一企業が商標「スクショ」を特許庁に登録することは許されるのか

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1. はじめに

「え?『スクショ』って商標登録されたの?」——先週末から、SNS上でこんな驚きの声が飛び交い、瞬く間に炎上状態となりました。

日常会話やビジネスシーンで当たり前のように使われる「スクショ」という言葉が、GMOメディア社によって商標登録されていたことが明らかになり、多くのユーザーが困惑と怒りを表明しています。

「スクリーンショット」を略した「スクショ」は、もはや誰もが使うIT用語。そんな日常語を一企業が独占できるのでしょうか?

今回は、この問題の法的背景と実務への影響を掘り下げていきます。

2. 「スクショ」の登録経緯と基本データ

まず、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で確認できる「スクショ」商標の基本情報を整理しておきましょう。

  • 登録番号:商標登録第5769305号
  • 出願日:2014年4月22日
  • 登録日:2015年6月5日
  • 区分:第42類(通信ネットワークを介して文字・画像又は映像に関する情報をウェブサイトに投稿するためのコンピュータプログラムの提供等の技術サービス)
  • 権利者:GMOメディア株式会社

GMOメディアは「スクショ」を自社サービスのブランドとして保護する目的で商標登録を出願したと考えられます。

単なる言葉の囲い込みではなく、自社サービス保護のための出願だったというのが公式見解です。

3. 商標法の基礎:一般名称と識別力

では、なぜこの登録が法的に可能だったのでしょうか?ここで商標の基本的要件である「識別力」について理解する必要があります。
識別力とは、商標に要求される基本的な機能で、多くの同種の存在から一発で目的物を探し出せる能力です。

商標法第3条1項では、「自己の商品(サービス)と他人の商品(サービス)とを区別することができない商標」は登録できないと定めています。

誰もが使える言葉に独占権を与えてはいけないことが規定されています。

具体的には以下のようなものが該当します。

  • 1. 普通名称(例:「りんご」を果物に使用)
  • 2. 慣用商標(例:「純正」を自動車の部品に使用)
  • 3. 商品の品質・効能などを表すだけの記述的商標
  • 4. ありふれた氏や名称
  • 5. 極めて簡単で、かつありふれた標章

「スクショ」は一見すると「普通名称」に該当しそうですが、特許庁はGMOメディアのスクショの権利指定は、スクリーンショットそのものを取る行為を指定しない点を評価し、一定の識別力があると判断しました。

「スクショ」との商標が使用されても、スクリーンショットそのものを取る行為までは規制されませんが、それ以外の登録された技術サービスについて「スクショ」を使うと、商標権侵害の問題が生じます。

一方で、最初は識別力があって登録された商標でも、一般消費者の間で普通名称として使われるようになると、「普通名称化」(商標法第26条1項)が進み、権利行使に制限がかかる可能性があります。

代表的な例が「エスカレーター」で、もともとはオーティス社の商標でしたが、現在は普通名称化して誰もが使える一般名詞となっています。

4. GMOメディアの公式声明を読む

炎上を受け、GMOメディアは4月22日に公式声明を発表しました。要点は以下の通りです。

「当社は『スクショ』という名称のサービスを提供しており、そのブランド保護のために商標登録を行いました。一般ユーザーの日常的な『スクショ』という言葉の使用や、他社が自社サービスで『スクショ機能』などと表示することに対して権利行使する意図はありません。」

この声明は法的にどう評価すべきでしょうか。

確かに商標権者が権利行使しないと宣言すれば、短期的には問題は緩和されます。しかし、将来的な方針変更の可能性や、会社の売却・合併などで権利者が変わった場合の保証はなく、法的安定性という観点では不十分と言わざるを得ません。

5. SNS・ニュースサイトに見る世論の二極化

この問題に対する世論は大きく二つに分かれています。

肯定的な見方

「企業には自社ブランドを保護する権利がある」「悪意ある第三者による商標の横取りを防ぐために必要な措置」といった意見は、商標の使用により獲得した顧客吸引力の信用を保護する商標法の考え方に合致します。下記の特許庁の見解にみられるように、実際に使う商標を登録して保護しよう、との見解に反対する公的機関の見解は見当たらないです。

