イッセイミヤケ社のデザイン訴訟はどうなった?【2025年最新版】

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イッセイミヤケ側の商品の格子柄のバッグに似ているカバンを販売しているとして、ラルジュ側の格子柄のカバンの販売差止を争った裁判の判決が、令和元年にありました。

前回このブログで報告した内容は、判決言い渡しの令和元年6月18日より前の、6月14日の時点のものでした。

今回は、判決の内容を踏まえて、東京地裁が本件をどのように判断したのか、その内容を分かりやすくアップデートして解説します。

1. ロゴがなくても「形」で止められるのか。BAO BAO風バッグ事件

図1 原告イッセイミヤケ社側のかばんのデザイン

原告イッセイミヤケ社側のカバンのデザイン
イッセイミヤケ社ホームページ
https://www.baobaoisseymiyake.com/ より引用

図2 被告ラルジュ社側のかばんのデザイン

被告ラルジュ側のカバンのデザイン
平成29年(ワ)第31572号 不正競争行為差止等請求事件の判決文より引用

「ロゴは付いていないのに、なぜあのブランドだと思ってしまうのだろう」と感じたことはないでしょうか。街で見かけたとき、SNSで流れてきたとき、パッと見の形だけで出所(どこの会社の商品か)を連想してしまう商品があります。

今回取り上げるのは、バッグの形(外観)そのものが争点になった裁判です。

結論から言うと、裁判所は販売等の差止め、廃棄、そして約7106万8000円の賠償を命じました。

一方で、原告側の請求がすべて通ったわけではなく、謝罪広告は否定され、さらにもう一社(デザイン事務所)の請求は全部棄却という結末になっています。

知財(特に商標・ブランド保護)の観点では、注目すべきポイントがいくつもあります。

  • 商標登録していなくても、形が守られるルートがあること
  • 著作権では守れないことも多いこと
  • 損害賠償は「そっくりだから全額」とはならず、本件では9割も控除されたこと

この記事では、判決文解説をベースに、初めて読む人でも理解できる順番で説明していきます。

2. 裁判所は何を命じ、何を認めなかったのか

この事件(令和元年6月18日言渡/平成29年(ワ)第31572号)で裁判所が命じた内容は、大きく3つあります。

差止

第一に、被告は特定の形態のバッグ等について「売る・引き渡す・展示する・輸入する」行為をしてはならないという差止めです。

破棄

第二は、対象商品の廃棄です。倉庫にこっそり保管しておくのも許さない、ということです。

損害賠償

第三に、原告の一社(株式会社イッセイミヤケ)への損害賠償7106万8000円と遅延損害金の支払いです。

ポイントは、原告の言い分がすべて通ったわけではないという点です。

裁判所は、相手を訴えた側の原告イッセイミヤケ側のそれ以外の請求の一部を棄却し、さらに原告のもう一社(株式会社三宅デザイン事務所)の請求は全部棄却しました。

この裁判は、「形は守れる」と同時に、「守り方を間違えると認められない」ことも示しています。

3. そもそも何が争われたのか。「形が似ている」はどこまでアウトなのか

当事者関係はシンプルです。相手を訴えた原告は株式会社三宅デザイン事務所と株式会社イッセイミヤケ、訴えられた被告は株式会社ラルジュです。

原告側の主張を要約すると、「自社の有名なバッグの見た目(形態)に似た商品を被告が扱っている。これは不正競争であり、著作権侵害でもある」というものでした。

そして原告は、差止めや賠償だけでなく、より広い救済を求めました。

たとえば、製造も含めた差止め、より高額の損害賠償、さらに謝罪広告までです。しかし、そこまで広範な請求は認められませんでした。この「どこまで認められ、どこから否定されたか」に、実務上の考え方が詰まっています。

