(1)や台ずしが磯丸すしを相手に訴訟
(1-1) 店舗の外観が似ているとして名古屋地裁に踏み切る
3月16日にや台ずしを運営するヨシックス社は、磯丸すしを運営するSFPダイニング社を相手取って名古屋地裁で訴訟を起こしました。
磯丸すしの店舗の外観が、や台ずしの店舗外観にそっくりであるというのが提訴の理由です。
近年では先行する居酒屋チェーン店やテイクアウトの唐揚げ店の店舗デザインを似せて、後から商売を始める小判鮫商法を行う業者が目立つようになっています。
小判鮫商法を行う業者側は、店舗の全体的な雰囲気は似せているけれどもブランドの肝心な部分を巧妙に替えて、法律的に判断がどうなるか微妙なラインとなるようなぎりぎりのラインを攻めてきます。
このような小判鮫商法を行う業者は、自身が行っている商売が炎上商法であることを分かってやっているように感じます。
お客さまが先行業者の店舗と間違えて小判鮫店舗に来てくれれば狙い通りになります。さらにネットやマスコミで似ていると話題にされるだけで知名度が上がるため、話題にされればされるほどどんどん有名になる利点があります。
さらに訴訟に巻き込まれるとしても、訴訟費用をテレビや新聞に広告を出す費用と較べて高くはないと考えるかも知れません。
しかし小判鮫商法がまかり通ると、業界の先駆者だけが損をする結果になります。店舗名を広く消費者に認知してもらうまでには時間と手間とコストと地道な努力を要します。それを無断で転用されて怒らない人はいないでしょう。
ところが小判鮫商法を行う側は、最初からけんか上等と考えている可能性すらあります。プロレスのように、場外乱闘になればなるほどネットやマスコミで取り上げられて自身が有名になります。炎上すればするほど、知名度を上げるための広告宣伝費をつぎ込む必要がなくなります。
このような状況を放置するのはさすがに問題があります。これまでは店舗名やマークを変えて、店舗の色彩のみをたくみに模倣した小判鮫商法を止める決定打となる直接の法律手段がありませんでした。
これに対して2015年4月から、色彩だけであっても商標登録を認める制度が特許庁で始まりました。これまで色は誰もが自由に使えた色も、商標権が設定されると業務上無断では使えなくなります。
また昨年年末のコメダ珈琲による訴訟では、トレードドレス(店舗外観)の使用差止を認める判決がありました。これまでトレードドレスの保護に対して裁判所はほぼ否定的でしたが、ここで判決の流れが変わったことを感じます。
知的財産は形がないものであり、無断で使用されやすい性質があります。特許庁や裁判所の傾向として、知的財産の保護をより推進していく方向で一致しています。
(2)店舗外観は法律でどのように保護されるか?
(2-1) 関係する法律は大きく四つある
デザインを守る意匠法
意匠法はデザイン守る法律です。ただ意匠法により保護できる意匠デザインは、「市場で取引できる有体動産」です。
今回の店舗外観は不動産に関するものであるため、意匠法による保護は期待できません。
著作物を保護する著作権法
店舗デザインも一種の著作物に該当するのではないか、という考え方があります。
しかし現在のところ、裁判では業務店舗が著作権法に定める著作物と認定するのは否定的です。保護される著作物といえるには芸術性が相当認められる建築物である必要があります。
店名、マーク、店舗に関する立体形状を守る商標法
店名、店舗に関する立体形状は商標法により守られます。しかし、商標法による保護を受けるためには、商標ひとつ一つについて特許庁に申請して登録を受なければなりません。
店名、店舗の立体形状に商標権が得られた場合でも、それぞれに侵害しないぎりぎりのラインで使用されると、店舗外観に対しては商標権による訴追は簡単ではない問題があります。
営業表示を保護する不正競争防止法
店舗名、商品名、会社名、店舗外観等を営業の際に使う、一種の営業表示と考えて保護するのが不正競争防止法です。
有名な営業表示は、不正競争防止法で無断で使用することはできないことになっています。
今回は不正競争防止法により、店舗外観が無断使用されたとしてや台ずし側は名古屋地裁に訴えを起こしました。
(3)店舗外観はどのように判断されるか
