索 引
1. 「京都芸術大学」名称・商標問題のアップデート(2019年版の全面改稿)
前回の2019年8月30日の記事では「私立大学が『京都芸術大学』を名乗れるのか」「公立側の対抗策はどうなるのか」を、当時入手できた材料から分析しました。
その後の推移はご承知の通りです。
2021年7月20日(火)、大阪高等裁判所で当事者間の和解が成立しました。
この和解を受けて、学校法人瓜生山学園の『京都芸術大学』は商標登録に至り、一方の公立大学法人京都市立芸術大学が出願していた『京都芸術大学』は取下げとなりました。
さらに、公立側は『京都芸大』『京都市立芸術大学』の各商標を登録し、大学名のブランドは実務上きれいに棲み分けられています。
商標実務の観点から、いま何が確定し、どこに留意すべきかを整理します。
2. 私立大学は「京都芸術大学」を名乗れるのか —— 結論:和解と登録で”名乗れる”状態が確定
当初は、文部科学省の名称変更手続が受理された段階で「本当に名乗れるのか?」という論点がありました。
行政上の名称変更の可否と、商標として他者に排他的に使わせない法的地位は別の問題だからです。
現在は、次の二点が確定しています。
和解の成立
まず、和解が成立しました。2021年7月20日に大阪高裁で、当事者間で紛争の終局的解決が図られました。これにより、今後の研究・教育・その他活動に専念する枠組みが合意されたことが公式に示されています。
商標登録の成立
次に、商標登録が成立しました。学校法人瓜生山学園による『京都芸術大学』は、区分41で登録第6490756号(出願:2019年7月17日、登録:2021年12月23日)として登録済みです。
この二点により、「名乗れるのか?」という2019年時点の不確実性は、和解と商標登録という二重の裏付けで解消されました。
行政手続が通っただけでは不十分という教科書的なポイントも、結果的に「行政(名称)と商標(権利)の両輪」が揃って初めて実務上の安定が得られることを示した好例になりました。
3. 京都市立芸術大学側の対向措置は? —— 対抗出願→差止訴訟→和解→ブランド棲み分け
2019年当時、公立側は「対抗出願」「差止請求」等、取り得るカードを複線的に切っていました。実際の着地点は以下の通りです。
和解の成立と出願の整理
公立側が出願していた『京都芸術大学』は取下げとなりました。商願2019-104711(区分41)および商願2020-110242(区分09・14・16ほか)は、いずれも終了・取下/放棄となっています。
一方、私立側の『京都芸術大学』は登録されました。登録6490756(区分41)として、出願2019年7月17日、登録2021年12月23日の経緯で確定しています。
公立側が確保した識別標識(ブランドの柱)
公立側は『京都芸大』を確保しました。登録6461620(区分41)は出願2019年7月11日から登録2021年10月26日に至り、登録6462320(区分09・14・16ほか)は出願2020年9月4日から登録2021年10月27日に至りました。
また、『京都市立芸術大学』も確保しています。登録6279312(区分41)は出願2019年7月11日から登録2020年8月12日に至り、登録6462319(区分09・14・16ほか)は出願2020年9月4日から登録2021年10月27日に至りました。
結論として、公立側は「京都市立芸術大学」および略称「京都芸大」を自らの中核ブランドとして堅固に確保し、私立側は「京都芸術大学」を自己の登録商標として確立しました。
この結果、出所の混同を避ける実務的な棲み分けが完成しています。
和解により係争リスクを低減し、審査・登録の整理で市場にわかりやすい標識を残した点は、教育機関のネーミング戦略として妥当です。
2019年に指摘した「商標法/不正競争防止法の二正面作戦」は、実務上は和解と権利の線引きとして結実しました。対抗出願は交渉の弾になり得るものの、最終解は混同しない標識の住み分けという王道に落ち着きました。
4. 登録後の実務影響 —— 何ができて、何ができないのか
1. 権利者・標識ごとの利用可能性
私立(瓜生山学園)は、『京都芸術大学』(登録6490756/41類)を教育サービス等について「商標として」使用できます。公立(京都市立芸術大学)は、『京都市立芸術大学』『京都芸大』をそれぞれの指定商品・役務で「商標として」使用できます。
