1.「拒絶理由」とは
商標が登録できるかどうかを判断するのは特許庁の審査官です。
ただし、その判断は「気に入らないから登録しない」といった曖昧なものではなく、商標法に明確な基準が定められています。
商標が登録されるために満たすべき要件を「拒絶理由」といい、法律によって具体的に決められています(商標法第15条)。
審査基準が法律で定められていることで、審査官の主観に左右されることなく公平な判断が行われるのです。
拒絶理由の2タイプ
拒絶理由には主に2つのタイプがあります:
1. 独占が許されない場合(商標法第3条)
特定の人が商標を独占することで、他の人が不便を被る可能性がある場合。
2. 他者の権利と競合する場合(商標法第4条)
他者の権利や公共の利益に反する場合。
これらの理由に該当する商標の登録は認められません。
通常、まず第3条に該当するかどうかが審査され、問題がなければ次に第4条に該当するかが判断されます(実際の審査では、第3条と第4条の両方の拒絶理由が同時に通知されることもあります)。
2.商標法第4条第1項第7号とは
前述のとおり、商標が登録できない理由は商標法で明確に定められていますが、その中にやや曖昧に感じられるものがあります。
それが「公序良俗違反」として知られる商標法第4条第1項第7号です。
「公序良俗違反」と聞くと、何か非常に悪いことのように思えるかもしれません。しかし、条文の内容だけでは具体的なイメージが湧きにくいのも事実です。
まず、「公序良俗」とは何かを確認してみましょう。広辞苑には次のように記されています:
「公共の秩序と善良の風俗。つまり、国家や社会の公共の秩序や普遍的な道徳を指し、公序良俗に反する行為は無効とされる。」
つまり、商標がこの基準に反すると、社会的な秩序や道徳に反するものとして拒絶される可能性があるのです。
3.「公序良俗違反」と言われるのはこんな商標
特許庁は「商標審査基準」において、第4条第1項第7号に該当する具体的な商標の例を挙げています。この基準では、以下の5つのパターンが「公序良俗違反」として考えられます:
1. 構成自体に問題がある商標
商標そのものが公序良俗に反する要素を含む場合
2. 商品・サービスの使用によって問題が生じる商標
構成には問題がなくても、特定の商品やサービスで使用されることで公序良俗に反する場合
3. 他の法律で使用が制限されている商標
他の法律の規定によって使用が禁止されている場合
4. 他国やその国民を侮辱したり、国際的な信義に反する商標
外国やその国民を貶める表現や、国際的な信頼を損なう表現が含まれている場合
5. 出願の経緯に問題がある商標
出願過程に不正が認められる場合や、信義に反するような行為が行われた場合
このように、「公序良俗違反」に該当するかどうかの判断基準には一定のガイドラインが設けられており、審査官はこれに基づいて判断を行います。
実際に「公序良俗違反」と判断される商標の具体例
ここでは、審査で「公序良俗違反」と判断されやすい商標の代表的なパターンについて、具体的な例を挙げてご説明します。
(A)「大学」の文字を含む商標
個人や企業など、教育法に基づく「大学」ではない者が「大学」の文字を含む商標を登録すると、一般の人が誤解してしまう可能性があります。このため、「公序良俗違反」と判断されることがあります。ただし、実際の大学が自らその名称を登録する場合や、一般に誤解を招かないような使用方法であれば、この限りではありません。
(B)「○○士」を含む商標
「○○士」は国家資格を示すことが多いため、無関係な人がこの名称を登録すると、国家資格への信頼が損なわれる恐れがあります。このため、「公序良俗違反」とされる場合があります。ただし、一般の人が誤解しないような形や、資格認定機関が出願する場合などは例外です。
(C)歴史上の有名人の名前を含む商標
歴史上の有名人の名前には多くの人が親しみや価値を感じており、地域の観光促進などに利用されることもあります。無関係な者にこの名前を登録されると、地域振興などの公益活動に支障が出る恐れがあるため、「公序良俗違反」となります。フルネームに限らず、愛称や芸名も該当しますが、人物の知名度や出願の背景によっては、例外として認められる場合もあります。
(D)伝統的な家紋を含む商標
武家の家紋や神社仏閣の紋章などの伝統的な家紋も、公的な意義があるため無関係な者には登録が認められにくいです。地域の観光振興や文化保護のためにも重要なものとされ、「公序良俗違反」と判断されます。ただし、現代で作られた新しい家紋についてはこの限りではありません。
(E)著名な絵画などの美術作品を含む商標
有名な絵画やアート作品などを無関係な者が商標登録することで、その作品の信用を利用して取引秩序を乱す可能性があるため、「公序良俗違反」となります。
(F)「株式会社」などの会社名を含む商標
個人が「株式会社」を含む名称を商標として登録すると、会社と誤解される恐れがあり、「公序良俗違反」とされます。また、例えば「○○株式会社」という名称を「××株式会社」が商標として出願する場合も、取引の混乱を招く可能性があるため、「公序良俗違反」となる可能性があります。
これらの例を踏まえて、自社の商標が「公序良俗違反」と判断されるリスクを避けることが重要です。
4.「公序良俗違反」と言われたら
もしも商標が「公序良俗違反」と判断された場合、通常は「意見書」を提出し、審査官の認定に対して反論する手続きをとります。しかし、審査官の判断を覆すのは容易ではありません。
反論の際には、具体的な証拠を提出することで説得力を高めることが可能です。例えば、歴史上の有名な人物と出願人の関係を示す資料などがあれば、「公序良俗違反」に該当しないと説明するのに役立ちます。
また、(F)のケースでは、出願人を「○○株式会社」に変更することで問題を解決できる場合もあります。
過去の事例として、当所が取り扱った商標で、一度「公序良俗違反」とされたものの、反論の結果として登録が認められたケースがあります。商標「ぼったくり屋」です。
現在では更新されず、失効していますが、審査の段階では公序良俗違反として審査官から登録を認めない、と言われたことがあります。
当時は、もし本当にぼったくるなら、自分から名乗ることはないでしょう。これは洒落です、と主張して審査に合格したことがあります。
確かに、実際にぼったくりを行う店舗が、自ら「ぼったくり屋」と名乗ることは考えにくく、その点が認められた一例です。
このように、個々の事情に応じた反論や証拠の提出によって、登録への道が開かれることもあります。
5.まとめ
「公序良俗違反」として扱われる範囲が広がりつつあります。特に上記の具体例の中でも(C)歴史上の有名人名、(D)伝統的な家紋、(E)著名な絵画なども、「公序良俗違反」として追加された要件です。
審査の結果、「公序良俗違反」と判断されても、即登録不可というわけではありません。
しかし、実際に審査官の判断を覆すのは容易ではなく、手間と時間がかかるのも事実です。
商標は自分たちのサービスや商品を知ってもらうための重要なツールであり、それが「公序良俗違反」とされてしまうのは残念なことです。
そのため、できるだけ「公序良俗違反」に該当しないよう、オリジナリティのある商標を検討し、商品やサービスの魅力を正しく伝える手段としてご活用ください。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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