「ただし、他人が同一・類似の商標を登録した後は使用できなくなる場合が ありますので、使用する商標は、商標登録することをお勧めします。」
(特許庁「商標活用ガイド」より)

否定的な見方

一方で、記事執筆時点で上記のSNNS投稿記事の閲覧数は約450万で、一企業によるみんなの言葉独占に対する批判的な意見で溢れています。

「一般的に使われる言葉を独占すべきではない」「表現の自由を侵害する」といった内容の批判も見られます。

6. 専門家の視点:登録自体は適法か

結論から言えば、現行の商標法の枠組みでは、「スクショ」のような言葉でも、特定の商品やサービスとの関係で、識別力があると判断されれば登録は可能です。

実際、過去にも「シャーペン」(商標登録第1766477号)、「メールマガジン」(商標登録第4262537号)など、一般的な略語や俗語が商標登録された例があります。

ただし、権利行使の過度な拡張は権利濫用との関係で裁判で問題となる可能性があります。特に「スクショ」のような一般的な言葉に近い商標については、使えば権利侵害になる、という性質ものではなく、実際に商標をどのように使うのかにより、権利侵害になるかどうかの判断が大きく分かれます。
使用の態様によって商標的使用(出所表示:商標法に沿った商標の使用)と言えるのかとか、記述的使用(機能説明:誰もが自由に使える範囲の商標の使用)ではないのかの判断が重要になります。

また、登録後に普通名称化が進んだ場合、商標法第26条1項により権利行使に制限がかかります。実際に「うどんすき」(商標登録第553621号)など、一般名称化により権利が制限された例は少なくありません。

7. 今後のシナリオと実務への影響

商標法上問題のある登録に対しては特許庁に対して、異議申立、無効審判を請求し、権利を消滅させることが可能です。ただし、今回の商標「スクショ」の場合は、異議申立(商標公報発行から2ヶ月)、無効審判(登録から5年)の請求期限が過ぎているため、この方向の対応は難しいでしょう。

クリエイター・企業が留意すべきポイント

1. 商標の使用と出所表示的使用の区別

「このアプリではスクショ機能を使えます」のような機能説明は、商標権侵害のリスクが低いと考えられます。一方、「スクショ」を特定のサービス名として事業上表示する場合は注意が必要です。

2. 防衛的商標戦略

自社の重要なサービス名や略称が一般化しつつある場合は、早めに商標出願を検討する価値があります。特に新規サービス立ち上げ時には、将来的な一般化リスクも考慮したネーミング戦略が重要です。

3. ブランド維持策

自社の商標が一般名称化するのを防ぐため、「Ⓡ」マークの表示(登録済みの意味)が慣用的に使われています。また広告・マニュアルでの適切な商標表記の徹底などが有効です。

8. まとめ —「スクショ」問題が映し出す日本の商標制度

「スクショ」の商標登録問題は、デジタル時代における商標制度の課題を浮き彫りにしています。技術の進化とともに生まれる新語や略語は、あっという間に一般化することがあります。

その中で、企業のブランド保護と言語の自由な使用をどうバランスさせるかは、今後も重要なテーマであり続けるでしょう。

企業側は、自社ブランドの保護と社会からの信頼のバランスを考慮した商標戦略が求められます。

一方、一般ユーザーやクリエイターも、日常的に使う言葉の中に登録された商標が存在する可能性を意識する時代になっているのかもしれません。商標の使い方次第で権利侵害になってしまう場合があるからです。

ただ、法律上は認められても、社会一般に受け入れられなければ、事業を成長させるのは難しいです。

結局のところ、法的に「許される」かどうかではなく、社会的に「受け入れられる」かどうかが、ブランド戦略の成否を分けるのではないでしょうか。

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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