索 引
皆さんは「松坂牛」「関さば」「博多人形」といった名前を聞いたことがあるでしょう。
これらは単なる産地名と商品名の組み合わせではなく、長い歴史と確かな品質で消費者の信頼を獲得した「地域ブランド」です。そして、こうした地域の宝ともいえるブランドを法的に保護する制度が「地域団体商標」なのです。
この記事では、中小企業や自治体の担当者の方々向けに、地域団体商標の基礎知識から取得方法、活用事例まで徹底解説します。皆さんの地域にある「誇るべき産品」を守り、さらに発展させるヒントとしてお役立てください。
1. 地域団体商標とは? 地域ブランドを法的に守る仕組み
地域団体商標の定義と基本概念
地域団体商標とは、地域の名称と商品・サービスの名称を組み合わせた文字商標を、事業協同組合や農業協同組合などの団体が登録できる制度です。
2006年4月に導入された比較的新しい制度で、地域ブランドの保護・活用を通じて地域経済の活性化を図ることを目的としています。
例えば「○○りんご」という名称が、その地域で生産されるりんごのブランドとして広く認知されている場合、該当する生産者団体がこの名称を地域団体商標として登録することができます。
一般の商標との違い
通常の商標登録では、「地名+商品名」のような組み合わせは、識別力が弱いとして登録が認められにくいという課題がありました。地域団体商標制度では、この点が緩和され、一定の知名度があれば登録可能となっています。
また、権利者が事業協同組合などの「団体」に限定されており、個人や単独の企業では出願できない点も特徴です。これは地域ブランドが本来、地域の共有財産であるという考え方に基づいています。
保護対象となる商品・サービス
地域団体商標の対象となるのは以下のような商品・サービスです:
- 農林水産物(米、野菜、果物、魚など)
- 鉱工業品(陶磁器、漆器、織物など)
- 加工品(菓子、酒類、調味料など)
- サービス(温泉、観光ツアーなど)
近年では食品だけでなく、伝統工芸品やサービス分野での登録も増えています。
2. 地域団体商標を取得するメリット
ブランド価値の向上と差別化
地域団体商標を取得することで、その商品・サービスの信頼性や品質が公的に認められたという印象を消費者に与えることができます。これにより、類似品との差別化が図れ、ブランド価値の向上につながります。
実際、登録後に商品の知名度が上がり、売上が増加したという事例も少なくありません。団体商標という「お墨付き」が、消費者の購買意欲を刺激するのです。
模倣品・類似品からの法的保護
地域団体商標を取得すれば、他の地域や団体が同じ名称を無断で使用した場合、法的措置をとることができます。権利を持つことで「ニセモノ」から本物の地域ブランドを守ることができるのです。
特に海外では日本の地域ブランドを無断で使用するケースも報告されており、国際的な保護の観点からも重要性が高まっています。
地域経済の活性化効果
地域団体商標の取得・活用は、単に一つの商品の売上を伸ばすだけでなく、地域全体のイメージアップや観光客の増加など、幅広い経済効果をもたらします。「○○に行ったら△△を買わないと」という観光客の消費行動を促すことができるのです。
また、若者の地元定着や雇用創出にもつながり、地域の持続的発展を支える基盤となります。
団体内の結束強化と品質管理の向上
地域団体商標を取得・維持するためには、団体内での品質基準の統一や管理体制の整備が必要です。この過程自体が、組合員の意識向上や団体の結束強化をもたらします。
「自分たちの地域ブランドを守るため」という共通目標ができることで、生産者間の連携が深まるというメリットもあります。
海外展開時の優位性
近年、日本の農産物や工芸品の海外人気が高まる中、地域団体商標は海外展開においても強みとなります。商標を取得していることで、現地の販売パートナーや消費者に対して、公的に認められた本物の日本ブランドであることをアピールできるのです。
また、海外での商標登録もスムーズに進めやすくなるという実務的なメリットもあります。
一般商標では難しい「地域名」と「普通名称」の組合せ商標取得
「地域名」プラス「普通名称」の文字商標だけから構成される地域団体商標は、一般名称の組合せとして、個人や企業単独申請では商標登録されないことが多いですが、地域でまとまって申請することにより審査に合格できます。これは地域団体商標制度ならではの大きなメリットです。
