索 引
- 1. ロゴがなくても「形」で止められるのか。BAO BAO風バッグ事件
- 2. 裁判所は何を命じ、何を認めなかったのか
- 3. そもそも何が争われたのか
- 4. 勝敗を分けた争点の整理
- 5. 「形」でも商品等表示になり得るという学び
- 6. 裁判所が見た「その形」とは
- 7. なぜ「明らかに違う特徴がある」と言えたのか
- 8. いつの時点で「みんなが知っている形」になったのか
- 9. 規則性が違っても「全体印象が同じ」とされた理由
- 10. なぜ「製造の差止め」まで届かなかったのか
- 11. 7106万8000円の損害賠償の内訳と9割控除の理由
- 12. なぜ謝罪広告は認められなかったのか
- 13. なぜ「著作物性なし」になったのか
- 14. なぜデザイン事務所側の請求は全部棄却されたのか
- 15. 「本件形態1/2/1’」の読み方
- 16. この判決がブランド実務に突きつける方向性
- 17. まとめ
イッセイミヤケ側の格子柄バッグに似たカバンを販売しているとして、ラルジュ社の商品の販売差止を争った事件の判決が、令和元年6月18日に東京地裁で言い渡されました。
前回このブログで報告した内容は、判決が出る4日前、6月14日時点の情報をもとにしたものでした。
本稿では、判決文の中身に沿って、東京地裁が本件をどう判断したのかを最新版としてまとめ直します。
1. ロゴがなくても「形」で止められるのか。BAO BAO風バッグ事件
「ロゴは付いていないのに、なぜあのブランドだと思ってしまうのだろう」と感じたことはないでしょうか。街で見かけたとき、SNSで流れてきたとき、パッと見の形だけで出所(どこの会社の商品か)を連想してしまう商品があります。
今回取り上げるのは、バッグの形(外観)そのものが争点になった事件です。
図1 原告イッセイミヤケ社側のかばんのデザイン
イッセイミヤケ社ホームページ
https://www.baobaoisseymiyake.com/ より引用
図2 被告ラルジュ社側のかばんのデザイン
平成29年(ワ)第31572号 不正競争行為差止等請求事件の判決文より引用
結論から言うと、裁判所は販売等の差止め、廃棄、そして約7106万8000円の賠償を命じました。
ただし、原告側の請求がすべて通ったわけではありません。謝罪広告は退けられ、もう一社(デザイン事務所)の請求は全部棄却という結末になっています。
知財(特に商標・ブランド保護)の観点から見ると、注目すべき論点がいくつも含まれた判決です。
- 商標登録していなくても、形が守られるルートがあること
- 著作権では守れない局面が多いこと
- 損害賠償は「そっくりだから全額」とはならないこと(本件では9割も控除された)
本稿では、判決文をベースに、初めて読む方でも理解できる順番で解説します。
2. 裁判所は何を命じ、何を認めなかったのか
本件(令和元年6月18日言渡/平成29年(ワ)第31572号)で裁判所が命じた内容は、大きく3つあります。
ひとつめは差止めです。被告は対象の形態のバッグ等について「売る・引き渡す・展示する・輸入する」行為をしてはならないとされました。
ふたつめは、対象商品の廃棄です。倉庫に保管しておくことも許されません。
みっつめは、原告の一社(株式会社イッセイミヤケ)への損害賠償7106万8000円と遅延損害金の支払いです。
ただし、原告の言い分がすべて通ったわけではありません。
裁判所は、原告イッセイミヤケ側のそれ以外の請求の一部を棄却し、もう一社の原告(株式会社三宅デザイン事務所)の請求は全部棄却しました。
この裁判は、「形は守れる」と同時に、「守り方を間違えると認められない」ことも示しています。
3. そもそも何が争われたのか
当事者関係はシンプルです。原告は株式会社三宅デザイン事務所と株式会社イッセイミヤケ。被告は株式会社ラルジュです。
原告側の主張を要約すると、「自社の有名なバッグの見た目(形態)に似た商品を被告が扱っている。これは不正競争であり、著作権侵害でもある」というものでした。
