索 引
(1)地域団体商標とは?
地域団体商標とは?
地域団体商標とは、事業協同組合等が組合員に使用させる商標であって、地域の名称と商品等の普通名称等を組み合わせただけの文字商標のうち、使用により有名になったものをいいます。
そもそも東京や大阪等の地名と、ミカンとかお米等の普通名称とを組み合わせただけの文字商標はそもそも誰もが使える表記です。
普通名称とか慣用商標とかは誰もが自由に使えるものであり、このようなものが商売に使用する商標として使えなくなると社会的な混乱が生じてしまいます。
このような商標の中でも一定以上有名になったものについては商標権を与えて保護しましょう、というのが地域団体商標制度です。
経緯
地域団体商標制度は2006年4月から施行されました。
2005年に「商標法の一部を改正する法律」が成立し、地域名と商品名等からなる名前を商標として登録できる制度がスタートしました。
目的
地域名と商品等の普通名称だけを組み合わせた商標は原則として誰もが制限なく自由に使うことができます。
けれども地域名と商品等の普通名称だけを組み合わせた商標の中には、地域ブランドとして有名になったものもあります。一定程度有名になった地域ブランドについては法律的に保護するだけの利益が生じていると考え、地域ブランドが商標権により適切に保護されることになりました。
地域団体商標であっても誰もが自由に使える商標であれば商標権で保護しなくても特に問題はない、と直感的に考える人もいると思います。
しかし誰もが自由に使えるというのは他人から使うな、と言われることがないというメリットの他に、みんなで作り上げてきた地域ブランドが、例えば地域ブランドとは全く関係のない他地域の業者が粗悪品を販売することにより傷つけられてしまうといったデメリットもあるのです。止めろという根拠がなければ、ブランド品の信用が落ちていくのを見ているだけしか打つ手がなくなります。
地域団体商標として商標権により地域ブランドを保護することにより、信用を蓄積してきた地域ブランドを安心して使用することができるようになります。
商標権が設定されると、その地域団体商標については事業協同組合等の組合員以外の第三者は使用できなくなりますから、他人の便乗使用を禁止することができます。
制度成立の経緯
背景
これまで地域の特産品の差別化を図る地域ブランド作りが行われてきました。実際、町おこしなど地域を挙げた取り組みが行われてきました。
20世紀後半のバブル崩壊後、経済的低迷にあえぐ中、一極集中、大都市圏集中の時代から、経済再生への足がかりとして地域の活性化の時代へと軸足が変化するにつれて、地域の特産品の差別化を図る地域ブランド作りが盛んになり、町おこしなど地域を挙げた取り組みが以前にも増して行われるようになりました。
それに伴い、地域の特産品にその産地の地域を付けるなど地域名と商品名からなる商標がさらに数多く用いられるようになりました。
従来の商標制度
商標登録の条件として商標は自他商品識別力を持つことが要求されます。自他商品識別力とは、自己の商品と他人の商品とを識別することができる手がかりを備えていることをいいます。
同種の商品の中から、自分の商品だけを選り分ける手がかりを備えることを自他商品識別力と呼んでいます。
ところが地域名と商品名からなる商標は識別力を有しないことから、その商標を見てもそれだけでは自己の商品か他人の商品かを見分けることができません。
例えば、「東京」との地名と、「靴下」との商品の普通名称とを結合した「東京靴下」という商標を見ても、それが特定人の商標とは分からないのです。「東京靴下」は誰もが自由に使える表記であり、その表記を見るだけでは特定人に辿り着くことが出来ません。この「東京靴下」の場合は自他商品識別力がないものとして、特許庁の審査に合格することができません。
この原則をそのまま地域団体商標に当てはめると、やはり地域名と商品名からなる商標は識別力を有しないとして審査に合格できないことになってしまいます。
自他商品識別力がない商標は、特定の者の独占になじまないからです。
しかしこの原則を貫くと、地域が一丸となって築き上げてきた地域ブランドを保護することができなくなってしまいます。地域ブランドの保護がまるまる抜け落ちてしまうことを防ぐため、地域団体商標制度が設けられることになりました。
最近の動向
2016年8月から、地域団体商標の登録主体が拡充されました。これまで厳しかった地域団体商標の商標権者の制限を緩めて、地域団体商標を出願できる団体の範囲を広げることになりました。
(2)地域団体商標に出願するための条件
誰もが使える地域名と商品等の普通名称とを組み合わせた文字商標について商標権を設定するのですから、地域団体商標について特許庁の審査に合格するためには以下の要件を備える必要があります。
