつけます。
7. まとめ——色彩商標は「狙う価値はある。でも、取り方を間違えると難しい」
色だけに商標権が得られると、確かに応用範囲は広いです。
パッケージ、店舗外観、ユニフォーム、配送車両、アプリ画面……ブランド接点のあらゆるところに効いてきます。一方で、色はみんなが使う資源でもあるため、制度は「強く守る」代わりに「強く絞る」方向へ運用が固まりました。結果として、制度開始直後の熱狂は消え、今は”勝算のある案件だけが挑む世界”になっています。
実務家として、色彩商標を狙う企業にまず伝えるのは次の一点です。「出願書類を作る前に、証拠づくりを始めてください」。
色を前面に出した広告、長期の一貫使用、全国的な使用実態、競合との差別化、そして認知度調査。これらを”後から”集めるのはしんどい。最初から「色がブランドだ」と言い切る設計で積み上げるのが、色彩商標の王道です。
そして、もし商標登録が難しい局面なら、代替ルート(不正競争防止法による保護の可能性など)も含めて、守り方を設計することが現実的です。
※特許庁で日本で初めて色彩のみの商標が審査を通過した当時の私のコメントは、2017年3月2日のフジテレビ「直撃LIVE グッディ!」で放送されました。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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