索 引
- 1. 序章「カナダは特殊」だった時代の記憶と、いまの現実
- 2. 2019年6月17日。カナダ商標「近代化」のコアは、ニース分類と記載の厳格化
- 3. 「登録前に揉める」国:カナダは登録前異議申立が基本構造
- 4. 登録後の主なリスク:Section 45(不使用取消)は誰でも請求でき、職権でも開始される
- 5. 2025年4月1日:争訟実務がアップデート。TMOBで「行動のまずさ」がコストになる
- 6. 2025年6月:生成AIを使うなら「使いました」と言う時代へ。提出物の品質が争点になる
- 7. 登録後3年以内の権利行使が難しくなった(2025年改正の実務上の影響)
- 8. 改めて押さえる:存続期間は10年。更新は「棚卸し」のチャンス
- 9. 分割出願OK、非伝統的商標もOK:ただし「通す」より「運用する」目線で
- 10. 日本の「コンセント制度」とカナダの「同意」は、似て非なるもの
- 11. 2026年版:日本企業向け「カナダ商標」勝ち筋の作り方(文章でまとめる実務設計)
- 12. まとめ:2019年法改正から2026年への流れ
2019年1月30日当時、このブログでカナダの商標法改正について説明しました。
当時は「カナダには区分(クラス)がないのでは」「出願の基礎を選ばなければならないのでは」といった、いわゆる「カナダあるある」を前提に、私たちは出願戦略を組み、2019年の制度転換に向けてスケジュールを逆算していました。
2026年のいま振り返ると、次のように言うこともできます。カナダは2019年に「登録しやすい国」へ変わりました。そして2025年からは「登録後に甘くない国」へ、さらに実務がシビアになっています。
この記事は、2019年当時の改正時点のポイントを押さえ直しつつ、2025年の争訟実務アップデートと、日本のコンセント制度(2024年導入)との違いまで、一本のストーリーとしてつなげて説明します。
1. 序章「カナダは特殊」だった時代の記憶と、いまの現実
2019年に説明したのはカナダが「他国とちょっと違う国」だったことです。とくに当時の実務家が驚くポイントは、だいたい次の2つに集約されていました。
ひとつは、区分(クラス)の概念が薄かったこと。もうひとつは、出願の基礎(使用している、使用予定、外国出願等)を意識して組み立てる必要があったことです。
2019年を境に、カナダは国際整合へ舵を切り、制度の入口が一気にグローバル標準へ寄っていきました。カナダは同年から、マドリッド制度(Madrid Protocol)、ニース協定(Nice Agreement)、シンガポール条約(Singapore Treaty)が発効する形で国際枠組みに参加しています。
その「入口が広がった」流れの延長線上で、2025年4月1日には、争い方(TMOB手続・裁判の運用)までアップデートされました。
2019年の記事に2026年視点で追記すべきポイントです。いまのカナダ商標は「出せば通る」ではなく「通した後に、守り切れるか」が勝負どころになっています。
2. 2019年6月17日。カナダ商標「近代化」のコアは、ニース分類と記載の厳格化
(1)「区分がない」は過去の話に:ニース分類の採用
2019年改正で、カナダはニース分類を採用し、商品・役務をクラス分けして管理する世界標準へ寄りました。カナダのクラスは、国際分類どおり「商品34+役務11」の計45クラスです。
2019年当時「クラスが増えると費用が増えるから、前倒し出願が有利」という発想でした。この考え方自体はいまも大枠で有効ですが、2026年のいまは、コスト以上に記載の設計が結果を左右する点です。
(2)商品・役務は「ordinary commercial terms」で書く:ここで手戻りが起きる
カナダ出願は、商品・役務をordinary commercial terms(通常の商取引上の用語)で記載することが法律上の要請として明記されています。
この一文は、さらっと読めますが、実務では影響が大きいです。日本語の感覚で「関連するもの一式」「〜に関するサービス」などと広く書くと、カナダでは「具体性が足りない」「商取引上の用語として曖昧」と見られて、補正や説明を求められやすくなります。結果として、審査が伸び、公告も遅れ、ビジネス側のローンチ計画とズレるという事故が増えがちです。
2019年の改正は「国際化して楽になった」側面がある一方で、書き方を間違えるとむしろ審査が長引きやすくなったとも言えます。
3. 「登録前に揉める」国:カナダは登録前異議申立が基本構造
日本の感覚で注意すべきなのが、この点です。
カナダは、原則として公告(advertisement)後、登録前に異議申立(opposition)が入ります。法文上、公告後2か月以内に、第三者が異議申立てを行える構造が置かれています。
