(1)勝手に私立大学が京都芸術大学を名乗ることができるのか
文部科学省への名称変更届けは受理されたと報道されているが
大学を運営する学校法人瓜生山学園の「京都造形芸術大学」が、大学名を来年度から「京都芸術大学」への名称変更を文部科学省に申請し、受理されたことが報道されています。
この名称変更に京都市立芸術大学側は反発、「京都芸術大学」への名称変更を止めるよう主張しています。
文部科学省に名称変更届けは受理されていますが、届け出の内容に問題がなければこのままでは正式に「京都芸術大学」との名称の大学が生じることになります。文部科学省が認可すれば打つ手はないのでしょうか。
(2)京都市立芸術大学側の対向措置は?
「京都造形芸術大学」から「京都芸術大学」へ名前を変更する手続に問題がなく、すんなり文部科学省に認められれば変更が完了するか、というとそうではありません。
誰も異論を唱える人が存在せず、管轄省庁の認可手続きに問題がなければ大学の名称変更は可能です。
これまで表だって問題が生じてきていない理由は、事前に根回しが行われてきたからとか、誰も文句がいえないほどの大学名の使用実績があるから等の事情によります。
今回のケースでは、京都市立芸術大学側が異論を唱えていることから、京都市立芸術大学側が納得するような事前の根回しが完了していないことが推察できます。
また、誰も文句がいえないほど「京都芸術大学」の大学名の使用実績があるとはいえません。まさにこれから「京都芸術大学」の大学名の使用がされようとしているからです。
管轄省庁が承認すれば、「京都芸術大学」への名称変更を止める手段はないのでしょうか。
商標法による「京都芸術大学」の使用の差止
実務上は、関連する法律が大きく二つあります。一つは商標法で、残る一つは不正競争防止法です。最初に商標法の関係を見てみます。
商標「京都市立芸術大学」(公立大学側)
- 現在のステータス:出願審査中
- 出願番号:商願2019-102177
- 出願日:2019年7月11日
- 権利範囲:第41類の大学における教授等
商標「京都芸大」(公立大学側)
- 現在のステータス:出願審査中
- 出願番号:商願2019-102177
- 出願日:2019年7月11日
- 権利範囲:第41類の大学における教授等
商標「京都芸術大学」(私立大学側)
- 現在のステータス:出願審査中
- 出願番号:商願2019-97747
- 出願日:2019年7月17日
- 権利範囲:第41類の大学における教授等
*注)同じ商標「京都芸術大学」を市立側は、私立に一日遅れで出願しています。
一日遅れの出願そのものだけでは、私立側の登録を防止することができません。
ですので、ここに記載の通り、市立側の対抗策は、上記の商標「京都市立芸術大学」等と不正競争防止法によるものがメインとなります。
上記の通り、公立側(京都市立芸術大学側)が先に出願を完了しています。
今年の7月に両者とも商標登録出願を完了しています。この時期に競合する出願がなされている、ということは何らかの水面下の交渉があったことが推察されます。
現在、特許庁の審査には11ヶ月前後かかっていますので、特許庁の審査結果が出るのは、通常審査なら、来年の6月前後になります。早期審査を申請すれば2ヶ月程度で特許庁から審査結果が返ってきます。
商標登録の審査はどのように推移すると予想されるか
条件により結果が複雑に分岐しますが、代表的なケースでは次の場合が想定されます。
商標「京都芸術大学」が商標「京都市立芸術大学」に似ている場合
商標「京都市立芸術大学」が審査を無事通過し登録された場合、商標「京都芸術大学」が商標「京都市立芸術大学」に似ていると特許庁の商標審査官が判断したケースでは、商標「京都芸術大学」は審査に合格できず、登録されないことになります。
この場合は、商標「京都芸術大学」を使用すれば、商標権侵害になる、という特許庁の判断が得られたのに等しいです。
実際には、商標権侵害になるかどうかの判断は裁判所で行われます。
ただ、商標「京都芸術大学」の使用が商標権侵害になるとの特許庁の判断に異議を唱えず、法的に確定させてしまうと、間接的に商標「京都芸術大学」の使用が商標権侵害になるとの事実を認めてしまったと他人から見られます。
このため商標「京都芸術大学」を使用すれば、商標権侵害になる、という特許庁の判断が出て商標「京都芸術大学」の出願が特許庁で拒絶されたなら、この判断を審判とか裁判とかの不服申立手続の中で覆さないと商標「京都芸術大学」を使用することは事実上できなくなります。
商標「京都市立芸術大学」が登録され、商標「京都芸術大学」が商標「京都市立芸術大学」に似ているとして審査に合格できなかった場合は、京都市立芸術大学は裁判で商標権侵害により京都造形芸術大学側を訴えれば、裁判に勝てる確率が高くなります。
この場合は、裁判で京都市立芸術大学の主張が認められると、商標「京都芸術大学」の使用は、差止請求によりできなくなります。
商標「京都芸術大学」が商標「京都市立芸術大学」に似ていない場合
特許庁で商標「京都芸術大学」が商標「京都市立芸術大学」に似ていないと判断されたなら、商標法上は、両者ともそれぞれの大学名を使えることになります。
商標「京都芸術大学」が一般名称の場合はどうか
商標「京都市立芸術大学」については、「市立」との言葉が入っていますので、京都市により設立された実績がないと特許庁での商標審査を突破できません。京都市とは関係のない業者がこのような商標について権利を得ると、あたかも京都市のお墨付きをもらっているとの誤認を生じさせるからです。
一方で、商標「京都芸術大学」の場合は別の問題があります。
「京都」も「芸術」も「大学」も、それぞれの表記については、大学関係者であれば、本来であれば自由に使うことのできる言葉です。
