索 引
1. 神田がカレーの聖地と呼ばれる理由
東京の中心部に位置する神田は、古書店の街として有名ですが、実はもう一つの顔を持っています。
それは「カレーの街」としての顔です。現在、神田エリアには400店を超えるカレー店がひしめき合い、日本有数のカレー激戦区として知られています。
なぜ神田にこれほど多くのカレー店が集まったのでしょうか。
その背景には、明治時代から続く学生街としての歴史があります。多くの大学や専門学校が集まるこの地域では、安くて栄養価の高いカレーが学生たちに愛され、次第にカレー文化が根付いていったのです。
そして現在では、老舗から新進気鋭の店まで、個性豊かなカレー店が軒を連ね、全国からカレーファンが訪れる聖地となっています。
2. 欧風カレーの金字塔「ボンディ」の商標戦略
フランス料理の技法が生んだ革新的カレー
神田神保町の静かな路地に佇む「欧風カレー ボンディ」は、1973年の創業以来、カレー界に革命をもたらした名店です。創業者がフランス滞在中に学んだソースづくりの技法を日本のカレーに応用し、それまでにない深みのある味わいを実現しました。
ボンディのカレーソースは、何種類もの野菜とフルーツを長時間煮込んで作るブラウンソースがベースです。そこに厳選されたスパイスと乳製品を加えることで、まろやかな甘さの中にピリッとした辛さが際立つ、複雑で奥深い味わいが生まれます。
この独自の製法により、従来の日本のカレーとは一線を画す「欧風カレー」というジャンルを確立したのです。
緻密な商標登録による知的財産保護
ボンディが40年以上にわたって成功を維持できている理由の一つに、緻密な商標戦略があります。同店は以下の4つの商標を登録し、ブランドを多角的に保護しています。
BOndy(商標登録 第2034481号)
まず、1981年に登録された「BOndy」(商標登録第2034481号)は、アルファベット表記による基本的な商標です。
BOndy/欧風カレ−ボンディ(商標登録 第2260898号)
続いて1987年には「BOndy/欧風カレ−ボンディ」(商標登録第2260898号)を登録し、店名と商品名を組み合わせた保護を実現しました。
ボンディ/Bondy(商標登録 第2661602号)
さらに1992年には「ボンディ/Bondy」(商標登録第2661602号)でカタカナとアルファベットの併記による商標を登録しました。
Bondy/欧風カレ− ボンディ(商標登録 第3081385号)
1998年には「Bondy/欧風カレ− ボンディ」(商標登録第3081385号)で異なる組み合わせの商標を登録しています。
このように複数の商標を段階的に登録することで、模倣や類似商標の出現を防ぎ、長年築き上げたブランド価値を守っているのです。商標登録は単なる名前の保護ではなく、顧客との信頼関係を守る重要な経営戦略なのです。
3. 新世代の挑戦者「100時間カレーB&R」の急成長
わずか7坪から始まった快進撃
2013年、東京の片隅にある7坪の小さな店舗から始まった「100時間カレーB&R」は、わずか4年で首都圏に複数の店舗を展開するまでに成長しました。この成長の背景には、商品へのこだわりと、それを守る商標戦略がありました。
店名が示す通り、100時間以上かけて煮込まれるカレーソースは、大量の香味野菜と果物、そして厳選された黒毛和牛を使用しています。
素材がトロトロになるまで煮込むことで、すべての旨味が凝縮され、深いコクが生まれます。また、薬膳効果の高いスパイスを配合することで、美味しさだけでなく健康面にも配慮したカレーとして支持を集めています。
スピード感のある商標登録戦略
「100時間カレーB&R」の商標戦略で注目すべきは、そのスピード感です。創業から1年後の2014年12月15日に商標登録を出願し、2015年4月24日には登録を完了させています(商標登録第5760441号)。
登録区分は第29類「カレーのもと、即席カレー、即席カレーのもと、調理済みのカレー」と第43類「飲食物の提供」となっており、レストラン事業だけでなく、将来的な商品展開も視野に入れた戦略的な登録となっています。
このような先見性のある商標戦略により、急速な店舗展開を安心して進めることができたのです。
新興企業にとって、早期の商標登録は事業拡大の基盤となります。ブランドが認知される前に商標を押さえることで、将来的なトラブルを未然に防ぎ、安心して事業に専念できる環境を整えることができるのです。
4. 「神田カレーグランプリ」が示す地域ブランドの価値
日本最大級のカレーイベントへの成長
2011年に第1回が開催された「神田カレーグランプリ」は、今や日本最大級のカレーイベントとして定着しています。
このイベントの特徴は、実際に来場者が食べて投票することでグランプリが決定する点にあります。プロの審査員ではなく、一般のカレーファンの舌によって評価されることで、真に愛されるカレーが選ばれるのです。
