初めに
先日、株式会社宣伝会議の出版する一つの雑誌である月刊広報会議からインタビューを受けました。2016年7月号の月刊広報会議の見開き2頁で、「エンブレム騒動を教訓に広報が知っておくべき知財権の知識」とのテーマで、このインタビュー記事が掲載されました。今回は月間広報会議のインタビュー記事の背景となる東京五輪エンブレムロゴマーク問題についてレビューします。
索引
(1)オリンピックエンブレムの扱いの難しさ
昨年2015年7月以降生じた、東京五輪エンブレムロゴマークの撤回問題を見て、多くの方がもっとうまく物事を進めることができなかったのか、当事者の管理はどうだったのか、という点が気になったと思います。
実は、東京五輪エンブレムの商標ロゴマークは、スポンサーから受領する100億円単位のライセンス料が動くため、権利確保に抜けがないように全世界・全範囲で商標の権利化を行う必要があります。
世界中で、あらゆる商品・役務について漏れなく権利がおよぶような商標権の場合、権利が得られるかどうかを調べるだけで数千万円単位で費用が必要になります。オリンピックの場合は、通常の一企業が行う営業活動の中で扱う権利確保活動の規模とはケタが違います。
そんな凄い権利の取得過程でなぜ問題が次々と浮き彫りになるのかは、まさにオリンピックならではの事情があったからということができます。
理想論を言えば、きちんと各国特許庁に東京五輪エンブレムを商標登録出願し、各国で審査を受けておいた方がよかったのはいうまでもありません。昨年の東京五輪エンブレムは、商標登録出願の申請手続は発表前に終えていたものの、各国の審査は未だ受けていない状態であったため、後になってからエンブレムが使えない、第三者の権利を侵害しているとの問題が発覚する可能性が、昨年のエンブレムの発表時点では未解決のままの状態でした。
各国特許庁に実際に商標登録出願を行い、審査を受けることにより、その審査過程で色々な問題が浮き彫りになります。その問題を一つひとつ解決した後に、東京五輪エンブレムを発表する手順を踏んでおけば、昨年ほどには問題は大きくならなかった可能性があります。
この一方、東京五輪のエンブレムマークについてがちがちに商標権で権利を固めた後に、事後報告的にエンブレムマークを発表した場合、エンブレムマーク選考過程が不透明とか、結論ありきの出来レースとして後から問題になる可能性もあります。
エンブレムマークの選考過程を透明化すると、今度は逆にふらちな第三者が無断で商標登録を試みる問題も発生する場合もあります。こういった第三者が実際に現れた場合には、最終的には組織委員会側に商標登録が認められるにしても、オリンピック開催までの時間が少なくなった現状で、このような東京五輪エンブレムの権利問題が発生するのは好ましいことではありません。
東京五輪エンブレムの商標ロゴマークの成立過程になんら怪しい点がなかったとしても、その取り扱いは簡単ではない、ということです。
(2)商標のロゴマークに関連する法律
東京五輪エンブレムに限らず、商標のロゴマークには大きく三つの法律が関連します。関連する法律は、著作権法、商標法および不正競争防止法です。これらの法律がどのように商標のロゴマークに関連するのか、順番に見ていきましょう。
(A) 商標のロゴマークと著作権法との関係
著作権法のしばりは、著作物をコピー等してはいけない、という形で働きます。このため、他人の著作物を無断でコピーして自分の作品として発表するのは違法です。
ところが著作権法の場合は、著作権侵害で相手を訴えるためには、相手がこちらの著作物をコピーしたことを立証する必要があります。
これはあきらかにコピーしたでしょう、という場面でも、侵害者が「知りません。」、「記憶にございません。」、「見たこともありません。」等と主張してきた場合には、「いや、知らないはずがない。あなたがこの著作物が展示されている会場に来場した公式記録が残っている」等といった具合に、シラを切り続ける侵害者を追い詰めていく必要があります。
一般に相手方がこちらの著作物をコピーしたことを立証することは容易ではありません。通常、著作権を侵害する者は、はいはいと著作権者側の主張を認めることはないからです。
著作権は、著作物の完成と同時に発生します。このため、著作権発生のために役所に手続をしたり、書面を提出したりする必要は一切ありません。
