個人的にボンカレーが好きで、めっちゃ食べます。子どもの頃から慣れ親しんだ味だから、というのが大きいです。今回はボンカレーを取り上げます。
1.日本人とカレーの出会い
「カレー」と聞くと、まず「インド」を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、実は「カレー」という言葉は特定の料理を指すのではなく、インドをはじめとする熱帯・亜熱帯地域で多用される香辛料を使ったスパイシーな料理全般を指します。
日本にカレーが伝わったのは明治時代です。イギリス経由で紹介され、当時の料理書『西洋料理指南』にもレシピが記されています。日本のカレーにはとろみがありますが、インドのカレーはサラサラしていることが一般的です。これは、カレーを日本に持ち込んだイギリスで、小麦粉を使ってとろみをつけるアレンジが加えられたため。その影響が日本のカレー文化にも根付いたのです。
日本におけるカレーの消費量は驚くべきものがあります。
「全日本カレー工業協同組合」と「日本缶詰びん詰レトルト食品協会」の統計によると、日本人は年間約79回カレーを食べている計算になるそうです。つまり、平均すると週に1回以上、何らかの形でカレーを楽しんでいることになります。(出典:S&B公式サイト)
この国民的な人気を誇るカレー市場において、「ボンカレー」は商標とともに日本の食文化に深く根ざしています。発売から50年以上が経過し、今や「レトルトカレーといえばボンカレー」と言われるほどの存在感を持つブランドに成長しました。
商標の力は、長年にわたるブランドの信頼と品質を保証するもの。 「ボンカレー」の成功は、日本における商標の重要性を示す好例のひとつといえるでしょう。
2.「ボンカレー」の誕生と革新
カレーといえば、今や日本の食卓に欠かせない定番料理ですが、その歴史を大きく変えたのが「ボンカレー」です。関西でカレー粉や固形カレーを販売していた会社を引き継いだ大塚食品は、「他社とは異なる、新しいカレーを作ろう」と考えました。そのヒントになったのが、アメリカの軍用携帯食である真空パック入りソーセージです。このアイデアを基に開発されたのが、世界初の家庭向けレトルトカレー「ボンカレー」でした。
1960年代当時、日本のカレーはカレー粉や缶詰として販売されるのが主流で、家庭で作る際には手間がかかるものでした。そこで大塚食品は、「一袋が一人前で、お湯で温めるだけで簡単に食べられるカレー」を目指し、開発をスタートさせました。
「ボンカレー」の開発と技術革新
「ボンカレー」開発の絶対条件は、常温で長期保存が可能であること、そして保存料を一切使用しないことでした。これを実現するためには、高温で殺菌する技術が必要でした。しかし、当時はレトルト食品を製造するための包材も設備も存在していませんでした。
そこで、大塚グループの製薬技術を応用し、点滴液の殺菌技術を活用してレトルト釜を自作するなど、試行錯誤を繰り返しながら開発が進められました。包材の強度や耐熱性、殺菌条件などを何度もテストし、ようやく家庭向けレトルトカレー「ボンカレー」が誕生したのです。そして、1968年2月12日、阪神地区限定で販売が開始されました。
全国展開への道のり
発売当初の「ボンカレー」は、半透明のパウチに入れられていました。しかし、流通過程で破損しやすく、保存性にも課題がありました。そこで翌年、アルミパウチを採用することで、破損を防ぐと同時に賞味期限の大幅な延長にも成功しました。この技術革新により、1969年5月には全国販売が実現しました。
苦戦から大ヒットへ
今でこそ国民的なレトルトカレーとして親しまれている「ボンカレー」ですが、発売当初は消費者に受け入れられるまでに苦労がありました。理由の一つは、
- 「保存料不使用」なのに長期保存できることが信じられなかった
- 「お湯だけで簡単に食べられる」という概念が浸透していなかった
- 価格が比較的高価だった
こうした課題を克服するために、大塚食品はまず得意先に試食してもらう戦略を取りました。その結果、「ボンカレー」の利便性や美味しさが徐々に認知され、販売は急成長。1973年には年間1億食を売り上げる大ヒット商品へと成長しました。
「ホーロー看板」とボンカレーの歴史
「ボンカレー」といえば、今もなおレトロなホーロー看板を思い浮かべる方も多いでしょう。実はこの看板、発売当初に行われた試食会の宣伝用として作られたものでした。今ではコレクターの間でも人気が高く、昭和の風景を象徴するアイテムとなっています。
ここがポイント
「ボンカレー」は、レトルト食品の先駆けとして、保存技術や流通の課題を克服しながら発展してきました。その技術革新は、現在の食品業界にも大きな影響を与えています。発売から50年以上経った今でも進化を続ける「ボンカレー」の歴史は、日本の食文化における重要な一ページとして刻まれています。