(3-1) 店舗のデザインが似ているかどうかではない
不正競争防止法における判断ポイントの一つは、店舗外観が有名な営業表示であり、需要者がや台ずしと磯丸すしを間違えるかどうかにあります。
店舗デザインが似ているかどうかは判断要素の一つに過ぎず、店舗デザインが一致してもそれだけでは不正競争防止法に違反するとはいえません。
極論すれば店舗外観のデザインが完全に一致したとしても、不正競争防止法で保護が認められる程度にや台ずしが有名でなければ、訴えは退けられます。
重要な争点の一つは、や台ずしの店舗外観が「有名な営業表示」といえるかどうかです。昨年年末のコメダ珈琲のトレードドレス事件では、コメダ珈琲への年間来店者がのべ8000万人を超える点が評価されています。
や台ずしへの年間来店者が何名程度いるのかは現在のところ分かりませんが、相当高いハードルであることは分かると思います。
(3-2) 裁判官が主観で判断するのではなく需要者の立場を想定して判断する
店舗外観を使用できるかできないかを判断する際は、裁判官が主観で店舗外観を見て、これは似ている、似ていない、と判断して使えるかどうかを決めるのではないです。
裁判官が、原告と被告の提出した証拠と主張に基づいて、頭の中で一般の需要者が果たして間違えるだろうか、と考えて判断します。
店舗外観のそれぞれの要素について共通点、相違点を特定し、これだけ共通点が多いなら需要者が間違えるよね、とか、決定打となる共通点がないから、これは需要者は間違えないよね、とか考えて判断されます。
(4)メニューの扱いはどうなるのか?
(4-1) 知的財産にはみんなが使えるものと使えないものが混在する
お寿司の個々のメニューについては、全く新しい創作料理であったとしても、そのメニューと共通する部分があったとしてもそれだけでは知的財産権の侵害にはなりません。
知的財産の中には、みんなが使える公共的なものと、勝ってには使えない私的なものがあります。それは公園と私有地との関係に似ています。
寿司のメニューについては、これは本来一個人や一企業が独占できるものではなく、みんなが使える公共のものとの性格が強いです。寿司の形状は寿司の最終形態を目指す限り、これまであるデザインに似た最終形状になります。
これまでに存在するデザインと代わり映えしないデザインに独占権を認めては、却って社会が混乱してしまいます。このためメニューをまねされたとしても、裁判所は簡単には法律違反を認めないでしょう。
(5)居酒屋寿司の裁判の行方
上述した通り、裁判の争点はデザインが似ているか似ていないか自体は決定打にはなりません。
そもそも不動産には意匠法によるデザインの保護が認められませんし、著作権法でも著作物と認定してもらうのは簡単ではないです。
店舗外観のデザインだけの一致・不一致を論じても裁判所に訴えを認めてもらうのは困難です。
需要者が混同したといえるほど、や台ずしは有名であったといえるのかを、年間来店者数、宣伝広告費等の客観的な資料に基づいてや台ずし側が立証仕切れるのか。また需要者が間違ってしまうといえるほど店舗外観の共通性があるのか。これらの点については専門家でも意見が分かれると思います。
(6)まとめ
今回のや台ずしの訴訟のケースでは、磯丸すし側が広告にや台ずしの店舗写真を改変したものを使いました。これがや台ずしのホームページの写真を無断転用したのであれば著作権法違反になります。
また自ら撮影した写真を使った場合であっても、や台ずしの登録商標を隠して自社の商標に張り替えたなら登録商標の剥奪を理由として商標権の侵害に問われる場合もあります。
今回の場合はたまたま店舗外観が一致した、というのではなさそうです。裁判で最終的に失うものは賠償金とか裁判費用ではなく、お客さまからの信頼です。業界で成功することを目指すなら、他人の知的財産を尊重し、正々堂々と勝ち抜いて欲しいです。
私の解説コメントは、2017年3月17日の日本テレビ「news evrey.」で放送されました。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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