索 引
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「ティラミスヒーロー」商標横取り問題はどうなった?【結末まで】
事実関係を再確認
ここで後発HERO’S側が取得した登録商標の画像を特許公報から引用します。
後発HERO’S側の商標画像
特許庁で公開された商標公報より引用、商標登録第6073226号(著作権法第32条第1項に基づく引用)
一方、先発シンガポール側が使用していた商標画像は次の通りです。
先発本家本元の商標画像
“https://thetiramisuherojapan.com/”のホームページより引用
「使用権をお渡しする所存です。お騒がせして申し訳ありませんでした。」
この一文は、一見すると誠意ある対応のように映ります。しかし、商標実務に携わる立場から見ると、ここにこそ見落とされがちな問題が潜んでいます。謝罪の形を取りながらも、肝心な部分については何も譲っていない可能性があるためです。
1. 「登録されているから問題ない」という主張は通用しない
まず大前提として押さえておきたいのは、特許庁で商標登録されても、その登録商標を使えない場合がある点です。登録とは「商標法上の審査を通過した」という意味にすぎず、あらゆる権利関係において免責されることを意味するものではありません。
元記事で取り上げられているポイントも、まさにここにあります。後発HERO’S側が取得した登録商標(登録第6073226号)と、先発側が使用していたデザインを比較すると、問題の本質は「商標」だけにとどまりません。
著作権という見落とされがちな論点
仮に「完全一致ではない」「少し変えている」と主張したとしても、元のキャラクター画像を複製・改変している時点で著作権侵害が成立し得るというのが基本的な整理です。
さらに厄介なのは、商標法第29条の存在です。この規定は、たとえ登録された商標であっても、他人の著作権等を侵害する形での使用は許されないという趣旨を定めています。つまり、「審査に通った」「登録された」「だから使っていい」という論法は、そもそも成り立ちません。
この点を見落とすと、「登録されたからセーフ」という誤解がネット上で広がってしまいます。しかし商標の実務では逆に、登録後こそ他の権利との衝突が表面化して問題が大きくなりやすいのが現実です。
2. 「使用権をお渡しする」は本当に解決なのか
元記事に引用されていた後発HERO’S側のコメント(2019年1月22日付、当時存在したホームページから引用)には、次のような趣旨が含まれていました。
「THE TIRAMISU HERO」のロゴ(登録番号第6073226号)について、シンガポールの日本側運営会社に対し、その使用権をお渡しする所存です。
この文章は、一般の読者からすると「権利を返すのだな」「これで終わったのだな」と受け取られがちです。しかし実務家の目線では、まず確認すべき点が一つあります。
商標権そのものを渡すとは書いていないのです。
「使用権」とは実質的にレンタルにすぎない
商標の世界で「使用権」というのは、端的に言えばライセンスのことです。日常的な言葉に置き換えると「商標はこちらが持ったままだが、使いたいなら貸してやる」という意味になります。
後発側が本気で筋を通すつもりであれば、通常は次のような表現になるはずです。商標権を譲渡します、出願・登録の整理に協力します、必要なら無効・取消に向けて対応します、といった内容です。
ところが「使用権をお渡しする」という表現は、そうではありません。権利の本体は手元に残したまま、相手に使う許可だけを与える構造になっています。
商標権は更新により半永久的に存続する
商標権は更新によって存続し続けます。つまりライセンスを受け入れた側は、極端に言えば、事業を続ける限りずっと対価を払い続けることになり得ます。
「謝罪してくれた」「使用権をくれると言っている」という言葉の表面だけを見ると解決したような印象を受けます。しかしブランドの当事者からすれば、「なぜ自分たちが元祖なのに、永遠に借りなければならないのか」という疑問が当然生じます。
これこそが、元記事のタイトルにある「言い訳はあかんのとちゃいますか?」の核心なのです。
3. なぜ後発側は「使用権」という言い方を選んだのか
「権利を返す」ではなく、わざわざ「使用権を渡す」という表現を選ぶことには、実務的に見て二つの狙いが透けて見えます。
後発の商標登録が正当だったと認めさせる効果
ライセンス契約では、当事者の関係が法律上このように整理されます。ライセンサー(権利者)が後発側、ライセンシー(使用者)が先発側(本家側)となります。
もし本家側が「使用権をください」と契約してしまうと、外形的には、後発側の登録を正当な権利として受け入れたと解釈されやすくなります。本家側が「横取りだ」「本来こちらの商標だ」と争うつもりなら、通常はそのような契約を結びません。だからこそ「使用権を渡す」という提案は、単なる温情ではなく、相手の立場を崩す一手にもなり得るのです。
権利を消す手続を止めさせる効果
本家側に異議申立や無効審判など登録を消す選択肢があるなら、わざわざ対価を払い続けてまで他人名義の商標を使う合理性は薄いといえます。
逆に言えば、ライセンスを受け入れるというのは「権利は存在し続ける」という前提に乗ることを意味します。その瞬間、本家側は登録を消しに行く動きを取りにくくなります。少なくとも交渉上、カードが弱くなってしまいます。
つまり「使用権をお渡しする」という提案は、表向きは謝罪と譲歩に見えても、実務上は相手を囲い込む契約提案になり得るわけです。
4. 筋を通すとはどういうことか
商標出願・登録の情報は公報で公開されます。出願人が会社名義であっても、そこから代表者情報等を辿られるケースは多くあります。つまり「誰が取ったか」を隠し通すのは基本的に困難です。ネット時代はなおさらで、専門家でなくても調べる人が出てきます。問題が表面化するのは偶然ではなく、構造的な必然なのです。
そして商標法には、横取りに対する救済ルートも用意されています。横取り出願より前から先発側の商標が周知・著名だったことを証拠で積み上げ、特許庁がそれを認めれば、異議申立・無効審判などで商標権を消滅させることができます。
元記事の流れでも触れたとおり、最終的に後発側の権利は消滅に至っています。この結末が示しているのは単純で、本家のブランドは本家が日本で商標登録するのが筋が通るということです。
後発が先に押さえ、あとから「貸してやる」というのは順序が逆です。それはビジネスの交渉術に見えて、法と世論の両面で問題を悪化させる選択になりやすいのです。
5. まとめ
ここまでの内容を整理すると、伝えたいことは次のとおりです。
後発側の「使用権をお渡しする」という発言は、世間向けには丸く収める謝罪に見えます。しかし実務的には、商標権は手元に残す、相手に借りを作らせる、異議・無効といった争いを止めさせる方向に誘導する、といった意味を帯び得ます。
この件を見て「謝ったからもういいだろう」「使用権をくれるなら解決だ」と感じた人ほど、一度立ち止まって考えてほしいのです。商標の世界では、言葉の印象と法律効果が一致しないことが珍しくありません。
最後に一点だけ強調しておきます。
使用権を渡すことは、返したことにはなりません。返すなら権利を移す。筋を通すなら、最初から取らない。これが商標実務の現場感覚です。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247

