商標のおむつ分野でも商標願書に記載漏れ事例が多数発生か?

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1. はじめに:同じ料金で取れたはずの権利を見逃していませんか

最近、商標登録の実務において気になる傾向が見られます。

本来であれば同一料金でまとめて取得できるはずの権利範囲が、あえて狭く申請されているケースが、幅広い分野で増加しているのです。

追加料金が発生するのであれば、コストとの兼ね合いで権利範囲を絞る判断は理解できます。

しかし、2020年を境に、同一料金で一括して権利取得できていたにもかかわらず、申請範囲を狭めたように見える出願が目立つようになっています。

その中でも今回取り上げるのは「おむつ」の分野です。「この分野でも権利申請の記載漏れが増えているのではないか」という仮説をもとに調査を行ったところ、予想どおりの結果が数字として現れました。

本コラムでは、おむつ分野の商標願書における記載漏れの疑いと、その背景にある構造的な問題、そして依頼者が自分自身を守るために確認すべきポイントについて、専門家の視点からお伝えします。

2. おむつ分野で起きている「権利取りこぼし」の疑い

(1)おむつは人間用だけではありません

まず理解しておきたいのは、おむつが人間の赤ちゃん用だけを指すものではないという点です。

実務上、人間用のおむつとペット(犬や猫などの愛玩動物)用のおむつが、同じ類似範囲に含まれるケースがあります。願書に両方を記載しておけば、追加料金なしで同一料金にて権利を取得できる状況が存在するのです。

「人間用のおむつだけ指定」するのではなく、「人間用と動物用のおむつをまとめて指定」しておけば、将来ペット用おむつにも事業を展開したくなったときに、改めて費用をかけて出願し直す必要がなくなります。

ところが現実には、この「動物用おむつ」の指定が抜けている出願が、直近で急増しています。

(2)動物用おむつの記載を忘れた場合の影響

重要になるのが、特許庁の運用です。出願後に、指定商品・役務の実質的な拡張は認められていません。

具体的には、願書提出時に人間用のおむつだけを記載していた場合、後から「やはり動物用のおむつも追加したい」と考えても、同じ出願に動物用おむつを書き足すことは認められません。

取りうる方法はただ一つ、人間用とは別に、動物用おむつについて新たに出願をやり直すことです。

うっかり記載するミスをしたら、もう一度同程度の費用を支払う必要があります。

本来であれば、1回の手続きと1回分の料金で、人間用・動物用どちらのおむつについても商標権を確保できたはずです。

最初の願書で「動物用」を記載しなかったために、後から2倍のコストが必要になる。このような状況が、現在各所で静かに起きている可能性があります。

さらに問題なのは、人間用おむつの商標権だけでは、他者の「動物用おむつ」に対して権利行使できないケースが多いことです。

「同じおむつなのだから、自社の商標権で止められるはず」と考えていても、実務上はそう単純ではないという落とし穴があります。

(3)数字が示す「動物用おむつ抜け」商標の急増

実際にどの程度「動物用おむつ」が抜けている商標があるのでしょうか。

2019年以降に登録され、現時点で存続している商標のうち、人間用のおむつは指定されているが、犬や猫などの動物用おむつは指定されていないケースの件数を年ごとに集計したところ、以下のような推移となっています。

Fig. 1 人間用のおむつが権利範囲にあり、動物用のおむつの権利が抜けている商標権の各年度の登録数の推移

人間用のおむつが権利範囲にあり、動物用のおむつの権利が抜けている商標権の各年度の登録数の推
  • 2019年:1,629件
  • 2020年:3,239件
  • 2021年:4,555件
  • 2022年:4,164件
  • 2023年:3,295件
  • 2024年:3,260件

