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中国における日本の有名人の商標登録出願問題


1. はじめに

中国で日本の有名人の名前が無断で商標登録出願される。この問題は15年以上前から繰り返し語られてきました。2009年に日本テレビから取材を受けた時点でも、2026年の今でも、基本的な制度の骨格は変わっていません。変わったのは、狙われるスピードと手口です。この記事では、制度の仕組みから最新の事例まで、事務所の現場感覚でひもといていきます。

2. 2009年6月22日、日テレからの一本の電話

2009年6月22日、中国で日本の有名人の名前が無断で商標登録出願されている件について、日本テレビから取材がありました。

電話口のディレクターからは「日本で有名な人物であれば、中国でも当然守られるのでは」という素朴な期待を感じ取りました。ただ私は、問題はそう単純ではないと内心で思っていたことを今でも覚えています。そこには、国際ビジネスの現場を困惑させてきた商標制度の根本原則があるからです。

残念なことに、この原則は15年以上経った現在も変わっていません。変わったのは、狙われるスピードと手口の巧妙さだけです。

3. 商標は「属地主義」と「先願主義」で動く制度

結論から書きます。商標権は原則として各国ごとに発生し、その効力もその国の中だけで完結します。日本で商標登録していても、中国で自動的に保護されるわけではありません。逆もまた同じです。この考え方が「属地主義」と呼ばれるものです。

もう一つの原則が「先願主義」です。これは「先に使った人」ではなく、基本的には「先に出願した人」が権利を取得しやすい仕組みを指します。極端に言えば、海外で話題になる前後の空白期間を突かれると、本人より先に無関係な第三者が権利の入口に立ってしまう事態が起こり得ます。

2009年当時も同じ説明をしてきましたが、2026年の現在はここにもう一つの現実が加わっています。「商標は模倣品対策だけではなく、合法の顔をした法的ハイジャックに使われる」という現実です。

4. 「模倣品」から「法的ハイジャック」へ

以前は「偽物が出回る」ことが主な問題として語られがちでした。これ自体は今も深刻です。

近年は、第三者が先に商標権を取得してしまい、正規の権利者に高額の買取りやライセンス料を求めたり、正規品の流通に商標権を盾にブレーキをかけたり、場合によっては権利侵害を主張して攻めに転じたりと、制度を逆手に取ったビジネスが混じるようになりました。「悪いことをしている自覚がない」どころか、「合法的にやっている」と主張できてしまうのが厄介な点です。

恐ろしいのは、出願のタイミングが異様に早いことです。話題が熱を帯びた瞬間に出願書類が提出される。これこそが、2009年当時から大きく変わった点だと感じています。

5. 大谷翔平選手の事例に見る現代の問題

象徴的な事例として、大谷翔平選手のケースがあります。報道や紹介記事によれば、中国・福建省の企業が「大谷翔平」を第25類(衣料品等)で出願し、2023年12月13日に出願、2024年1月18日に受理通知が出て実体審査の段階に入ったとされています(TMI総合法律事務所ブログ)。

取材では、その企業側が「大谷選手って誰?」と答えた旨も報じられました(TBS NEWS DIG)。ここに現代の怖さが凝縮されています。本人を知らないと主張する企業が、本人名義のように見える商標を取りに行ける。そして、もし登録されれば、少なくとも類型上は衣料品分野でその表示を独占できる入口に立てることになります。

登録が最終的に認められるかは別問題で、法律上・実務上の拒絶や取消の論点は複数あります。押さえておきたいのは、出願それ自体がすでにリスクだという点です。出願された時点で、関係者は監視と対応のコストを背負わされます。

6. 羽生結弦選手の事例—愛称まで標的にされる時代

羽生結弦選手についても、中国で複数の出願が話題になってきました。ANA側が把握した範囲では「全体として7件の申請」があったと報じられています(J-CASTニュース)。中国の報道でも、複数の会社や個人が「羽生結弦」商標を出願し、却下された旨が報じられています(China News)。

ここからが2020年代型の落とし穴です。フルネームが止められても、次に来るのは愛称やニックネームです。TBSの報道では、「羽生柚子」が羽生選手の愛称であり、食品会社1件で登録されている旨が紹介されています。