これは言い換えると、「公告=ほぼ勝ち」ではないということです。
公告された瞬間に、競合が動き出します。そして異議が入ると、登録が保留され、時間が伸びます。ブランド側は「使いたいのに、権利が確定しない」という宙ぶらりん期間を抱えることになります。
2019年当時と変わらず「早く出しましょう」は、いまでも本質的には正しいです。ただ2026年版の結論は一段厳しくて、早く出すだけでは足りません。公告後の2か月で異議申立を受けない設計が重要です。
4. 登録後の主なリスク:Section 45(不使用取消)は誰でも請求でき、職権でも開始される
カナダは登録主義に寄ったとはいえ、権利の世界観は依然として「使用(use)」が強い国です。その象徴が、Section 45(不使用取消)です。
登録から3年経過すると、第三者の請求により(そして場合によっては登録官の職権でも)、登録権者に対して「カナダで使っている証拠を出してください」と通知が飛びます。
2019年当時は「使用宣誓書が要らなくなる」と考えることができました。登録までの提出物は軽くなりました。その代わりに、いまのカナダでは、登録後に証拠を出せない権利が生き残りにくい方向へ、制度と運用が揃っています。
2025年には、その流れが強化されました。Registrar-initiated(職権開始)のSection 45パイロットです。CIPO(カナダ知財庁)は、登録官がランダム選定した登録に対してSection 45を開始するパイロットの案内を公表しています。
「誰かに狙われたから」ではなく、「運悪く当たったから」でも、証拠提出を求められ得ます。この現実は、海外展開で「防衛的に登録だけ先に取る」設計をしてきた企業ほど、影響を受けます。
5. 2025年4月1日:争訟実務がアップデート。TMOBで「行動のまずさ」がコストになる
2019年改正が制度の近代化だとすれば、2025年4月1日は運用の近代化です。TMOB(Trademarks Opposition Board、日本の上級審の審判機関に該当)手続を中心に、コスト裁定・機密指定・ケースマネジメントといった仕組みが、実務として整備されました。
ただ「争ったら高額費用を払う」という単純な話ではないことです。むしろポイントは、手続の中で不適切、不合理と見られる行動が、費用リスクに直結しやすくなった点です。
以前は「粘った者勝ち」的な引き延ばしが(場面によっては)成立し得ました。いまは、「その動き、合理的ですか」と問われ、結果として費用で跳ね返ってくる可能性があります。
企業側の実務としては、代理人に任せきりにせず、社内でも「提出の品質」「期限管理」「撤退判断」を管理対象にしてください。
6. 2025年6月:生成AIを使うなら「使いました」と言う時代へ。提出物の品質が争点になる
もう一つ、2026年に語らずにいられないのがこの点です。
TMOBの当事者系手続では、提出文書に生成AIを使った場合の開示(宣言)を求める実務が示されています。
これが何を意味するかというと、「AIを使うな」ではありません。むしろ逆で、AIを使うなら、引用・根拠・出典の真正性を、人間が確認した上で提出せよ、というメッセージです。
カナダの紛争はこれからますます、「書けるか」ではなく、「裏取りできるか」が問われます。
商標の争いは、主張の巧さ以上に、証拠の質と信頼性で勝敗が決まります。AIが普及したことで、当局も相手方も、「もっともらしいけど怪しい引用」に敏感になっています。企業側も「速さ」より「正確さ」に寄せたワークフローが安全です。
7. 登録後3年以内の権利行使が難しくなった(2025年改正の実務上の影響)
2025年改正で、もう一つ見落としやすいのが、登録後3年以内の救済(差止・損害など)に使用が絡む点です。
カナダ商標法では、登録から3年以内に、商標権侵害等(section 19, 20, 22)を理由に救済を求める場合、その3年の間にカナダで使用していた(または特別事情がある)ことがないと、救済を受けられないという例外規定が置かれています。
これは、ビジネスの現場ではかなり効きます。「とりあえず登録だけ先に取って、ローンチは後で」という設計をしたとき、未使用の登録で強く権利行使するのが難しい局面が出てくるからです。
2026年版に対応するには、登録(出願)とカナダでの使用開始の工程表を、初めからセットで作ることです。これが実行できる企業ほど、カナダでの商標運用が強くなります。
8. 改めて押さえる:存続期間は10年。更新は「棚卸し」のチャンス
2019年改正で、カナダ商標の存続期間は(原則として)10年サイクルになりました。法文上も、登録は初回10年+更新10年と規定されています。
ここはコストの話だけではなく、運用の話として重要です。10年ごとの更新は、言い換えれば「棚卸しの強制イベント」になります。
