索 引
毎日の食卓に欠かせないお米。最近は値段の高騰で購入するにも気合いが必要になってきています。あなたは普段、どの品種を選んでいますか?
「コシヒカリ」「あきたこまち」「ひとめぼれ」——これらの親しみやすい名前の背景には、実は深い物語と商標戦略が隠されています。今回は、お米の品種名に込められた思いと、商標登録との興味深い関係について掘り下げてみましょう。
1. お米の品種名、ひらがな?カタカナ?その違いに隠された歴史
日本には現在、数百種類ものお米の品種が存在しています。その中で「コシヒカリ」はカタカナ表記、「あきたこまち」はひらがな表記と、表記方法が統一されていないことにお気づきでしょうか。
この表記の違いには、実は品種開発の歴史が深く関わっています。
以前は農作物の品種改良が国の専売特許でした。国が指定する試験場で生まれた新品種には、威厳を示すかのようにカタカナの名前が付けられていたのです。「コシヒカリ」もその代表例で、1956年に国の研究機関で開発されました。
しかし時代の流れとともに、各都道府県でも独自の品種改良が活発化します。

地方で生まれた品種は、国の品種と区別するためにひらがなで表記されるようになりました。「あきたこまち」(1984年開発)は、まさにその流れを象徴する品種といえるでしょう。
興味深いのは、1991年に開発された「ひとめぼれ」の存在です。
この品種は国の試験場で生まれたにもかかわらず、ひらがなで表記されています。これは品種名の表記規制が緩和され、より親しみやすく、消費者の心に響く名前が重視されるようになった転換点を示しています。
2. 商標戦略としての品種名——消費者の心を掴む名付けの妙
近年の品種名には、明らかなマーケティング戦略が見て取れます。青森県の「青天の霹靂」、熊本県の「森のくまさん」など、一度聞いたら忘れられないユニークな名前が続々と誕生しているのです。
「青天の霹靂」という名前は、晴れた空に突然現れる稲妻のような衝撃的な存在になってほしいという願いと、青森県の「青」をかけ合わせた秀逸なネーミングです。
2015年に発売されたこの品種は、青森県産米として初めて食味ランキングで最高位の「特A」を獲得し、まさに名前通りの「霹靂」を食味の世界にもたらしました。
一方、「森のくまさん」は熊本県の別名「森の都」から着想を得ています。
夏目漱石が熊本を「森の都」と称した歴史的背景を活用し、「森の都・熊本で生産された米」から「森の」「熊」「産」を組み合わせて命名されました。このような地域の歴史や文化を品種名に織り込む手法は、地域ブランディングの観点からも非常に効果的です。
これらの名前は単なる識別のためのラベルではありません。消費者の記憶に残り、SNSで話題になり、購買意欲を刺激する重要なマーケティングツールとして機能しているのです。
3. 品種名に込められた深い思い——生産者の願いを紐解く
お米の品種名には、開発者や生産者の深い思いが込められています。その代表例を見てみましょう。

「コシヒカリ」の名前の由来
生産地である新潟県や福井県がかつて「越の国」と呼ばれていたことにあります。その越の国で光り輝くお米になってほしいという願いが込められており、結果として日本のお米の作付面積1位を長年維持する国民的品種となりました。
「あきたこまち」の名前の由来
平安時代の絶世の美女として語り継がれる小野小町にちなんでいます。小野小町が秋田県湯沢市の出身とされることから、多くの人々に美しく愛されるお米になってほしいという思いを品種名に託したのです。
「はえぬき」の名前の由来
山形県のオリジナル米として、一般公募から選ばれた名前です。「生え抜き」とはその土地で生まれ育つことを意味し、米どころ山形で生まれ育ったお米がこの先もずっと飛躍し続けるようにという願いが込められています。実際に「はえぬき」は食味ランキングで20年以上にわたって最高位の「特A」を獲得し続けており、名前に込められた願いが現実となっています。
4. 商標登録で守られるブランド価値
こうして生まれた魅力的な品種名の多くは、商標として登録され、法的に保護されています。例えば「はえぬき」は1996年に山形県によって商標登録され、「はえぬき米」「はえぬき米を使用したみそ」「はえぬき米を使用した菓子」など、幅広い商品カテゴリで権利が確保されています。
また、「プレミアムひとめぼれ みやぎ吟撰米」は全国農業協同組合連合会によって2008年に商標登録され、宮城県産のひとめぼれ米に特化したブランド保護が図られています。
これらの商標登録は、単に名前を守るだけでなく、品質の保証と消費者の信頼確保に大きな役割を果たしています。偽物や粗悪品からブランドを守り、生産者の努力と投資を保護する重要な仕組みなのです。
(商願2021-132728)
(商願2020-140376)
(商願2019-020093)
(商願2015-127102)
(商願2006-093499)
(商願平04-131385)
5. 最新トレンド——新世代品種の挑戦
令和の時代に入り、お米の品種開発はさらに加速しています。2024年に登録された愛媛県の「ひめの凛」、2023年の青森県「はれわたり」、秋田県「サキホコレ」、千葉県「粒すけ」など、次世代のスター候補が続々と登場しています。
これらの新品種に共通するキーワードは「耐暑性」「多収性」「特A評価」です。
気候変動に対応しながらも、食味の向上を追求する姿勢が鮮明に表れています。また、SNS時代を意識した「#大粒クリスタル」「#特Aホワイトツヤ」といったハッシュタグまで考慮されたネーミングは、デジタルマーケティングの重要性を物語っています。
令和6年産のお米は679.2万トンと前年から18.2万トン増加し、品質面でも1等米比率75.9%と好調な結果を示しています。
令和5年産水稲の収穫量上位10道県のデータ
順位 | 都道府県 | 収穫量 (トン) |
---|---|---|
1 | 新潟県 | 591,700 |
2 | 北海道 | 540,200 |
3 | 秋田県 | 458,200 |
4 | 山形県 | 359,300 |
5 | 宮城県 | 344,700 |
6 | 福島県 | 327,600 |
7 | 茨城県 | 316,400 |
8 | 栃木県 | 284,200 |
9 | 千葉県 | 265,700 |
10 | 岩手県 | 249,100 |
主要米品種の全国作付面積シェア(令和4年産データ)
この背景には、新品種の技術革新が大きく貢献しています。
※供給量が大きく下がっているわけではないのに、高騰が続くのは、高くても売れる状況なのか、とか、高く売る状況を作るためにどこかで止められているのではないか、とかの議論はありますが。
6. まとめ——食卓から見える知的財産の世界
毎日何気なく口にしているお米の品種名には、これほど深い物語と戦略が隠されていました。ひらがなとカタカナの使い分けから始まり、地域の歴史や文化を活用したネーミング、そして商標登録による法的保護まで、まさに知的財産の宝庫といえるでしょう。
次回お米を購入する際は、ぜひ品種名にも注目してみてください。そこには開発者の情熱、地域の誇り、そして未来への希望が込められています。
炊きたてのご飯の甘みや旨味とともに、その背景にある物語も味わってみてはいかがでしょうか。きっと普段の食事がより豊かで意味深いものになるでしょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
[参考]
- [1]公益社団法人米穀安定供給確保支援機構
- [2]JAグループ熊本 くまもと売れる米づくり推進本部
- 農林水産省 米の流通状況等について