この構図は拡散力を持っています。ファンから見れば、「推しの名前が守られたと思ったら、別の呼び方が取られていた」というイタチごっこになるからです。

7. 日本と中国の著名人保護の違い

日本では、他人の氏名を含む商標は原則として本人の承諾がないと登録が難しい、という考え方が比較的はっきりしています。一方、中国では「他人の氏名が入っているから即不可」という単純な条文構造ではなく、争点はより込み入っています。

実務上のキーワードは、大きく二つです。

一つ目は「先行権利(氏名権等)を侵害していないか」という点です。中国実務でも氏名権は「先行権利」として保護され得ると整理されており、著名人の名前をめぐる判断の枠組みに組み込まれてきました。いわゆるマイケル・ジョーダン事件では、最高人民法院が「喬丹」の出願を先行氏名権の侵害に当たると判断した旨が解説されています。

二つ目は「悪意(冒認)かどうか」という点です。著名人と無関係な者が、著名性にフリーライドする意図で大量に出願している場合、そうした事情が見えると判断が動きやすい領域があります。ただし、立証の設計がものを言います。

これが、冒頭でふれた2009年当時に私が感じた違和感の正体です。「有名だから守られる」は直感としては正しい。しかし商標は直感では動きません。証拠と制度設計で動くのが現実です。

8. 2019年改正という追い風

救いがない話ばかりではありません。中国も手をこまねいていたわけではなく、制度は着実に更新されています。

中国の第4次商標法改正(2019年施行)では、第4条に「使用を目的としない悪意のある商標登録出願は拒絶される」という趣旨が明記されました。CNIPA(中国国家知識産権局)側の資料でも、2019年改正の背景として「有名ブランドに便乗する悪意登録・買い占め」が問題化し、第4条が追加されたことが示されています。

2021年にはCNIPAが悪意出願へのアクションプランを打ち出し、公人の氏名や著名作品名などへの便乗出願も対象に含めました。審査・審理の運用面でも、2021年版の商標審査ガイドラインが公布され、2022年1月1日施行であることがWIPO Lexに記載されています。

つまり、2009年当時よりも中国側の防波堤は高くなっています。それでも問題が消えないのには、理由があります。

9. 問題が続く理由—スピードと表記の多層性

一つ目は、スピードです。出願は早い者勝ちの側面が残る以上、話題になった瞬間に動かれると、権利者側は常に後手に回ります。

二つ目は、表記の多層性です。日本の著名人の氏名は、中国で漢字(そのまま)、簡体字での表記ゆれ、発音に寄せた当て字(音訳)、ピンインやローマ字、愛称・略称・ファン呼称など、いくつもの「別人格」を持ちます。フルネームだけ守っても、別表記が抜け道になります。羽生選手の「愛称」問題は、まさにこれを可視化した事例です。

三つ目は、「悪意」を止める制度ができても、個別事件では立証が勝負になるという点です。制度が強化されたからといって、放置して勝手に守られるわけではありません。

10. 著名人だけではない—日本ブランドへの広がり

調査や実務の現場で見えているのは、標的が著名人にとどまらない点です。典型的には、次の四つの領域に広がっています。

  • 個人名・著名人(スポーツ選手、芸名、愛称)
  • 企業・小売ブランド(商品名、店舗名、ロゴの中国語表記)
  • キャラクター・コンテンツ(作品名、登場人物名)
  • 地域ブランド(地名、特産品、GI的な表示)

企業ブランドの例では、株式会社MTGが中国で「ReFa」「黎珐」を先取りされた問題で、無効化等を進めたうえで、不正競争防止法違反等に基づく訴訟により2023年12月に違法性が認められ、取消命令や賠償(65万元)が言い渡されたと公表しています。

地域ブランドでは、JETROのマニュアルが、日本の地名や地域団体商標等が中国で第三者に先に登録される事例が複数ある旨を整理し、例として「美濃焼」などに触れています。

これは「一部の有名人だけの災難」ではなく、日本発の価値(名前・ブランド・文化)が資産になった瞬間に起きる構造的な問題なのです。

11. 事前防御の設計図

2009年の記事でも「最大の防御は、制度を理解して先に権利を確保すること」とお伝えしました。今も結論は同じです。ただ2026年の現場では、「先に」の意味がより具体的になっています。