つまり、通常では識別力が不足するとされる組み合わせで審査に合格できない場合でも、地域の共有財産として地域全体が一体となって管理・運用する場合には、特別に商標として登録が認められるのです。
3. 地域団体商標のデメリットと限界
譲渡できない
地域団体商標の商標権については譲渡することができません(商標法第24の2条第4項)。
譲渡を認めると、地域が一致団結して地域ブランドを保護しようとする地域団体商標の制度の趣旨に反するからです。このため、権利の流動性や柔軟な活用に制限があります。
限られた団体しか権利者にはなれない
地域団体商標も団体商標の一種ですが、地域団体商標について登録を受けることのできる団体には制限があります。
地域ブランドを守るために地域一丸となって団結する必要があるため、地域を代表するに相応しい者が地域団体商標の商標権者になる必要があるからです。
ただ、最初に登録を認められた団体でなくても合併等の一般承継の相続の場合には権利者になることができます。
専用使用権の設定ができない
通常の商標の場合には専用使用権の設定ができますが、地域団体商標については専用使用権のような独占ライセンスの設定は禁止されています(商標法第30条第1項)。
商標法に定める団体が責任を持って地域団体商標を管理する必要があります。これにより、商標の使用に関して柔軟性が制限されることがあります。
特定の者のみが商標を使用できる権利は設定できません
専用使用権の設定が認められないのと同じ理由により、特定の者だけに限定する通常使用権の設定も認められていません(商標法第31条の2第1項)。
つまり、特定の企業や個人だけに使用を許諾するような排他的な権利設定はできず、商標の使用は団体内のルールに基づいて管理される必要があります。
4. 地域団体商標の出願から登録までの5ステップ
STEP1:出願資格の確認と団体の体制づくり
地域団体商標を出願できるのは、事業協同組合や農業協同組合、商工会、商工会議所、NPO法人(一定の条件を満たす場合)などの特定の団体に限られています。まずは自分たちの団体が出願資格を持っているか確認しましょう。
また、出願前に団体内で以下のような体制づくりを進めておくことが重要です:
- 商標取得・活用の目的の共有
- 品質基準や使用ルールの策定
- 管理体制の整備
- 費用負担の取り決め
STEP2:出願準備(必要書類の収集と準備)
出願には以下のような書類が必要です:
- 商標登録願
- 団体の定款・規約
- 構成員名簿
- 商標の使用規則
- 周知性を証明する資料(新聞記事、カタログ、販売実績資料など)
特に「周知性を証明する資料」は重要で、その地域ブランドが一定の範囲(隣接都道府県など)で知られていることを示す必要があります。日頃からメディア掲載情報や販売データを整理しておくと良いでしょう。
STEP3:特許庁への出願手続き
必要書類がそろったら、特許庁に出願します。特許庁に支払う印紙代は3,400円の基本料金に加えて区分数に8,600円を掛けた金額です(2025年4月現在)。
電子出願も可能ですが、初めての場合は特許庁の相談窓口や弁理士に相談するのがおすすめです。地域によっては自治体が出願をサポートする制度もあります。
STEP4:審査対応(情報提供や補正対応)
出願から約6〜8ヶ月で審査官による審査が行われます。この過程で不備を指摘される「拒絶理由通知」が来ることもあります。その場合は、追加資料の提出や願書の補正などで対応します。
拒絶理由としては、「周知性の証明が不十分」「地域と商品の関連性が弱い」といった点が多いので、事前の準備が重要です。
実際に拒絶理由を受けた場合には、弁理士・弁護士の商標の専門家と相談して対応しましょう。
STEP5:登録手続きと権利の維持管理
審査をクリアすると登録査定が届きます。その後、登録料(区分数×32,900円)を納付すると10年分の商標権が発生します。
登録後も10年ごとの更新料の支払いや、品質管理の徹底など、権利を維持するための活動が必要です。常に品質向上と普及活動を続けることが、ブランド価値を高める鍵となります。
5. 地域ブランドを成功に導いた事例紹介
農産物分野の成功事例
【淡路島たまねぎ:商標登録第5367312号】
地域団体商標を出願した約 14年前、中国産品等の産地偽装が問題になっていました。淡路島産のたまねぎを「ほんまもん」として守ろうという意識が高まったことが地域団体商標出願のきっかけです。「淡路島たまねぎ」は、商標と登録番号を表示した共通の段ボールを使用して出荷しています。段ボールは、一般への販売は行っておらず、JAで管理することで、模倣品が流通することを防いでいます。