4. 勝敗を分けた争点の整理

判決文の構造は、わかりやすく整理されています。争点は大きく4つに分かれていました。

不正競争防止法に基づく請求

1つ目が、不正競争防止法に基づく請求です。形態が「商品等表示」といえるか、周知性があるか、類似・混同があるかが問われました。

著作権侵害に基づく請求

2つ目が、著作権侵害です。そもそも著作物といえるかが争点となりました。

ブランド価値毀損に基づく請求

3つ目が、ブランド価値毀損で、主にデザイン事務所側が主張しました。

損害賠償の請求

4つ目が、損害額の算定です。

このうち、原告が勝訴できた中心は、不正競争防止法2条1項1号(周知な商品等表示をまねて混同させる行為)でした。

5. 「形」でも商品等表示になり得るという学び

一般に、商品等表示というと、ロゴ・ブランド名・パッケージの文字などを想像しがちです。しかし、裁判所は次のように整理しています。

商品の「形」は、通常は出所表示(ブランド表示)目的ではありません。

例外として、他と明確に違う特徴(特別顕著性)があり、長年の使用・宣伝・売上などで「この形=この会社」と世間に知られている(周知性)場合には、形それ自体が商品等表示になり得ます。

要するに、「形は基本的に自由だが、形が看板になってしまったら別」という発想です。

SNS時代は、まさに形がアイコン化しやすい環境であり、この論点は実務上も注目されています。

6. 裁判所が見た「その形」とは

判決文では、原告商品の特徴を次のように捉えています。

核心は、荷物の形に合わせて折れ曲がり、立体的に外観が変形するという点です。土台は無地メッシュ等の柔らかい生地で、表面に硬質な三角形ピースを2〜3mm間隔で敷き詰めています。さらに限定すると、ピースが厚さ1mm程度であること、1種類の三角形であること、規則的配置といった要素も語られています。

わかりやすくたとえるなら、「柔らかい土台に、三角タイルをびっしり貼った。しかも目地がヒンジのように動くので、立体に変形して見える」というイメージです。

7. なぜ「明らかに違う特徴がある」と言えたのか

裁判所が「これは普通のバッグと違う」と判断した根拠は、実務的に重要な意味を持ちます。

一般的な女性用バッグは、布ならなめらかに形が変わり、革ならあまり変わりません。

それに対して原告商品は、多数のピースの面が形を保ったまま折れ曲がり、立体的で変化のある形状になります。ここに「従来のバッグ形態と明らかに異なる特徴」があると認定されました。

実務的に注目すべきは、裁判所が「荷物を入れた時に現れる形(立体に折れて見える状態)」は、通常の用途で自然に現れ、販売時にもその形が分かるように陳列されるなどして需要者が認識しやすいから、判断対象の形態に含めてよいと位置付けた点です。

「カタログ写真の理想形」ではなく、街中・店頭・SNSで人が見る実際の見え方を正面から評価しています。これは今の時代感覚に合った判断といえます。

8. いつの時点で「みんなが知っている形」になったのか

形を守るには、「変わっている」だけでは足りません。その形を見れば出所がわかるくらい、世の中に浸透している必要があります。

裁判所は、遅くとも平成27年(2015年)時点で原告商品の形態が広く認識されていたと認定しました。

根拠として、14年余りの継続販売、全国主要地・空港等での21店舗展開(平成29年9月時点)、売上の伸長、全国紙広告やメディア掲載の反復、さらには「ロゴが大きくなくても販売企業が分かる」趣旨で紹介されたことなどを挙げています。

そして被告が販売を開始した平成28年9月頃の時点では、その形態は「周知の商品等表示」だったという結論につながります。

ブランド側の実務としては、この点が重要です。「周知性」は空気では証明できません。年数・店舗・広告・メディア露出の積み上げが、そのまま武器になります。

9. 規則性が違っても「全体印象が同じ」とされた理由

被告側は、細部の違いを主張しました。たとえば、三角形が複数種類で不規則、一部四角形もある、などです。

しかし裁判所は、ここでも「需要者が実際に見る状態」に軸足を置きます。

需要者はバッグを「荷物を入れた状態」で観察することが多く、その状態では、表面に凹凸が出て、ピースがいろいろな角度で折れ曲がった立体形状が強い印象を与え、規則的かどうかは強い印象になりにくいと判断されました。