(2-1)出願可能な法人
地域団体商標の商標権者になることができるのは、地域の事業協同組合、農業協同組合等の組合等の団体です。
この団体には組合等に加え、商工会、商工会議所や特定非営利活動法人、さらにこれらに該当する外国の法人も含まれます。
商標法上、地域団体商標の商標権者になることができるのは上述した団体に限られるので、一般の会社や個人は地域団体商標の商標権者になることができません。
地域団体商標を使う必要のある一般の会社や個人は、上記団体の構成員になることで、ライセンスを受ける形で地域団体商標を使うことができるようになります。
(2-2)条件
その団体がその構成員に使用させる商標であること
団体自身が使う商標ではなく、団体の構成員に使用させる商標が地域団体商標です。このため構成員が存在せず、団体として機能していない名前だけの場合には地域団体商標について登録を受けることができません。
原則として「地域名+商品・役務名」の文字からなっていること
文字表記であることが地域団体商標の条件です。もし文字以外のマーク、図形、記号を含む場合には地域団体商標として登録を受けるのではなく、通常の商標として登録を受けることができるかどうか検討することになります。
商標中の地域と密接に関連している商品などに使っていること
地域団体商標制度は地域ブランドの保護を目指しています。この関係で、特定の地域と全く関係がない商品等については登録を受けることができません。
例えば、北海道の酪農業で有名な商標を、北海道とは全く関係のない四国の酪農業について使っていたとしても、北海道の地域名を含む地域団体商標の登録を受けることができない、ということです。
一定の地理的範囲で、ある程度有名になっていること
本来は誰もが自由に使えることのできる「地域名+普通名称」の商標がベースになっていますから、法律上保護する利益があると考えられる程度に有名になっていることが要求されます。
使用されたばかりで実績がなく、それほど認知度がない場合には地域団体商標として登録を受けることができません。
(3)通常の商標との違いは?
(3-1)通常の商標との違い
通常の商標は原則として商標権者自らが使用する商標であることを前提として登録が認められるのに対し、地域団体商標は、商標権者となる団体が団体の構成員に使用させる点で異なります。
また普通名称や慣用商標は、その商標が全体として普通名称や慣用商標の域を出ない限りは有名になったとしても登録を受けることができませんが、地域団体商標は有名になれば登録を受けることができる点で異なります。
譲渡できない
地域団体商標の商標権については譲渡することができません(商標法第24の2条第4項)。
譲渡を認めると、地域が一致団結して地域ブランドを保護しようとする地域団体商標の制度の趣旨に反するからです。
限られた団体しか権利者にはなれない
地域団体商標も団体商標の一種ですが、地域団体商標について登録を受けることのできる団体には上記に説明した通り、制限があります。
地域ブランドを守るために地域一丸となって団結する必要があるため、地域を代表するに相応しい者が地域団体商標の商標権者になる必要があるからです。
ただ、最初に登録を認められた団体でなくても合併等の一般承継の相続の場合には権利者になることができます。
専用使用権の設定ができない
通常の商標の場合には専用使用権の設定ができますが、地域団体商標については専用使用権のようなライセンスの設定は禁止されています(商標法第30条第1項)。
商標法に定める団体が責任を持って地域団体商標を管理する必要があります。
特定の者のみが商標を使用できる権利は設定できません
専用使用権の設定が認められないのと同じ理由により、通常使用権の設定も認められていません(商標法第31条第1項)。
従来から使用している者も引き続き利用可能
地域団体商標の出願前から、継続して使用をしている者は地域団体商標の権利が及ばず、引き続き使用が可能です。
ただし、その使用の事実を証明するのは地域団体商標の商標権者ではなく、従来から使用している者です。
例えば、地域団体商標が「宇都宮ぎょうざ」であったとします。この場合、「宇都宮のぎょうざ」との商標を過去に使っていたとしても、「宇都宮ぎょうざ」の地域団体商標を使うことはできません。使っていたのが「宇都宮のぎょうざ」との商標であれば、「宇都宮ぎょうざ」を使ったということはできないからです。
また過去に使ったことがある、という記憶だけでは継続して使用をすることができません。過去に実際に使っていたということを証明できなくてはなりません。
