索引
初めに
2020年以降、商標権の権利範囲が狭い申請が急増しています。ひな形に機械的にあてはめた商標出願が増えたこと等が原因と考えられます。同じ費用で取得した場合でも、権利範囲が広い商標と狭い商標があります。ここでは、権利内容が充実した商標権と、内容が乏しい商標権の違いを分かりやすく説明します。
(1)広い商標権と狭い商標権との違いは何か?
(A)商標の区分は特許庁に支払う費用の単位
商標登録の際には、願書に商標の区分を記載します。商標権を取得するためには、商標をどの商品やサービスに使用するかを具体的に記載する必要があります(商標法第6条)。
この指定商品・指定役務の区分が、商標権の権利範囲の広さを決定します。商標法では、これらの指定商品・指定役務を45の区分に分類しています。特許庁に支払う印紙代は、この区分の数によって決まります。
(B)商標の区分の数は権利の広さを示すものではない
商標法における区分は、商標を使用する商品やサービスを分類する基準であり、区分の数に応じて費用が決まる仕組みになっています。つまり、区分はあくまで課金単位です。
指定商品が一つずつであっても、複数の区分にまたがる場合は、区分の数に応じて商標登録にかかる費用が高くなります。一つの出願で区分数を減らせば、費用も抑えられます。
商標権の広さは、区分の数ではなく、指定商品・指定役務の範囲で決まります。
(C)商標権の広さは何で決まるのか
商標権の権利範囲の広さは、指定商品・指定役務の数とその類似度によって決まります。
Fig.1 指定商品・指定役務同士の類似・非類似の関係
図1では、円がそれぞれ指定商品・指定役務の範囲を示しています。円同士が重なる部分は、互いに同一または類似する範囲です。重ならない部分は、互いに類似しない範囲です。
商標権の効力は、同一・類似の指定商品・指定役務の範囲に及びます。つまり、類似しない指定商品・指定役務の数が多いほど、商標権の権利範囲が広くなります。
Fig.2 互いに類似しない指定商品・指定役務と区分との関係
図2では、上の図は4つの区分に指定商品・指定役務が一つずつしか入っていません。この場合、商標権の権利範囲は4単位分です。
一方、下の図では、一つの区分に10個の複数の指定商品・指定役務が含まれています。この場合、類似しない指定商品・指定役務の数が多いため、一つの商標権でカバーできる範囲が広くなります。
(2)商標権の広さは指定商品役務の文言では分かりにくい
(A)指定商品・指定役務の数と商標権の広さは必ずしも連動しない
ここが非常に分かりにくいところですが、商標権の権利申請に記載する指定商品・指定役務の数と、商標権の広さは直接の関係がありません。
例えば、願書に「万年筆」と記載すれば、その万年筆に対して商標を独占的に使用する権利を得られます。一方で、願書に「ブラックインク用万年筆、ブルーブラックインク用万年筆、ブルーインク用万年筆、レッドインク用万年筆、ペン先が18金の万年筆、インクカートリッジがプラスチック製の万年筆」といった詳細な記載を追加しても、最初に「万年筆」と一つだけ記載した場合と権利範囲は同じです。
つまり、指定商品が「万年筆」一つだけであっても、その商標権の効力は「万年筆に類似する商品」にも及びます。このため、詳細に記載しても権利範囲は広がりません。
(B)一見しただけでは商標権の広さが分からない
指定商品・指定役務の記載数と商標権の権利範囲の広さは連動していないため、商標権の権利申請書に記載された内容が適正な範囲なのか、狭すぎるのか、広すぎるのかを判断するのは非常に難しいです。
Fig.3 指定役務が1000個以上ある商標権の場合
図3は、第35類の指定役務が1000個以上記載された例です。小さくて見にくいですが、この中には特許庁で認められる広告業に関連する指定役務が含まれています。
図3の第35類の指定役務には「インターネットその他の通信ネットワークを介して行う広告の企画または作成、インターネットにおける広告用スペースの提供及びこれに関する情報の提供、インターネットを利用した広告スペースの提供及びこれに関する情報の提供・・・」などが含まれています。
図3に含まれる権利範囲は広告業に類似する一つの単位だけです。
一方で、第35類の「広告業、市場調査」のたった2つを指定役務とする場合、「広告業、市場調査」の指定役務は、図3にある1000個以上の広告業に類似する指定役務の2倍の権利範囲を持ちます。つまり、指定役務の記載数が多くても、実際の権利範囲は広くない場合があります。
(C)すかすかの商標権とは何か
すかすかの商標権とは、指定商品・指定役務の記載が多いにもかかわらず、実際には少ない指定商品・指定役務に類似する記載が多数ある商標権を指します。
互いに類似しない指定商品・指定役務の記載が多ければ、商標権の効力範囲は広がりますが、互いに類似する指定商品・指定役務の記載を増やしても、商標権の権利範囲は広がりません。記載が多いだけに見えますが、実際の権利範囲が狭い場合があります。
(3)同一費用の範囲で抜けている商品役務がないか
(A)追加料金が不要な範囲で見直しを
最近、機械的なひな型を使った出願が急増し、商標権の権利範囲が狭い出願が増えているように感じます。提示された権利範囲が適正かどうか、しっかり判断されていないケースが多いようです。
商標法では、「自己の業務に係る商品・役務に使用する商標」を登録することが規定されています(商標法第3条第1項柱書)。現時点で使用していない商品・役務であっても、将来的に使用する意思がある場合は、権利申請して問題ありません。
つまり、商標法では、現時点で使用していることを証明できない商品・役務についても、将来使用する意思があれば権利申請できるということです。
商標登録出願の場合、一度願書を特許庁に提出すると、後から指定商品・指定役務を追加することはできません。必要な指定商品・指定役務を欠いた出願をしてしまった場合、後から回復する手段はなく、再度出願して倍額の料金を支払うことになります。これは避けなければなりません。
(4)まとめ
商標登録出願の際に、同一料金範囲で取得できる指定商品・指定役務があり、それを逃すと後で困る可能性があります。出願する前に、同一料金で取得できる範囲と、後から権利を取得し直す場合のコストを比較して、どちらが得かをよく検討する必要があります。
一度出願してしまうと、後から権利を追加する手段はありません。仮に狭い範囲の商標権を出願しても、特許庁に対しては問題ありませんが、後で権利の申請漏れに気づくと、二度手間となり余分な費用がかかることになります。
願書を特許庁に提出した後では、記載漏れの権利範囲を追加する補正は、特許庁では一切みとめていません。うっかり記載漏れをした場合、誰がその費用を払ってカバーするのか、誰がその追加費用を受けとるのかのお金の流れをよく追跡して、自分の資金が吸い取られないようにする必要があります。
後で困らないように先を見据えた権利取得を心がけましょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247