2024年8月21日に、東京地裁であったトイレットペーパーの特許権に関する侵害訴訟の判決について、フジテレビのイットから取材がありました。
事件は、大王製紙側が製造販売する長巻きトイレットペーパーが、日本製紙クレシアの持つ特許権を侵害するかどうかについてのものでした。
東京地裁では、大王製紙側が製造販売するトイレットペーパーは、日本製紙クレシアの特許権の侵害には該当せず、日本製紙クレシア側の主張が退けられた形になりました。この判決の背景について説明します。
1. 特許権とは何ですか?
特許権は、技術上のアイデアを保護する権利で、特許庁による審査の結果を経て発生する権利です。
特許される発明は、産業上利用できる技術上の発明であること、世の中に未だ知られていない発明であること(新規性)、これまでに存在する技術から簡単に思いつくことができないこと(進歩性)等のしばりがあります。
これらの条件をすべてクリアして、はじめて特許庁の審査に合格することができます。
2. トイレットペーパーは既にあるのに、なぜ特許権が認められるのか?
今回のトイレットペーパーをめぐる特許権侵害訴訟は、トイレットペーパー全般に関するものではなく、最先端のトイレットペーパーに関するものです。特許の審査に合格する条件として、特許庁に願書を提出する出願時を基準に、世の中に知られていないことが条件になっています。
このため、特許出願以前に世の中で販売されているトイレットペーパーが特許権侵害になることはないです。トイレットペーパーの中でも最先端の特殊トイレットペーパーについて特許権が認められ、この最先端の製品を販売した場合に、特許権の侵害になる場合がある、ということです。
3. 王子製紙側が販売するトイレットペーパーが特許権侵害になる場合とは?
日本製紙クレシア側が取得した特許権には、特許請求の範囲の記載があって、複数の請求項を含みます。特許権の請求項に記載されている条件が複数あるのですが、原則として、これらの条件をすべて満たしてはじめて、特許権の侵害が成立します。
特許された発明が規定する技術的範囲があって、この技術的範囲にはいるのかどうかが、裁判で争われます。
実際には、特許発明の技術的範囲には、例えば、トイレットペーパーの直径、長さ等が規定されています。またエンボス(凹凸)の形状がミクロン単位で規定されています。
これらの規定に、王子製紙側が販売するトイレットペーパーがすべて満たした場合に、原則権利侵害になります。
今回の東京地裁の判断は、王子製紙側が販売するトイレットペーパーは、特許権に規定された権利範囲には入らない、という結果になったものと思われます。
4. トイレットペーパーに特許権を認めてよいのか?
トイレットペーパー全般に特許権が得られる、というものではなく、これまでにない、新しい最先端のタイプのトイレットペーパーについて特許権が認められたにすぎません。
このため、最先端タイプではない、従来品の場合は、当然特許権の範囲に入らないものもあります。特許権の権利の外の従来のトイレットペーパーを販売することは特許権の侵害にはなりません。
なお、日本製紙クレシア側の特許について、特許されたのは妥当ではないとの異議申立が特許庁になされましたが、現時点では、特許庁に対する異議申立が認められた記録は確認できません。
5. 日本製紙クレシア側が請求した3000万円の額は妥当か?
裁判で認められる賠償額は、損害賠償になるので、損害の額を超えて請求することは原則としてできません。王子製紙側がえた利益や、ライセンス相当額等を基準に、裁判所で損害額が認定されます。
特許権侵害の損賠賠償請求は、原則過去3年分までできます。ですので、特許権侵害を見つけても、すぐに裁判を起こさず、損害賠償額が膨らんでから請求することもできます。なんちゃらは太らせてから、の考え方ですね。
今回の損害賠償額からみて、日本製紙クレシア側の狙いは、賠償額で儲けるという発想は持っていないんじゃないか、と思います。むしろ、早めに侵害品が市場に出回るのを阻止したかったのではないか、と想像しています。
6. 今後はどうなるのか?
今回の東京地裁の判決を不服として、特許権者側である日本製紙クレシア側は知財高裁に訴えを提起することができます。東京地裁では、特許権侵害はみとめられませんでしたが、知財高裁による再審理の結果、東京地裁とは逆の結論がでることも可能性としてあります。
仮に、特許権侵害が裁判所で認められない結果が続いたとしても、日本製紙クレシアの特許権を侵害した場合には特許権侵害で訴えられるわけですから、ライバル会社は日本製紙クレシアの特許権を尊重せざるをえません。
日本製紙クレシアの特許権の存在をアピールする狙いも、当然あると思います。
私のコメントは、フジテレビのイットで2024年8月21日に取材収録されました。またFNNプライムオンライン、ヤフーニュース等でも2024年8月21日に報道されましたので、私の記事を閲覧することもできます。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
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