原告は、差止めや賠償だけにとどまらず、より広い救済を求めました。製造も含めた差止め、もっと高額の損害賠償、そして謝罪広告までです。ところが、そこまで広範な請求は通りませんでした。
「どこまで認められ、どこから否定されたか」の線引きに、実務上の考え方が詰まっています。
4. 勝敗を分けた争点の整理
判決文の構造は整理しやすくなっています。争点は大きく4つに分かれていました。
1つ目が、不正競争防止法に基づく請求です。形態が「商品等表示」といえるか、周知性があるか、類似・混同があるかが問われました。
2つ目が、著作権侵害です。そもそも著作物といえるかが争点となりました。
3つ目が、ブランド価値毀損で、主にデザイン事務所側が主張しました。
4つ目が、損害額の算定です。
このうち、原告が勝訴できた中心は、不正競争防止法2条1項1号(周知な商品等表示をまねて混同させる行為)でした。
5. 「形」でも商品等表示になり得るという学び
商品等表示というと、ロゴ・ブランド名・パッケージの文字などを想像しがちです。しかし、裁判所は次のように整理しています。
商品の「形」は、通常は出所表示(ブランド表示)の目的を持ちません。
ただし例外があります。他と明確に違う特徴(特別顕著性)があり、長年の使用・宣伝・売上などで「この形=この会社」と世の中に知られている(周知性)場合には、形それ自体が商品等表示になり得る、という考え方です。
ひとことで言えば、「形は基本的に自由だが、形が看板になってしまったら別」という発想です。
SNS時代は形がアイコン化しやすい環境なので、この論点は実務でも注目されています。
6. 裁判所が見た「その形」とは
判決文では、原告商品の特徴を次のように捉えています。
核心は、荷物の形に合わせて折れ曲がり、立体的に外観が変形する点です。土台は無地メッシュ等の柔らかい生地で、表面に硬質な三角形ピースを2〜3mm間隔で敷き詰めています。より限定すると、ピースの厚さが1mm程度であること、1種類の三角形であること、規則的配置といった要素も挙げられています。
たとえるなら、「柔らかい土台に三角タイルをびっしり貼り、目地の部分がヒンジのように動くので、立体に変形して見える」というイメージです。
7. なぜ「明らかに違う特徴がある」と言えたのか
裁判所が「普通のバッグと違う」と判断した根拠は、実務の視点で押さえておきたいところです。
一般的な女性用バッグは、布ならなめらかに形が変わり、革ならあまり変わりません。
これに対し原告商品は、多数のピースの面が形を保ったまま折れ曲がり、立体的で変化のある形状になります。ここに「従来のバッグ形態と明らかに異なる特徴」があると認定されました。
実務で注目したいのは、裁判所が「荷物を入れた時に現れる形(立体に折れて見える状態)」は、通常の用途で自然に現れ、販売時にもその形が分かるように陳列されるなどして需要者が認識しやすいから、判断対象の形態に含めてよいと位置付けた点です。
「カタログ写真の理想形」ではなく、街中・店頭・SNSで人が見る実際の見え方を正面から評価しています。
8. いつの時点で「みんなが知っている形」になったのか
形を守るには、「変わっている」だけでは足りません。その形を見れば出所がわかる程度に、世の中に浸透しているかどうかも問われます。
裁判所は、遅くとも平成27年(2015年)時点で原告商品の形態が広く認識されていたと認定しました。
根拠として挙げられたのは、14年余りの継続販売、全国主要地・空港等での21店舗展開(平成29年9月時点)、売上の伸長、全国紙広告やメディア掲載の反復、さらには「ロゴが大きくなくても販売企業が分かる」という趣旨で紹介されたことなどです。
被告が販売を開始した平成28年9月頃の時点では、その形態は「周知の商品等表示」だったという結論につながります。
ブランド側の実務として押さえておきたいのは、「周知性」は漠然とした評判では立証できないという点です。年数・店舗・広告・メディア露出の積み上げが、そのまま武器になります。