つまり、著作権の場合は、簡単に権利は発生するものの、その権利を行使することが難しいという問題があります。
ちなみに、誰の作品も全く参考にせず、完全オリジナルで著作物を完成させた場合には、その著作物に対してたまたま似ている他の著作物が仮に存在したとしても、著作権侵害の問題が発生することはありません。
著作権を侵害するかどうかは、対比する著作物同士が似ているかどうかにより決まるのではなく、既に存在する著作物をコピーしたかどうかで決まるからです。
(B) 商標のロゴマークと商標法との関係
上記の著作権法の場合とは異なり、商標法の場合は、商標のロゴマークを侵害者が知っているかどうかは全く関係がありません。
商標法の場合は、登録商標と同じか似ている商標を、権利が抵触する商品・サービスの範囲で使用するだけで商標権侵害が成立します。侵害者が登録商標の存在を知っていたかどうかは関係がありません。
著作権の場合とは反対に、商標権の場合は特許庁の審査に合格する必要があるため権利発生の条件は厳しいですが、権利行使の局面では、相手方がこちらの商標権を知っていたかどうかは立証する必要がないため、権利行使が簡単にできる特徴があります。
(C) 商標のロゴマークと不正競争防止法との関係
盲点になりやすいのが不正競争防止法です。不正競争防止法の場合は、有名な商標ロゴマークを無断で使用する場合に権利侵害が成立します。
商標ロゴマークをどこかに登録したり、審査を受けたりしなくても権利行使ができる点が特徴です。
ただし、商標ロゴマークが有名であることは、侵害者を訴える側が立証する必要があるのですが、この立証は簡単ではありません。
(3)最低限、特許庁の判断は受けておくべき
他人の権利を侵害する可能性のある商標ロゴは早く発見してそれを排除しておく必要があります。ここでは注意ポイントをいくつか挙げます。
(A) 商標のロゴマークを募集する際には模倣盗用がないことを宣誓させること
企業側が商標のロゴマークを採択する際には、その商標ロゴマークの捜索者に対して、模倣盗用した事実はないことを宣誓させます。
特に注意が必要なのは、チームで商標ロゴマークを創作する場合です。参考資料として準備した作品素材の中に、実は自由に商用利用できないものが混入している、というケースが考えられます。
商標ロゴの制作責任者の知らないところで、自由に使うことのできない素材が混入することは極力防ぐべきです。
(B) 似たマークがないか、最低限調べてみること
特許庁にはJ-PlatPat(ジェイプラットパット)と呼ばれる無料で使用可能な商標のデータベースが備えられていて、誰でも自由にいつでも使用することができます。このシステムを使用して、最低限、簡単に商標権を侵害する程度に似たものが見つかったなら、それを弾いておくべきです。
特許庁のJ-PlatPatにはヘルプデスクも設置されていて、定時時間内であれば電話で質問すれば丁寧に商標データベースの使い方を教えてくれます。また複雑なものや調べ方がよく分からないものの商標調査については専門家にお願いして調べてもらうこともできます。
(C) 実際に特許庁に権利申請する
商標登録制度は、先に商標のロゴマークを使用した者が権利者になるのではなくて、先に特許庁に権利申請した者が商標権者になる制度です。
このため商標ロゴマークについて検索するだけでは十分ではなく、実際に特許庁に権利申請しておく必要があります。
特許庁に商標登録出願をすると、特許庁の審査において、他人の商標権を侵害すると審査官が判断した場合には、その事実をこちらに教えてくれます。
他人の商標権を侵害するような商標は審査に合格することができません。逆にいうと、特許庁の審査を実際に受けることにより、権利侵害の有無をいち早く発見することができます。
東京五輪エンブレムの商標ロゴマークのように、後から問題が発覚するのではなく、特許庁の審査により、先に問題点があるなら積極的にあぶりだすことができます。
対外発表前であれば、審査官に反論して商標権侵害の事実はないことを説明するとか、また新たな商標を考え直すとかの対応が可能です。
商標登録を済ませておけば、一応は他人の商標権を侵害するものではないことのお墨付きを貰うことができます。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247