索 引
今日は「ネーミング」という企業の隠れた武器についてお話しします。単なる名前の変更だけで、売上が何倍にも跳ね上がった実例を見ながら、ビジネスにおける「名は体を表す」の真髄に迫ってみましょう。
1. 「親しみやすさ」が6倍の売上を生んだ緑茶革命
伊藤園の「お〜いお茶」は、日本の緑茶飲料市場で不動の地位を築いていますが、実はその前身は「缶入り煎茶」という何とも無機質な名前でした。当時は「煎茶(せんちゃ)」という言葉自体の読み方が一般に浸透しておらず、親しみにくいイメージがありました。
イメージ一新に伊藤園が採用したのは、CMで使っていた呼びかけフレーズ「お〜いお茶」への名称変更です。
この一見シンプルな変更が市場に与えた影響は絶大でした。親しみやすく、記憶に残りやすいこの名前は、消費者の心を掴み、改名後の売上は約6倍超にまで急増。約40億円規模のブランドへと成長を遂げました。
専門的な正確さよりも「親しみやすさ」や「呼びやすさ」が消費者の購買行動を大きく左右するという事実がポイントです。自社製品の名前は、果たして街中で気軽に呼べるものになっているでしょうか?
2. 「鼻セレブ」が示す、機能を端的に伝える言葉の威力
王子ネピアの「ネピア モイスチャーティシュ」は、その優れた品質にもかかわらず、市場での認知度に苦戦していました。保湿ティッシュ市場自体の認知不足も相まって、売上は伸び悩んでいたのです。
転機は2004年、「鼻セレブ」という大胆な名称変更でした。
この名前は「鼻に優しい高級ティッシュ」という商品特性を一目で伝えるもので、ウサギやアザラシの癒し系パッケージデザインとの相乗効果もあり、売上は10倍以上に跳ね上がりました。
「何のための商品か」という核心を突いたネーミングがポイントです。専門用語や企業視点の名称ではなく、消費者が思わず「これだ!」と共感できる言葉を選ぶことで、製品の価値を瞬時に伝えることができるのです。
3. 「BOSS」が示す、力強さと親しみのバランス
サントリーの缶コーヒー「BOSS」も、元々は「WEST」という名前で市場に出ていました。しかし、このネーミングはインパクトに欠け、販売は低迷していました。
1992年、サントリーは”働く人の相棒”というコンセプトのもと、「BOSS」へと名称を刷新。この親しみやすくも力強いネーミングが奏功し、売上は急上昇。今では缶コーヒーの代表格となるロングセラー商品に成長しました。
ターゲット顧客の感情に訴えかけるネーミングの重要性がポイントです。「BOSS」という名前には、「仕事のできる上司」「頼りになるリーダー」といったイメージが込められており、働く人々の憧れや理想を巧みに商品に結びつけています。
4. 「カレーメシ」が切り開いた、新カテゴリー創造の妙
日清食品の「カレーメシ」は、当初「カップカレーライス」として発売されました。しかし、「これはライスではない」との声もあり、販売は伸び悩みます。
そこで2014年、発売から半年後に「カレーメシ」へと改名。この名前は、ご飯とルゥを混ぜて食べる新ジャンル飯であることを示す、インパクトのあるネーミングでした。この変更はSNSでも話題となり、特に若年層に強く支持されて、年間売上100億円規模の人気商品へと成長しました。
この事例が示唆するのは、既存のカテゴリーに縛られない新しい表現方法の価値です。「ライス」という既存概念から脱却し、あえて「メシ」という親しみやすい言葉を採用することで、新しい食のスタイルを提案したのです。時に、従来の常識を覆すネーミングが、市場に革新をもたらすことがあります。
5. 「ブランド資産」を活かした龍角散の復活劇
「龍角散ダイレクト」は、かつて「クララ」という名前で親しまれていた顆粒タイプののど薬です。しかし、年々売上は減少していました。
2008年、水なしで直接のどに作用することを強調し、老舗名を冠した「龍角散ダイレクト」へと刷新。この変更により、長年かけて築いてきた「龍角散」というブランド価値を最大限に活用しつつ、商品の新しい特徴を効果的に訴求することに成功しました。結果として、若年層を新たに取り込み、売上はクララ時代の2倍以上にまで拡大しました。
この事例は、長い歴史を持つ企業がいかにして自社のブランド資産を活かしながら、新たな市場開拓を行うかという点で示唆に富んでいます。時に、全く新しい名前を作るよりも、既存の信頼あるブランド名を活用する方が効果的な場合があるのです。
6. 「まるでこたつ」が描く、消費者体験を想起させるネーミング
