上野動物園で生まれたジャイアントパンダの名前には、多くの人々の思いが込められています。その名前が商標登録によって保護されることで、パンダたちのブランド価値が守られ、適切な商品化や管理が可能になりました。
本記事では、上野動物園のパンダたちの命名プロセスと、商標登録による保護の仕組みについて、商標法の観点から解説します。
1. パンダの命名プロセスと商標権
シャンシャン誕生と名前公募の経緯
2017年6月12日、上野動物園で5年ぶりとなるジャイアントパンダの赤ちゃんが誕生しました。父親のリーリー(力力)と母親のシンシン(真真)の間に生まれたこの赤ちゃんは、誕生から2日後の測定で体長14.3センチ、体重147グラムという小さな命でした。
2012年に生まれた赤ちゃんが生後6日で肺炎により急死したこともあり、飼育員たちは24時間体制で保育を続けました。
生後10日で性別がメスと判明し、2週間後にはパンダ特有の白黒模様がはっきりしてきました。生後1カ月を過ぎると体重は1キロを超え、中国の専門家から「平均よりもやや上の成長」との評価を受けるまでになりました。
上野動物園は7月下旬から2週間にわたって赤ちゃんパンダの名前を公募しました。
5年ぶりの誕生ということもあり、過去最多となる32万2,581件の応募が寄せられました。選考委員会は応募数上位100点から既存の名前と重複するものを除外し、日本パンダ保護協会名誉会長の黒柳徹子さんを含む6人の選考委員による投票で最終候補8つに絞り込まれます。
この段階で候補名は公表されませんでした。その理由は「名前が公表されると第三者に先に商標登録される恐れがある」というものでした。この判断は、商標法における先願主義の原則を踏まえた適切な対応といえます。
最終的に、中国との協議を経て、東京都が「シャンシャン(香香)」を正式名称として決定し、9月25日に小池百合子都知事から発表されました。9月下旬の決定は、中国の慣習である「パンダの赤ちゃんは生後100日を無事に過ごせば元気に育つ」という考えに基づいたものです。
なお、最終候補8つの中で「シャンシャン」は最多の5,161件の応募がありました。その他の候補として、レンレン(4,454件)、ヨウヨウ(2,886件)、マオマオ(1,709件)、シンリー(1,492件)、ルールー(955件)、シュウシュウ(825件)、リーシン(455件)がありました。
双子のパンダ誕生と命名
2021年6月23日、上野動物園で再び喜ばしい出来事がありました。リーリーとシンシンの間に双子のジャイアントパンダが誕生したのです。オスとメスの双子で、こちらも一般公募により名前が決定されました。
約19万件の応募があり、オス・メスそれぞれ上位150点がリストアップされました。ジャイアントパンダ名前候補選考委員会は、国内外のパンダと同じ名前やキャラクター名などを除いて審議を行いました。
選考委員会で高い評価を得た「シャオシャオ」と「レイレイ」について、中国側との確認を経て、2021年10月8日に東京都が正式決定しました。
シャオシャオ(暁暁)には「夜明けの光が差し、明るくなっていく」という意味が、レイレイ(蕾蕾)には「蕾が美しい花を咲かせ、未来へつながっていく」という意味が込められています。
2. ジャイアントパンダの商標登録戦略
親パンダの商標登録
リーリーとシンシンは2005年に中国の臥龍保護センターで生まれ、2011年2月に中国から初めてのレンタル方式で上野動物園にやってきました。リーリーは食欲旺盛で大らかな性格、シンシンは怖いもの知らずで天真爛漫な性格として親しまれています。
両パンダは来日した2011年に速やかに商標登録されました。
リーリー 力力(商標登録第5436983号)
シンシン 真真(商標登録第5436984号)
リーリー&シンシン(商標登録第5434272号)
個別の名前だけでなく、「リーリー&シンシン」というペアでの商標登録も行われている点が特徴的です。これは商品化の際の使用形態を想定した戦略的な出願といえます。
子パンダたちの商標登録
子パンダたちも同様に商標登録で保護されています。
シャンシャンについては以下の登録があります。
シャンシャン(商標登録第6045074号)
香香(商標登録第6045075号)
シャンシャン(商標登録第6048409号)
双子のパンダについても以下の登録があります。
シャオシャオ(商標登録第6568197号)
暁暁(商標登録第6568198号)
レイレイ(商標登録第6568199号)
蕾蕾(商標登録第6568200号)
カタカナ表記と漢字表記の両方で商標登録されているのは、商品化の際の表記バリエーションに対応するためです。これにより、無断使用から包括的に保護することが可能になります。
商標登録の意義と効果
パンダの名前を商標登録することには、以下のような意義があります。
第一に、商品化権の管理が挙げられます。ぬいぐるみ、文房具、お菓子など、パンダの名前や画像を使用した商品は多数販売されています。商標登録により、これらの商品化を適切に管理し、品質を保証することができます。
第二に、経済的価値の保護があります。パンダは動物園の集客に大きく貢献する存在であり、その名前には高い経済的価値があります。商標登録により、この価値を保護し、適切な収益化を図ることができます。
第三に、ブランド価値の維持があります。無断使用や不適切な使用を防ぐことで、パンダのイメージやブランド価値を守ることができます。
第四に、中国との協力関係の観点も重要です。パンダは中国からのレンタルであり、商標権の管理においても中国側との協議が必要です。適切な商標管理は、両国の友好関係維持にも貢献しています。

3. まとめ
上野動物園のジャイアントパンダたちの名前は、多くの人々の思いが込められた大切な財産です。商標登録による保護は、単なる法的手続きではなく、パンダたちを愛する人々の思いを守り、適切な商品化や管理を可能にする重要な仕組みです。
パンダの中国返還により会える機会が限られる中、商標登録された名前は、私たちとパンダをつなぐ大切な絆として残り続けます。今後も新たなパンダが誕生した際には、同様の手続きにより、その名前と価値が守られていくことでしょう。
商標法の観点から見ると、パンダの命名と商標登録は、知的財産権の活用による文化的・経済的価値の保護の好例といえます。動物園という公共施設において、適切な知的財産管理が行われていることは、他の施設にとっても参考になる事例です。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247