索引
1.どんな事件でしょう?
太宰府天満宮(福岡県太宰府市)の参道で名物の「梅ケ枝餅」の商標を許可なく使った餅菓子を販売したとして、県警筑紫野署は12日までに、露店を経営する容疑者を商標法違反(商標権侵害)の疑いで逮捕した。
日本経済新聞(2018年4月12日 9:10)より個人情報を削除して引用
その他の新聞でも報道されています。
<参考>
日本経済新聞(2018年4月12日 9:10)
https://www.nikkei.com/ article/DGXMZO29290020S8A410C1ACX000/
毎日新聞(2018年4月12日 西部朝刊)
https://mainichi.jp/ articles/20180412/ddp/012/040/037000c
西日本新聞(2018年04月12日 6:00)
https://www.nishinippon.co.jp/ nnp/national/article/407930/
2.「梅ケ枝餅」ってどんなもの?
ところでみなさんは「梅ケ枝餅」をご存知でしょうか。
つぶあんの入ったお餅を焼いたもので、太宰府天満宮の名物です。太宰府の駅にもこのように大きな看板が出ています。
参道のお店等で買えますので、焼きたての食べ歩きも可ですし、飲食店でゆっくり座って食べることもできます。
またデパートで開催される「九州物産展」では行列ができるほどの人気商品です。
なおこの写真は、たまたま私が購入して保存していた、冷凍の「梅ケ枝餅」です。
3.この事件のポイントとは?
(1-1)商標との関係
報道によると、「露店で類似品を販売したときに、太宰府梅ケ枝餅協同組合の登録商標と似た名前を包装紙,袋,横断幕等に表示して無断で使った」容疑での逮捕とあります。
そこでまずは「太宰府梅ケ枝餅協同組合」(以下「組合」といいます。)がどんな商標を登録(出願)しているか見てみましましょう。
検索すると、9件ヒットします(2018年4月18日現在の特許情報プラットホームの内容)。
確かに商標「梅ケ枝餅」は登録されていますね。でもそれだけでは「容疑者即アウト」とするには不十分なのです。
なぜなら、商標権は名前やマークだけなく、使用する商品やサービスをセットにして登録する制度だから。そのため、商品やサービスが違えば、自分の登録商標と同じであっても商標権の効き目がないというケースも出てきます。
では、今回のケースはどうでしょう?
(1-2)「餅」or「もち菓子」
商標の世界では、「餅」は「穀物の加工品」であって、「菓子」とは別の商品です。
一方、「つぶあんの入った焼餅」である「梅ケ枝餅」は、「餅」よりも「菓子」の仲間の「もち菓子」に入ると言えるでしょう。ちなみに「桜餅」も「柏餅」も商標の世界では「菓子」です。
それをふまえた上で検索結果を見てみると、肝心の「もち菓子(菓子に含まれます。)」が指定商品の商標「梅ケ枝餅」にかかる出願(商願2017-020215)はまだ登録されておらず「審査中」となっています。
特許庁の商標公報より引用
- 商願2017-20215
- 出願人:太宰府梅ケ枝餅協同組合
- 出願日:2017年2月20日
- 指定商品:
第30類「もち菓子」
もう少し詳しく見てみると、現状は「先行する第三者の登録商標に類似する」という拒絶理由に反論し、再審査の結果を待っているところです。
つまり確認できる範囲では、現時点において組合は、商品「もち菓子」については商標「梅ケ枝餅」の商標権を持っているわけではないのです。
では商標法違反に当たらないのかというと、そういうわけではありません。
(1-3)「同一」だけではありません!