9. 規則性が違っても「全体印象が同じ」とされた理由
被告側は細部の違いを主張しました。三角形が複数種類で不規則、一部四角形もある、などです。
しかし裁判所は、ここでも「需要者が実際に見る状態」に軸足を置きます。
需要者はバッグを「荷物を入れた状態」で観察することが多く、その状態では、表面に凹凸が出て、ピースが色々な角度で折れ曲がった立体形状が強い印象を与えます。規則的かどうかは強い印象になりにくいと判断されました。
結果として、全体印象として同一の「商品等表示」を使っていると評価されています。
SNS投稿で「BAOBAO超特価で売ってた」など、被告商品に近い特徴のバッグをBAO BAOだと思った例が認定され、混同のおそれの判断を後押ししました。
実務の教訓としては、「細部を少し変えた程度では逃げられない」という線です。模倣側は「少し変えたから大丈夫」では危険ですし、逆にブランド側は「ロゴがなくても戦える」余地が出てきます。
10. なぜ「製造の差止め」まで届かなかったのか
原告は「製造も止めてほしい」と求めました。
裁判所は、被告が製造したと認める証拠が足りず、むしろ中国で製造されたことがうかがわれるとして、製造差止めの必要性はないと判断しました。
その結果、差止めの対象は「譲渡・引渡し・展示・輸入」であり、「製造」は含まれない形になっています。
ここから読み取れるのは、差止めの範囲は証拠で決まるという当たり前の事実です。どこまで被告が関与しているか(製造者なのか、輸入販売なのか)を証拠で固めておかないと、裁判所はそこまで踏み込んでくれません。
11. 7106万8000円の損害賠償の内訳と9割控除の理由
裁判所が認めた損害賠償は、合計7106万8000円です。内訳は、逸失利益(失った利益)6506万8000円と弁護士費用600万円です。
注目すべきは、損害算定で裁判所が不正競争防止法5条1項ただし書を適用した点です。
この規定は、「侵害品が売れた数=すべて権利者が売れたはず」とは限らないという調整のための条項です。
本件で裁判所が重視したのは、原告商品と被告商品の価格差が大きいことでした。最小でも約9倍、13倍超が多く、約23倍のものもありました。
服飾品では価格が購買意欲に影響するため、この価格差は因果関係を阻害する事情に当たるとされました。被告販売数量のうち90%は、侵害がなくても原告が売れなかったとして、90%相当が控除されています。
裁判所の考え方は、「似ているせいで売れた部分はある。しかし値段が違いすぎるなら、本物を買う層がそのまま奪われたとは限らない」というものです。
この考え方は、ブランド保護の実務にも影響します。模倣対策は「勝つ」だけでなく、「どれだけ取れるか」まで含めて設計する視点が欠かせません。価格帯が大きく違う相手だと、賠償額が想定より削られる展開もあり得ます。
12. なぜ謝罪広告は認められなかったのか
原告は謝罪広告も求めましたが、裁判所は認めませんでした。
理由は3つです。原告商品と被告商品は「全く同一」ではないこと。被告商品には独自ブランド名「Avancer」が付され、原告側の商標表示は付されていないこと。差止めと損害賠償で十分であり、加えて謝罪文掲載まで命じる実益があるとはいえないこと。
差止めと金銭賠償が認められた場合でも、謝罪広告は自動的に付いてくるわけではありません。追加の名誉回復措置として認められるには、それに見合う事情が別途問われます。
13. なぜ「著作物性なし」になったのか
原告側は著作権侵害(複製・翻案)も主張しました。
裁判所は、バッグは「物を運ぶ」という実用目的の工業製品であり、著作権で保護されるには、実用のための特徴から離れて、それとは別に美的鑑賞の対象となる美的特性を把握できる状態でなければならない、という基準を示しました。
本件の形態(荷物に応じて変形する等)は機能面の範囲内であり、美的鑑賞の対象となる部分を把握できないとして、著作物性が否定されました。著作権侵害を前提とする請求は通っていません。
「優れたデザイン=著作権で守れる」とは限らないのが現実です。実用品はとくにハードルが高く、商標・意匠・不正競争など、別ルートの保護設計が効いてきます。