(特許庁:地域団体商標ガイドブック2024から)。
【宇和島じゃこ天:商標登録第5083713号】
宇和島蒲鉾協同組合が取得した「宇和島じゃこ天」は、ブランド管理と市場戦略の好例です。2007年に地域団体商標を取得後、模倣品への申入れをしたところ、すぐに使用を中止してもらえるようになりました。地域団体商標の取得による組合員のメリットは、ふるさと納税の返礼品としてすぐに認められたことです。
(特許庁:地域団体商標ガイドブック2024から)
工芸品分野の活用例
【会津本郷焼:商標登録第6333681号】
会津本郷焼事業協同組合ではもともと地域団体商標に興味があり、地域団体商標を取得することに組合内で意見が一致していました。自分たちのブランドを守る必要性を感じ、地域団体商標の出願に踏み切りました。
(特許庁:地域団体商標ガイドブック2024から)
【加賀友禅:商標登録第5021579号】
「加賀友禅」の技法と技術を守り、類似品が当たり前にある状況を変えるため、地域団体商標が取得されました。加賀友禅作家の作品でないものが、「加賀友禅」として販売されている模倣品がある場合、地域団体商標を取得しているので、安心して模倣品への対策を行うことができるようになりました。
(特許庁:地域団体商標ガイドブック2024から)
サービス分野での活用
【戸越銀座商店街:商標登録第5021579号】
戸越銀座商店街は、地域団体商標権利者でもある3つの商店街振興組合で構成されています。登録までのハードルが高いことは理解していましたが、関係者が協力したうえで地域団体商標を権利取得することができ、今では、「戸越銀次郎」や「戸越銀座商店街」の商標は、知名度が上がるにつれ使用したいとの申出も増えています。
(特許庁:地域団体商標ガイドブック2024から)
海外展開に成功した地域団体商標
【今治タオル:商標登録第5060813号】
四国タオル工業組合が取得した「今治タオル」は、海外展開の成功例として注目されています。中国で横取りされた商標権を取り戻すことにも成功しています。高品質を証明する「今治タオルブランド認定商品」の仕組みとともに、地域団体商標を活用。アジアを中心に模倣品対策にも効果を発揮し、海外の高級百貨店などでも販売されるブランドに成長しました。
6. 取得・活用時の注意点とよくある質問
権利取得の難しさと対策
地域団体商標の取得で最もハードルが高いのは「周知性の証明」です。審査では「隣接都道府県に及ぶ程度の範囲」で知られていることが求められます。
対策としては:
- 日頃からメディア掲載情報を収集・整理する
- 展示会や物産展への出展実績を蓄積する
- 販売データやアンケート結果などの客観的資料を準備する
- 著名人の推薦コメントなども有効活用する
登録後の維持管理と品質管理の重要性
商標登録はゴールではなく、むしろスタートです。登録後は以下のような活動が重要になります:
- 団体構成員への商標使用ルールの徹底
- 定期的な品質チェックの実施
- 不正使用の監視体制の構築
- マーケティング活動の継続
登録したものの活用が進まず、権利が形骸化してしまうケースもあるため、継続的な取り組みが必要です。
模倣品発見時の対応方法
模倣品を発見した場合は、以下のステップで対応します:
- 1. 証拠(写真、販売状況など)の収集・保全
- 2. 弁理士・弁護士への相談
- 3. 警告状の送付
- 4. 必要に応じて差止請求・損害賠償請求などの法的措置
特に海外での模倣品対策は専門家のサポートが必須です。ジェトロ(日本貿易振興機構)などの支援制度も活用しましょう。
団体内での利益分配や運営についての留意点
地域団体商標の活用で注意したいのは、団体内での公平性の確保です。以下のような点を事前に明確にしておくことが望ましいでしょう:
- 商標使用料の設定(必要な場合)
- プロモーション費用の分担方法
- 新規加入者の受け入れ基準
- 違反者への対応ルール
透明性の高い運営を心がけ、団体内の合意形成を大切にすることが長期的な成功につながります。
よくある質問とその回答
Q: 地域団体商標の取得にかかる費用はどれくらい?
A: 特許庁の出願印紙代と登録印紙代の他、弁理士に依頼する場合は別途報酬がかかります。全体ではカバーする権利範囲に依存しますが、10〜50万円程度が目安です。
Q: 個人でも地域団体商標を取得できる?
