国旗を毀損してもよいのか。商標実務から見える信用という法益

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国家の象徴たる国旗は、物理的には一枚の布にすぎません。けれど実務家の目で見れば、そこに結びついているのは「記号(シンボル)」としての信用です。商標が企業の信用を束ね、市場での信頼を可視化するのと同じように、国旗は国家の信用と代表性を束ねる最上位のブランド・アセットとなっています。その価値は、布地や染料の価格では測れません。

外交儀礼においても、破損・汚損した国旗の掲揚は慎むとされます。これは象徴の物理的完全性が、国の威信と相手国への敬意を担保するからです。国旗を破る行為は、布を損壊しているのではなく、その布に結びついた信用を傷つけていると捉えることができます。

1. 商標実務の視点:モノではなく「信用」を守る

商標の保護法益は、商品・役務の出所識別、品質保証、広告機能の背後にある信用です。ビジネスの世界では、ロゴを毀損する行為は布や金属片の損壊ではなく、ブランド価値の希釈化(dilution)や汚染(tarnishment)として捉えられます。

日本の商標法は、国旗や菊花紋章等と同一・類似の商標を登録させない(4条1項1号)という、象徴の尊厳を守るための入口規制を置いています。審査実務でも、国旗等と紛らわしい標章は公益保護の観点から拒絶されます。言い換えれば、信用を傷つけるおそれのある使い方は、商標段階で止めるという発想です。

このロジックを国旗にも当てはめれば、「国旗は国家の信用を帯びた記号」であり、信用毀損を防ぐ制度設計を検討することは不自然ではありません。商標と国旗は、いずれも信用を可視化する記号であるという点で共通しています。

通貨の例:素材ではなく制度価値を守る

「ただの金属・紙だから傷つけてもよい」という論理は、通貨には通用しません。貨幣損傷等取締法は、貨幣の損傷や鋳つぶしを禁じています。これは通貨の価値の本体が素材ではなく制度と信用にあるからです。

紙幣を破いても、硬貨を削っても、その行為自体が社会に与える物理的損害は限定的です。しかし法は、通貨制度全体の信用を守るために、個々の通貨の物理的完全性を保護しています。象徴の物理的完全性が社会の取引秩序を下支えするという発想は、国旗にも重なります。

2. 現行法の姿:外国旗は保護、自国旗は器物損壊でしか捉えにくい

日本の刑法は、外国の国旗や国章の損壊を「外国に対する侮辱目的」で処罰します(刑法92条)。しかもこの罪は、当該外国政府の請求がなければ起訴できないと定められており、外交上の枠組みで運用されます。法定刑は「2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金」です。

一方、自国の国旗については、他人の所有する旗を壊せば器物損壊罪(刑法261条)で処罰されるにとどまり、象徴そのものの信用毀損を直接とらえる仕組みは見当たりません。器物損壊罪は物の損壊に着目するため、侮辱目的での公然たる毀損といった象徴価値を踏まえた要件設計とは別次元の規定となっています。

なお、刑罰体系は令和7年(2025年)6月から「懲役・禁錮」が廃止され「拘禁刑」に一本化されています。

この非対称な状況をどう捉えるべきでしょうか。外国旗は象徴価値の保護という観点で規定が設けられているのに対し、自国旗は物の損壊としてしか扱われていない現状は、商標実務の観点から見ると整合性に欠けると感じられます。

3. 表現の自由との調和:最小限・明確の原則で

ここで問われるのが表現の自由(憲法21条)との関係です。私が提案するのは、米国型の全面自由でも、広すぎる犯罪化でもなく、最小限・明確なモデルです。

米国では、旗焼却は象徴的言論として保護されるとの最高裁判例(Texas v. Johnson、United States v. Eichman)が確立しています。各国の立法哲学は分かれますが、日本が採るべきは、萎縮効果を最小化しつつ象徴の信用を守るという、中庸の設計だと考えます。