毎年数万人が来場するこのイベントは、神田のカレー文化を全国に発信する重要な役割を果たしています。参加店舗にとっては、自慢のカレーを多くの人に知ってもらう絶好の機会であり、グランプリ受賞は大きな宣伝効果をもたらします。
神田カレーグランプリ – 主要受賞店舗の推移(2018年~2024年)
年度 | グランプリ(一般投票) | 準グランプリ | 第3位 | 神田カレーマイスター賞 | Special Award |
---|---|---|---|---|---|
2024 | BAR CAFE 三月の水 | とろ肉カレー ロリコズキッチン | ガンディーマハル | 洋食膳 海カレー TAKEUCHI | 該当なし |
2023 | café & dining jimbocho | 秋葉原 カリガリ | BAR CAFE 三月の水 | べっぴん舎・本店 | R スリランカ TOKYO |
2022 | MAJI CURRY 神田神保町本店 | BAR CAFE 三月の水 | 秋葉原 カリガリ | べっぴん舎・お茶の水 | 該当なし |
2019 | 秋葉原 カリガリ | お茶の水、大勝軒 | アパ社長カレー 飯田橋駅南店 | お茶の水、大勝軒 | 該当なし |
2018 | MAJI CURRY 神田神保町店 | ジョイアルカレー 神田錦町店 | Spice Box | Spice Box | 該当なし |
イベント名の商標登録が持つ意味
「神田カレーグランプリ」というイベント名自体が商標登録されている点です。2017年1月に出願され、同年12月に「神田カレーグランプリ/KANDA CURRY GRAND PRIX」として登録されました。
地域イベントの名称を商標登録することには、大きな意味があります。
第一に、類似イベントの開催を防ぎ、イベントの独自性と価値を守ることができます。
第二に、イベントのブランド価値が高まるにつれて、その名称を悪用した偽イベントや便乗商法から消費者を保護することができます。
このような地域ブランドの商標登録は、単なる知的財産の保護にとどまらず、地域経済の活性化にも貢献します。「神田カレーグランプリ」というブランドが確立されることで、神田全体のカレー文化がより強固なものとなり、観光資源としての価値も高まるのです。
5. カレー文化と商標保護の深い関係性
日本の国民食を支える知的財産戦略
カレーは今や日本の国民食といっても過言ではありません。家庭の食卓から高級レストランまで、さまざまな形で親しまれています。しかし、この幅広い人気があるからこそ、商標による保護の重要性が増しているのです。
カレー店にとって、商標は単なる名前の保護以上の意味を持ちます。長年かけて開発したレシピや調理法は企業秘密として守ることができますが、それを提供する店名やブランド名が模倣されれば、顧客は混乱し、築き上げた信頼関係が崩れてしまいます。商標登録は、この信頼関係を法的に保護する唯一の手段なのです。
商標が生み出す安心と信頼
消費者の立場から見ても、商標登録は重要な意味を持ちます。「ボンディ」や「100時間カレーB&R」といった登録商標を見ることで、消費者は本物の味を安心して楽しむことができます。特に飲食業界では、人気店の名前を真似た類似店舗が現れることがありますが、商標登録によってこうした混乱を防ぐことができるのです。
また、商標登録は事業者にとって投資を呼び込む重要な要素でもあります。きちんと商標登録されたブランドは、法的に保護された資産として評価され、フランチャイズ展開や資金調達の際に有利に働きます。つまり、商標登録は事業の成長と拡大を支える基盤となるのです。
これからのカレー文化と商標の役割
神田のカレー文化は、今後もさらなる発展が期待されています。新しい店舗が続々と誕生し、既存の店舗も常に進化を続けています。この活気ある競争環境の中で、商標は各店舗の個性と独自性を守る重要な役割を果たし続けるでしょう。
同時に、「神田カレーグランプリ」のような地域ブランドの商標も、地域全体の価値向上に貢献していきます。個々の店舗の商標と地域ブランドの商標が相互に作用することで、神田のカレー文化はより豊かで多様なものへと発展していくのです。
私たちが美味しいカレーを安心して楽しめる背景には、こうした商標による見えない保護があります。スパイスの配合や隠し味といった目に見える工夫と、商標登録という目に見えない工夫。この両輪が揃って初めて、日本のカレー文化は健全に発展し続けることができるのです。
次にカレーを味わう際は、その店名に込められた想いと、それを守る商標の存在にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。きっと、いつものカレーがより深い味わいを持って感じられることでしょう。
ファーイースト国際特許事務所所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247