フルネームだけでは足りない—表記の束で守る

著名人の氏名は、本名(漢字)、ローマ字、中国で流通する呼称(音訳・愛称)まで含めて「商標の候補」として束ねて考える発想を持ちたいところです。「羽生柚子」のように、ファンの間で自然発生した呼び名ほど危険です。熱がある言葉ほど、第三者にとって価値のある札になります。

適切な範囲を押さえる—闇雲な全区分取得は逆効果

闇雲に全区分を取る時代は終わりつつあります。中国は2019年改正以降、「使用目的のない悪意出願」をはっきり問題視し、運用面でも締め付けを強めています。将来の展開も含めた現実的な区分設計が要ります。「公式グッズ」「広告宣伝」「イベント」「飲食」「コラボ」など、実務の導線を棚卸しし、穴が出やすい分類から優先順位を付ける。ここが専門家の腕の見せどころです。

ウォッチと初動—見つけてから考えるのでは遅い

出願は、見つけた瞬間から時間が動きます。公告・異議、無効、不使用取消などの手段はありますが、手続きは基本的に時間・費用・労力の消耗戦になりがちです。理論上の手段があっても、コストや影響、期限といった実際上の検討は避けて通れません。最初から「監視→即判断→即手当て」の動線を組んでおく。これが、被害を広げないための現実的な打ち手です。

12. まとめ—守る準備をしていた人だけが守り切れる

2009年、日テレの取材で私は「属地主義」「先願主義」を説明しながら、どこかで「そのうち制度が追いつくだろう」と期待していた面がありました。中国は、2019年改正や運用強化で悪意出願への対抗力を高めています。

同時に、出願のスピードと手口も進化しました。「大谷翔平」の出願が象徴するように、社会的な注目はそのまま商標ブローカーのレーダーに映ります。

最後に一言だけ書き残します。「有名になったら守られる」のではありません。「守る準備をしていた人だけが、有名になった後も守り切れる」のです。この記事を読んで、自社のブランド、関わる著名人、あるいは応援している人の名前が頭に浮かんだなら、その直感はおそらく正しいです。炎上してから守るより、話題になる前に静かに守っておく。これが、長年この仕事に携わってきた現場感覚からのお願いです。

13. よくある質問

Q1. 日本で商標登録していれば、中国でも守られますか?

守られません。商標権は国ごとに発生し、効力もその国の中だけで完結します(属地主義)。中国で守りたいなら、中国で別途、商標登録を行わなければなりません。日本での登録は、中国での権利を自動的には生みません。

Q2. 本人より先に第三者が出願してしまうのはなぜですか?

中国をはじめ世界の多数の国は「先に出願した人」が権利を取りやすい先願主義だからです。海外で話題になる前後の空白を突かれると、本人より先に無関係な第三者が出願してしまう事態が起こり得ます。話題になる前に押さえておくことが何より大切です。

Q3. 中国の法改正で悪意出願は止められるようになりましたか?

対抗力は高まりました。2019年施行の改正で「使用を目的としない悪意の出願は拒絶される」旨が明記され、2021年以降は運用面の締め付けも強化されています。ただし、個別の事件では立証が勝負になります。制度があるだけで自動的に守られるわけではありません。

Q4. フルネームを登録すれば安心ですか?

フルネームだけでは不十分なことがあります。漢字、音訳の当て字、ローマ字、愛称・ファン呼称など、中国では一つの名前が複数の表記を持ちます。「羽生柚子」のような愛称が狙われた例もあり、表記の束で守る発想が欠かせません。

Q5. すでに第三者に出願・登録されていたらどうすればよいですか?

公告への異議、無効審判、不使用取消など、対抗手段はあります。ただし時間・費用・労力がかかるため、早期発見と初動が結果を左右します。「監視→即判断→即手当て」の体制を、できれば被害が出る前から整えておくことをおすすめします。

14. おわりに

中国での有名人・ブランドの商標冒認は、制度の根本原則と、出願スピードの進化が重なって生まれる構造的な問題です。中国側の制度は強化されていますが、それでも「先に、広く、賢く」守っておくことが、被害を避ける最善の方法であることは変わりません。

当事務所では、中国を含む海外での商標出願戦略、悪意出願への対応、ブランドの監視体制づくりをお手伝いしています。海外展開や著名性の高まりを前に、静かに守りを固めておきたいとお考えの際は、お気軽にご相談ください。

15. 参考文献

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

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