国旗への敬意を求める規定を設けるとしても、表現の自由を不当に制約しないよう、要件は明確かつ限定的であるべきです。広範で曖昧な規制は、政治的表現や批判的言論を萎縮させるリスクがあります。

4. 立法デザイン私案:掲揚中×侮辱目的×公然性に限定する

商標実務における信用保護の発想を国旗に転写すると、次の3点に収れんします。

場面の限定

公的施設・式典等で掲揚中の日本国旗に対象を絞ります。私有の旗や、掲揚されていない状態の旗まで広く保護する必要はありません。

主観の限定

侮辱の目的を要件とし、単なる事故・過失・保守のための処分は除外します。老朽化した国旗を適正に処分する行為まで犯罪化するのは不合理です。

行為の限定

損壊・汚損・焼却等を限定列挙し、公然性を要件化します。何が処罰対象かを明確にすることで、予測可能性を確保します。

この三層のフィルターを通さない限り処罰しない設計なら、意見表明全般や学術・報道の再現行為に不必要な萎縮を与えません。外国旗を守る刑法92条との均衡も取りやすく、条文技術的にも整理が利きます。

5. 条文イメージ(ミニマム案)

(日本国旗損壊等)

  • 第X条 侮辱の目的で公然と日本国の国旗を損壊し、汚損し、又は焼却した者は、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金に処する。
  • 2 前項は、適正な掲揚・降納・廃棄その他正当な理由がある行為には適用しない。
  • 3 公的施設・式典等において掲揚中の国旗について前各項の行為をしたときは、刑を加重することができる。

ポイントは、明確な要件(侮辱目的・公然性・限定列挙)、正当理由の明記、影響の大きい場面の加重です。商標の不登録事由や通貨損傷の考え方と同じく、信用を守るためのピンポイント規制に徹することが肝要です。

6. 想定される反論と、実務家の答え

「表現の自由を侵すのではないか」という反論があります。しかし、侮辱目的×公然性×掲揚中という狭いゲートで、政治的意見の表明一般を広く触れない設計にしています。報道・学術・教育上の再現、老朽化した旗の適正処分など正当事由を条文上で明確化することで、萎縮効果を最小化します。

「被害者がいない布の話だ」という指摘もあるでしょう。しかし被害は社会的信用(象徴価値)に発生します。外交儀礼が破損旗の掲揚を避けるのは、象徴の物理的完全性が信用の可視化だからです。貨幣規制も同じ発想に基づいています。

「器物損壊罪で足りる」という見解もあります。しかし器物損壊は所有物の破壊にフォーカスしますが、象徴の侮辱という社会的侵害(信用毀損)は別の位相です。ここを限定的に独立評価する意義があります。

7. まとめ:ビジネスと国家の信用は、同じロジックで守れる

商標実務は物ではなく信用を守る法です。国旗もまた、国家の信用を束ねる記号となっています。だからこそ、過不足ない最小限の規制で、特定の場面に限りその信用を保全する考え方が成り立ちます。

外国旗を守る規定(刑法92条)との均衡を取りつつ、商標・通貨で確立された信用保護の考え方を国家の象徴に適用する。これが、過剰な刑事規制に踏み込まず、同時に公共的信用を守る現実解です。

国旗は国家の商標です。守る相手は布ではなく、その布に結びついた信用なのです。

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

参考資料

  • 外交儀礼における国旗の取扱い(外務省)
  • 刑法92条(外国国章損壊等)と第2項の「外国政府の請求」要件(e-Gov/法令外国語訳DB)
  • 刑法261条(器物損壊等)※法定刑は拘禁刑表記に移行済み
  • 拘禁刑の創設(法務省|令和7年6月施行)
  • 貨幣損傷等取締法(e-Gov)
  • 商標法4条1項1号・審査基準(特許庁)
  • 米国最高裁:Texas v. Johnson(1989)、United States v. Eichman(1990)

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