特に2020年以降、「動物用おむつが権利範囲から抜けている商標」が急激に増加していることが分かります。

人間用おむつを指定する際に、追加料金なしで動物用も一緒に押さえられることは、専門家にとっては基本的な知識です。

それにもかかわらず、わずか数年でこれほど多くの疑義のある事例が増えているのは、率直に言って不自然な現象です。

単なる知識不足や確認不足なのか、ひな形をそのまま使って機械的に出願しているだけなのか、あるいは何か別の意図があるのか。

いずれにしても、権利者側にとっては「知らないうちに損をしている」という構図になりかねません。

3. 「今使っていないから」は危険な判断基準

(1)出願後は権利を広げる方向への修正は認められない

商標の世界では、「後から広げる」ことは基本的にできません。

一度、特許庁に願書を提出すると、その出願について指定した商品・役務の範囲を後から実質的に広くし直すことは認められないというルールがあります。

変更できるのは、狭くする方向(削る方向)の補正だけです。「書き忘れたから追加したい」という修正は通用しません。

だからこそ、本来は現在行っている事業だけでなく、近い将来展開する可能性がある事業も含めて指定しておくことが重要になります。

(2)「将来使わなかったら罰則があるのでは」という誤解

ここでよくある誤解が、「まだ確定していない商品まで指定しておくと、将来使わなかったときにペナルティがあるのではないか」という心配です。

結論から言うと、正当な意思にもとづく「将来の予定」まで指定する分には、特許庁から罰則を受けることはありません。

出願時点で、本気でその分野でも展開する意思があったものの、その後の環境変化などで結局実施しなかった場合、それだけを理由として罰せられることはないと考えて問題ありません。

もちろん、登録から一定期間、実際に使用していない商品・役務については、「不使用取消審判」によってその部分だけ権利が消されるリスクはあります。これは制度上の健全な仕組みであり、「使用する意思もないのに権利だけ保持し続ける」ことを防ぐためのものです。

これは後から第三者が請求して初めて発動するものであり、特許庁が自ら罰を与える性質のものではありません。

本当に注意すべきなのは、審査官や審判官を欺くために虚偽の書類を提出するなど、明らかな欺罔行為を行った場合です。過去には偽造書類の提出で逮捕に至った例もあり、ここは絶対に踏み越えてはいけない一線です。

4. 人間用のおむつだけでは動物用おむつは守れない

もう一つ理解しておきたいポイントがあります。

人間用おむつを指定して商標登録しても、自動的に「動物用おむつ」まで権利が及ぶわけではないという事実です。

商標の指定商品は、実務上かなり区切られます。「おむつ」のように外見が似ていても、使用対象(人か動物か)や用途、取引の実情によって、別の商品として扱われることは珍しくありません。

おむつの分野は、原材料や生産ラインを共有しやすく、事業の横展開が行いやすい分野です。

最初は「自社は人間用だけで十分」と思っていても、後になってライバル企業がペット用おむつを立ち上げ、自社と同じブランド名で商標権を取得し、市場で先行して収益を上げているという状況を目の当たりにしたとき、冷静でいられるでしょうか。

しかし、その時点で自社の商標権が人間用おむつにしか及んでいなければ、動物用おむつでのブランド使用を止めさせることは困難です。

「今この権利を取らないと将来どう困る可能性があるのか」「今まとめて取っておけば追加費用なしで守れる範囲はどこまでか」を、出願前にきちんと検討しておく必要があります。

5. 多重下請け問題と商標出願の「ひな形化」

(1)プログラミング業界の「ソースコード無断公開」事件から見える構造

少し異なる業界の話をします。

2021年頃、大手企業のソースコードが外部に無断で公開されていたというニュースが報道されました。

詳細はさておき、元請けから下請け、孫請け、さらにその先へと仕事が流れる中で、現場で実際に作業している人が守らなければならないルールや契約の重みを十分に理解していなかった、あるいは守るモチベーションを失っていたという、多重下請け構造の問題が浮き彫りになった事件でした。

重要なソースコードを扱うエンジニアが、「どこまでが自分の責任範囲か」「何を外部に出してはいけないか」を把握していなかったとすれば、それは本人だけでなく構造の問題とも言えます。

(2)商標業界にも同様の構造が入り込んでいないか

これを商標業界に置き換えるとどうなるでしょうか。

表向きは「専門家に依頼している」つもりでも、実際にはその先の下請け・孫請けへと回され、最終的に願書の内容を決めているのは商標実務を十分に理解していない担当者だったとしたらどうでしょう。

その担当者に悪意はなくても、「広告で大量に顧客を増やして、ひな形を流用してとにかく数をこなす」という仕事の進め方になっていれば、本来なら同じ料金で取れたはずの権利を指定しないまま出願する、その結果として権利者にとって「虫食い状態」の商標権が大量に生まれる、という状況は十分に起こりえます。