3.「ボンカレー」の商標
「ボンカレー」は、もちろん商標登録されています。その商標の歴史を紐解くと、大塚食品の強いブランド戦略が見えてきます。
初代「ボンカレー」の商標登録
特許庁の商標公報より引用
- 商標登録番号:第961090号
- 権利者:大塚食品株式会社
- 出願日:1968年1月24日
- 登録日:1972年4月28日
- 指定商品:第29類「カレーライスのもと」
注目すべきは、その出願日です。「ボンカレー」が関西地区で発売された1968年に出願され、しかも発売前の1月に申請されています。販売戦略として商標を先行取得することで、ブランドの保護を強化していたことがわかります。
「ボンカレー」のネーミングの由来
「ボンカレー」は、フランス語の「BON(良い、おいしい)」と英語の「CURRY」を組み合わせた造語です。短くて覚えやすく、「おいしいカレー」という意味がストレートに伝わる魅力的なネーミングですね。
「ボン王子」の商標登録
特許庁の商標公報より引用
- 商標登録番号:第5855208号
- 権利者:大塚食品株式会社
- 出願日:2015年12月18日
- 登録日:2016年6月3日
- 指定商品:第29類「レトルトパウチされたカレー、カレーのもと、即席カレー」
時代の変化に合わせて、「レトルトパウチされたカレー」など、新たな形態の商品に対応する商標登録が行われています。
「ボンカレー」の公式キャラクター「ボン王子」が存在します。「ボン惑星」で生まれたこのキャラクターは、異なるポーズで複数の商標登録がなされ、ブランドの世界観を形成しています。
ここがポイント
今回紹介したのは「ボンカレー」に関する商標の一部に過ぎません。長年愛されるブランドだからこそ、戦略的に商標登録を行い、知的財産を守り続けているのです。「ボンカレー」は、商標戦略の観点から見ても、日本を代表するブランドの一つと言えるでしょう。
4.進化する「ボンカレー」
家庭向けレトルトカレーのパイオニアとして知られる「ボンカレー」は、誕生から半世紀以上が経った今も、時代の変化に合わせて進化し続けています。
電子レンジ調理への対応——手軽さの追求
2003年、「ボンカレー」は革新的な一歩を踏み出しました。それまでの湯せん調理が主流だったレトルトカレーに、箱ごと電子レンジで温められるパッケージを採用したのです。従来の湯せん調理では、お湯を沸かす手間や鍋の後片付けが必要でしたが、電子レンジ対応パッケージなら、袋を箱に入れたまま温めるだけ。時短と利便性を両立し、忙しい現代人の食生活をより快適なものにしました。
多様化するニーズに応える新ラインナップ
「ボンカレー」は、ただ利便性を追求するだけではありません。時代のニーズを的確に捉え、さまざまな層に向けた商品展開を行っています。
子ども向けに優しい味「こどものためのボンカレー」
子どもが安心して食べられるように、辛さを抑え、栄養バランスを考慮した「こどものためのボンカレー」を開発。実際の母親たちの声を反映し、家族全員で楽しめる優しい味わいを実現しました。
共働き世代に贅沢な一皿「ボンカレーGRAN」
仕事や家事に忙しい共働き世代向けに、手軽に本格的な味を楽しめる「ボンカレーGRAN」が誕生。厳選した素材とこだわりの製法で、時短と美味しさを両立しています。手軽に贅沢な味わいを求める消費者に支持されています。
これからの「ボンカレー」——さらなる進化へ
「ボンカレー」は、時代の変化を敏感に捉え、常に新しい価値を提供し続けています。食の安全・健康志向の高まりに対応した新商品や、より環境に配慮したパッケージの開発など、未来に向けた進化が期待されています。
誕生から半世紀以上経った今もなお、多くの家庭で愛され続ける「ボンカレー」。その進化の歩みは、これからも止まることなく続いていくでしょう。
5.50年愛され続ける「ボンカレー」商標が支えるロングセラーの秘訣
「ボンカレー」が50年以上にわたって多くの人に愛され続けている理由は、そのおいしさだけではありません。
時代ごとに進化し続けるパッケージデザイン、ライフスタイルに合わせた改良、そして何より「ボンカレー」という覚えやすく魅力的なネーミングを商標登録し、一貫してブランドとして育ててきたことが大きな要因です。
ロングセラー商品の成功の裏には、単なる商品開発だけでなく、商標という「ブランドの資産」を守り続ける戦略があるのです。
「ボンカレー」の歴史を振り返ることで、商標の重要性についても改めて考えてみるのもよいかもしれません。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247