全体印象として同一の「商品等表示」を使っていると評価されました。

さらに、SNS投稿で「BAOBAO超特価で売ってた」など、被告商品に近い特徴のバッグをBAO BAOだと思った例が認定され、混同のおそれの判断を後押ししています。

実務的に言い換えるなら、「細部の言い逃れより、遠目でそれっぽいかが勝敗を分ける」ということです。

模倣側は「少し変えたから大丈夫」では危険であり、ブランド側は「ロゴがなくても戦える」可能性が出てきます。

10. なぜ「製造の差止め」まで届かなかったのか

原告は「製造も止めてほしい」と求めました。

裁判所は、被告が製造したと認める証拠が足りず、むしろ中国で製造されたことがうかがわれるとして、製造差止めの必要性はないと判断しています。

その結果、差止めの対象は「譲渡・引渡し・展示・輸入」であり、「製造」は含まれない形になりました。

ここから読み取れる実務上のメッセージは明確です。差止めたい気持ちだけでは裁判所は動きません。どこまで被告が関与しているか(製造者なのか、輸入販売なのか)を、証拠で固める必要があります。

11. 7106万8000円の損害賠償の内訳と9割控除の理由

この判決で注目すべき点の一つが、損害賠償の算定方法です。

裁判所が認めた損害賠償は、合計7106万8000円です。内訳は、逸失利益(失った利益)6506万8000円と弁護士費用600万円です。

注目すべきは、損害算定で裁判所が不正競争防止法5条1項ただし書を適用した点です。これは、「侵害品が売れた数=すべて権利者が売れたはず」とは限らない、という調整規定です。

本件で裁判所が重視したのは、原告商品と被告商品の価格差が非常に大きいことでした。

最小でも約9倍、13倍超が多く、約23倍のものもありました。服飾品では価格が購買意欲に影響するため、この価格差は因果関係を阻害する事情に当たり、被告販売数量のうち90%は、侵害がなくても原告が売れなかったとして、90%相当を控除しました。

言い換えると、裁判所は「似ているせいで売れた部分はある。しかし、値段が違いすぎるなら本物を買う層は必ずしも奪われていない」と判断しました。

このロジックは、ブランド実務において重要です。

模倣対策は「勝つ」だけでなく、「どれだけ取れるか」まで考える世界です。価格帯が違う相手だと、賠償額が大きく削られる可能性があります。

12. なぜ謝罪広告は認められなかったのか

原告は謝罪広告も求めていましたが、裁判所はそこまで認めませんでした。

その理由は、原告商品と被告商品は「全く同一」ではないこと、被告商品には独自ブランド名「Avancer」が付され、原告側の商標表示は付されていないこと、差止めと損害賠償で足り、さらに謝罪文掲載まで必要とはいえないこと、という整理でした。

炎上・謝罪文化がある今の時代だと「謝罪広告まで行くのか」は気になるところですが、裁判所は追加の名誉回復措置としての必要性を慎重に見ています。差止めと金銭賠償が認められた場合でも、謝罪広告は自動的には付いてこない、という理解が安全です。

13. なぜ「著作物性なし」になったのか

原告側は著作権侵害(複製・翻案)も主張しました。

裁判所は、バッグは「物を運ぶ」という実用目的の工業製品であり、著作権で保護されるには、実用のための特徴から離れて、それとは別に美的鑑賞の対象となる美的特性を把握できる必要がある、という基準を示しました。

本件の形態(荷物に応じて変形する等)は機能面の範囲内で、美的鑑賞の対象となる部分を把握できないとして、著作物性を否定しました。結果として、著作権侵害を前提とする請求は認められませんでした。