A: 個人では取得できません。事業協同組合や農協、商工会などの団体である必要があります。個人事業主の場合は、地域の組合などに加入して活用を検討しましょう。
Q: 外国でも保護されるの?
A: 日本での登録だけでは外国での保護は受けられません。海外でも保護を受けたい場合は、各国で別途出願する必要があります。マドリッド協定議定書を利用する方法もあります。
Q: 地域名と関係ない商品でも登録できる?
A: 基本的には、その地域と関連性がある商品・サービスである必要があります。単に地域名を付けただけでは登録は難しいでしょう。
7. 地域団体商標を活かした地域ブランド戦略
商標取得後のプロモーション戦略
地域団体商標を取得したら、積極的にPRしましょう。効果的な方法としては:
- 商品パッケージやPOPに「地域団体商標登録済」の表示
- プレスリリースの配信
- 公式ウェブサイトでの紹介
- SNSを活用した情報発信
- 展示会や物産展での訴求
消費者に「公的に認められた地域ブランド」であることをアピールすることで、信頼感を高めることができます。
観光業との連携による相乗効果
地域ブランドは観光資源としても大きな価値があります。以下のような連携施策が効果的です:
- 「○○の製造見学ツアー」などの体験型コンテンツの開発
- 道の駅や観光案内所での重点販売
- 地域の飲食店やホテルとのコラボレーション
- ふるさと納税の返礼品としての活用
例えば「南部鉄器」では工場見学と制作体験を組み合わせた観光プログラムが人気を集め、ブランド認知度の向上と販売促進の両方に貢献しています。
地域団体商標に特化した販売会の展開事例
地域団体商標を活用した6次産業化(生産・加工・販売の一体化)も注目されています。
例えば地域団体商標制度のさらなる普及を図るため、地域団体商標に特化した販売会を初めて東京駅イベントスペース「スクエア ゼロ」にて、2025年2月28日(金曜日)~3月2日(日曜日)の3日間、開催されました。
デジタルマーケティングでの活用ポイント
デジタル時代の地域ブランド戦略では、オンラインでの情報発信が欠かせません:
- 商品の背景にあるストーリーを丁寧に発信
- 生産者の顔が見える情報発信
- 消費者との双方向コミュニケーション
- ECサイトの充実とSNSとの連携
- 動画コンテンツを活用した魅力発信
地域団体商標の信頼性と、デジタルマーケティングの拡散力を組み合わせることで、効果的なブランド戦略が実現します。
8. まとめ:地域の宝を守り育てる第一歩を踏み出そう
地域団体商標取得の検討フローチャート
地域団体商標の取得を検討する際のステップを簡単にまとめると:
- 1. 自分たちの商品・サービスが対象となるか確認
- 2. 団体の体制が整っているか確認(組合等の形態か)
- 3. ある程度の知名度があるか確認(周知性の要件)
- 4. 特許庁や専門家への事前相談
- 5. 必要書類の収集・準備
- 6. 出願・審査対応
- 7. 登録後の活用計画の実行
一つずつ段階を踏んで、着実に進めていくことが大切です。
今すぐできる3つのアクション
地域団体商標の取得を考えている方に、今すぐ始められるアクションをご紹介します:
- 1. 地域資源の棚卸し:自分たちの地域にどんな特産品や伝統的な産品があるか、改めて整理してみましょう
- 2. 関係者との対話:同業者や関連団体、自治体の担当者などと、地域ブランド保護の必要性について話し合ってみましょう
- 3. 情報収集の開始:新聞記事やメディア掲載情報、販売データなど、周知性を証明するための資料集めを始めましょう
今後の展望と地域ブランド発展のヒント
地域団体商標は取得してからが本当のスタートです。長期的な視点でブランド育成を考え、以下のような点を意識すると良いでしょう:
- 一貫した品質の維持と向上
- 時代のニーズに合わせた商品開発
- 若手生産者の育成と技術継承
- 他の地域ブランドとの連携・コラボレーション
- グローバル視点での展開
地域の誇りである産品を守り、次世代に引き継いでいくために、地域団体商標制度を有効に活用しましょう。皆さんの地域の宝が、全国、そして世界に認められるブランドへと成長することを願っています。
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※この記事は2025年4月時点の情報に基づいて作成しています。制度の詳細は変更される可能性がありますので、最新情報は特許庁のウェブサイト等でご確認ください。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247