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アイホン商標権ライセンス料1億5千万の件で週刊新潮にコメント掲載


1. iPhoneが日本で登録できないというのは本当か

「世界で最も有名なスマートフォンが、日本ではメーカー自身の名義で商標登録されていない」。都市伝説のように語られるこの話は、実際の事実です。

アップルの「iPhone」は、名古屋のインターホンメーカーであるアイホン株式会社が1955年に登録した商標「アイホン」と読み方が一致します。そのためアップルは、日本で自社名義の商標を取得できませんでした。

では、なぜアップルは日本で「iPhone」を販売できているのでしょうか。その背景には、商標法を踏まえた両社の合意があります。本記事では、この事例の経緯をたどり、中小企業やスタートアップが学べる点を解説します。

2. インターホンメーカー・アイホン株式会社が持つ商標

アイホン株式会社は、1948年に創業したインターホン業界の老舗メーカーです。家庭用から集合住宅向けまでのインターホンシステムで国内トップシェアを持ち、70年以上にわたって日本の住宅設備を支えてきました。

同社が商標「アイホン」をカタカナ表記で登録したのは、1955年のことです。

1950年代にアイホン株式会社が取得した商標「アイホン」の商標権

出願/登録番号:登録0460472
(商願昭29-008949)
商標:アイホン
区分:09
出願人:アイホン株式会社
出願日:1954/04/09
登録日:1955/02/16
出願/登録番号:登録2382806
(商願昭63-108663)
商標:アイホン
区分:09
出願人:アイホン株式会社
出願日:1988/09/22
登録日:1992/02/28

当時はまだ携帯電話もスマートフォンも存在せず、固定電話が家庭に普及し始めた時代でした。アイホンは自社の屋号と製品ブランドを守るため、早い段階で権利を押さえていました。

この登録が、半世紀後に同社へ大きな収益をもたらすことになります。市場や技術がどう変わるか見通せない段階で、自社の名前を保護しておくことの意味を示す事例です。

3. 先願主義と「類似範囲」という商標法の基本

商標の世界では、先に出願・登録した者の権利が優先されます。これを先願主義といいます。どれほど有名な企業でも、登録の場面では出願の早さが結果を左右します。

商標の保護は、まったく同じ名前だけでなく、似た名前にも及びます。似ているかどうかは、次の三つの要素から総合的に判断されます。

称呼(読み方)

称呼とは読み方のことです。カタカナの「アイホン」とローマ字の「iPhone」は、文字は違っても読み方が共通します。今回の判断では、この読み方の一致が決め手になりました。

外観(見た目)

外観は、文字や図形の形、配置、全体の印象を指します。文字の見た目は異なりますが、今回は読み方の一致が優先されました。

観念(意味合い)

観念は、その商標から消費者が思い浮かべる意味や概念です。

これら三つの要素のうち、一つでも似ていれば紛らわしいと判断されることがあります。「アイホン」と「iPhone」は読み方が共通するため、アップルが単独で出願しても登録は難しい状況でした。

4. アップルの日本上陸とライセンスによる解決

2008年7月、日本でも初代「iPhone 3G」の発売が決まり、アップルは商標の問題を解決する必要に迫られました。日本市場への本格参入を前に、この壁を越えなければならなかったのです。

このときに採られたのが、双方に利益のある方法でした。商標を持つアイホンが新たに「iPhone」を登録し、それをアップルにライセンス供与するという仕組みです。これにより、法的な問題を避けながら、両社が利益を得られる関係が築かれました。

独占ライセンス用に取得したとみられる商標「iPhone」の商標権

出願/登録番号:登録5147866
(商願2006-086904)
商標:iPhone
区分:09
出願人:アイホン株式会社
出願日:2006/09/19
登録日:2008/07/04

特許庁に対する独占ライセンス権の設定手続の公開記録

特許庁手続日付
登録査定2008/06/20
設定納付書2008/06/20
登録証2008/07/15
専用使用権設定登録申請書(契約・許諾)2008/07/30
移転登録済通知書2008/08/29
専用使用権変更登録申請書(変更契約)2018/06/27
移転登録済通知書2018/07/27

アイホンにとっては、自社とは無関係のスマートフォンが世界で売れるほど、ロイヤリティー収入が増える契約です。アップルにとっては、市場参入の最大の障壁が取り除かれ、日本で事業を展開できるようになりました。

両社は2008年3月に契約を締結したと報じられ、この合意のもとで現在まで円滑な関係が続いています。知的財産を巡る問題が、必ずしも裁判に発展せず、工夫次第で双方に利益をもたらす形で解決できることを示した一例です。

