(1)アルファベット一文字の商標は原則登録不可
アルファベット一文字を商標として登録し、独占するのは基本的に不可能です。特許庁の審査を通過するのは難しく、理由はシンプルです。たとえば、AやBといった文字が商標として登録されると、その文字を他の人が自由に使えなくなるため、社会全体に不便が生じるからです。
商標法では、特にアルファベット一文字だけを商標として登録することを認めていません。これは、アルファベット一文字が「標章」(商標を構成する文字や記号など)として広く一般に使用されているためです。
極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標(は登録を受けることができない)
商標法条文 第3条第1項第5号から引用。かっこ部分は筆者が加筆
たとえば、新聞や雑誌、書籍などで日常的に使われているフォントのアルファベット一文字は、この法律の規定に該当します。そのため、特許庁にアルファベット一文字の商標を出願しても、審査で拒絶される可能性が高いのです。
(2)アルファベット一文字を登録する方法
アルファベット一文字だけの商標が登録できる場合はないかというと、そうではありません。実際には、条件を満たせば登録が可能です。
商標法では「・・・のみからなる商標」と規定されていますが、この「のみ」とは、文字そのものだけで構成されている場合を指します。つまり、文字以外の要素、例えばデザインが加わった場合、アルファベット一文字でも商標登録が可能となります。
アルファベット一文字の登録例
では、実際に登録されたアルファベット一文字の商標を見てみましょう。
図1: 毛筆字体のデザイン商標
特許庁で公開された商標公報から引用
- 登録番号:商標登録第2428881号
- 登録日 :平成4(1992)年 6月 30日
- 指定商品役務:第16類 印刷物など
毛筆のような独特の字体でデザインされたアルファベット一文字は、一般的なフォントとは異なり、「簡単でありふれた」商標ではないと判断されます。この独自性があるため、商標審査に合格し、商標権を取得することが可能です。商標権が認められると、この商標に似たデザインのものを使用して印刷物を販売することなどはできなくなります。
図2: 図案化されたアルファベット商標
特許庁で公開された商標公報から引用
- 登録番号:商標登録第4547472号
- 登録日 :平成14(2002)年 3月 1日
- 指定商品役務:第16類 印刷物など
もう一つの例として、図案化されたアルファベット一文字も登録されています。このように、デザインや装飾を工夫して一般的な表記とは異なる表現を加えることで、アルファベット一文字でも商標として認められることがあります。
アルファベット一文字の商標権の範囲
アルファベット一文字の商標であっても、一度特許庁で登録されれば、商標権が発生します。商標法第25条では、商標権者が登録された商標を独占的に使用できると定められています。
商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。
商標法第25条の条文から引用
また、第37条第1項第1号によると、商標権は登録商標そのものだけでなく、類似した商標の使用も禁止できるとされています。
次に掲げる行為は、当該商標権又は専用使用権を侵害するものとみなす。
商標法第37条第1項第1号の条文から引用
一 指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用
類似性は、外観、発音、意味の観点から判断されるため、デザインが施されたアルファベット一文字の商標であっても、同じ読み方の文字には商標権の効力が及ぶ場合があります。
効力の限界
しかし、これは単純に他の人がAという文字を使えなくなるということを意味するわけではありません。商標権の効力は、デザインが加わった場合にのみ認められるため、そのデザインの要素がない場合、同じ読み方のアルファベットには効力が及ばないと解釈されるべきです。
商標権の申請時には「デザインが特徴的だから登録をお願いします」としていたにもかかわらず、権利行使の際に「デザインは関係なく、読み方が同じなら権利侵害だ」と主張するのは不当です。このような主張は裁判所で認められません。
この考え方は「包袋禁反言」と呼ばれ、要するに、権利乱用を防ぐための仕組みです。商標権を取得する際に主張した内容を覆して、他者の権利を不当に侵害することはできないということです。
商標権の併存
例として、図1と図2の商標はいずれも書籍を対象としていますが、互いに類似しないと特許庁が判断したため、同じ商品を対象にしながらも、それぞれの商標権が並立して存在しています。これは商標が独占権であることを保証しながらも、類似しない場合は同じ範囲で商標が共存できるという商標法の仕組みによるものです。
(3)アルファベット一文字を登録する意味と注意点
アイコンとして使用する際の注意
上記の図1や図2の商標を見れば分かるように、同じアルファベット一文字のAをモチーフにした商標であっても、デザインが異なれば互いに類似しないと判断され、別々の商標権が存在することになります。つまり、登録された特定のデザインにしか商標権の効力は及ばないということです。
では、アルファベット一文字の商標登録には意味がないのでしょうか? 実際にはそうとも限りません。
たとえば、ウェブサイトやアプリのアイコンなどで、シンプルな文字や図形がよく使用されます。もし「アルファベット一文字は商標登録されないだろう」と軽く考えていると、他人のデザインされた商標と偶然一致してしまい、商標権侵害に巻き込まれるリスクがあります。
そのため、特にシンプルなデザインを使用する場合は、事前に商標登録の状況を確認し、トラブルを未然に防ぐことが重要です。
(4)まとめ
アルファベット一文字の商標は、一見シンプルですが、デザインを加えることで商標登録が次々に可能となります。結果として、それぞれの商標が互いに類似しないと判断され、同じような商標権が並列して存在することがよくあります。結果的に商標権が乱立する状況が、知らない間に発生している可能性があり、知らないうちに他人の権利を侵害してしまう危険性があります。
特に、デザインが施されたアルファベット一文字を商品やサービスの表示に使用する場合、商標権を持つ第三者から訴えられるリスクがあるため、注意が必要です。
商品やサービスの表示には細心の注意を払い、商標権の確認を怠らないことが重要です。油断すると、予想外のトラブルに巻き込まれる可能性があるので、事前の調査をしっかり行いましょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247