14. なぜデザイン事務所側の請求は全部棄却されたのか
三宅デザイン事務所側の敗訴も見逃せないポイントです。
デザイン事務所側は「BAO BAO ISSEY MIYAKE」の商標権者として、ブランド価値(信用・イメージ)毀損を主張しました。根拠として商標法29条も引いています。
裁判所は、被告商品には「Avancer」のブランド名が付され、本件商標に類似する表示はされていないから、直ちに商標についての利益が害されたとはいえない、と整理しました。
加えて、信用毀損というなら「デザイン事務所に対する信用毀損」と言える筋道が要るところ、実際に製造・販売しているのはイッセイミヤケであり、需要者がデザイン事務所のブランドと認識している証拠もない、として請求を退けています。
実務で大事なのは、「権利(商標)を持っている」ことと、「損害を被った当事者として訴えられる」ことは別問題になり得る、という点です。グループ会社やライセンス関係、製造販売主体の設計は、紛争時に効き方が変わるので注意してください。
15. 「本件形態1/2/1’」の読み方
判決に出てくる「本件形態1/2/1’」は、初めて読むと戸惑いやすい用語です。しかし正体はシンプルで、特徴の組み合わせを確認する表のようなものです。
本件形態1は、特徴の1番から3番(立体変形/メッシュ等の土台/三角ピースを目地状に敷き詰め)をすべて満たすものです。
本件形態2は、そこに「同じ三角形1種類で規則的配置」という条件(特徴4番)を足した、より限定したバージョンです。
本件形態1’は、裁判所が「原告商品の実態として共通する核」に寄せて言い直したものです。特徴3番を「相当多数の三角形ピース」と言い換え、ラインナップの例外を除いた共通部分として捉えています。
裁判所は細部の定義にこだわっているのではなく、市場で認識されている核を現実に合わせて抽出しています。商標実務でいう要部観察の感覚に近い発想です。
16. この判決がブランド実務に突きつける方向性
実務の視点で整理します。
本件が示しているのは、「形を守る」には可能性がある一方で、「勝ち方には設計が要る」という現実です。
形だけで守るには、特別顕著性と周知性の立証が肝になります。裏を返すと、普段のブランド活動がそのまま証拠になります。広告出稿、メディア掲載、店舗展開、販売実績、そして「ロゴがなくても分かる」という第三者評価。こうした積み上げが、いざというときに効力を発揮します。
損害賠償は「似ている=満額」ではありません。価格帯が違う相手には、因果関係の部分で大きく削られる展開もあります。「勝てば大きく取れるはず」と思い込むと、戦略の立て方がずれてきます。差止め重視でいくのか、販売チャネル封鎖を狙うのか、どこで勝ちを作るのか。最初に設計しておくほど、結果は安定します。
著作権は、実用品デザインでは最後の砦になりにくいという点も覚えておいてください。商標(場合によっては立体商標も視野に入ります)、意匠、不正競争の組み合わせで守る。これが王道です。
17. まとめ
ロゴがなくても、長年の実績で形がブランド表示になっていれば、不正競争として差止め・廃棄・賠償が認められ得ます。
ただし、著作権で守れるとは限らず、損害賠償も価格差などで大きく調整されます(本件は9割控除)。
「権利者」と「損害を受けた主体」のズレは、請求そのものが棄却される原因にもなります。
ブランド保護を考えるときには、権利を取得するだけでなく、紛争時にどの立場で戦えるかまで見据えた設計が欠かせません。
※私のコメントは、2019年6月14日のフジテレビ「Live News it!」で放映されました。
参考資料
東京地裁判決 平成29年(ワ)第31572号 不正競争行為差止等請求事件
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247
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