地域団体商標については過去に使ったことがあると使用権が認められることから地域団体商標の商標権について甘く考える風潮があるからも知れませんが、注意が必要です。
地域団体商標は一般的な表記であるがゆえに、使った証拠を後々のために残しておこう、とは通常は考えないからです。商標の中でも最も油断しやすい部類の中の一つです。
確かに使った記憶はあるけれども、それを立証するための証拠が何も残っていない、ということになりがちです。実務上、見逃しやすい落とし穴になりますので十分気を付けてください。
(4)地域団体商標の事例
(4-1)宮崎県「みやざき地頭鶏」
天然記念物「地頭鶏」を品種改良し生まれたのが「みやざき地頭鶏」です。
ただ、味は良いが知名度が無いという弱点がありました。
地域団体商標取得後は品質管理を徹底し、飲食店を通じて日本全国に普及するに至っています。
- 出 願 日 :2009年1月21日
- 登 録 日 :2010年4月 9日
- 登録番号 :商標登録第5315957号
- 地域団体商標:みやざき地頭鶏
- 商標権者 :みやざき地頭鶏事業協同組合
(4-2)特定非営利活動法人小豆島オリーブ協会「小豆島オリーブオイル」
小豆郡内で栽培したオリーブで採油したオリーブオイルが地域団体商標として保護されています。
- 出 願 日 :2014年10月 7日
- 登 録 日 :2015年10月23日
- 登録番号 :商標登録第5800807号
- 地域団体商標:小豆島オリーブオイル
- 商標権者 :特定非営利活動法人小豆島オリーブ協会
オリーブオイルについては小豆島は国産オリーブオイルのパイオニアであり、地域団体商標の登録により日本全国で高い評価を受けています。
(4-3)沖縄権八重山観光振興協同組合「石垣の塩」
沖縄県の組合では「地元のものは自分達で守らなければいけない」という意識が高く、「八重山ブランド」、「メイドイン八重山」のイメージの確立を目指しています。
- 出 願 日 :2006年 4月 3日
- 登 録 日 :2006年11月24日
- 登録番号 :商標登録第5005199号
- 地域団体商標:石垣の塩
- 商標権者 :八重山観光振興協同組合
今後の展望として、更なる本物志向を目指し品質管理を徹底に努め、商品・サービスの差別化を図っています。
(5)地域団体商標が侵害されるケースとは?
(5-1)地域団体商標の商標権を侵害される場合
事例:「小田原かまぼこ」
「小田原かまぼこ」の地域団体商標について、商標権者の組合に加入していない業者が無断で使用したことから、小田原蒲鉾協同組合は業者を商標権侵害で横浜地裁に訴えました。
これに対して業者側は商標権が発生する前から使用していたのだから関係がないと主張しています。
ここで注意すべき事項があります。
業者側は商標権が発生する前から使用していたと主張していますが、関係がないと認定されるのは、原則としてその使っていた商標そのものの形についてだけです。
このため現在使用している商標と、過去に使用している商標とが違っていると、業者側の主張通り商標権の侵害にならない可能性もある反面、商標権発生以後に使用を始めた形のものについては商標権侵害になる可能性もあります。
つまり侵害した、しなかった、の二択のあるなし判断ではなく、侵害しなかったものもあるし、侵害したものもある、といった具合に、個別具体的に実際の使用に応じたそれぞれのケースについて今後裁判で検証が進んでいきます。
さらに商標権以外にも不正競争防止法により損害賠償請求が認められる可能性もあります。
過去に使っていれば一安心、というわけではないことに注意が必要です。
結論
商標を以前から使用していても、特許庁に権利申請の手続をしない限り商標権者になることができません。このためこれまで使えると考えていた商標について、いきなり訴訟を起こされる場合がありますので注意が必要です。
(6)地域ブランド保護のために
地域ブランド保護のためには、やはり地域が結束する必要があります。
地域ブランドの保護を巡って、地域内部で仲間割れが生じてしまうと地域の一部の者が地域団体商標の商標権を取得してもよいのか、といった基本的な部分から争いが生じます。
地域が一致団結しなければ、他の地域の悪徳業者の思うつぼになってしまいます。身内で争っている間に他の地域の悪徳業者が漁夫の利を得てしまう結果にもなりかねません。
自己の利益を主張するばかりではなく地域全体の発展のために何ができるか、というところから考え直し、地域団体商標の制度を利用して、故郷の発展に多くの方が互いに協力するべきです。
それが一番あなたの利益向上につながるからです。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247