ここで重要なのは、日本の商標権が保護するのは「商標としての使用」(出所表示)に限られる点です。
報道・解説・比較などの記述的・説明的な用法は原則として商標侵害を構成しません。ただし、出所混同を生じさせる使い方には配慮が必要です。
2. 互いの”越境”はどこまで許されるか
『京都芸術大学』を公立側が大学名・ブランドとして恒常的に使用することは、原則として許容されません。私立側の登録に抵触し得るためです。
逆に『京都市立芸術大学』『京都芸大』を私立側が自他商品等表示として使うことも許容されません。
一方で、比較広告・取材・受験情報等での事実記載は、「商標としての使用」にならない限り原則として問題ありません。
現場ではロゴ風表記・強調配置・反復表示が「商標的使用」と解されかねないので、表記ガイドラインの整備が肝要です。
3. 将来の拡張と更新
今回、公立側は略称(京都芸大)と正式名(京都市立芸術大学)を広い区分にわたって押さえたため、グッズ化・出版・デジタル配信等の周辺展開にも備えが効く設計です。
私立側も同様に、必要に応じて周辺区分の防衛的出願を検討しておくのが定石です。
5. まとめ —— 大学名は”公共語の集合”でもブランドになる
商標実務は常に個別具体的な需要者の認識と取引実情で評価され、全体としての一体性(大学名としての機能)が認められれば、地名+分野+組織名の構成であっても登録され得ることを、今回の事例が明確に示しました。
このケースからの実務的教訓は、次の三つに凝縮できます。
名称保護が複数ある点に注意
第一に、行政手続と商標は別の線で同時に走らせる必要があります。名称変更が受理されても、商標で守られなければブランドは裸です。逆に、商標だけでは大学名の公的使用は担保されません。二本立ての戦略設計が必須です。
適時に適切な出願対応が必要
第二に、対抗出願は交渉のレバーとなります。ただし、着地は混同回避の棲み分けとなります。出願の先後・登録の広さよりも、需要者の混同を避けるクリアな標識設計が最終的な安心を生みます。
一般的名称だから登録できないと油断すると
第三に、一般語の集合でも、全体の固有性が出れば登録はあり得ます。ただし、取得後の使い方を誤ると識別力の希釈や形骸化を招きます。ガバナンス(表記規程・ロゴ管理)まで含めて運用設計を行ってください。
なお、本件に関する私の初期解説は2019年8月29日の日本テレビ『news every.』でも取り上げられました。
参考:主要商標・手続の時系列(抜粋)
- 2019年7月11日出願(公立)
『京都市立芸術大学』商願2019-102177 → 登録6279312(区分41/2020年8月12日登録)
『京都芸大』商願2019-102174 → 登録6461620(区分41/2021年10月26日登録) - 2019年7月17日出願(私立)
『京都芸術大学』商願2019-097747 → 登録6490756(区分41/2021年12月23日登録) - 2019年7月18日出願(公立)
『京都芸術大学』商願2019-104711(区分41)→ 取下/放棄 - 2020年9月4日出願(公立)
『京都市立芸術大学』商願2020-110241 → 登録6462319(区分09・14・16ほか/2021年10月27日登録)
『京都芸大』商願2020-110243 → 登録6462320(区分09・14・16ほか/2021年10月27日登録)
『京都芸術大学』商願2020-110242(区分09・14・16ほか)→ 取下/放棄 - 2021年7月20日(裁判)大阪高等裁判所で和解成立(当事者発表)
6. 最後に:名称刷新を検討する大学・学校法人への提言
改称の企画段階から商標専門家を入れてください。ネーミング候補はJ-PlatPat等での空き状況・近接標識リスクを先に洗い、区分の取り回し(41類と周辺類)も含めてロードマップを引きます。
対抗出願や異議・無効は使うための選択肢です。ゴールは世の中から混同が消える設計です。和解条項とブランドガイドラインまでセットで描くと強い戦略になります。
登録後が本番です。
ロゴ・略称・正式名の運用ルールを整備し、メディア・広告・外部制作物まで一貫管理を行ってください。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
所長弁理士の平野泰弘です。
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