もう使っていない指定商品・役務を抱えたまま更新するのか、使っている範囲に寄せて、攻めやすく、守りやすくするのか、将来の拡張を見越して残すなら、証拠管理まで設計できているか。
この判断ができる企業ほど、Section 45にも強く、交渉(共存や和解)でも主導権を持ちやすいです。
9. 分割出願OK、非伝統的商標もOK:ただし「通す」より「運用する」目線で
2019年改正で、分割(divisional)も制度上明確になりました。分割出願は、元の出願日の利益を維持しながら一部を切り出せる設計で、法律上も枠組みが置かれています。
また、いわゆる非伝統的商標(例:音、ホログラム、動き、位置、質感、香り等)もカナダで保護対象として扱われています。CIPOのガイドでも、香り(scents)や味(tastes)、質感(textures)などが例示されています。
ここでも2026年の言い方をするなら、「登録できる」より「それは使用立証できるか」が先に来ます。
非伝統的商標は、使い方・表示態様・証拠の残し方が難しいです。面白い武器である一方、Section 45や紛争局面で説明できない権利になりやすいので、導入はプロジェクト設計から入るのが安全です。
10. 日本の「コンセント制度」とカナダの「同意」は、似て非なるもの
日本では、2024年4月1日から、一定条件下で先行権利者の同意を踏まえて登録を認める「コンセント制度」が、審査基準の改訂として導入されました。制度導入後、2025年4月には「コンセント制度を用いた初の登録」も公表されています。
海外担当者がやりがちなミスがあります。日本でうまくいった「同意書で解決」の発想を、そのままカナダに持ち込むことです。
カナダでも同意は交渉上とても重要ですが「同意=登録保証」になりにくい(少なくとも、日本の制度設計ほど直線的ではない)という前提で動く方が安全です。カナダはそもそも、登録前異議という紛争が前に出る構造で、そこで問われるのは同意書だけではなく、市場での混同可能性を含む全体事情になりやすいからです。
結論として、日加で同じ「同意」でも、勝ち筋が違います。日本は制度としての枠が整い、カナダは事情評価の色が濃い。この違いを前提に、共存設計(表示態様、チャネル、ブランド階層、ネーミング)まで落とし込んでください。
11. 2026年版:日本企業向け「カナダ商標」勝ち筋の作り方(文章でまとめる実務設計)
カナダでの出願は、ネーミング段階で英語(場合によっては仏語)での意味・業界用語・記述性を点検し、次に商品・役務をordinary commercial termsで書ける粒度へ落とします。ここで「広く取りたい欲」に負けると、審査で手戻りし、公告が遅れ、結果として登録前異議の戦場に立つ時間が伸びます。これが典型的なコスト増ルートです。
公告後は、2か月という短い窓で異議が飛んでくる国なので、重要ブランドほどウォッチングと初動対応が生命線になります。登録前異議は「止められる側」だけでなく「止める側」の武器にもなるので、競合の動きが見える企業ほど市場の混乱を抑えられます。
登録後は、Section 45を前提に、使用証拠の定型保存に移行します。請求書や出荷記録、ECの画面キャプチャ、広告の掲載証跡、包装写真など、「いつ・どこで(カナダ)・何に対して・どの態様で使ったか」を説明できる形で残してください。さらに、職権でSection 45が来る可能性がある時代なので、「誰かに狙われなければ大丈夫」という発想を捨てることが重要です。
紛争局面では、2025年以降、TMOBでの行動規律が強化され、提出物の品質や手続対応が費用リスクに結びつきやすくなりました。AIを使うなら開示・検証が前提になり、さらに登録後3年以内の権利行使ではカナダでの使用が救済に関わるという、目立たないけど強いルールも入っています。ここまで含めて、「登録してからが本番」が2026年のカナダ商標です。
12. まとめ:2019年法改正から2026年への流れ
2019年当時、私は「改正前に出願した方がお得」「使用宣誓が不要になるから出願ハードルが下がる」と伝えました。自分でいうのは何ですが、それはそれで一つの当時の流れです。
2026年のいま、同じテーマを一言で言い直すなら、次のようになります。
カナダ商標は、入口が広がりました。その分、登録後に耐える設計(使用・証拠・紛争作法)を初めから作った企業が勝ちます。
もしカナダ展開(または北米展開)の計画があるなら、出願の相談は「いつ出すか」だけでなく、いつ使うか、何を残すか、揉めたらどう戦うかまで含めて設計しておくのが、費用対効果が高くなります。
ファーイースト国際特許事務所
弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247