実際、先述の数字のとおり、おむつ分野だけでたった1年の間に「権利取りこぼし」が疑われる登録例が、たった1年で、1,500件以上増えています。

通常、商標権者が事情をきちんと理解していれば、わざわざ価値を下げるような形で権利を取得することは考えにくいはずです。

虫食い状態の商標権は、将来売却やライセンスを検討した際に評価額が下がる要因となりうるからです。

6. あえて権利範囲を狭くしていないかという懸念

商標の専門家であれば、「人間用おむつだけ指定しても、後から動物用おむつをその出願に追加することはできない」というルールは当然知っています。

にもかかわらず、動物用おむつをあえて指定していない案件が急増している状況を見ると、次のような仮説が頭をよぎります。

1回の出願で「人間用と動物用」をまとめて指定すると、顧客からの報酬は1回分となります。

最初はあえて人間用だけに絞っておけば、後から「動物用でも出願しましょう」と提案でき、結果的に2回分、3回分と報酬を得られる可能性があります。

もちろん、すべての事例がそうだと断定するつもりはありません。多くの専門家は依頼者の利益を第一に考えて業務を行っています。

もし一部にでもこのような行為が存在するとすれば、権利者は知らないうちに必要な権利を取り逃し、取得していない部分について第三者に商標権を押さえられ、将来の事業展開が制約されるという深刻な商標トラブルの原因となります。

依頼者側にも「自分の身は自分で守る」ための最低限の確認が必要なのです。

7. 依頼者が今すぐ実践できる自己防衛策

最後に、商標登録を専門家に依頼する側として、押さえておいていただきたいポイントをお伝えします。

出願前の打ち合わせでは、少なくとも以下の観点から、納得がいくまで質問してください。

同じ料金で指定できる範囲はどこまでか

「人間用おむつを指定するなら、ペット用おむつも追加料金なしで押さえられますか」と具体的に聞いてみてください。

なぜ今回の願書にその商品・役務が入っていないのか

希望する権利範囲を伝えたのに願書案から抜けているものがあれば、「なぜ外しているのか」を必ず確認してください。

「とりあえず最低限にしておきましょう」という説明には、理由をセットで求めるべきです。

将来の展開を見据えた指定になっているか

「今は人間用おむつだけだが、将来ペット分野へ広げる可能性がある」と感じているなら、その意思を明確に伝えた上で、指定商品の組み立て方を相談してください。

こうしたやり取りを出願前にきちんと行っておくかどうかで、数年後、十数年後の選択肢は大きく変わります。

出願から何年も経って問題が表面化したときには、担当者はすでに退職している、下請け・孫請けとは連絡が取れない、そもそも誰が実務を担当していたのかも分からない、という事態に陥りがちです。

その時点では、「なぜこの権利範囲になっているのか」を検証することすら難しくなります。

8. まとめ:願書のチェックは「将来の事業保険」

商標登録は、フォームに沿って手軽に出願し、登録まで進めることも可能です。しかし、その手軽さの代償として、後で取り返しのつかない権利の穴が生じてしまうことがある点は注意が必要です。

特におむつのように、人間用と動物用の両方に展開しやすく、同じ料金で広く権利を押さえられる余地がある分野では、出願時のわずかな記載漏れが、将来の重大な機会損失につながりかねません。

商標専門家としては本来、「依頼者が損をしないように、取りこぼしのない権利範囲を提案する」ことが当然の責務です。

しかし、現実にはそうなっていない可能性が数字として現れつつあります。

商標権者・出願人となる皆さま自身が、出願前の願書をしっかり読み込み、疑問点を遠慮なく質問することを強くお勧めします。

今この権利を取らなかったら将来どのようなリスクがあるのか。同じ料金でどこまで守れるのか。なぜこの商品・役務をあえて外しているのか。

この3点を確認するだけでも、「気づいたら権利が虫食い状態だった」という最悪の事態はかなり防げます。

おむつ分野で起きている記載漏れの疑いは、決して他人事ではありません。皆さまのブランドの願書も、今一度、同じ視点でチェックしてみてください。

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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