岡本が2013年に発売した「三陰交をあたためるソックス」は、その名が示す通り機能訴求に偏重したネーミングでした。専門用語を使用したこの名前は一般消費者には伝わりにくく、販売は伸び悩みました。
そこで2015年、「まるでこたつソックス」という親しみやすい名前と、暖かみを伝えるパッケージに変更。この消費者目線に立ったネーミングが功を奏し、冬の人気商品として売上は実に17倍以上を記録する大ヒットとなりました。
この成功から学べるのは、商品の使用感や体験を想起させるネーミングの威力です。「三陰交」という専門用語ではなく、「こたつ」という誰もが知る暖かさのイメージを用いることで、商品の価値を直感的に伝えることができたのです。
7. 「通勤快足」が証明する、ターゲットを明確にするネーミングの効果
レナウンの「通勤快足」は、元々「フレッシュライフ」という名前の抗菌防臭ソックスでした。しかし、この漠然としたネーミングでは訴求力が不足していました。
1987年、サラリーマンをターゲットにした「通勤快足」(通勤快速×快適な足元の語呂合わせ)へと改名。この変更によりターゲットと価値提案を明確化した結果、わずか2〜3年で売上は大幅に増加。1987年の約1億円から1989年には45億円にまで拡大しました。
この事例は、ネーミングがターゲット顧客を絞り込み、その顧客の具体的な課題や欲求に直接訴えかける力を持つことを示しています。「通勤」という言葉一つで、都市部のビジネスマンのライフスタイルに寄り添う商品であることを明確に伝えることができたのです。
8. 「月見ハンバーグ」が示す、文化的共感を呼ぶネーミングの力
東京の飲食店で行われた検証企画では、同じハンバーグ料理を「目玉焼きハンバーグ」と「月見ハンバーグ」という二つの名前で提供した際、後者の注文数が1.5倍に増加しました。
この結果が示すのは、単なる見た目の説明(目玉焼き)よりも、日本の伝統文化「お月見」を想起させる名前の方が、消費者の興味を引きつけるということです。「月見」という言葉には、季節感や風情といった文化的な要素が含まれており、食事をより豊かな体験として提供することに成功しています。
小さな言葉の選択一つで、商品の印象や価値は大きく変わるのです。
9. 「UT」が教える、シンプルで記憶に残るブランド戦略
ユニクロのグラフィックTシャツ事業は、当初「Tシャツプロジェクト」という名前で展開されていました。この「○○プロジェクト」という形式では訴求力に限界がありました。
そこで2007年、短く印象的な「UT」へと名称を統一しブランド化を図りました。この変更により、ブランド戦略が明確になり、認知度と訴求力が向上。特に若者を中心に人気が拡大し、Tシャツ市場における存在感を高めることに成功しました。
この事例からは、時にシンプルであることが最も効果的だということを学べます。覚えやすく、発音しやすく、視認性の高い短いブランド名は、グローバル展開も見据えた現代のブランディングにおいて、非常に重要な要素となっています。
10. まとめ:ネーミングは最強のマーケティング武器
これらの事例から明らかなように、適切なネーミングは製品の売上を何倍にも押し上げる驚異的な力を持っています。単なる名前の変更だけで、市場での認知と需要を大きく変えることができるのです。
成功するネーミングの共通点は以下の通りです
- 1. 親しみやすさ – 「お〜いお茶」「まるでこたつ」など、消費者が親しみを感じられる言葉選び
- 2. 機能の端的な表現 – 「鼻セレブ」「龍角散ダイレクト」など、製品の特徴や効果を直接的に伝える命名
- 3. ターゲットの明確化 – 「通勤快足」「BOSS」など、想定顧客を絞り込んだネーミング
- 4. 文化的共感 – 「月見ハンバーグ」のように、文化的背景や季節感を取り入れた命名
- 5. シンプルさ – 「UT」のように、短く覚えやすい名前の採用
商標登録の専門家として私がお伝えしたいのは、ネーミングは単なる「名付け」の問題ではなく、ビジネス戦略の中核を担う重要な要素だということです。自社製品のネーミングを見直す際は、これらの成功事例を参考に、消費者視点に立った命名を心がけてみてはいかがでしょうか。
適切なネーミングは、広告宣伝費を大幅に削減しながらも、製品の価値を最大限に引き出す最強のマーケティング武器となりうるのです。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247