5. ライセンス料はいくらか。決算短信が示す年1億5000万円

契約の詳細は両社とも公開していませんが、アイホン株式会社の決算短信を見ると、手がかりになる数字があります。

同社の営業外収益には「受取ロイヤリティー」という項目があり、毎期およそ1億5000万円が計上されています。商標実務に携わる立場から見ると、この大部分がアップルからのライセンス料だとみられます。2025年3月期の決算でも同程度の金額が確認でき、この見方を裏づけています。

年間1億5000万円という金額を、どう見ればよいでしょうか。アップルの日本でのスマートフォンシェアは5割を超え、iPhoneの年間販売台数は数千万台に上ります。アップルの事業規模からすれば、決して大きな負担ではないでしょう。

一方、アイホンにとっては安定した収入源です。1955年の登録から約70年、この権利を維持するために必要なのは10年ごとの更新料のみです。その権利が年間1億5000万円規模の収入を生んでいるのですから、商標が持つ経済的な価値の大きさがよくわかります。

6. この事例が示す三つの教訓

アイホンとアップルの事例からは、三つの教訓を読み取れます。

第一の教訓:ブランドは早期登録が肝心

市場がまだ存在しない段階で取得した商標が、時代の変化によって大きな資産になることがあります。アイホンが商標を登録した1955年当時、スマートフォンという概念はありませんでした。それでも先を見据えて名前を保護したことが、半世紀後の収益につながりました。

現在も、AIやWeb3といった新しい分野が次々に生まれています。これらに関わる名称を早めに登録しておくことで、将来の価値につながる可能性があります。中小企業やスタートアップにとって、商標登録は比較的小さな投資で将来のリスクを抑えられる手段です。

第二の教訓:ライセンスもひとつのビジネスモデル

アイホンの例が示すように、自社でスマートフォンを作らなくても、権利を貸し出して収益化できます。商標は特許や著作権に比べて手続きがわかりやすく、維持コストも抑えられるため、中小企業でも取り組みやすい権利です。自社で使っていない商標でも、きちんと管理してライセンス戦略を立てれば、安定した収入につなげられます。

第三の教訓:交渉材料としての知的財産

知的財産権は、大企業に対しても対等な交渉材料になります。中堅企業のアイホンが、世界有数の企業であるアップルと対等に交渉し、継続的な利益を得ている事実が、それを示しています。技術やアイデアに強みを持つ中小企業にとって、知財戦略は競争力の土台になります。

7. 商標を出願する前の実務チェックリスト

ここまでの内容を踏まえ、事業を立ち上げる際に確認しておきたい実務上のポイントを挙げていきます。

アイデア段階での事前調査

サービスや事業の名称候補が決まったら、まずJ-PlatPat(特許情報プラットフォーム)で既存の商標を検索しましょう。無料で使え、似た商標がすでに登録されていないかを確認できます。この段階で確認しておけば、後のトラブルの多くを避けられます。

名称選定の優先順位

候補が複数ある場合は、読み方が既存の商標と重ならないものを優先しましょう。見た目が違っても、読み方が同じであれば、類似すると判断される可能性が高いためです。

出願のタイミング

商標の出願は、できるだけ早く行うことをおすすめします。資金に制約がある場合でも、最も重要な商品・サービスの区分だけは先に出願しておきましょう。区分は後から追加することもできます。

国際展開への備え

海外展開を視野に入れているなら、マドリッド協定議定書にもとづく国際商標登録(マドプロ)の利用も検討しましょう。一度の出願で複数の国での保護を申請でき、国ごとに個別に書類を準備する場合に比べて手間を抑えられます。

登録後の管理

登録した後は、®マークの適切な表示や、商標の使用ガイドラインの整備を進めましょう。将来のライセンス展開に備えて、契約書のひな型を用意しておくことも有効です。

8. まとめ:名前を守ることがブランドを守る

アイホンとアップルの事例は、名前を選び、早い段階で商標を押さえることが、企業の価値にどれほど影響するかを示しています。数万円の投資で取得した商標が、数十年後に年間億単位の収益を生む。これが知的財産の持つ力です。

優れた技術やアイデアも、きちんと保護し、戦略的に活用してこそ成果につながります。商標は、ブランド価値の向上、模倣品対策、ライセンス収入の創出といった点で役立ちます。

新しいサービスやブランドを立ち上げるなら、開発に着手する前に「名前を守る」ことを忘れないでください。それは将来、事業を守り、思わぬ収益を生む備えになります。商標は一度取得すれば、更新を続ける限り長く保護されます。今日の小さな投資が、明日の資産につながります。

※ライセンスに関する筆者のコメントは、週刊新潮2025年5月22日号に掲載されました。

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ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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ファーイースト国際特許事務所|弁理士 平野泰弘

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