商標には、勝手に使ってはいけない私有地的なものと、誰もが使える公園のような共有地的なものがあります。
地名、学問の分野、学校の種類の表記のそれぞれは、本来は誰もが自由に使える言葉です。これらの集合体であっても、やはり誰もが使える言葉であることに変わりはありません。つまり、商標「京都芸術大学」は誰もが使える言葉の寄せ集めに過ぎず、本来は商標権を与えて一人に独占させるのがふさわしくない、との考え方も成り立ちます。
誰もが使える言葉に商標権を与えるのは妥当ではない、との観点から、通常は登録は認められないです。
反面、一般的な表記の寄せ集めであっても、これまでの使用実績により広く知られるほど有名になっている場合には、商標登録を認めましょう、という例外規定が商標法にあります。
実際、例えば「東京大学」とか「東京藝術大学」とかは非常に有名ですので、商標登録が認められています。
しかし、商標「京都芸術大学」については、未だ誰も使っていないので、商標登録が認められるほど有名になったとはいえないです。このため、商標「京都芸術大学」が審査に合格するのは難しいです。
ただし、誰もが自由に使える、ということは、逆にいうと商標権の制限を受けない、と考えることもできます。
このため、一般名称だから審査に合格できない点を逆手にとって、「誰もが自由に使える言葉だから商標登録されなかった。そもそも誰もが自由に使える言葉なんだから、京都市立芸術大学の商標権が存在したとしても、自由に使えるものを使うのに支障はないはず。」、との言い逃れができる結果になります。
不正競争防止法によりどのように推移すると予想されるか
京都市立芸術大学側は、商標「京都芸術大学」を使おうとしている京都造形芸術大学側を不正競争防止法違反で訴えることもできます。
不正競争防止法で訴えるためには、
- 商標「京都市立芸術大学」と商標「京都芸術大学」が似ていること
- 商標「京都市立芸術大学」が有名であること
- 商標「京都芸術大学」が使われると商標「京都市立芸術大学」と混同が生じること
等の条件を満たすことが必要です。
これらの条件が裁判所で認められると、差止請求が認められ、京都造形芸術大学側は「京都芸術大学」との商標を使うことができなくなります。
(3)商標「京都芸術大学」が登録された場合の影響は?
今回のケースでは、市立側が私立側よりも早く特許庁に対して商標登録出願の手続きを終えています。
このため、京都造形芸術大学側の商標「京都芸術大学」が、もし特許庁の商標審査に合格できたなら、商標「京都市立芸術大学」は審査に合格できます。
商標「京都芸術大学」が登録された場合ですが、この場合は商標「京都市立芸術大学」も審査に合格していますから(市立側には審査に合格できない理由がない)、両者はそれぞれの登録商標を自由に使うことができます。
一方が他方の商標権を侵害するような商標は審査に合格できないからです。
両方が特許庁の商標審査に合格した、というのであれば、両者は互いに商標権を侵害しない関係になるので、両方の商標権が並列して存在します。
仮に、京都造形芸術大学側の商標「京都芸術大学」の商標権に基づいて、商標「京都市立芸術大学」の差止請求を裁判所に求めたとしても、その訴えが認められることはないでしょう。
また、仮に京都造形芸術大学側の商標「京都芸術大学」が審査に合格した場合には、その特許庁の判断が間違っているとして、京都市立芸術大学側は特許庁に対して、異議申立や無効審判の措置をとることができます。
(4)まとめ
私の正直な感想は、「え、大学の名称を京都芸術大学に変えはる? はぁ、ええ度胸してはりますなぁ。」、といったところです。
ちなみに京都の方々は、こんなストレートな表現は使わないと思いますが。
私立大学側は、少子化傾向の問題もあるので、なりふり構っていられない、ということでしょうか。
また私の見立てでは、私立大学側の商標「京都芸術大学」は特許庁の商標審査を突破できない、と現時点ではみています。
私の解説は、2019年8月29日の日本テレビ「news every.」で放送されました。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
商標「京都芸術大学」(私立大学側)
現在のステータス:出願審査中
出願番号:商願2019-97747
出願日:2019年7月17日
とありますが、私の調べでは公立大学側は1日遅れで同じ商標を出願しています。他の(略称等)商標出願は7月11日に出しているのにです。これは何故こんな事になっているのでしょう?
出来レースということはないと思いますが、謎です。
この場合、私立大学側が先願なので勝てちゃうんでしょうか?
商標「京都芸術大学」(公立大学側)
出願番号:商願2019-104711
出願日:2019年7月18日
ご指摘の通り、もたもたしないで早く出しておけばよかったのに、の一言ですね。
公立大学側の一日遅れの出願そのものだけでは、私立大学側の商標登録をストップできません。
今後の流れとしては、公立大学側の他の先出し出願と、不正競争防止法との扱いがメインになります。
特許庁における私立大学出願の扱いですが、上記のブログに記載した通り、特許庁の商標審査官から、「地名と、学問名と、学校の種類の言葉はみんなが使う言葉。実績もないいちげんさんが、みんなが使う文字だけを連結してもあかんで(自他商品役務の識別力の欠如による違反、商標法第3条第1項)」「あんた、ええ度胸してますなぁ(公序良俗違反、商標法4条1項7号)」と言われるかな、と思います。
分かりました。 今後、裁判沙汰になったら見守っていきたいと思います。
所長弁理士の平野泰弘です。
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