商標法には、権利の侵害について以下のような規定があります。
商標法
第三七条
次に掲げる行為は、当該商標権又は専用使用権を侵害するものとみなす。
一 指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用
二 指定商品又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品であつて、その商品又はその商品の包装に登録商標又はこれに類似する商標を付したものを譲渡、引渡し又は輸出のために所持する行為
三 指定役務又は指定役務若しくは指定商品に類似する役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物に登録商標又はこれに類似する商標を付したものを、これを用いて当該役務を提供するために所持し、又は輸入する行為
四 指定役務又は指定役務若しくは指定商品に類似する役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物に登録商標又はこれに類似する商標を付したものを、これを用いて当該役務を提供させるために譲渡し、引き渡し、又は譲渡若しくは引渡しのために所持し、若しくは輸入する行為
五 指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について登録商標又はこれに類似する商標の使用をするために登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を所持する行為
六 指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について登録商標又はこれに類似する商標の使用をさせるために登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を譲渡し、引き渡し、又は譲渡若しくは引渡しのために所持する行為
七 指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について登録商標又はこれに類似する商標の使用をし、又は使用をさせるために登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造し、又は輸入する行為
八 登録商標又はこれに類似する商標を表示する物を製造するためにのみ用いる物を業として製造し、譲渡し、引き渡し、又は輸入する行為
商標法 第三七条
このように、商標権はまったく同じ範囲のみならず、似ている範囲にも効き目があるのです。
例えば、組合はこんな登録商標も持っています。
特許庁の商標公報より引用
- 商標登録第4433991号
- 権利者:太宰府梅ケ枝餅協同組合
- 出願日:1999年12月8日
- 登録日:2000年11月17日
- 指定商品等:
第30類「餅菓子」
第43類「茶・餅菓子の提供」
ここで商標同士が似てるかどうかは、その商標の見た目(外観)・呼び方(称呼)・意味合い(観念)を総合的に判断して決めることになります。
商標「梅枝餅」は「ウメエダモチ」「バイシモチ」とも読めますが、「ウメガエモチ」とも自然に読めます。また「梅枝餅」と「梅ケ枝餅」から認識できる意味合いもほぼ同じです。
すると組合の登録商標「梅枝餅」と容疑者が使った商標が似ていると判断される可能性もあるでしょう。
現時点での報道内容からは、どの商標権の侵害かは明らかではありませんが、「『もち菓子』についての商標『梅ケ枝餅』は未登録=セーフ」は苦しいのではないでしょうか。
(2)商品との関係
商品との関係ではもう一点検討すべきポイントがあります。
「露店でもち菓子を販売した」ことが今回の容疑の要素になっていますが、商標の世界では「もち菓子のテイクアウト」で使う商標は「もち菓子の目印」、「もち菓子のイートイン」で使う商標は「もち菓子を提供する役務の目印」になります。
では今回のケースはどうでしょう?
おでんやそばの屋台ですとその場で食べるのが基本ですが、神社の境内等に出ている露店の場合は、その場で食べることはあっても、基本的に「テイクアウト」が想定されていると思われます。
そのため、今回のケースでは「もち菓子」という商品に使ったと言っていいでしょう。
(3)商標の使い方との関係
容疑者は類似品を販売する際に使った包装紙や横断幕に「梅ケ枝餅」と類似する名前を表示していました。
確かに上記西日本新聞のサイトに掲載された写真には「容疑者らが露店で使っていた看板や横断幕、袋など」が写っていますが、直接名前を表示した「もち菓子」は出ていません。
しかし、商品に直接表示しなくても「もち菓子」の商標として使っていることになるのです。
「商標の使用」について商標法では以下のように決められています。
商標法
第二条
3 この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
一 商品又は商品の包装に標章を付する行為
二 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
三 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。以下同じ。)に標章を付する行為
四 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物に標章を付したものを用いて役務を提供する行為
五 役務の提供の用に供する物(役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物を含む。以下同じ。)に標章を付したものを役務の提供のために展示する行為
六 役務の提供に当たりその提供を受ける者の当該役務の提供に係る物に標章を付する行為
七 電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法をいう。次号において同じ。)により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為
八 商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為
九 音の標章にあつては、前各号に掲げるもののほか、商品の譲渡若しくは引渡し又は役務の提供のために音の標章を発する行為
十 前各号に掲げるもののほか、政令で定める行為
商標法 第二条
商標とはたくさんの同業者の商品・サービスの中から自分たちの商品・サービスを選んでもらうための目印です。看板や横断幕、袋にしか表示されていないからといって逃げられるわけではありません。
3.まとめ
福岡県中小企業団体中央会のサイトによると、太宰府梅ヶ枝餅協同組合は、もち粉などを独自に配合した皮や専用の焼き機を使用し、組合員だけに「梅ケ枝餅」という名前で販売することを認めるなど、品質やブランド保持への努力が感じられます。
<参考>
福岡県中小企業団体中央会サイト
https://www.chuokai-fukuoka.or.jp/organize/kyodo.html
今回の事件は、品質低下のおそれを危惧した組合の動きにより逮捕にまで至ったのではないでしょうか。
商標権は「名前やマークを独占的に使用できるだけ」と思われるかもしれませんが、今回の「梅ケ枝餅」のように、有名になって信用が付いた商標の場合、無断使用をストップすることで商品や役務の品質が保てる効果もあるのです。
本件については容疑者が逮捕されただけ、しかも容疑を否認しているとありますので、決着がつくまでにはもうしばらく時間がかかる可能性があります。
さて次回は、この容疑者が背負う更なるリスクについてご紹介したいと思います。
それではまた。
ファーイースト国際特許事務所
弁理士 杉本 明子
03-6667-0247