ここは、クリエイター側が一度はぶつかる現実です。

「かっこいいデザイン=著作権で守れる」とは限りません。実用品はとくにハードルが高いのです。ここで商標・意匠・不正競争など、別ルートの設計が効いてきます。

14. なぜデザイン事務所側の請求は全部棄却されたのか

もう一つの見逃せないポイントが、三宅デザイン事務所側の敗訴です。

デザイン事務所側は「BAO BAO ISSEY MIYAKE」の商標権者として、ブランド価値(信用・イメージ)毀損を主張しました。

しかし裁判所は、被告商品には「Avancer」のブランド名が付され、本件商標に類似する表示はされていないから、直ちに商標についての利益が害されたとはいえない、と整理しました。

さらに、信用毀損というなら「デザイン事務所に対する信用毀損」と言える必要があるが、実際に製造・販売しているのはイッセイミヤケであり、需要者がデザイン事務所のブランドと認識している証拠もない、として請求を否定しました。

商標登録のプロ目線でいうと、ここは実務的に重要です。

「権利(商標)を持っている」ことと、「損害(信用毀損)を被った当事者として立てる」ことは別問題になり得ます。グループ会社・ライセンス・製造販売主体の設計は、紛争時に効き方が変わるので注意が必要です。

15. 「本件形態1/2/1’」の読み方

判決に出てくる「本件形態1/2/1’」のそれぞれは、初心者が戸惑いやすい用語です。しかし正体はシンプルで、特徴の組み合わせチェック表だと思えば理解しやすくなります。

本件形態1は、特徴の1番から3番(立体変形/メッシュ等の土台/三角ピースを目地状に敷き詰め)をすべて満たすものです。本件形態2は、そこにさらに「同じ三角形1種類で規則的配置」という条件(特徴4番)を足したより限定版です。

そして本件形態1’は、裁判所が「原告商品の実態として共通する核」に寄せて言い直したものです。特徴3番を「相当多数の三角形ピース」と言い換え、ラインナップの例外を除いた共通部分として捉えています。

裁判所が細部の定義に拘泥しているのではなく、むしろ逆で、「市場で認識されている核を、現実に合わせて抽出している」ということです。商標実務でいう要部観察の感覚にも近い発想です。

16. この判決がブランド実務に突きつける方向性

最後に、実務の言葉に落とし込みます。

この事件が教えてくれるのは、「形を守る」には可能性がある一方で、「勝ち方には設計が要る」ということです。

まず、形だけで守るには、結局のところ特別顕著性と周知性の立証が肝になります。

裏を返すと、普段のブランド活動がそのまま証拠になります。

広告出稿、メディア掲載、店舗展開、販売実績、そして「ロゴがなくても分かる」という第三者評価。こうした積み上げが、いざというときに効力を発揮します。

次に、損害賠償は「似ている=満額」ではありません。

価格帯が違う相手には、因果関係の部分で大きく削られる可能性があります。ここを見落として「勝てば大きく取れるはず」と思い込むと、戦略がズレます。差止め重視でいくのか、販売チャネル封鎖を狙うのか、どこで勝ちを作るのか。最初に設計すべきです。

そして著作権は、実用品デザインでは最後の砦になりにくい点も覚えておく必要があります。

商標(場合によっては立体商標も視野)、意匠、不正競争の組み合わせで守る。これが王道です。

17. まとめ

ロゴがなくても、長年の実績で形がブランド表示になっていれば、不正競争として差止め・廃棄・賠償が認められ得ます。

ただし、著作権で守れるとは限らず、損害賠償も価格差などで大きく調整される点には注意が必要です(本件は9割控除)。

そして「権利者」と「損害を受けた主体」のズレは、請求自体を棄却される原因になり得ます。

ブランド保護を考える際には、権利取得だけでなく、紛争時にどのような立場で戦えるかまで見据えた設計が求められます。

※私のコメントは、2019年6月14日のフジテレビ「Live News it!」で放映されました。

ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

参考資料

  • 東京地裁判決 平成29年(ワ)第31572号 不正競争行為差止等請求事件

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